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婚約破棄された悪役令嬢、実は隣国の王女で本国に帰ったら元婚約者の国が属国になってしまった件について

作者: 紅月リリカ

今回は「実は隣国の王女でした」という設定で、政治的な大逆転劇を描いてみました。婚約破棄から始まって最後の決め台詞まで、一気に読めるような構成を心がけました。

「セレスティア・ド・モンクレール。貴女の罪は重い」

玉座に座るアレクサンダー王子の声が、白亜の王宮に響き渡った。その横には涙を浮かべた平民出身のヒロイン、マリア・ハートウェルが立っている。

セレスティアは背筋を伸ばしたまま、冷たい視線を王子に向けた。彼女の周りを取り囲む貴族たちの視線は、まるで汚物でも見るかのように蔑みに満ちている。

「マリア嬢への数々の嫌がらせ、そして彼女を陥れるための卑劣な工作。証拠は全て揃っている」

アレクが手に持つのは、セレスティアの筆跡を真似た偽の手紙と、買収されたメイドの証言書だった。全て捏造だということを、セレスティアは知っている。だが、もはや真実など誰も聞く耳を持たないだろう。

「弁明があるなら聞こう」

「……ございませんわ」

セレスティアの答えに、貴族たちがざわめいた。

「やはり認めたか」

「恥知らずめ」

「こんな女が次期王妃候補だったとは」

罵声が飛び交う中、アレクは立ち上がった。

「セレスティア・ド・モンクレール。私は貴女との婚約を破棄する。貴女のような心の醜い女性とは、到底結婚などできない」

その瞬間、セレスティアの胸に小さな安堵が宿った。ようやく、この茶番から解放される。

「国外追放とする。二度とアストリア王国の土を踏むことを許さない」

「承りましたわ」

セレスティアは優雅に一礼すると、踵を返した。その背中に向けて、さらなる罵声が浴びせられる。

「国の恥さらし!」

「二度と戻ってくるな!」

だが、セレスティアの表情に動揺の色は見えなかった。むしろ、長年の重荷を下ろしたかのような清々しさすら感じていた。

なぜなら彼女は知っていたからだ——自分の本当の価値を。そして、これから起こることを。

* * *

馬車に揺られながら、セレスティアは十五年前のことを思い出していた。

あの日、彼女はまだ七歳だった。母であるヴァレリア王国のイザベラ女王に手を引かれ、玉座の間に立っていた。

「セレスティア、よく聞きなさい」

母の声は優しくも厳格だった。

「貴女にはヴァレリア王国の第一王女として、とても大切な使命があります。隣国アストリア王国との和平のため、貴女には身分を隠してあちらの国で過ごしてもらわなければなりません」

「お母様と離ればなれになるの?」

幼いセレスティアの問いかけに、イザベラ女王は膝をついて娘の目線に合わせた。

「辛いでしょうが、これは両国の平和のため。貴女は『モンクレール公爵家の養女』として、アストリア王国で暮らすのです。そして機が熟すまで、決して正体を明かしてはいけません」

「いつまで?」

「必要な時が来るまで。その時は必ず来ます。それまでは、どんなに辛くても耐えなさい。貴女は私の誇りです、セレスティア・ヴァレリア」

母の手は温かかった。それが、母と過ごした最後の記憶だった。

アストリア王国での十五年間は、決して楽なものではなかった。「養女」という出自を理由に冷遇され、「高慢だ」「生意気だ」と陰口を叩かれ続けた。だが、セレスティアは母との約束を守り続けた。どんなに屈辱を受けても、決して正体を明かすことはなかった。

