初の実戦-無傷の帰還です
朝、騎士団の訓練に混じった途端、整列させられた。
「これより騎士団は、盗賊討伐に向かう。つきましたはアッシュ様も警戒班として参加を」
「はい!」
盗賊が村を襲い、複数の民家が焼かれたという。
まだ六歳である俺に前線が任せられない。それで見習い騎士が多く所属する警戒班に回されたのか。
正直、一番の心配である戦いの実戦をしてみたい気持ちはあったが、六歳に前線を任せるなんて正気じゃないだろう。
妥当な判断。むしろ今日参加できるとは思ってなかった。
使用人たちの見送りを受けながら、俺は騎士たちと馬車に揺られて侯爵領西部へと向かった。
現地に着いた頃には日が高くなっていた。
のどかな農村だ。
だが、人々の顔は険しい。すでに何人かの村人たちは不安そうに荷物をまとめていた。
一応、襲われるリスクの低い村らしいが、警戒を怠ることはできない。
「皆さん、落ち着いてください。避難経路はこちらです!」
「騎士団がついています。ご安心を!」
先輩騎士と一緒に住民を誘導しながら、周囲を警戒していた。
すると、一人の新兵が物陰で震えているのが目に入った。
年は十代後半になったばかりといったところか。
甲冑に身を包んで、槍を手にしているが、顔は真っ青だ。
近づいて、しゃがみ込む……必要はないな。
むしろ見上げるようにして聞いた。
「どうした?」
「……すみませんアッシュ様。俺、足が……」
「すくんでしまったのか?」
コクリと小さくうなずく。顔が恐怖に引きつっている。
「怖いのは当然だ。だけど、ここでお前が立ってくれているだけでも、村人は安心するんだ」
俺はそっと手をとっていった。
「それでも怖かったら、俺の隣に立っていろ。槍が振れなくてもいい。俺が振る。だから、行くぞ」
そのとき、村の西の方角から、警笛が鳴った。
それは、見張りの合図。
『敵、接近』
直ぐに決められた集合場所へ集まる。
「敵襲!西の森から接近!」
怒号が響くと同時に、村の空気が変わった。
騎士たちが一斉に武器を構え、村人たちの避難誘導をする。
先ほどまで震えていた若い騎士も何とか立ち上がれた様子だ。
遠目に見える敵影、盗賊たちがいた。
川の鎧に身を包んだ粗暴な一団。
その中に、ひときわ異彩を放つ男がいた。
黒い外套に身を包み、動きに無駄がない。
背中には銀の長剣。歩幅、姿勢、すべてが洗練されていた。
剣を抜き払った。
まさか。
帝国式剣術を使うもの特有の構えだ。
前世でやりこんだ『レゾナンス・ハート』の中で見おぼえがある。
どうして、盗賊の群れの中に、こんな奴がいる。
「アッシュ様、村の裏手が薄いです!」
「分かった!俺が行く!」
俺はすぐに数名の若い騎士を連れて村の裏手に向かう。
敵の先陣が、村の柵を乗り越えようとしていた。
「弓を構え!敵を止めろ!」
俺の指示に騎士たちが反応する。数本の矢が鼻たれ、盗賊たちの何人かが倒れた。
取得:指揮Lv:2
その直後、敵の後方から現れた黒衣の男が、弓を放った騎士に襲い掛かった。
ただの一撃。迷いもぶれもない完璧な斬撃。
それを予想していた俺が間に入って盾で受け止めた。
取得:防御Lv:2
「おい……マジかよ……」
黒衣の男の剣筋に新兵がおびえている。
俺は振り返らずにいった。
「下がれ。ここは俺がやる」
黒衣の男が、ゆっくりとこちらに剣を向ける。
「子ども?侯爵の坊ちゃまか?」
「そうだ。アッシュ・ランデル。お前に勝つ子どもの名前だ」
「ぬかせ」
男が踏み込んできた。
帝国式の剣、スラッシュダンスの構えか。
俺も剣を抜く。
まさか、初陣が帝国剣術使いとは。
まあ、やるしかないか。
金属がぶつかる音が響く。
黒衣の男の剣は重く、早く、正確だ。
帝国式のそれは、隙をあたえることなく流れるように攻めてくる連撃。
対する俺はというと。
「見えるな」
撃ち込まれる剣筋。呼吸の間合い。筋肉の収縮。
まるで、ゲームで覚えた敵モーションが血肉となったかのように戦える。
前世の知識と、体がリンクし始める。
そして
取得:片手剣Lv10
取得:小盾Lv3
取得:回避Lv4
取得:防御Lv5
これが強くなっていく感覚。
男の突きを、ぎりぎりでいなして、足元へ滑り込む。
重心を崩すようにシールドバッシュを叩き込むと、男が舌打ちして飛び退いた。
「なんなんだ?お前は」
息が上がらない。むしろ、冴えていく。剣が手になじむ。動きが理想に近づく。
横眼には唖然とした騎士が見えた。
そりゃあ子どもが、狂気じみた剣豪と渡り合っていたらそんな顔にもなるか。
