老人の依頼
第15ハブの朝は遅い。
夜通し燃えていた焚き火は灰になり、酒場の前には空き瓶と鉄皿が転がっている。
密造酒の匂いがまだ空気に残り、油の染みた地面に朝日が差していた。
男は酒場の裏手でライフルを分解していた。
長大な銃身。
焼けたコンデンサ。
むき出しの導線。
機械A製の腕部を改造した旧式兵器。
昨日の一発で完全に死んでいる。
男はコンデンサを指で弾いた。
焦げた匂い。
「……だめだな。」
交換部品がない。
そもそもこの武器は規格外だ。
旧戦争時代、戦場に転がっていたロボット兵の腕を切り落とし、無理矢理銃に仕立てたもの。
まともな修理屋が触るような代物ではない。
男はライフルを布に包むと背負い袋へ戻した。
向かう場所は一つしかない。
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第15ハブの南側。
鉄板の屋根が連なり、電線が蜘蛛の巣のように張り巡らされた区画。
そこには、もう一つの酒場がある。
昼間でも灯りが落ちない場所。
ブラックマーケット。
鉄屑、外骨格部品、違法薬品、拾ってきた機械片。
それらが無秩序に並ぶ市場の奥に、酒の匂いが漂う。
男は扉を押した。
店内は薄暗い。
壁には工具。
床には配線。
カウンターには機械部品。
酒場というより、解体工場のようだった。
男は背嚢を降ろす。
ライフルを取り出した。
カウンターに置く。
金属が鳴る。
店主がそれを持ち上げた。
しばらく無言。
コンデンサを見る。
配線を見る。
銃身を見る。
そして鼻で笑った。
「無理だ。」
男は何も言わない。
店主は銃を机に戻した。
「規格がない。」
「部品がない。」
「設計図もない。」
三本の指を立てる。
「直せる奴がいたら、そいつは神様だ。」
男はライフルを回収した。
「新品は。」
店主は肩をすくめた。
「外骨格対応のリニアならある。」
棚の奥を指す。
長い銃が並んでいた。
新品。
磨かれた外装。
都市製。
値段も都市級。
男は値札を見て、静かに視線を外した。
手持ちでは届かない。
デミカウを何頭か狩って、やっと買える額だ。
しかし今、銃は壊れている。
男は背嚢を担ぎ直した。
出口へ向かう。
その背中に声がかかった。
「おい。」
振り向く。
店の隅。
工具だらけの椅子に、一人の老人が座っていた。
体のあちこちに工具がぶら下がっている。
レンチ。
トルクキー。
細線カッター。
外骨格の整備用ツール。
白髪。
無精髭。
しかし背筋はまっすぐだった。
老人は顎でライフルを指した。
「それ。」
ゆっくり言う。
「直せるぞ。」
店の空気が少し動いた。
男は老人を見る。
「昨日の肉。」
老人が言った。
男は目を細めた。
老人は少し笑った。
「覚えてる。」
一拍。
「久しぶりに、まともな飯の匂いを嗅いだ。」
男は背嚢を床に降ろした。
ライフルを取り出す。
老人の前に置いた。
老人は銃を持ち上げる。
重さを測るように。
配線を撫でる。
コンデンサを見る。
そして静かに言った。
「ロボット兵の腕だな。」
男は頷いた。
老人は少し笑った。
「懐かしい。」
指で銃身を叩く。
「旧戦争型。第三期モデル。」
男は少し驚いた。
老人は気にしない。
「直せる。」
短く言う。
「ただし。」
男を見る。
「金は取る。」
男は頷いた。
「いくらだ。」
老人は少し考えた。
そして数字を言う。
男は計算する。
今の手持ち。
ギルド報酬。
昨日のデミカウ。
届かない額ではない。
男は頷いた。
「払える。」
老人は首を振った。
「違う。」
机を指で叩く。
「追加条件。」
少し笑う。
「昨日みたいな飯。」
男は黙る。
老人は続けた。
「肉でもいい。」
「魚でもいい。」
「何でもいい。」
工具を鳴らす。
「だが、ああいう料理だ。」
男は背嚢を開いた。
中は空だ。
肉は昨日全部食った。
香草だけが残っている。
男は袋を閉じた。
「食材がない。」
老人は肩をすくめた。
「狩れ。」
静かな声。
「その銃なしでな。」
男はライフルを見る。
焼けたコンデンサ。
沈黙。
外では風が吹いていた。
荒野の匂い。
遠くで鉄板が鳴る。
男は背嚢を担いだ。
ライフルを残す。
老人がそれを受け取った。
「いつ戻る。」
男は扉へ歩く。
振り返らない。
「材料が手に入ったらだ。」
扉を開く。
白い光が差し込む。
荒野が広がっていた。
銃はない。
あるのはナイフだけ。
それでも男は歩き出す。
この世界では、腹を満たすためにも、
道具を直すためにも、
何かを狩らなければならない。
風が砂を運ぶ。
男の影が、ゆっくり荒野へ伸びていった。




