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二月の鼻歌

作者: 泉田清

 アパートの、隣のドアの前、レジ袋に入った何かが置かれていた。隣人と思しきフルネームの書いた紙片が入っている。隣人の顔は見たこともない。名前から察するに男性である。

 中には一体何が?実家へ行くとよく飯を持たせられる、やはりレジ袋に入れて。隣人のレジ袋も、親が置いて行った飯、その可能性は十分にある。が、わざわざ息子のフルネームを書置きする必要があるだろうか?謎は深まる。今は我が夕飯の方が重要だ。空腹を抱え自室のドアを開けた。


 夕飯を終え、スマホで予約状況を確認する。明日は友人らと食事をする予定。先日店を予約した。店に電話すると「インターネットでの予約をお願いします」と言われてしまった。十年前は良くレストランに電話で予約を入れたものだ、今は何でもかんでもインターネット。世知辛い世の中。歳を取り、女日照りが続いているのも仕方がない。もう女なぞ求めてもいないが。明日はそんなゾッとしない未婚中年男ばかりが集まるのであった。


 次の日。外へ出る。隣のドアの前にはまだレジ袋が置いてある。夜の食事会まで、やるべきことは山ほどある。昼には昼食会もある。独身男の休みは存外忙しい。

 車を走らせ近くのスーパーへ向かった。買い物の前にコインランドリー。400円で40分の乾燥機に洗濯物を放り込む。この40分間で買い物をしなければならない。結局は25分くらいで終わってしまう。そしてコインランドリーで過ごす、10分ほどの待ち時間の長いこと長いこと。永遠にも感じられる。永久の時で読む雑誌や、垂れ流されるテレビ、その全てが意味ありげに思える。「いや、本当に美味しいですよこれは!」テレビタレントが絶叫した。戦争や災害で苦しむ人々がゴマンといるというのに、お気楽なこと。

 乾燥機から衣服を取り込む。主婦たちはきちんと畳んで取り込んでいる、かまうものか、ゴミ袋に突っ込んであっという間にランドリーから出た。まれに畳んで取り込む男達を見かける、きっと奥さんの尻に敷かれてるんだろう。こういう思考に至る辺り独り者である。着替える時はゴミ袋から御神籤でも引くように靴下を取り出すわけだ。「チッ、片方がみつからねえや!」。


 洗濯物と買い物袋を部屋に置いて、ポリタンクを持って再び出る。今度は灯油だ。ガソリンスタンドで半分の10リットルだけ入れた。18リットル分を持っての階段の上り下りが困難だ。理由は去年ギックリ腰になったからであった。お陰で毎日腰にシップを貼っている。この頃は膝まで痛い。中年でこの調子なら高年になったらどうなるのか?お先真っ暗。まあいい。暗闇でも命があるなら生きているつもりだ。死の間際までは。

 半分だけ入ったポリタンクを持って階段を上がる。2階ならば何とかなる。上がった先で白い調理服を着た高齢者と鉢合わせした。「こんにちわ」思わず声が出る。が、調理服は無言で通り過ぎた。階下に目をやる。道路沿いに「幸楽」という店名の入った配達車が停めてある。そして、隣のドアにさっきまであったレジ袋が無くなっているのであった。なるほど、昨日から置いてあったレジ袋の中身、それは出前の食器だったのだ。とするなら、「幸楽」という飲食店が近くにあるはずだ。行ってみたいものだ。


 ポリタンクをベランダに置いた。スマホに目をやると旧友からメールが来ていた。「ゴメン、現場離れられそうにない」、「了解。ではまた今度」。メールの返事をする。本日の昼食会はご破算となった。またしても。

 「エアコンの調子が悪いんだけど」。先月、親から相談された。頭に浮かんだのが旧友だった。彼の家は電気店を営んでいる。そこで電話してみた、10年ぶりに。「そうか、なら飯でも食いながら話すか!」旧友はそう言った。言ったものの、お互い忙しく中々会えない。まったく中年男性は忙しい。あの感じからすると旧友もまた独身であると思われる。話したいことはたくさんある、もちろんエアコンの故障も。


 コンビニで買った弁当を食べ、昼寝して、目が覚めると夕方だった。食事会へは友人の車で出かける。友人の迎えが来るまであと一時間。パソコンの前でボンヤリ過ごす。食事会の前は何故かいつも憂鬱になる。

 何故わざわざ休みの日にまで職場の人間と飲み食いしなければならないのか。どうせ仕事の愚痴ばかりになるんだろう。自分のペースで酒を飲めない。必ず飲み過ぎ、食べ過ぎてしまう。健康にいいわけがない。面子はどいつもこいつも冴えない顔ばかり、我が面体のような。旧友と過ごした方が建設的に違いない。類は友を呼ぶ。独身男は独身男のコミュニティに入るものだ、こうやって抜け出せなくなる。こういう事ばかりが頭をよぎる、憂鬱になるのも仕方がないというものだ・・・


 22時には帰宅した。思いの他楽しかった。飲み足りない分を買いにコンビニへ行った。酒をレジに持っていくと、災害義援金の募金箱があった。中には山ほどの硬貨、中には紙幣もある。「へっ、くだらねえや!」いつもなら内心そう思っただろう。が、酔って気分が良かったので、釣りの硬貨を入れた。「ありがとうございます!」店員の若い女の子が声をかけてくれた。我が心内がパアッと明るくなる。

 店を出る。田舎の夜空には星が瞬いている。ハー、と白い息を吹きかけると、星々は霞んだ。若い女の子が声をかけてくれるなんて滅多にない、晴れやかなメロディがわが身を包む、思わず口ずさんでしまうような。500円の対価は流石にお高い、女の子の明るい顔を思い浮かべ、独り部屋へ向かって歩き出した。

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