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短編小説(異世界恋愛・ホラー以外)

きらきらの素

作者: 三羽高明

 冬の訪れが近いある日のこと。森の奥にある村の住民たちは広場に集まっていました。


「皆、冬の間も仲良く暮らすのですよ」


 集まった村人たちに別れの挨拶をしているのは太陽です。


「太陽さんもお元気で」

「また春にお会いしましょうね」


 村人たちは太陽に向かって手を振ります。この村では、冬の三カ月間、太陽は姿を消して、春にならないと戻ってこないのです。


 太陽がだんだん小さくなっていきます。それと同時に、辺りが薄暗くなってきました。そして、太陽が完全に姿を消すと、村はまるで夜が訪れたように真っ暗になってしまいました。


 冬の間は昼間でもこの暗さです。村人たちは持ってきたロウソクにマッチで火をつけ、ランタンの中に入れました。


 皆、ポツポツと家に帰り始めます。ふと、誰かがあることに気づきました。


「今年もアンペール博士は来なかったな」


「また研究所で発明でもしているんでしょうか」


「誘ってあげるべきでしたかねえ。博士も太陽にお別れが言いたかったでしょうに」


「まさか。彼は引きこもって変なものを作っているほうが好きなのですよ。あの人、変わっていますから」


 そうだ、そうだと言いながら、村人たちはそれぞれの家に入っていきました。


 一方、その頃のアンペール博士はというと……。


「ついにできたぞ!」


 アンペール博士の喜びの声が研究所にこだまします。


「これぞわしの最高傑作! これで、わしの発明をバカにしたやつらを見返せる!」


「どうしたの、博士?」


 研究所のドアが開いて、十歳くらいの少年が入ってきました。


「ワットじゃないか。太陽の見送りには行かなかったのか?」


「行ったけど、先に帰ってきちゃった。博士が心配だったからね。はい、いつもの差し入れ。どうせ、今日もご飯食べてないんでしょう? 博士って研究に夢中になると、ほかのことは皆忘れちゃうんだから」


 ワットは机の上に紙袋を置きました。アンペール博士のお腹がぐぅぅと鳴ります。ワットの言うとおり、博士は朝から何も食べていませんでした。


「博士の大好きなコロネだよ」


「中身はチョコか?」


「そう。で、生地は白いやつ。……あっ! ちゃんと手を洗ってから食べないとだめだよ!」


 ワットに言われたとおりに手をきれいにしてから、アンペール博士はチョココロネにかぶりつきます。


 ワットは研究所の裏に建っているパン屋さんの子でした。心優しい彼は、村人たちから変人扱いされているアンペール博士を理解してくれるたった一人の人です。こうして毎日のように店の名物であるコロネを届けては、博士を気遣ってくれるのでした。


 博士がコロネに夢中になっている間に、ワットは前に研究所に来たときはなかったものに気づきました。ワットはそれをしげしげと眺めます。


「博士、これなあに?」


 栓をしたフラスコの中に、光る球のようなものが入っています。大きさは親指の爪くらいで、宙に浮いていました。


「もしかして、さっき言ってた『最高傑作』?」

「そのとおり!」


 コロネを食べ終えたアンペール博士は、にんまりと笑いました。


「これはな、『きらきらのもと』というんだ」


 博士は室内を照らしていたロウソクの火を消します。部屋は真っ暗になりましたが、きらきらの素の周りだけは明るく輝いていました。


「どうだ、すごいだろう」


 アンペール博士は得意げな顔です。けれど、ワットは首をかしげました。


「ロウソクの代わりになる新しい照明ってこと? でも、ロウソクより光が弱いね」


「いや、そんなことはないぞ」


 アンペール博士はフラスコの栓を抜きました。すると、きらきらの素が中から飛び出してきて、天井すれすれの位置で止まります。


 それだけではありません。きらきらの素は、フラスコの中に入っていたときよりずっと大きくなっていました。明るさもロウソクより強く、部屋全体が太陽が出ているときと変わらないくらい明るく照らし出されています。


