〇 妹は見た。お兄様の背中
ひとりブックマークに入れてくださったので踊りながら続きを書きました!
朝。カーテン越しに差し込む光がまぶしくて、私は目が覚めた。
あたたかい。柔らかいベッド。いい香りのする毛布。夢みたいな朝だ。
ここは、ランデル侯爵家。お父様とお母様、そしてお兄様がいる家。
あの屋敷とは違う。冷たくて、静かで、だれも名前を呼んでくれなかったあの家とは。
まだ、夢なんじゃないかって思ってしまう。
あの日、お兄様は、私のことを「リリス」と呼んでくれた。
名前を呼ばれるのは、くすぐったくて、うれしくて、ちょっとだけあたたかい。
でも、怖い気持ちは消えない。
だって、私は邪魔だから。
前のお家で遠ざけられていたことを思い出す。
この家でも、そうなってしまうんじゃないかって思ってしまう。
お母様の目を思い出す。私を見る目は、遠い。
お兄様やお父様がそれとなく間に入ってくれるが、やっぱりすぐに仲良くはなれない。
けれど、今日も私はここにいる。
できることをしよう。
今日はお兄様が教えてくれた通りに、紅茶を「おいしい」といってみよう。
その朝、朝食の席にお母様もいた。
口元に笑みを浮かべながら、お兄様に「ちゃんと食べなさい」っていってた。
私にも「おはよう」っていってくれた。
なんとか「おはよう」って返せたけど、うまくできただろうか。
うれしかった。
家族って、こんなふうに過ごすんだ。
心のどこかが、ちょっとずつ溶けていくみたいだ。
午後、使用人の話を聞いた。
「アッシュ様、今日も騎士団の訓練に参加なさるようですわ」
訓練。あの、切りつけ合ったり、汗まみれになったりする場所。
大きな人たちが、大きな声で怒鳴ったり、剣を振り回したりしている世界だ。
以前のお家では、兄が訓練に参加するのを嫌がっていた。
それにときどき怪我をして帰ってきたことがあった。
……お兄様は、大丈夫でしょうか。
どうしても気になってしまって、こっそり訓練場に向かった。
途中で騎士に見つかってしまったが、私の顔を見るなり。
「見学でしたらこちらへどうぞ」
微笑んで案内された。
どうやら、見つかっても大丈夫だったようだ。
訓練場には、庭の奥にある広くて固い地面。
ぐるりと囲む石の塀。太陽がじりじりと焼き付けていた。
私はお兄様に見つからないように見学席からそっと覗いた。
「第六中隊、準備完了です!本日も、アッシュ様が訓練に参加されます!」
号令の声に、騎士たちが一斉に並ぶ。みな甲冑を身にまとい、鋭い目で前を見据えている。
そんな中に、ひとりだけ、小さな騎士がいた。
お兄様だ。
子ども用なのか小さな甲冑に、さらに重りをつけている。
私では立つことすら難しいかもしれない。
合図とともに、全員が走り出す。
地面が揺れるような足音が響いて、土煙が舞った。
騎士たちが走っている。
けれど、五分、十分と走り続けているうちに、様子が変わった。
最初に脱落したのは、若い騎士だった。そのすぐ後に二人目。その次も。
騎士たちが膝をついて、肩で息をしている間にも、お兄様は、走り続けていた。
息が乱れていない。足取りが、変わってない。
周りの騎士がひとり、またひとりと脱落していく中、お兄様だけが軽やかに走り続けていた。
すごい。お兄様はすごい。
怪我をさせてしまった私の手を握ってくれたときにも、すごい人だって思った。
けれど違う。これは、本当に何かが違う。
笛が鳴らされた。
「アッシュ様、三十周達成です!」
騎士たちがどよめく。
教官らしき人が、腕を組んでうなっていた。
「……あれは、尋常じゃないな」
多くの大人たちが、驚いた顔でお兄様を見ている。
中には、震える手で剣の柄を握りしめる騎士、怪物を見る目でお兄様を見る騎士もいた。
怖くなんて、なかった。
ただ誇らしかった。
この人が、私のお兄様なんだ。
胸がじんわりと熱くなるのを感じた。
その後、私は使用人に聞いて、サロンへと向かった。
お母様が、紅茶の準備をしていると聞いたからだ。
いつもの私なら、逃げてしまっていたかもしれない。
でも今日は、ほんの少しだけ、がんばってみたかった。
扉をノックすると、中から「入りなさい」と澄んだ声が返ってきた。
お母様はテーブルにティーセットを並べていた。
相変わらず鋭い印象を与える顔ではあるけども、きれいな人だった。
神も、背筋も、言葉遣いでさえも、全部が絵本の中にでてくるような貴婦人みたい。
でも、お兄様がいっていた。
『お母様は紅茶が大好きで、得意なんだ』
だから、私は、深くお辞儀をしてからいった。
「お母様……よろしければ……ご一緒しても、よいでしょうか?」
お母様は驚いたように目を開いた。
でも、次の瞬間には静かに頷いて、椅子を示してくれた。
ティーカップが手元に置かれ、芳しい香りが立ち上る。
まるで紅茶自身が飲んでっていってるみたいだ。
一口、口に含むと、口の中で葉が開いたように味が広がる。
柔らかな苦み、そして甘み。
「おいしいです」
反射のように、言葉が漏れた。
言葉を取り繕う時間もなかった。
お母様の目が、少しだけ細まった気がした。
「そう。よかったわ」
それだけだった。
でも、その言葉はいつもより柔らかく、ほんのりと色づいていて、優しかった。
私はそれだけで、泣きそうになった。
紅茶を飲み終えたころに、サロンから見える窓の外に、訓練を終えたお兄様が歩いているのが見えた。
お兄様はなにか嬉しいことがあったかのように、笑っていた。
太陽光の中で笑う、お兄様は本当に素敵で目が離せなかった。
お母様も、それに気づいたのか、窓の外を見ていた。
「……あの子も、変わったのね」
私は聞き返さなかった。そっと胸の中に、その言葉を仕舞った。
夜。
日は沈み、廊下が薄暗くなる時間帯。
私は、お兄様の部屋の前で足を止めていた。
ノックする勇気はなかった。
ただ扉の前に立っていたとき、廊下の向こうから声が聞こえてきた。
「――盗賊が、本当に?」
「はい。近隣の村に目撃情報がありました。民家がいくつか……焼かれたそうです」
「侯爵様には?」
「既に報告済みです。騎士団も動いていますが、しばらくは警戒が必要でしょう」
使用人たちのひそひそ声。遠ざかっていく足音。
盗賊。焼かれた民家。警戒。
どれも怖い言葉だった。
でも今は、お兄様がいる。
お兄様といっしょならきっと大丈夫だ。
それでも、なぜだろう。
胸の奥が冷たくなった。
窓を見上げると、夜空には雲がかかっていた。
少し月が欠けている。
その光は、だれかを照らそうとして、届かないでいるみたいだった。
取得:持久力Lv:15
片手剣 Lv:8
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