1話「夜への招待状」
1話夜への招待状
ハンクが目を覚ますと、そこは馬車の中だった。
美しい内装に、自分の宿のベッドよりも柔らかな椅子。執筆作業で疲れた彼を眠らせるには、十分すぎるほどの設備だった。
正面には、白いワイドブリムハットを膝に置き、よだれを垂らしながら舟をこぐ女がいる。少女のような容姿だが、彼女はハンクの助手で、名をハーヴェといった。
ハンクは、そのよだれがハットにかかりそうなのを見て、彼女を起こさないように慎重かつ素早く、華麗な手際でハットを取り上げる。
その時、後ろの小窓から気さくな声がかかった。
「おう、起きたかい」
御者の声に助手が目を覚まし、ハンクの行為は無駄になった。少しだけムッとする。
「ああ、起きたよ。さすがの操縦だな、つい眠ってしまっていた。あとどのくらいだ?」
「少しさ。だから起こしたんだ」
ハンクが振り返ると、目をこすりながら帽子を探している助手を見る。ハンクは手に持ったハットをひょいひょいと見せてアピールした。助手は受け取ると、再び膝に置いて眠りに落ちた。
もう救出劇はないだろう。
だがハンクは、羊毛と虫の繭の継ぎ合わせにすぎない帽子に睨まれた気がして、つぶやいた。
「筋違いもいいところだ。恨む相手を間違っているぞ」
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――なぜ自分が馬車に乗り、二日かけて移動しているのか。
理由は胸ポケットの手紙にあった。ある街の聖女から、彼のもとにパーティーへの招待状が届いたのだ。小説を読み、大変気に入ったとメンバーのリストに名を連ねたという。
唐突な話ではあったが、執筆に行き詰まっていたハンクには渡りに船だった。何かアイデアが得られるかもしれない。そう考え、招待に応じたのである。
すでに目は冴え、再び眠ることはできない。ハンクはこれから向かう街について思いを巡らせた。
その街は「星の街」と呼ばれる大都市。
特徴は、やはり聖女の存在だろう。未来を見通す力を持ち、政治を一任されている。ここ三十年、大きな災害も事件もなく、街は安定していた。圧政の噂もなく、良い街といえるだろう。
ハンクが「次は何の小説を書こうか」などと考えているうちに、馬車が止まった。助手の頭が前にカクンと揺れて目を覚ます。
「帽子にシミついちゃった!」
助手が騒ぐのを横目に、ハンクは御者に尋ねた。
「もう着いたのか?」
「おう、着いたぞ。もう降りていい」
ハンクは意味が分からず、窓の外をのぞいた。そこは馬車の停留所だった。
「検問は?」
「初めてか? 聖女様が全部、空から危ないやつを見てくださってるんだ。だから平気さ」
未来視の聖女の街――ハンクは改めて自分の目的地を意識した。同時に「なぜ自分が呼ばれたのか」疑念は深まる。本当に聖女が自分の小説のファンとは思っていなかった。
完全に沈み込んでいた腰を上げ、助手とともに馬車を降りる。
大通りを進むと、星の街がその姿を現した。
ハンクの感性が揺さぶられる。
――それは美しかった。
不純物はなく、必要なものしかない。装飾は確かに存在するのに、決して華美に映らない。どこか神聖で厳かだった。
ハーフティンバーの家々が立ち並び、中央広場にはひときわ大きな噴水。台座には聖女と思しき像が立っていた。街で唯一華美な姿をしているが、なぜかその像だけは手入れされていなかった。
「アタシ、この街キライだな。理由はわかんないけど」
助手の小さな声に、ハンクも同感だった。
王都よりも人の交流は盛んだろう。だが、ここには人の温かみが感じられない。そのアンバランスさが不気味だった
未来が見えている街だからだろうか――まるで結末のわかりきったテンプレ小説のようだ。驚きも発見もない。そんな生活を送っている妄想をする。
「それに、聖女さん嫌われてるのかな」
「わからんな」
助手の言葉に思いを巡らせつつ、御者に別れを告げる。
「じゃあねー、ありがと!」
助手は大きく手を振った。
ハンクはその溌剌とした様子に、心の中で毒づく。
(こいつ今年で七十一のBBAだぞ。なぜそんなあざといんだ)
どうやらその思念は伝わったらしく、助手はムッとして言い返す。
「なんだよ。アンタだってガキみたいな性格じゃないのさ。少なくともアタシは精神は成熟してる」
「熟すどころか腐ってるだろ」
べしっ、べしべしべし。
脇腹を何度も殴られる。彼女の全盛期なら、魔法で作家の丸焼きになっていただろう。
「殺す。消し炭すら残さん」
撤回、消し炭すらのこらないらしい
まぁ、残らないのも当然か。彼女の料理センスを考えれば。
「こらこら、お嬢さん。お父さんを痛めつけてはいけないよ」
通りすがりの男が忠告する。
――作家と助手の心に、ガラガラと何かが崩れる音がした。
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ハンクたちは、二人機嫌悪そうに。聖女とその行政組織がある場所 ー天文台ー へと向かう、天文台は街の中心、丘の上に立っており。夜には光が極端に少ない街の中でも、一番の星空が眺められるそうだ。