「わあ……!」


 ワットは感心して大きく口を開けています。博士はふんぞり返りました。


「明るいだけじゃなく、こいつはロウソクと違って触っても熱くないし、火も使わないんだ。だから、ヤケドをしたり火事になったりする心配もない。きらきらの素があれば、太陽が姿を消す冬の間も安心というわけさ」


「すごいね、アンペール博士! 皆大助かりだよ。さっそく村人たちに配ってこなくちゃ!」


「配るだと? 寝ぼけたことを言っちゃいかん」


 ワットの提案に博士は顔をしかめます。


「わしはこれを売って大もうけするつもりなんだ。誰がタダでくれてやるもんか」


「お金取るの? そういうことしないほうが、皆喜ぶと思うけどなあ」


「何をバカなことを。発明というのはな、金がかかるんだ。ボランティアじゃないんだぞ」


 アンペール博士は机の下に置いてあったきらきらの素の在庫をカバンに詰めてコートを着ると、複雑そうな顔のワットを置いて研究所を出ました。



 ****



「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい! 冬でも明るく我が家を照らすきらきらの素、今なら一個、たったの100トーローだ!」


 広場までやってきたアンペール博士は折りたたみ式のテーブルを広げ、その上にきらきらの素を並べて街行く人々に声をかけ始めました。


「なんだなんだ? きらきらの素?」

「一個100トーローか……。ちょうどロウソク一個分と同じ値段だな」


 また変人の博士がおかしなものを発明したのかと思った村人たちは、好奇心いっぱいの顔で広場に集まってきます。


 アンペール博士はお客さんたちに商品の説明を始めました。


「こいつはロウソクなんかよりずっとすごいんだぞ。ロウソクはせいぜい二十分しか持たないが、きらきらの素はこれ一個で二十四時間使えるんだからな。しかも、より広い範囲を照らせるんだ。それなのに、値段はロウソクと同じ! どうだ? お買い得だろう?」


「確かに……」


「アンペール博士もたまには役に立つものを作るんだね」


「去年の冬に発明した、冷たい風が出るプロペラを覚えてる? 我慢大会のときくらいしか使い道がなかったよね」


「畑仕事用の全自動収穫機なんてのもあったなあ。あれを使うと野菜が潰れちゃって……」


「おい、冷やかしなら帰ってくれ」


 アンペール博士は不機嫌に言いました。


「買うのか買わないのか、どっちなんだ?」

「そうだねえ……。今度のは珍しく使えそうだし、一個もらおうか」

「俺も!」

「私も!」


 きらきらの素は飛ぶように売れていきました。一時間もたたないうちに完売し、アンペール博士は満足しながら家に帰ります。博士のコートのポケットの中では、小銭がじゃらじゃらと重たい音を立てていました。