そしてアレク王子との婚約も、両国の和平を維持するための政略に過ぎなかった。彼女に愛情など最初から期待していなかったし、向けられてもいなかった。

マリア・ハートウェルが現れた時、セレスティアはむしろ安心した。これで、この偽りの関係も終わりを告げる。母が言った「必要な時」が、ついに来たのだと。

「お嬢様、もうすぐ国境です」

御者の声で現実に戻ったセレスティアは、馬車の窓から外を見た。見慣れた風景が、やがて故郷の景色に変わっていく。

十五年ぶりに帰る、本当の故郷へ。

* * *

「お帰りなさいませ、セレスティア様」

国境の検問所で待っていたのは、ヴァレリア王国の近衛騎士団長、ガブリエル・ド・ロレーヌだった。彼の後ろには精鋭騎士たちが整列している。

その光景を見た瞬間、護衛としてついてきていたアストリア王国の騎士が青ざめた。

「が、ガブリエル・ド・ロレーヌ……!あの『黄金の獅子』が、なぜここに……」

ガブリエルはヴァレリア王国最強の騎士として、近隣諸国にその名を轟かせている人物だった。そんな彼が、一介の「追放された令嬢」を迎えに来るはずがない。

「では、セレスティア様。お着替えを」

侍女が差し出したのは、深い紫と金の装飾が施された正装だった。ヴァレリア王国の王族のみが身に着けることを許される、特別な衣装。

セレスティアは何の躊躇もなく、それを受け取った。

「十五年間、ご苦労様でした」

ガブリエルの言葉に、セレスティアは小さく微笑んだ。

「ええ。長い演技でした」

着替えを終えたセレスティアの頭上に、侍女が王冠を載せる。瞬間、十五年間封印されていた真の威厳と美しさが解放された。

「こ、これは……」

アストリア王国の騎士は、目の前の光景が信じられなかった。つい先ほどまで「追放された悪役令嬢」だった女性が、今や荘厳な王女の姿で立っている。

「申し遅れました」

セレスティアは優雅に一礼した。その仕草には、生まれながらの高貴さが溢れていた。

「私の本名は、セレスティア・ヴァレリア。ヴァレリア王国第一王女です」

騎士の顔から、さらに血の気が引いた。彼は慌てて馬に飛び乗ると、一目散にアストリア王国へ向かって駆け出した。急を要する報告をしなければならない。

だが、それはもう手遅れだった。

「母上はお元気ですか?」

「はい。女王陛下はお元気です。そして、セレスティア様のご帰還を心待ちにしておられます」

ガブリエルの答えに、セレスティアは安堵の息を漏らした。

「では、帰りましょう。本当の故郷へ」

豪華な馬車に乗り込んだセレスティアを、護衛の騎士たちが取り囲む。その隊列は、まさに王女に相応しい威厳に満ちたものだった。

馬車がヴァレリア王国に向けて動き出すと、セレスティアは振り返ることなく前を見つめた。もう二度と、偽りの人生を歩むことはない。

* * *

一週間後、アストリア王宮は大混乱に陥っていた。

「経済制裁だと!?」

アレク王子の声が執務室に響く。彼の前には、青ざめた顔の大臣たちが並んでいた。

「はい。ヴァレリア王国のイザベラ女王陛下より正式な通達が参りました。『我が娘への非礼に対する報復として、アストリア王国との全ての貿易を停止する』と」

外務大臣の報告に、アレクは机を叩いた。

「娘だと?セレスティアが女王の娘だというのか?」

「間違いありません。セレスティア・ド・モンクレール嬢の正体は、セレスティア・ヴァレリア王女でした。つまり、殿下は隣国の王女との婚約を一方的に破棄し、国外追放されたのです」

その事実に、アレクは愕然とした。ヴァレリア王国といえば、大陸でも有数の強国だ。軍事力も経済力も、アストリア王国を遥かに上回る。

「すぐに謝罪の使者を送れ!」

「それが……」

大臣が口籠もった時、さらなる悪報が飛び込んできた。

「緊急事態です!エルドラド王国とセラフィム公国も、我が国との貿易を停止すると通達してきました!」

「なんだと!?」

エルドラド王国の第二王子レオンハルトと、セラフィム公国の大公子フェリックス——彼らは以前から、セレスティアと親しい関係にあった。アレクは単なる社交辞令だと思っていたが、実際には彼女の正体を知った上での外交関係だったのだ。

「さらに、ルナティック帝国からも抗議文が……」

次々と舞い込む悪報に、アレクは頭を抱えた。気がつけば、アストリア王国は完全に孤立していた。

「殿下、このままでは国が持ちません。一刻も早く、ヴァレリア王国に謝罪を……」

「分かっている!」

アレクは立ち上がった。プライドなど、もはやどうでもよかった。国が滅びてしまえば、王子も何もない。

「すぐに準備しろ。私自らヴァレリア王国に赴く」

だが、彼はまだ知らなかった。セレスティアがどれほど深く傷ついていたかを。そして、彼女がもう二度と許すつもりがないということを。

一方、マリア・ハートウェルは自室で震えていた。自分が利用された真実を知り、そしてこれから起こるであろう報復を恐れて。

「私、どうしよう……」

彼女もまた、この大きな渦に巻き込まれた一人だった。だが、それは自分が選んだ道の結果でもあった。

* * *

ヴァレリア王国の王宮は、十五年前よりもさらに美しく荘厳になっていた。セレスティアは母イザベラ女王と再会を果たし、涙ながらに抱擁を交わした。

「よく耐えました、我が娘よ」

「お母様……」

十五年間の辛苦が、母の温かい抱擁によって癒されていく。セレスティアは改めて実感した——自分は愛されている、大切にされている存在なのだと。

「さあ、もう貴女は何も我慢する必要はありません。本来の貴女として生きなさい」

その言葉に、セレスティアは深く頷いた。

王女として復帰したセレスティアのもとには、各国から求婚の申し込みが殺到した。エルドラド王国のレオンハルト王子、セラフィム公国のフェリックス大公子、そしてルナティック帝国の皇太子アウグストゥス——彼らは皆、セレスティアの真の価値を理解していた人々だった。

