17. ”太陽のように輝く剣”
王子を連れて甲板に上がると、そこは突撃部隊の海賊たちでごった返していた。
既に周囲の装甲船や護衛船は殆ど沈んだようで、魔導も矢も飛んでくる気配がなかった。
テレミアと共に船長室にまで攻め込んだ一人が大きな身振り手振りでその光景を語っていた。聴衆たちは何度も盛り上がっている。
彼は話題にしていた女の姿を見つけて、指さして大声で叫んだ。
「おっ、主役サマのお見えだぞ!」
わらわらと男たちが近寄ってきて、あっという間にテレミアは彼らに囲まれてしまった。
船長室の捕虜たちの後始末を控えているテレミアにしてみれば、盛り上がる男どもに付き合うのは率直に面倒だった。
「はいはい、後で話はしたげるからちょっと待ってて」
「お嬢さま、そいつぁひょっとして?」
適当に躱そうとしていると、彼らはテレミアの後ろに佇む奴隷に気づき、好奇の目線を向けてきた。
「コレですかい? コレですかい?」
「お嬢さまもそういうのに興味が湧いちまうお年頃ですかぁ!」
下品な手つき目つきで囃し立てられ、テレミアは素直に不快感を抱いた。
確かにもともとそういう奴隷だと偽って王子のことを回収するつもりではいたが、別に男どもにとやかく言われたいとも思わない。
だが、場の雰囲気を読む方が得策ではあるだろう。不用意な波風を立てるよりは、惚れ込んでいるというように印象づけておいた方が後で何かと言い訳も効きそうだ。
テレミアはわざとらしく首をすくめ、こくりと頷いた。
「……うん」
「ひゅぅ!」
「お嬢さまに春が来たぞぉ!」
「ひょろ長を虐めるのがご趣味ですかい!」
下の話となると見境がなくなる男たちに格好の話題を提供したところで、テレミアは「もう良いよね、後でね!」と王子の手を引いて男たちの中をかき分け、船長室に続く扉に逃げ込んだ。
手を離し、照れ隠しの表情を消す。
きっとしばらくはこのことで誰も彼も私をからかうだろう。鬱陶しい。
鬱憤をぶつける相手としてテレミアは王子を選んだ。
「あんたは私の男娼として扱うつもりだけど、他にもいろいろしてもらうから。簡単に死ぬようなことはさせないけど、死にそうな思いはするもんだって思っておいて」
「……」
それなりに心ないことを伝えたつもりなのに、返事はなかった。
というより、さっきから只の一言も口にしようとしない。
「気が滅入るのも分かるけどさ、もう少ししゃんとしてくれない? 私にずっとしゃべらせる気?」
呆れながらそうやって声をかけても、やはり反応はない。
死んでいるみたいに生きている、といういつか自分が形にした言葉が思い起こされた。
あれは我ながらなかなか秀逸な表現だった。
こんなの、ただ息をしているだけで、死んでいるのと殆ど変わらない。
これからこの屍のような男と迷宮に篭もるのか、と思うと憂鬱だった。
勿論、「普通に会話をしろ」と首輪の力で強制することは簡単だが、それではあまりにも興が乗らない。
何を訊けば口を開いてくれるだろうか。
そうだ、私はまだ当然のことを知らない。
「名前はなんて言うの?」
これくらいなら流石に答えてくれるだろう、とテレミアは王子の口が動くのを待った。
突然、扉の外が何やら騒がしくなった。
女の叫ぶ声と、それに沢山の男の笑い声が続く。
「―――エマ?」
「え? ちょっと」
よろり、と何の前触れもなく王子が動き出して、テレミアは慌ててその肩を掴んだ。
「離せ」
「何言って、わっ」
つい一瞬前までの生気のない立ち姿は何だったのか、王子はテレミアの静止を振り切り扉を開け、甲板に踏み出した。
テレミアは慌ててその後を追い、改めて彼のことを羽交い締めにした。
今度は振りほどかれないようにしっかりと力を込める。貧相な身体の王子はあっけなくその場に縫い付けられた。
そのまま地面に組み敷いて動きを封じる。
それでもなお、王子は必死に何かに向かってもがく。
「エマ、エマ!」
「エマ?」