 次の日もアンペール博士は広場できらきらの素を売りました。評判を聞きつけたお客さんたちが次々とやってきます。


「きらきらの素を一つおくれ」

「まいどあり。150トーローだ」

「150トーロー?」


 お客さんは不思議そうな顔になります。


「昨日は100トーローじゃなかったか?」

「ああ、そうだ。……なんだ? 文句があるのか?」


 お客さんたちは顔を見合わせます。


「どうする?」

「まあ、50トーロー高いだけだし……」

「150トーローでも、まだロウソクよりお得だもんな」

「じゃあ買うか。博士、きらきらの素を一つちょうだい」

「僕も!」


 その日もアンペール博士の商売は大繁盛でした。博士は袋に入れた小銭を大事そうに両手で抱え、ほくほく顔で帰宅します。


 その次の日も、アンペール博士はきらきらの素を売りました。今度の値段は300トーローです。


 また値上がりしましたが、それでもまだ安いので、村人たちはきらきらの素を買っていきました。


 その次の日も、そのまた次の日もアンペール博士は順調に商売を続けます。


 けれど、一月ほどがたって冬の寒さが本格的になり始めた頃、村人たちは何かがおかしいと気づき始めました。


「きらきらの素が一個1万トーローだって!?」


 博士が出した金額を見て、村人たちは腰を抜かしそうになりました。


「どうしてそんなに高いんだい!?」


「そりゃあ、きらきらの素が欲しいやつは大勢いるのに、それを売っているのはわししかいないからさ」


 アンペール博士はニヤニヤ笑いながら言いました。


「貴重な商品には高い値段がつく。当然だろう?」

「でも、こんなに高いんじゃ買えないよ!」

「そうだよ! お客さんがいなくなったら、博士だって困るじゃないか!」

「いいや、そんなこともないさ」


 ちょうど、広場に大きな荷馬車が入ってきました。御者が降りてきて、アンペール博士に話しかけます。


「博士、きらきらの素を百個ください」

「全部で100万トーローだ」

「分かりました」


 御者はお金の入った木箱をどすんと地面に置きました。ほかのお客さんたちはあんぐりと口を開けます。


 御者は買ったばかりのきらきらの素を手際よく荷台に載せると、広場を出ていきました。アンペール博士は愉快そうな顔をしています。


「今のは村一番の金持ちのシャンデリ家の召使いだ。うちのお得意様だな」

「そんな……。今じゃ、きらきらの素はお金持ちしか買えないっていうのか!?」

「そんなのズルい!」

「何とでも言え。さあ、貧乏人は帰った帰った」


 アンペール博士にしっしと追い払われて、村人たちはすっかり機嫌が悪くなってしまいました。


「なにさ! もうきらきらの素なんか買うもんか!」


「まったくだ! 一個1万トーローじゃ、一日分のロウソクを買ったほうが安いじゃないか!」


「よし皆! 今からロウソク屋へ行くぞ!」


 村人たちは「それがいい」と言って、松明を片手に真っ暗な道を進みます。街灯にもきらきらの素が使われていましたが、この頃の値上げがひどくて交換できずにいたのです。


 村人たちはロウソク屋へたどり着きました。けれど、なぜか閉店しています。何事かと思い、今度はロウソク屋の店長が住んでいる家に押しかけました。


「実は、ロウソクを全部買っていった人がいたんで、もう売るものがないんです。だから、この冬はずっと店じまいする予定ですよ」


 ロウソク屋の店長はそう説明しました。村人たちは「ロウソクを買い占めた人がいるだって!?」とびっくりします。


「誰だい、そんなことをしたのは?」

「アンペール博士です」


 ロウソク屋の言葉に村人たちはがっくりとなりました。博士のずる賢さに、すっかりしてやられたのだと気づいたのです。博士は、村人たちがきらきらの素の値段を不満に思ってロウソクを買いにくると予想して、あらかじめ手を打っていたのでした。


「これからどうする……?」

「どうするって言ったってなあ……」


 村人たちはしかめ面をして、長いこと唸っているよりほかにありませんでした。



 ****



「はっはっは! 見ろ、ワット! 今日もこんなに儲けたぞ!」


 アンペール博士はいつものように様子を見にきてくれたワットの前で、箱に入った金貨を一掴みすくいとりました。


「この調子でいけば、わしも村の名士になれるぞ!」


 アンペール博士はワットが差し入れてくれたコロネを美味しそうに頬張りながら、「今日はクリームか」と呟きました。


「……うん? どうした、ワット。いやに静かじゃないか」


 上機嫌の博士でしたが、ワットが暖炉の前に座り込んだままずっと黙りっぱなしだと気づいてきょとんとします。ワットは眉を下げて博士を見ました。


「きらきらの素の値段……、ちょっと高すぎるんじゃないかな?」

「お前までそんなことを言うのか」


 アンペール博士はコロネの残りを飲み込んで肩をすくめます。


「欲しい側と売る側の数のバランスから考えれば、これくらいでちょうどいいんだ」


「でも、村人たちはすごく困ってるんだよ」


 ワットは弱々しく首を左右に振りました。


「きらきらの素だけじゃなくてロウソクも買えないから、うちの中は暖炉の周り以外真っ暗だし……。向かいの家の話知ってる? たきぎで松明を作ろうとして、ボヤ騒ぎになりかけたんだよ」


