ズッパ・ディ・ロブ
砂を引きずるようにして、男は街へ戻ってきた。
日が傾き始めている。
背負った袋は朝よりもずっと重い。
瓦礫の隙間を抜け、男は修理屋の前で足を止めた。
いつもの椅子に、老人がいた。
古びた部品を布で磨いている。
男を見ると、手を止めた。
「……戻ったか」
男は答えず、袋を下ろす。
革紐をほどき、中身を広げた。
白磁の外殻。
青い生体殻。
尾肉。
濾過器官。
老人の視線が動く。
「海か」
少し間を置いて、言う。
「ブルーシェルロブだな」
男は火の準備を始めていた。
乾いた木片を組み、火打石を鳴らす。
火花が落ち、炎が上がる。
老人が眉をひそめた。
「おい」
男は鉄鍋を出す。
水を入れる。
「おい」
老人は立ち上がった。
「今日はやめとけ」
「鮮度が落ちる」
男は振り向かない。
袋から素材を選り分ける。
白い外殻と濾過器官は脇へ。
別に積んだ。
男は青い殻を手に取った。
生体内殻。
濃い青色の殻片。
それを刃で割る。
黒い刃が殻の隙間へ滑り込み、静かに割れる。
老人の視線が刃に一瞬止まる。
男は何も言わない。
割れた殻を鍋に入れる。
水面に青い破片が沈む。
火を強める。
湯がゆっくりと温まり始める。
老人が腕を組んだ。
「その殻、普通は干す」
男は答える。
「出汁が出る」
老人は鼻で笑う。
「聞いたこともねえ」
湯が沸き始めた。
袋の底から、乾いた黒い草を取り出す。
潮草。
海岸の岩場に張り付いていたものだ。
それをそのまま鍋へ落とす。
湯の中でゆっくり広がる。
匂いが変わった。
海の香りが濃くなる。
老人が黙る。
さらに細い茎を取り出す。
砂葱。
帰り道の砂地で摘んだ。
ナイフで刻む。
青い匂いが立つ。
それを鍋の横に置いた。
「……草まで入れるのか。」
老人が言う。
男は答えない。
鍋の様子を見る。
十分に煮えた。
殻の色が少しずつ変わっていく。
青が抜け、赤に近づく。
男は尾肉を鍋へ入れた。
短く火を通す。
最後に、刻んだ砂葱を落とす。
殻の色が少しずつ変わる。
青が薄くなり、赤が滲む。
湯気が立ち上る。
その頃には、匂いが広がっていた。
酒場の連中が一人、また一人と顔を出す。
「なんだその匂い。」
「またやってやがる。」
昨日のビステッカを覚えている連中だ。
だが男は振り向かない。
鍋だけを見る。
潮の匂い。
深い甘さ。
老人の鼻がわずかに動いた。
男は尾肉を切る。
黒い刃が静かに滑る。
肉は厚い。
白い繊維がほぐれる。
それを鍋へ落とす。
湯の中で肉がゆっくり揺れる。
匂いが強くなる。
誰も喋らない。
ただ鍋を見ている。
湯気が揺れる。
匂いだけを吸っている。
男は気にしない。
鍋を覗き、火を少し落とす。
スープの色が変わっていた。
透明な水は、淡い琥珀色になっている。
殻の赤が滲んでいる。
男は木の匙で味を見る。
一度。
もう一度。
鍋を火から離した。
椀を一つ出す。
スープを注ぐ。
尾肉を一切れ。
湯気が立つ。
匂いが強くなる。
後ろの連中が、無意識に一歩近づいた。
男は椀を差し出す。
老人へ。
老人は椀を見た。
それから男を見る。
「……お前は食わんのか」
男は言う。
「先に」
老人は椀を受け取る。
湯気を吸い込む。
表情がわずかに変わる。
慎重に一口飲む。
沈黙。
周りの連中も黙る。
老人はもう一口飲んだ。
それから尾肉を噛む。
ゆっくり咀嚼する。
しばらくして、椀を見る。
そして呟いた。
「……こんなもん」
少し間を置く。
「この街で作るな」
椀はもう空だった。
周りの連中がざわつく。
男は鍋を見た。
まだ湯気が立っている。
その隣に、白磁の外殻と濾過器官が積まれていた。
老人の目が、そちらへ向く。
しばらく見てから、小さく言う。
「……それ、置いてけ」
男は答えない。
ただ鍋の火を見ていた。