男が大きく踏み込む。帝国剣術の「崩撃」の構えだ。
受けた者に、強制スタンを入れるその攻撃に何度耐えたか、知らないだろう。
「見切った!」
剣先に盾をぶち当てる。
ジャストパリィ。
致命的な隙を晒す敵、鎧の隙間を的確に突いた。
男がうめき声を上げて、下がろうとする。
「このっ小僧が!」
怒気をはらんだ声。だが、その視線には恐怖があった。
俺をただの子どもではなく、戦士として見えていたのかもしれない。
突かれて、ダメージもあったのだろう。鈍い敵に踏み込んで、腹に膝蹴り。
剣の腹で頭を殴りつけてやった。
地面に倒れこむ黒衣の男。
勝ったか。
村の方角から援軍の軍旗が見えた。
「侯爵騎士団。本隊到着!」
周囲の盗賊たちが逃げ始めるが、もう遅いだろう。
先ほどまで絶望していた騎士たちが、一斉に歓声を上げた。
俺は剣を鞘に納めながら、勝者としての実感もなく。
周囲を見ていた。
そして、気づいた。
黒衣の男の腕には、黒い腕章が巻かれていた。
黒。
帝国のイメージカラーだ。そして帝国剣術。
どうしてだ。この段階で帝国の関与?
ゲーム内では、この王国に帝国が関与するのはもっと後のはず。何かがズレているのか。
予想より、早く。深く。そして汚く。
まあ、どうであれだ。
強くなるしかない。
この世界で生き残るために。
お父様、お母様、そしてリリスを守るために。
この領地を、未来を、この手でつかむために。
盗賊団の残党については追撃部隊に任せることになった。
俺たち先遣隊は、一足先に領都に帰還した。
騎士の仲間たちに声をかけた後、屋敷へ帰る。
門の前にはママンとリリスが待っていた。
「おかえりなさい、アッシュ」
ママンは、落ち着いた表情の中にも安堵の色をにじませていた。
その隣で、リリスが小さなハンカチを胸元に掲げるようにして、駆け寄ってきた。
「お兄様っ!お怪我は!」
「大丈夫。かすり傷ひとつないよ」
俺が笑いかけると、リリスも顔をほころばさせた。
「これ……お母様が、私たちにおそろいのハンカチをって……」
小さな手に握られていたのは、薄い水色の、きれいな刺繡入りハンカチだった。
これはママンのお手製の刺繍だな。
リリスとおそろいだなんて。ママンなりに頑張って歩み寄っているらしい。
よきかな。
彼女のハンカチと同じものが、俺にも手渡された。
「……ありがとう。大切にするよ」
「ふふっ。リリスったら、さっきから何度もハンカチを見てはにこにこしていたのよ」
母が珍しく穏やかな表情の笑みを見せる。
リリスは照れくさそうに笑いながら、俺の手をぎゅっと握った。
そのぬくもりに、戦場で感じていた冷たさが溶けていく気がした。
その夜。
涼しくなってきた夜風にあたっていると、足音がしてリリスが隣にやってきた。
白いネグリジェに、さっきのハンカチを握りしめている。
「お兄様」
「んー?」
「今日、使用人の人たちが、すごかったって噂していたの。お兄様が、たったひとりで怖い人と戦って勝ったって」
「まあね」
肩をすくめる。前世チートがあってのことだからなあ。
でも、自分はよくやったと思う。
花丸!
リリスは少しだけ黙って、それからポツリと口を開いた。
「わたし、ね。お兄様みたいになりたいって思ったの」
思わずリリスの顔を見る。
俺みたいに?いや、やめたほうがいいんじゃ。
「強くて、かっこよくて、困っている人がいたら手を出せる、そんな人に。いつか、なれるかな」
リリスからの評価が高すぎる件について。
多少動揺しつつ、なんとか返事をする。
「なれるさ」
「ほんとに?」
「もちろん」
俺はリリスの頭をそっと撫でた。
小さな妹の夢、それを守るために、やはり時間がなさそうだ。
リリスを部屋に帰した後も、俺はしばらくバルコニーに立っていた。
ゲームで知っていた帝国の動きよりも、遥かに早く、深く、この領地に手を伸ばしている。
俺が立ち上がらないといけない。
今日、恐怖を押し殺して、戦場で立ち続けた新兵のように。
そして、リリスの憧れとして。
もう、ゆっくりレベリングしている場合じゃないな。
この世界は思ったよりも早く動いている。
想定外のタイミング、そして敵。
既に始まってしまっている。
守るために、生き抜くために。
未来をこの手で変えるために。
「急がないとな」
そう呟いた俺の背中に、ひんやりとした夜風が当たった。
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作者が踊りながら続きを書きます。