「貧乏人ってのは気の毒なもんだな」


 アンペール博士は同情する気配すら見せず、懐から立派な封筒を取り出しました。


「シャンデリ家から届いた夕食の招待状だ。もちろん、わし宛てにな」


 博士は封筒をひらひらと振ってみせました。


「これがどういうことか分かるか? わしも晴れて金持ちの仲間入りをしたということだ! わしの発明が大金を生んだのだ! もう誰にもわしの作ったものをバカになどさせんぞ! はーはっはっはっ!」


 博士は高笑いをしましたが、ワットはちっとも嬉しそうではありませんでした。



 ****



 その日の夜。正装したアンペール博士は大きな門を潜って、シャンデリ家の広いお屋敷にやってきました。


「まあ博士! よく来てくださいましたわ!」

「どうぞ、かけてください」


 たくさんのきらきらの素で照らされた巨大な廊下の先にある大広間でシャンデリ夫妻にもてなされ、博士は機嫌をよくします。着席すると高級な料理が次々とテーブルに運ばれてきました。


「博士の発明なさったきらきらの素というのは、本当に素晴らしいですなあ」


「まったくですわ。わたくしたちのお屋敷、広いでしょう? ロウソクではとても照らしきれませんのよ」


 シャンデリ夫妻がきらきらの素のことをやたらと褒めるものだから、博士はすっかり鼻高々です。料理を次々に平らげながら、「有効に使われているようで何よりだ」と言いました。


「値段が高いと言う者もいるが、あれは本来、おたくのような富める者にこそふさわしい品なんだろう」


 全ての皿を空にした博士は、ナプキンで口周りを拭きました。召使いがテーブルをきれいにして、今度はデザートを持ってきます。


 巨大なプディングに、カリカリのパイ、彩り豊かなケーキ。見ているだけでも楽しい気分になってくる様々なお菓子が目の前に並べられていきました。


「ほお、これはすごい」


 近くに置いてあったゼリーを一口食べたアンペール博士は目を見開きます。シャンデリ夫妻は顔を輝かせました。


「美味しいでしょう?」

「こんな素敵なお味は、庶民はなかなか体験できないのではなくって?」

「いや、そうとも限らんぞ」


 ゼリーをもぐもぐと食べながら、博士は首を振りました。夫妻は意外そうな顔をします。


「このデザートと同じくらい美味しいものがあるのですか?」

「わしの研究所の裏手にあるパン屋のコロネだ」


 博士はワットがいつも差し入れてくれる品を思い浮かべました。


「生地がふわふわでな。ほんのりと甘いんだ。中身も色んなのがあるぞ。チョコや生クリーム、カスタードといった定番以外にも、アイスクリームにポテトサラダにソーセージに……。期間限定の季節のベリーを使ったクリームも絶品だな。大きさも手のひら大からわしの身長より高いのまで取りそろえている」


「ほう、それはそれは……」


「あそこのコロネを知ってしまったら、もうほかの店のでは満足できん。たとえ、一流シェフが作った食事であろうとな!」


 博士はゼリーの上にスプーンを突き立てました。シャンデリ夫妻は物欲しそうな顔になっています。


「コロネ……」


 夫妻がそう呟くのが聞こえてきました。



 ****



 それから何日かたち、博士のもとへワットがやってきました。


「シャンデリさんから注文が入ったんだ」


 ワットは不思議そうな顔をしています。


「来週、奥さんの誕生日パーティーを開くから、それに合わせてうちのパン屋のコロネを届けてほしいんだって。こんなの初めてだよ。あんなお金持ちの家が、どうしてうちみたいな小さいお店のことを知ってたんだろう?」


