転生しました
新作です。よろしくお願いいたします。
「発売した『レゾナンス・ハート』、どこまで行った?」
「とーぜん。全ルートクリアして今裏ダン攻略中だけど」
ちょっと自慢するように話す。話しかけてきたのは同じクラスの友達。
俺と同じでアニメやゲーム好きの友達だ。先週発売した『レゾナンス・ハート』を一緒に買って、プレイしている。
友人は驚きつつもおどけて答える。
「さっすが。熱中すると、なんでも速攻攻略しちゃうよな。あの恋愛シミュレーションRPG。恋愛だけじゃなく生産要素やら戦闘やらやること多すぎるんだよな」
「それがいいんだろ。やりこみ要素の塊って感じで」
『レゾナンス・ハート』はストーリーがおまけといってもいいくらい、ストーリークリア後のやりこみ要素が強い。生産はゲームクリアしてからが本番といってもいいほど奥深いし、村づくりもこだわれば切りがない。戦闘に至っては俺がやっている裏ダンジョンでもまだレベルが半分もいっていない。
正直にいってPVを見たときから魅了されていたのだ。発売してからというもの余った時間はゲームに熱中していた。
……有意義な時間だった。
「それにしても。全ルートクリアってことは、女性主人公ストーリーもクリアしたのか?」
「……まあね。男キャラクターを攻略するのは微妙な気持ちだったけどね。評判が良かったから。実際ストーリーは結構面白かったし。キャラクターも可愛かったりかっこよかったりしてなんとかね」
「俺は、男主人公だけのクリアでいいかな~?」
「そうやってクリアしたときの喪失感に耐えられずに周回ついでに女主人公の扉を開くんだ」
「え~」
俺が腕を組みながら「うんうん」と、若干嫌そうに聞いている。
「次はどの作品やりこむつもりなん?」
「目を付けているタイトルはあるんだけど。いまはやりこみ要素のほうかな。裏ダンジョンがまだまだクリアできそうにないし。最強装備も作ってないからな」
「ほ~ん。俺まだ3つ目のボスのところで躓いてるんだけど、どうしたら攻略できるようになるだろうな?」
「ちゃんと、生産やいろんな武器種のレベル、恋愛をすすめてる?あれらの総合が主人公の能力に関係してくるから、色々寄り道するのが、いいよ」
「分かった。やってみるよ。それじゃあ続きはまた明日にでも話そうぜ」
「おう。明日は俺の序盤、中盤おすすめ装備でも紹介するよ」
「え、まじか。楽しみにしてるわ」
そういって俺たちは校門で分かれた。もっと話したい気持ちもあるが、今は裏ダンジョンの攻略を進めたい。
「じゃあ、お疲れ様でした」
「おう。お疲れ様です」
自転車に乗って走り出す。
しばらくして、胸に急な痛みが走った、
「いったっ!」
思った瞬間、ブレーキをかける。道のできるだけ端に止める。
痛みはさらに強くなっていく。
胸元のシャツを握りしめるようにしているが、痛みは治まらない。
次第に息まで苦しくなっていく。
だんだんと世界の輪郭が薄らいでいく。
立つことすら難しくなって自転車ごと倒れてしまう。
どんどんと目の前が真っ暗に染まっていく。
ああ。こんなことなら今日休んででも裏ダンを攻略しきっていれば良かった。
それが、俺の最期だった。
◇◇◇
という前世の記憶を、さっき頭を強く打った拍子に思い出した。
アッシュ・ランデル。御年6歳。
ランデル侯爵家の一人息子としてかわいがられて育った結果、立派な箱入り息子だ。
プライドが高く、傲慢なお坊ちゃまだ。
今日、アッシュ君……いや、俺は不機嫌の極みにあった。
理由は、養子になって俺の妹となったリリスちゃん6歳。
カラスの濡場色のようなしっとりとした黒髪に、アメジストのような瞳。
それを俺は見慣れぬ色であるし、不気味な奴だと思っていた。
その上、今まで俺だけをちやほやしてくれた父が、やたらとリリスを構う。
結果、ぶち切れ。
甘やかされて育った俺は、我慢などしなかった。
リリスに対して、大人げない態度を取っては、父に注意される。
それでさらにリリスに対して怒りを覚える。
空気の悪さを感じた父は、そんな状況を打破するべく。
ランデル侯爵家内にある乗馬場へと俺たちを誘った。
リリスは健気にも俺とコミュニケーションを取ろうとしてくれるが、大人げなくガン無視。
父が見本を見せてくれて、何気にスペックの高い俺が軽く場内を流して見せる。
リリスは馬に乗ったことがないということで、まずは馬と触れ合おうというとき、事件が起きた。
リリスが触れた瞬間、暴れる馬。
その延長線上にいる俺。
暴れ馬 VS アッシュ・ランデル ファイ!
