家族が不和なようです
リリス・ランデル。
『レゾナンス・ハート』では女主人公を選んで王子ルートを進めたときに立ちはだかる悪役令嬢である。
婚約者である王子にすさまじく執着しており、リリス・ランデルではなく、リリス・病んでるじゃねーかといわれるキャラクター。
王子に近づき、王子の心が奪われていく様に我慢できず。主人公の妨害を始める。
いろいろ嫌がらせ行為を行うも、最後には決闘で愛の力で覚醒した女主人公によって倒される。
その後は、リリス・ランデルの兄。つまり俺の手によってくそみたいな環境の後妻として押し込められる。それからの物語を語られることはないが、いい結果ではないだろう。
この愛らしい子が歪んで育ってしまうこと。
そしてろくでもない奴の元に嫁がされてしまうことを考えると、胸糞が悪くなる。
「このくそ野郎が!」
後妻になった原因のアッシュ・ランデルとかいう野郎の頬を叩いてやった。
痛かった。あとじんじんする。
さて、設定資料集を見たからわかる。
『複雑な家庭環境から愛を求めている。婚約者という関係の王子に執着している』という文章。
リリスが歪んでしまう原因は恐らく家庭環境だ。
元々の家でも排斥されていたからこそ、可哀想に思って父が引き取ったと思われるが、この家でも排斥されることになる。
第一の関門は俺だ。俺だけがちやほやされるはずだったのに急に妹ができて、虐めていたのだろう。
今までのアッシュ・ランデルならやりかねないことだ。
そして、次の関門は――
「御馳走様でした」
母のリソス・ランデルはそういい残すと、自室へと引きこもってしまう。
食事中の会話は途切れ途切れ。父が水を差し向けるも拒絶。
不和!圧倒的な不和!
家庭崩壊の危機ですよこれは。
唸る俺の頭脳がそう告げている。
父は傷心したように、食卓から離れる。
リリスは自分が原因だと知っているのか泣きそうだ。
「お兄様……私が原因でフリック様とリソス様が……」
「リリス。新しい家族が増えたんだ。衝突のひとつやふたつ。あるものさ」
「でも……」
「お兄ちゃんに任せなさい」
今、リリスから行動するのは下策かもしれない。
ここは、お兄ちゃんである俺が何とかするべきだろう。
◇◇◇
トントントン……。
父の書斎の部屋をノックする。
父は考え込むときは、大体はこの部屋にいる。
「アッシュかい?」
「はい。お父様」
フリックパパンが扉を開けてくれる。
俺は書斎に入って、疲れたように座っているパパンと向き合う。
「お父様。お母様のことですが……」
「分かっているよ。アッシュ。今は唐突すぎて……リソスも受け入れられなないだけなんだ。少し時間が経てば分かってくれるよ」
パパンはママンのことを意外と分かっていないな。
いいづらいだろうと、俺が間に立たなければ、溝は深まるばかりだろう。
「お父様は、その、リリスのことをお母様に相談したのですか?」
父は机に肘を着いて、組んだ手を口に当てた。
「いや、私も衝動的にリリスを引き取ってしまってね。……相談できていないんだ」
「それです。お父様。重要なことを事前に相談しなかったこと。さらにお母様はお父様が妾に産ませた子どもを引き取ってきたのではないか。愛されていないのではないかと不安になっているのでは?」
パパンが椅子から勢いよく立ち上がった。
「そんなはずはない!リソスには毎日愛を伝えている。そんな疑いを持つはずがない。事前に相談できなかったのは申し訳ないが……」
なるほど、なるほど。
ここで図々しく突っ込むべきだ。
「お父様。お言葉ですが、私も妹ができたことでお父様からの愛情が減ってしまうのではないかと疑っていました。怪我をした私を心配する表情を見て、それは誤解だったのだとわかりましたが」
まあ、嘘ではない。怪我をして大人?になったことで客観視できたこともある。
「ですが、お母様はどうでしょう。突然知らぬ子が家族となり、夫が愛を注いでいる。不安になって当然ではないでしょうか」
「……そう、だろうか」
「そうです。そして私がそうであったように、不安になると意固地になってしまうのです。私もリリスもお母様の心の扉を開くことはできません」
俺がむりやりリリスのことを納得させても、お母様は心のどこかにしこりが残り続けるだろう。
「お母様の心の扉を開き、抱きしめることができるのは、お父様だけなのです」
「……そうか」
パパンは消沈したように答えた。
そして、勢いを取り戻したかのように立ち上がると俺の頭を撫でた。
「アッシュはいつの間にか大人になったんだなあ……」
「いいえ、お父様。大人になったのではありません。兄になったのです」
「そうか」
そして覚悟を決めたように腕を伸ばした。
「今からでも、リソスと話してくるよ。……アッシュ。ありがとう」
「いえお父様。素敵な妹ができました。お父様がしたことは決して間違いではありませんし、間違いにしません」
パパンは書斎から出るとママンの部屋に向かった。
これからどんな会話が行われるのかは知らない。
恐らくはパパンは大変不利な立場からの話し合いだろう。
必殺技も出るかもしれない。
それでもパパンの背中はとても大きかった。
◇◇◇
夜。ベランダに出ていると、隣の部屋からリリスが出てきた。
白のネグリジェを着ているリリスは大変かわいらしいが、兄として一言いわねばならなかった。
「リリス。そんな恰好で夜風にあたっていると風邪をひくぞ」
「……お兄様」
不安そうな表情。
できるだけ、優しい声色で問いかける。
「どうしたんだい?」
「私は……この家にもいてはいけないのでしょうか?」
胸が痛い。6歳の子どものこんなことをいわせてしまった自分の未熟だ。
「そんなことはないよ。お母様のことをいっているのかい?」
「……はい」
今日のママンは大人げなかったからなー。
まあ、ママンも限界だったのだろうが。
「ちょっと新しい家族が増えてびっくりしただけさ。俺だってそうだったろう。素敵な女の子が家族になると、緊張してしまって変なことをしてしまうのが家の家系なんだ」
「……そう、でしょうか?」
「もちろん」
「でも――」
「お母様は紅茶を入れるのが大好きで、得意なんだ。今度お母様が紅茶を入れてくれる機会があったら、素直な感想をいってみるといい」
「……ありがとうございます」
まだ不安そうだ。突然別環境に放り込まれたのだ。不安になって当然か。
「また、不安になったらいつでも兄に相談しなさい。できる限り頑張ってみるから」
そういうと、淡く笑った。
少し欠けた満月が彼女の笑顔を照らしている。
「はい。お兄様」
「うん。リリス。いい夢を」
そういって部屋に帰った。
次の日のこと。
「フリック。あーん」
「リソス。恥ずかしいよ。あーん」
朝食でラブラブしている両親の姿があった。
なんだろう。つらい。
リリスは両手で目を隠して……いない。
興味津々で指の隙間から見ている。こらこら。
なんにせよ。家族という関門は過ぎ去ったようで安心した。
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作者が踊りながら続きを書きます。