「何にせよ、よかったじゃないか」


 博士は今日の売り上げを数えながら言いました。


「シャンデリ家に気に入られれば、お前の店もずいぶんと儲かるはずだぞ」

「ううーん……。でもね……」


 ワットは困り顔です。


「シャンデリさんが注文したのは、季節のベリーを使ったコロネなんだ。今お店にはベリーの在庫がないから、森へ取りにいかないといけないんだけど……」


「行けばいいだろう」


「でも、森へ入るには明かりがなくっちゃ」


 ワットは博士の研究室を明るく照らすきらきらの素を見つめました。


「ねえ博士。この前の話、覚えてる? 皆、きらきらの素が高くてなかなか手が出せないんだよ。……僕のうちもね」


「つまりお前は、きらきらの素を譲ってほしいと言いにきたわけか?」


 ワットの言いたいことをアンペール博士は先回りして口にします。ワットは頷きました。


「まったく……。しょうがないやつめ」


 アンペール博士は商品が入った箱から、きらきらの素入りのフラスコを取り出しました。


「お前には世話になっているからな。特別だぞ?」


「えっ……いいの?」


「当たり前だ。わしだって悪魔じゃない。少し割引した値段で売ってやろう。9,800トーローでどうだ?」


「……タダでくれるんじゃないの?」


「当然だ。……なんだ? まだ高いと言うのか? ……ええい、仕方がない! 9,720トーローだ! 持ってけドロボウ!」

 

 アンペール博士は思いきった値段を言ったつもりですが、ワットは口を開けてポカンとしています。その顔に、だんだんと失望が広がっていきました。


「……もういいよ」


 ワットはアンペール博士に背を向けました。


「博士はお金が何より大事なんだね」

「何を分かりきったことを」


 博士がそう返す頃には、ワットは研究所から出ていっていました。


 一人で部屋に残されたアンペール博士は、なんとなく落ち着かない気持ちになります。胸の辺りがざわざわしてきました。


 お金なんかいらないから、好きなだけ持っていけ。


 そんなセリフが頭に浮かんできて、博士はショックを受けました。


「いかん、いかん。一体どうしたというんだ」


 アンペール博士はきらきらの素が入ったフラスコを握りしめました。


「やっと金持ちになれたんだぞ。それなのにここで手を抜いたら、全てが台無しになってしまうじゃないか」


 そう言いつつも、どうもすっきりしません。博士は低い声で唸りました。


「むむむ……。では、こうしよう。次にワットが来たら、きらきらの素を5,000トーローで譲ってやるんだ。半額だぞ。これなら買うに決まっている」


 博士は無理やり自分を納得させ、売り上げの計算に戻りました。しかし、何度も数え間違いをして、そのうち嫌になってやめてしまったのでした。



 ****



 それから一週間がたちました。あの日以来、ワットは姿を見せていません。博士はソワソワして何も手につかなくなってきました。


「こうなったら2,500トーロー……いや、2,000トーローだ。2,000トーロー、2,000トーローだぞ! こんなに割引してやるのは今回だけだ。だから早く来てくれ、ワット……」


 けれど、ワットはやってきません。そしてついに、シャンデリ夫人の誕生日会の前の日となりました。


 明日のパーティーに間に合わせるためには、今からパン生地を仕込んでおく必要があります。材料も今日中には用意しておかなければならないはずです。さすがに今日こそはワットも来るだろうと博士は思いました。


