旧文明遺跡調査依頼
第15ハブの酒場は、昼でも薄暗い。
鉄骨の隙間から差し込む光は細く、煙と埃に切り刻まれて床へ落ちていた。
昨日と同じ席に、男と老人が向かい合って座っている。
テーブルの中央には鍋。
殻の赤い油が薄く浮いたスープが、まだ湯気を上げていた。
潮草の香り。
刻んだ砂葱の青い匂い。
男は静かにそれを口に運ぶ。
老人は匙を止め、しばらく黙っていた。
それから小さく息を吐く。
「……こんな味、久しぶりだ。」
誰に言うでもなく呟く。
また一口。
「料理ってのは、こういうものだったな。」
男は何も言わない。
ただスープを飲み干す。
⸻
老人は鍋の底を覗き込みながら言った。
「約束だ。」
男の背後に立てかけてあるライフルを見る。
機械の腕をそのまま切り出したような形。
焼けたコンデンサ。
歪んだ接合部。
「直してやる。」
男は頷いた。
「助かる。」
老人は匙を置いた。
「だが時間がいる。二日だ。」
男は文句を言わない。
「二日後にまた来い。」
⸻
床に置かれた袋へ視線を落とす。
ブルーシェルロブの残りの素材。
白磁の外殻。
濾過器官。
老人は袋を開き、中を確かめる。
「これは、俺がもらう。」
男は頷く。
「構わない。」
老人は外殻を軽く叩いた。
高い音が鳴る。
「いい素材だ。」
少しだけ笑う。
「修理代、まけてやる。」
⸻
スープの湯気がまだ残っている。
老人は再び匙を取り、鍋の底をさらう。
そして、ふと男を見る。
「……なあ。」
視線はテーブルの上。
黒い刃。
男のナイフ。
光を吸うような、奇妙な黒。
欠けも、歪みもない。
老人はライフルへ視線を移す。
「そのナイフと銃。」
少し間を置く。
「どこで拾った。」
男は目を細めた。
「どういう意味だ。」
老人は肩をすくめる。
「この街の物じゃない。」
ゆっくり言う。
「この辺りの物でもない。」
男は黙る。
老人は続けた。
「金属の癖も刃の形も違う。」
ナイフを顎で示す。
「それは包丁だ。」
少し笑う。
「この辺じゃ、そんな言葉ももう使わない。」
ライフルを指す。
「こっちはロボットの腕だな。」
一拍。
「戦争の頃の。」
男は黙っている。
老人はスープを飲んだ。
それから、静かに言う。
「……外者だな。」
⸻
沈黙。
男はスープを飲み干した。
そして短く言った。
「旧帝都超集合研究都市。」
老人の手が止まる。
「……なんだと。」
椅子が軋む。
老人が身を乗り出す。
「本当か。」
男は何も言わない。
老人は続ける。
「まだあるのか、あそこは。」
沈黙。
「AIたちは?」
沈黙。
「都市運営幹部たちは?」
沈黙。
男は鍋を押し戻した。
答えない。
老人はしばらく男を見ていた。
それから、ゆっくり背もたれへ体を戻す。
「……まあいい。」
小さく笑う。
「話したくないならな。」
⸻
その時、酒場の扉が開いた。
ギルド職員だった。
周囲を見渡す。
男を見つける。
「いたか。」
歩み寄る。
「ちょうどいい。」
男は椅子のまま振り向く。
職員は腕を組んだ。
「依頼だ。」
短く言う。
「調査。」
男は眉を動かさない。
職員は続ける。
「ここから北北東にざっと200キロ、砂漠中心あたりの旧文明遺跡。」
酒場の空気が少し変わる。
「最近、あそこを狩場にしてるハンターの帰還率が落ちてる。」
男は聞いている。
「理由がわからない。」
職員は肩をすくめる。
「武器が壊れてるのは知ってる。」
ライフルを見る。
「だから戦えとは言わん。」
一拍。
「見てこい。」
⸻
老人が口を挟んだ。
「行ってこい。」
男を見る。
「修理には時間がかかる。」
袋の素材を軽く叩く。
「これを使うならなおさらだ。」
男はため息を吐いた。
「……しょうがない。」
職員を見る。
「調査だけだな。」
職員は頷いた。
「それでいい。」
⸻
老人が立ち上がる。
「ちょっと後ろ向け。」
男が振り返る。
次の瞬間。
金属音。
老人の手には工具。
外骨格の背部パネルが簡単に開く。
「おい。」
男が言う。
老人は答えない。
配線を引き直す。
関節部を締め直す。
砂で削れたベアリングを交換する。
工具が次々動く。
油の匂い。
「よし、これでいい。その依頼で動作テストも兼ねる。」
老人が言う。
「往復400キロ、砂漠歩くなら、これくらいは整えとけ。」
最後にパネルを閉じる。
ビープ音が鳴り、外骨格が小さく唸った。
明らかに動作が軽い。
男は肩を回す。
反応速度の違いがわかる。
老人は工具をしまう。
「壊すなよ。」
⸻
外に出る。
夜の風。
砂の匂い。
遠くで発電塔が光っている。
男は背嚢を背負う。
ライフルのない背中は軽い。
その軽さが少しだけ落ち着かない。
砂漠の方を見る。
「……調査か。」
短く呟く。
そして歩き出す。
まずは宿だ。
夜明けには出る。
荒野の風が、街の鉄骨を鳴らしていた。