二人は長い坂を上り天文台につく、それは一般的な天文台というよりーパレスー宮殿に近い見た目をしていた。二階建ての建物の2倍はあろうか、見上げると陽光が目に痛い。天文台の中央頂上にはその名を冠するだけあり、天文台特有の半球があった。夜になれば半球が開き望遠鏡がそこからのぞかせるのだろう。
しかしそれはよく見ると妙だった。
天文台はなぜ球体か。望遠鏡を雨風から守り、余計な光を遮断し、各星々ほ観測するため360度回転するのだ。よって効率の良い球体が選ばれている。
しかしながらその天体ドームは回転や角度変化を考えられていない。まるで一つのものしか観測する気がないように。星も月も、どれも動くものだ、動かない望遠鏡とドームなどまるで意味がない。
しかしハンクは近い未来その意味を知ることになる
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ハンクは違和感を抱きながら、宮殿の入り口に立つ学者風の男――恐らく天文台の職員――に声をかけた。
「天文台パーティーの招待状をいただいた、ハンク・ゴートンだ。」
「ハンク・ゴートン様ですね。お噂はかねがね。そこのレディは?」
「あぁ、助手だ。彼女はこう見えて成人している。君の言葉選びのセンスは見事だ、ジェントルマン?」
「えぇ、ここは完璧の街ですからね」
「聖女様はただいま席を外しております。お部屋の用意はできていますが、どうされますか?」
不用心だ。何の証明もなく、これほどあっさり信じてしまうとは。それに、対応があまりに手際よすぎる。
これが聖女の力なら、さぞかし恐ろしい能力に違いない。
ハンクは不気味に感じつつも、答えを返す。
「いや、観光してから。夜に戻るよ」
天文台の男は少しも意外そうではなく、肯定の返事を返した。
普通なら、この坂道を上った後に観光など考えつかないはずだ。それを見越しているとしたら――これも予知していたのか、末恐ろしい能力だ。
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実際には天文台は彼らを迎える用意などしていなかった、男は天文台の廊下をかつかつと歩く、
その先には祈る聖女がいた。
「彼の――アポステイト(信仰を破壊する者)は定刻通り天文台に現れました。星図通り、観光に出向いたようです」
聖女はゆっくりと振り向き、重々しい声で告げた。
「星図を崩し破滅へと導く――彼のアポステイトーーー。観測しました、彼らはこの街で死ぬ運命にあります。
それまでに、私と北極星が殺す、この作家の人となりを私たちは知る必要があります。夜、面会を取り次ぎなさい」
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助手は完全に機嫌を直していた。露店で買ったクレープなる、菓子を食べるその目は驚きと感動に満ちていた。ハンクは一口味見を頼んだが、蹴られた。
どうやら機嫌は直ったがハンクへのヘイトはまだ高いままのようだった。
「俺が買ってやってやったんだけどなぁ」
「それはアンタの贖罪!アタシの感情はまだ許してない」
「ごめんて、君は美少女だ」
ハンクは熟女とかBBAとかを連想させる、ワードを吐いたことを自覚し反対に極端にほめた。しかし、彼女はムッとハンクを睨んでいた。
どうやらハンクは選択を誤ったようだ、おこちゃま扱いは嫌だったらしい、なんと気難しい。
「ふっ」
助手はふと微笑んだ。ハンクは脈絡も伏線もなかったその行動に今度は何を言われるかと身構えるーこれだから年寄りはーと
「アタシはアンタのその不完全さは嫌いじゃないよ、この街より100倍いい。年上への態度はなってないけど。」
ハンクは少し後悔した、彼はこれまで助手に支えられて生きてきた。さっきのはさすがに言いすぎだった。家事も金勘定も全部彼はやってきたが、彼にとって彼女はなくてはならない存在だった。お互い独身で、出会い。恋に発展することはなかったが。共に悩み、葛藤し、二人で様々な思い出を共有し、人生を選択してきた。
冗談のつもりでも無下にしていい相手ではなかった。ふと、今まで茶化して誤っていたことに気付く、真剣に彼女の目を見て謝っていなかった。俺は恥ずかしかったのだ。
「.....ごめん、ひどいこと言った」
今度こそ相手の目を見て、恥を投げ捨て謝った。
「よし!ゆるす」
彼女はあっさり許した。
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それから二人は夜まで楽しく観光した、それは二人の太陽のように輝く思い出となった。
二人は冷たくて美しい、荘厳な星の街からは完全に浮いていたが、きっと街の人は、自分たちもあの太陽の様に輝けることを、まだ知らない。
天体の聖女編、全14話程度を予定しています。
不動のただ一つの運命を表す北極星を信仰する街の。聖女と作家の、運命の対立。
確定された永夜の街が、黎明へと至る物語。
次回は「星が導く町です」
頑張るから応援して。