 けれど、お昼を過ぎても誰もやってきません。博士はイライラしながら腕を指でトントンと叩きました。


「ワットのやつめ……。強情を張っていないで、早く来ればいいものを……。今ならたった800トーローできらきらの素を売ってやるというのに……」


 コンコン


 ドアにノックの音がしました。


 アンペール博士は弾かれたように椅子から立ち上がり、意気揚々とドアを開けました。やっとワットが訪ねてきたのかと思ったのです。


 けれど、そこにいたのはワットではなく、彼のお父さんのパン屋の店長でした。


「アンペール博士、うちの子を見ませんでしたか?」

「いいや」


 ガッカリした博士はドアを閉めようとしましたが、ワットのお父さんの真剣な表情を見て、嫌な予感を覚えます。「ワットがどうかしたのか?」と聞きました。


「朝早くに森へベリーを取りにいったきり、もう何時間も戻っていないんです。だから、博士の研究所にお邪魔しているのではないかと思ったのですが……」


「いや、来ていないぞ」


 博士は顔をしかめました。店長は「そうですか……」と肩を落とします。


「ほかのお宅にもうかがったのですが、やはり知らないそうで……。となると、森で迷ったのでしょうね……」


「バカな。ワットは森には慣れているはず。それなのに迷子になどなるわけが……」


 言いかけて、アンペール博士はハッとなりました。


 ――森へ入るには明かりがなくっちゃ。


 きっと、ワットは明かりがないのに森へ行ってしまったのでしょう。それで道が分からなくなったに違いありません。


 アンペール博士は、自分のせいでワットがひどい目にあっていると気づいて、真っ青になりました。


「こうなったら、森へ探しにいくしかありませんね」


 店長が困り果てた顔で言いました。アンペール博士は「明かりは持っているのか?」と尋ねます。


「いいえ。そこでお願いなのですが……。きらきらの素を一つ売ってくれませんか? どんなに高くても買いますから」


「どんなに高くても、だって?」


 不安でやきもきしていた博士ですが、気前のいい店長の言葉を聞いた途端に晴れやかな気分になりました。頭の中で金貨がジャラジャラと音を立て始めます。


「それなら……一個10万トーローだ」

「……分かりました」


 店長は厳しい顔で頷きました。


「けれど、そんなお金は今すぐには用意できません。お支払いは別の日でもよろしいでしょうか?」


「何だと? だめに決まっているだろう!」


 博士は眉を吊り上げます。


「金と交換で商品を渡す。それが決まりだ。持ち逃げされたら困るからな」

「持ち逃げなどいたしません! 必ずお支払いはいたします!」

「いいや、信用できん」


 店長は必死になりましたが、博士も譲りません。


「金がないなら帰ってくれ。わしは貧乏人相手には商売をせんのだ」

「ああ、何ということだ……」


 店長は両手で顔を覆いました。


「ワット、すまない。父さんを許してくれ……」


 店長は真っ暗な道をとぼとぼと帰っていきました。博士はふんと鼻を鳴らしながらドアを閉めます。外の空気が部屋に入り込んで、手がかじかんでいました。


「とんだ時間のムダだったな」


 博士は両手を暖炉にかざしながら、プリプリと怒りました。


「せっかく10万トーローを儲けるチャンスだったのに……。だいたい、あの店長も店長だ。息子が大切なら、10万トーローくらい、あっさり出せばいいものを。ワットが家に帰ってこられなくなったらどうするつもりなんだ……」


 ふと、博士はあることに気づきました。


「……まさか、今のはわしが悪かったのか?」


 もしきらきらの素の値段が10万トーローではなく、1万トーローなら? それなら、店長はその場できらきらの素を買って、ワットを探しにいけていたかもしれません。


 そう思うといてもたってもいられなくなり、博士はきらきらの素の在庫を全て荷車に積み込みました。ランタンに入れたきらきらの素で寒くて暗い通りを照らしながら、急いで店長の後を追いかけます。


「もし5,000トーローならきらきらの素を二つ買ったかもしれない……。それなら、ワットを見つけ出すチャンスも二倍になったかも……。2,500トーローなら四倍……」


 荷車を引きながら博士の頭は目まぐるしく回転しています。広場のほうから松明の頼りない明かりが見えてきました。大勢の話し声も聞こえます。


「店長も奥さんも……本当に森へ入るつもりですか?」

「当然です」

「ワットをこのままにはしておけませんもの」


 村人たちとワットの両親が話しています。


「でも、森の中では火事にならないように松明を使うのは禁止ですよ? どうやって探すんです?」


「分かりませんが、行くしかありません」


「なんてことだ! これもあのケチのアンペール博士のせいだ! きらきらの素が一個10万トーローだなんて!」


「店長、もう少し待ってくださいよ。お金なら、俺たちで少しずつ出し合いますから。そうすれば、なんとか10万トーロー集まりますって。それできらきらの素を買えばいいんですよ」


「いいや、それには及ばん」


 博士が声をかけると、村人たちはぎょっとしたような顔になります。不機嫌そうな声で「何しに来たんだよ」と言いました。


「まさか、またきらきらの素が値上がりしたって言うんじゃないだろうな? 今度は一個100万トーローかい?」


「何を言うか。こんなもの、タダでくれてやるわ」


 博士は何も考えずにそう言いました。


 村人たちはざわめきましたが、一番驚いたのは博士です。彼らの言うように、今なら村人たちはたとえ100万トーローでもきらきらの素を買ったでしょう。それなのに、博士は商売のチャンスを台無しにしたのです。