テレミアは彼の目線を辿り、その先にさっきからの騒ぎの中心となっている一団がいることを認識した。
よくよく見てみれば、その輪の中には槍使いがいた。
槍使いの手足には金属製の枷がかけられており、厳重に動きが封じられている。無遠慮に身体をまさぐる男たちに対して、彼女は首を振る以外に一切の抵抗を許されていなかった。美しかった顔には焦燥と絶望だけが滲んでいた。
「コイツが今日一番の上玉だ!」
「やめ、て……っ!」
体格の良い男が槍使いの首を乱暴につかみ上げ、樽の上に登り、彼女の身体を見せびらかすように掲げた。
着せられている胴を包むだけのような布は殆ど破かれていて、身体を隠す役目を果たしていない。
「エマっ!」
王子がテレミアの下で情けない悲鳴を上げた。
さっきから彼が口にする「エマ」とは、きっとあの槍使いの名前なのだろう。
「こんないい女、キャプテンに独り占めさせるには勿体ねえよなぁ!」
男たちが太い雄叫びで応じた。槍使いは掠れた声で叫び必死に身体をよじるが、首を掴む男はそれをものともしない。
テレミアは彼女の運命を理解し、僅かに目をそらした。
「さっさとヤらせろよぉ!」
「殴っちまえ、良く鳴くだろうぜ!」
野蛮としか表現しようのない声がいくつも上がる。それら全てを拒絶するため、槍使いは死にものぐるいでもがき続ける。
しかし、男たちの視線の先で首を支点としてゆらゆらと揺れる引き締まった女の肢体は、男たちの劣情をかきたてるばかりだった。
がたがたと王子が暴れる。
テレミアは心を鬼にしてそれを封じ続ける。
熱狂が最大に膨らんだ。
「キャプテンに見つかるまでに使い潰しちまえ!」
その言葉と共に、槍使いは宙に放り出された。
すぐに無数の手が伸び、彼女の身体は覆い尽くされていく。
「エマぁぁぁぁぁ!」
王子が悲痛な叫びを上げるが、男たちの誰もそれを気にはしない。
決して気分の良いものではない。王子には気の毒だが、首輪の力も借りてここから離れよう―――
「!?」
全てが手遅れになる前にそれに気付くことができたのは殆ど奇跡だった。
テレミアが組み敷いている王子の右手に金色の光が集まり、剣の形を作っていた。
このままでは出来上がった剣に手や足を斬られてしまう。
そう直感したテレミアは拘束を解き、飛びすさった。
直後、金色の剣が王子の手に完成した。
それはあの路地裏で見たとおり、太陽のように光り輝いていた。
「ぁぁぁぁああああああっ!」
王子は獣のような叫び声をあげ、男たちの群れに突っ込んでいく。
「だめっ!」
テレミアは声の限り叫んだが、既に剣を振り下ろそうとしている王子には聞こえないようだった。
「ぐ、ぱ」
突然背後から切りつけられた不運な男は、肩から腰までを斜めに切り裂かれ、血を吹き出して崩れ落ちた。
王子は振り下ろした剣を別の男に向かって振り上げた。
「なん」
斬られる寸前に振り返った二人目の犠牲者の身体には剣筋の通りの赤い線が走り、その線を境にして左半身と右半身とが上下にずれた。彼は恐怖に歪んだ表情を顔に貼り付けたまま悲鳴を上げる間もなく事切れた。
「て、敵だぞぉ!」
「こいつ、どっから!」
流石に海賊たちも王子の襲来に気づき、一気に雰囲気が塗り変わる。
「てめえ、よくも!」
王子に向かって背後から一人の海賊が襲いかかった。
ただの体当たりだったが、王子は簡単に吹き飛ばされた。
「っ、あああ!」
吹き飛ばされた先で王子は剣を杖のようにして立ち上がろうとしたが、その前に別の海賊に頭を蹴り飛ばされて地面に叩きつけられた。
「死ねやぁ!」
剣が王子の上で思い切り振りかぶられる。
このままでは王子が殺されてしまう。
そう気付いたテレミアは反射的に動き出していた。
「『脚』っ!」
燃え尽きた札はテレミアの脚に爆発的な力を与え、一瞬でテレミアは剣を振り下ろす男と王子の間に滑り込んだ。
左手に盾を生み出し、構えようとして、
(―――ぁ)
視界が溶けた。
次の瞬間、テレミアの思考は金銀に埋め尽くされ、爆ぜた。