「皆様のお気持ちは嬉しく思いますが、今はヴァレリア王国の発展に専念したいと思います」

セレスティアは全ての求婚を丁重に断った。恋愛よりも、まずは国のため、そして自分自身のために生きたかった。

そんな中、ついにアストリア王国からの使節団が到着した。

「ヴァレリア王国女王陛下、そしてセレスティア王女殿下に謁見を求めます」

使者の言葉に、セレスティアは冷たく微笑んだ。

「お会いしましょう。久しぶりに、元婚約者殿にお目にかかりたいものです」

玉座の間で、母イザベラ女王と並んで座るセレスティア。その姿は、まさに女王に相応しい威厳と美しさに満ちていた。

やがて扉が開き、アレク王子を筆頭とするアストリア王国の使節団が入ってきた。彼らの顔は皆、青ざめていた。

「ヴァレリア王国女王陛下、そしてセレスティア王女殿下。この度は、我々の不明をお詫び申し上げます」

アレクは深々と頭を下げた。その姿には、かつての傲慢さは微塵もなかった。

「アレクサンダー王子。久しぶりですわね」

セレスティアの声は、氷のように冷たかった。

「セレスティア……いえ、セレスティア王女殿下。どうか、どうかお許しを……」

「許し?」

セレスティアは扇で口元を隠した。その唇には、冷たい笑みが浮かんでいた。

「貴方は私を『心の醜い女』と罵り、国外追放にされました。それが許しを請うとは、随分と都合の良い話ですこと」

「それは……」

「もう遅いのです、アレクサンダー王子」

セレスティアは立ち上がった。その姿は、まさに裁きを下す女神のようだった。

「貴方方は、ヴァレリア王国の王女を侮辱した。その報いは、必ず受けていただきます」

「セレスティア王女殿下、どうか慈悲を……」

「慈悲?」

セレスティアの声に、初めて感情が籠もった。それは、長年抑えていた怒りと悲しみだった。

「私が十五年間、どれほどの屈辱に耐えてきたか、貴方はご存知ですか?毎日毎日、『養女の分際で』『生意気だ』と罵られ続けてきたのです。それでも私は、両国の平和のために耐え忍んできました」

「それは……」

「にも関わらず、貴方は私を偽りの罪で断罪し、追放した。今更慈悲を乞うなど、虫が良すぎますわ」

アレクたちは言葉を失った。セレスティアの怒りは正当なものであり、反論する余地など全くなかった。

「アストリア王国には、それ相応の代償を支払っていただきます。具体的には——」

セレスティアは母イザベラ女王を見上げた。女王は小さく頷く。

「年貢として、国家予算の三割を納めること。そして、重要な外交決定については、事前にヴァレリア王国の許可を得ること」

それは事実上、属国化を意味していた。

「そ、そんな……」

「嫌でしたら、戦争という選択肢もございますが?」

セレスティアの冷たい言葉に、アレクたちは震え上がった。ヴァレリア王国の軍事力を相手に戦争など、自殺行為に等しい。

「……承知いたしました」

アレクは屈辱に歯を食いしばりながら、頭を下げた。

「賢明なご判断ですわ」

セレスティアは再び扇で口元を隠すと、最後に一言告げた。

「あの時『心の醜い女』と言ってくれたおかげで、真の美しさに目覚めることができました。感謝していますわ」

その言葉は、まさに完璧な復讐の締めくくりだった。

アレクたちが退室した後、セレスティアはようやく肩の力を抜いた。長年の重荷が、ついに降りた瞬間だった。

「これで終わりですわ、お母様」

「はい。貴女は立派にやり遂げました、セレスティア」

母娘は微笑み合った。偽りの人生は終わり、真の人生が始まったのだ。

窓の外には美しい夕日が沈んでいく。それは、一つの時代の終わりと、新たな始まりを告げる光だった。

セレスティア・ヴァレリア王女の物語は、ここから本当に始まるのだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。今回は復讐の爽快感を重視したストーリー展開にしました。セレスティアの最後の一言は、何度も推敲して一番痛烈な言葉を選んだつもりです。

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― 新着の感想 ―
ここで言われてる和平ってのは拡張主義国家ジョークというか隠語で、最終的に国境が無くなったら争いも無くなるよね!的な意味なんだろう。と思って読みました。
( ̄▽ ̄;)和平??? ( ̄▽ ̄;)すみませんが作品を読む限り、女王が娘を使って、隣国をペテンに掛けた様にしか思えないのですが…? ( ̄▽ ̄;)身分や出自を隠して隣国へ嫁いだとして、どうして和平になる…
和平の為?なんで?というか、どういうこと?と、そもそもの前提に疑問しかない……。王女自らスパイ活動していたようにしか思えない。ザマァなのかな?なんだか前提からしてアヤフヤに思うので不完全燃焼な読後感で…
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