 けれど、後悔はしませんでした。今の博士にとっては、お金を儲けることや、自分の発明品を認めてもらうことなど、どうでもよかったのです。


 ただ、大切な友だちを助けたい。アンペール博士はそれしか考えていませんでした。


「使い方は知っているな」


 博士は村人たちにきらきらの素とランタンを配ります。ワットの両親が駆け寄ってきました。


「ああ、博士! なんとお礼を言っていいのか……!」


「あの子がいつも言っていました。博士は優しい方だと! あれは本当だったのですね!」


「感激するのはワットが帰ってきてからにしろ。……さあ、行くぞ!」


 博士のかけ声と共に、皆は森へ入っていきました。


「ワット! ワット!」

「いたら返事をしてくれ!」

「どこにいるんだい、ワット!?」


 捜索隊の声が森中に響きます。鳥は驚いて木陰から飛び出し、シカやウサギは何事かと言いたそうな顔で巣穴から顔を覗かせました。


 そうやって、捜索隊がだいぶ奥深くまで来たときです。遠くからかすかに「おーい」という声が聞こえてきました。


「ワットだ!」


 アンペール博士は声がしたほうに駆けつけました。


「ワット!」


 博士は、掻き分けた茂みの先で友人を発見しました。ワットは目をいっぱいに開いています。


「博士……来てくれたの?」

「当然だ」


 博士が頷くと、ワットが胸に飛び込んできました。その背中には、ベリーが山盛りになったカゴが背負われています。真っ暗な中でも、ワットは自分の仕事を立派にやりとげていたのでした。


「心配かけてごめんなさい」

「いや、悪いのはわしのほうだ」


 両親や村人たちも続々とやってきました。ワットが無事なのを見ると、皆ほっとしたような顔になります。


「ワット、帰ろうか」

「ゆっくりお休み」


 お父さんがカゴを持ち、お母さんがワットの背中を優しくなでました。けれど、ワットは「だめだよ! まだ大事な仕事が残ってるじゃない!」とじれったそうに言いました。


「シャンデリさんのところに届けるパン! 早く作らないと間に合わないよ!」


 両親は呆然とします。そして、吹き出しました。


「そうだな。急がないといけないな」

「だけど、大仕事だからねえ。私たち三人では人手が足りないわ」


 お母さんが村人たちのほうを見ながら言うと、「どうせ乗りかかった船だしなあ」と全員がおかしそうに笑いました。ワットが「博士も手伝ってくれるよね?」と聞いてきます。


「アルバイト代もたくさんじゃないけど出すからさ。まかないでコロネもつけるよ!」


「金はいらん」


 博士は首を振りましたが、思い直して付け足しました。


「だが、コロネはもらっておこう」

「そうこないとね!」


 ワットが博士の手をぎゅっと握ります。


 こうして役目を終えた捜索隊は、きらきらの素で森を明るく照らしながら、村へと帰っていったのでした。



 ****



「ベリーはよく洗ってね。ヘタを取るのも忘れずに」


「材料はきっちり量ってくださいよ。じゃないと、美味しいパンができませんから」


 ワット親子に指導されながら、村人たちはパン屋のキッチンでせっせと調理に励みます。運ばれてきた巨大なボウルを見て、アンペール博士は目を丸くしました。


「もしかして注文があったのは特大サイズのコロネだったのか?」

「そうだよ。あれ、作るの大変なんだけどね」


 ワットが計量を終えた小麦粉をボウルに入れます。コンロのほうから「ベリーのジャムが完成したぞ!」という声が聞こえてきました。キッチンが甘酸っぱい匂いでいっぱいになります。