結果?いうまでもない。完敗だった。
暴れ馬にピンボールのように吹き飛ばされた俺はゴロゴロと場内を転がった。
転がった際に頭を強く打ったのか多量に血が噴き出していた。
慌てる父とリリス、そして侍従の方々。
俺はというと、吹き飛ばされた以上の衝撃があった。
なにせ、その衝撃で前世の記憶を取り戻したのだから。
前世では男子高校生をしていた。
アッシュ・ランデル6歳の頭脳に突然男子高校生としての記憶がぶち込まれたのである。
その記憶に耐えられず、頭がショートしたのか、気を失った。
◇◇◇
気が付いたら寝室で、目を覚ました。
ベッドに寄りかかるようにしてリリスが寝ていた。
傍に待機していた侍従が部屋の外に出ていった。
窓を見れば、きれいな満月が覗いていた。
あの侍従、寝ずの番をしていてくれたのか。
人の気配に気が付いたのかリリスが目を覚ました。
「お兄様……いえ、アッシュ様……」
大きくて綺麗な瞳にみるみるうちに涙が溜まっていく。
「申し訳ありません。私が、私が悪いのです!」
決壊する。涙が真っ白な頬を流れていく。
俺はいったい何をしているんだ。
6歳の子どもを泣かして、自分を責めるような顔をさせてしまっている。
「大丈夫だよ、リリス。こんな傷大したことないさ。それに大切なことを思い出せたしね」
俺はそっと流れる涙を拭いながら笑っていった。
リリスは俺の言葉を聞いて唖然としたような表情をしている。
それはそうなるな。
さっきまで邪険にしていた人間がこんな態度を取り始めたら、びっくりして当然だ。
リリスは信じられないように、でも信じたいようにそっという。
「アッシュ様は私のことを嫌っていらっしゃるのではないのですか?」
「全然。むしろこんなにかわいい妹ができて戸惑っていたんだ。誤解させてごめんな。よかったらこれからは仲良くしてくれないか?」
「アッシュ様……」
毛布越しに添えられたリリスの小さな手を握る。
冷たい手だ。よほど緊張していたのだろうか。
温度が伝わるように、温かくなるように包み込む。
「これからは兄妹となるんだ。アッシュ様ではおかしいな。これからは兄と呼んでくれ」
「……お兄様」
「うん。リリス。よろしく頼むよ」
それにしても、アッシュ・ランデルとリリス・ランデル、か。
うん?リリス・ランデル?
聞いたことがあるような?いや。見覚えのある名前だ。
リリス・ランデル……リリス・ランデル……
あっ!
「リリス・ランデル!」
「は、はい。お兄様!」
リリスが反応していたが、それどころではなかった。
リリス・ランデルといえば、恋愛シミュレーションRPG『レゾナンス・ハート』で女主人公で王子ルートを選んだ際に、立ちはだかる悪役令嬢じゃないか!
それで俺はアッシュ・ランデル。この子のお兄ちゃん。
つまり、悪役令嬢の兄ということ!
「う、うにゃああああああああ!」
侍従に呼ばれてきた父と新しくできた妹を混乱させてしまったが、俺もそれどころじゃなかった。
転生した先が、悪役令嬢の兄ってどういう立ち位置だよ!
ブックマーク、評価、感想をいただければ作者は踊って感謝して続きを書きます。
よろしくお願いいたします。