「ジャムはきちんと冷ましてね」

「冷ます? これをかい?」


 鍋をかき混ぜていた村人はげんなりした顔になります。


「こんなにたくさんのジャムが冷えるのを待っていたら、明日になっちまうよ!」

「それなら心配いらん」


 あることを思いつき、博士は一旦研究所に帰ります。戻ってきたときには、冷たい風が出るプロペラを小脇に抱えていました。


「ほら、どうだ!」


 博士の発明品のおかげで、ジャムがどんどん冷えていきます。村人たちから「おお……!」と歓声が上がりました。


「ワット、腕が痛えよ~!」


 材料を混ぜていた村人が情けない声を出しました。アンペール博士は「根性のないやつめ」と言って、今度は研究所から畑仕事用の収穫機を持ってきます。


 野菜相手では力が強すぎて作物をだめにしてしまった収穫機ですが、今回は見事に役に立ってくれました。機械から伸びるアームが、材料を目にも留まらぬ速さで混ぜていきます。


「いいぞ、博士!」


「アンペール博士の発明品ってこんなにすごかったんだ! ちっとも知らなかったよ!」


 村人たちは手を叩いて喜んでいます。まさかこんなところで実力が認められると思っていなかった博士は、不思議と胸が温かくなりました。


 それから何時間もたち、やっと作業は一段落しました。あとの作業はワット親子だけでもできるということで、村人たちは解散を始めます。


「博士!」


 アンペール博士も帰ろうとしたところで、ワットに呼び止められました。


「博士、まかないのコロネなんだけどさ、今日じゃなくてもいいかな?」

「ああ、暇なときに持ってきてくれ」

「うん。そのことなんだけどね……」


 ワットは期待を込めた目でアンペール博士を見つめました。


「さっき、父さんと母さんと話してたんだ。今度、今日手伝ってくれた人たちを招待した感謝のパーティーを開こうかな、って。もし博士も来てくれたら、すごく嬉しいんだけど……」


 アンペール博士は、村人たちが集まる場に出ることは滅多にありませんでした。ですから、いつもなら「行かんぞ、そんな集まり」と言っていたでしょう。


 けれど、今の博士は違いました。


「その招待、受けよう」


 ワットの顔が明るくなりました。「あとで招待状も出すからね!」と言いながら家に戻っていきます。その後ろ姿を、アンペール博士は表情を緩めながら眺めていたのでした。



 ****



 寒い冬が終わり、森の奥の村に温かな春風が吹き込む季節がやってきました。


「そろそろじゃない?」

「あっ、見えてきたよ!」


 村人が指差したのは、空の彼方。そこから、明るい光の塊がだんだんとこちらに近づいてきます。冬の間、姿を消していた太陽です。


「太陽さん、お帰りなさい!」

「お出迎えありがとうございます」


 太陽は広場に集まった村人たちに笑顔を見せました。


「おや、今日は珍しい方もいるのですね」


 太陽は、ワットの隣に立つアンペール博士に目を留めました。


「博士も冬の間、皆と仲良くしていましたか?」

「もちろんだとも」


 アンペール博士はランタンの中のきらきらの素を振ってみせました。太陽は「それはよかった」と歌うように返します。


 こうして、村には冬が来る前と同じ、太陽と共に過ごす日常が戻ってきました。


 違うのは、発明家の博士がもう誰にも変人扱いされなくなっていたこと。アンペール博士は、ワットだけではなく、村人たち全員の友人となっていたのでした。

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― 新着の感想 ―
一万字超えてるー… と一瞬躊躇したのですが、全然! あっという間に読めました!(*´∀`*) メッチャ読みやすい! あんなに金の亡者だったのに、博士…。゜(゜´Д`゜)゜。 良かったぁ! 心がほっこり…
博士、悪い奴だなーっ。 ι(`ロ´)ノ と、思ってましたが。 改心して良かったー。 ( ・∇・)たぁ。 ほっこりで、終わって良かったですー。 ゜+(人・∀・*)+。♪ わーい♪
凄く、凄く良かったです(*´꒳`*) 博士の気持ちにやきもきしながら読ませていただきました。 でも、博士の気持ちもわかるんです。 だってずっと変人扱いでしたから。 でも、でも。 良かったです♡♡♡…
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