第3話 「アビスロックでの記憶」
この話は流星の前世の記憶についての話です。
何度前の人生だったか。かつて俺はアビスロックにエルフ族として生まれたことがあった。
父親はエルフ族の族長だった。
そのこともあり俺は次の族長候補の1人だった。
俺は族長に何1つ興味は無かった。
だが、俺の育ったエルフ族は族長になることを最大の誇りとして持っていた。
もし族長候補の俺が族長候補から抜けたいなんて言うことがあれば多分村八分にされることだろう。
そういうこともあり俺は族長候補として族長になる為の教育を受けた。
受け続けた。
受け続けた。
受け続けた。
エルフ族の寿命は100年、200年では無い1万年、2万年だ。それだけ寿命が長ければ教育が終われば楽だなと思うかもしれない。
違うんだ。エルフ族は寿命が長いから時間の流れがとてつもなく速く感じる。
だが俺はエルフ族に生まれる前にいくつもの人生を歩んできた。
俺はエルフ族に生まれたのはこの時が初めてだった。
苦痛だった。苦痛しかない。
何故なら教育の時間が1年、2年ではない。
何百何千年もの間、俺はほとんど同じような教育を受けていた。
族長候補として、エルフ族の族長になる為に。
朝早くに起きて日が出ている内は毎日同じことを教えられ、日が沈むと毎日同じ戦術や魔術を教えられる。
それが終われば夜遅くに寝る。
そして次の日。
朝早くに起きて日が出ている内は前の日と同じことを教えられ、日が沈むと前の日と同じ戦術や魔術を教えられる。
その繰り返し。
その日々を繰り返して繰り返して繰り返した。
俺以外に5人族長候補が居たが、そいつらは全く苦痛そうにしていなかった。
それは生まれた頃からエルフなんだからだろう。
当たり前のことだが。
そして俺はある時、壊れた。
何度も人生を送ってきて精神が壊れそうになることは何度もあった。
そりゃ何万回も転生していたら当たり前だ。
だけどその度に俺は自分を奮い立たせて、旅をした。
旅の中で様々な人に出会った。
人は新たな出会いがあることで、人の心は温まるらしい。
俺は精神が壊れそうになる度に旅の中で出会った人達に救われた。
その人達の名前は今でも覚えている。
獣人のバロス。
大魔法使いフランク。
剣士ルーカス。
魔人オリヴァー。
…………
その他にも大勢いる。
俺が今の俺でいられるのは彼らのお陰だ。
じゃあ、今回も旅に出ればいいのでは?
俺もそうしたい。勿論出来ることなら今すぐにでも旅に出たいものだ。
だが俺は族長候補になった時、エルフ族出身のある大魔法使いに村から一歩でも外に出たら、心臓が止まり死ぬ呪いを掛けられた。
俺は族長候補になることで呪いを掛けられることを知らなかった。
もし知っていれば呪いを掛けられる前に未然に対策を講じられただろう。
だがそんなことは後の祭りだ。
俺がするべきことは大魔法使いに掛けられた呪いを解読することだ。
最初の内は呪いの消滅を目指して毎日呪いの解読に専念していた。
だが、一年、十年、百年、千年経っても呪いを解読することは出来なかった。
それ程大魔法使いが俺に掛けた呪いは手強かった。
それでも俺は諦めなかった。
しかし諦めなかった先についに俺は壊れてしまった。
壊れてしまった後のことはほとんど覚えていない。
俺は壊れた後も無意識に動いていた。
何千年もの間同じ日々を繰り返していたことで無意識でも勝手に体が動くようになっていたのだ。
朝早くに起きて日が出ている内は毎日同じ勉学を教えられ、日が沈むと毎日同じ戦術や魔術を教えられる。
それが終われば夜遅くに寝る。
そして次の日。
朝早くに起きて日が出ている内は前の日と同じことを教えられ、日が沈むと前の日と同じ戦術や魔術を教えられる。
それを繰り返した。
どのくらいの年月が経ったか。
ある時、俺に転機が訪れた。
その日も俺はいつも通り朝早くに起きて朝の支度をしていたのだろう。
それから俺は外に出たのだろう。
異変があった。
いつもとは何かが違う。
その次の瞬間、俺の意識は覚醒した。
村が消滅していた。
俺の父親であり族長の村一番の大きな屋敷も。
俺以外の5人の族長候補の奴らの家も。
毎日毎日同じ指導をする講師達の家も。
その他のエルフ族の人達の家も。
いや、家だけではない。
あちこちに真っ黒に焦げた肉塊が大量にあった。
原型はほとんど残っていないが、あれらの肉塊は確かにエルフ族の人達の死体だろう。
エルフ族の人達は1人残らず焦げた肉塊となって死んだ。
俺を除いて。
周りは全て焼け野原なのに俺と俺の家だけは傷一つ無くいつもと同じだ。
俺はもう一度肉塊を見た。
悲しくはならなかった。
逆に気持ちが高揚した。
だって俺を何千年間も苦しめて俺を壊した奴らが死んだのだ。
しかも焼死だ。
焼死は死に方で一番痛いと聞いたことがある。
天罰が下ったんだ。
「ハ…ハハ……フハハハハハハ!!」
俺は歓喜の笑い声を上げた。
「フハハハハハハ!!ざまぁ!!ハハハハハ!!!」
「五月蠅い」
「だ…誰だ!」
まだ生き残りがいたのか?
でも一体どこに?
「上を見ろ。小僧。」
上を見ると人が浮かんでいた。
その人はエルフだった。
エルフの俺と同じきれいな緑髪。
透き通るような白い肌。
眩しくて目を合わせられないような金色の眼。
背丈は人間の子供くらいだ。
エルフの成長は途中で止まることが大半だからだろう。
そのエルフと目があった。
目があったのを確認したからなのか、俺の目の前に降りてきた。
「久しぶりだな。元気か?」
「俺はお前のことを知らない。何者だお前は?この村の人達を殺したのもお前か?」
「お前呼ばわりとはなんだ!我が弟よ!姉である私のことを忘れたのか?」
「忘れた以前にお前のこと知らないし。俺には姉はいない。」
彼女は何を言っているんだ?
俺が精神が壊れて記憶が途絶えたのはエルフに生まれてから何千年も経った後だ。
その前の記憶はしっかりとある。
「私はお前の姉だーーー!!!」
「はぁ…じゃあ、証拠あるの?」
「私はお前の名を知っている。マシューだろ?」
「確かに俺の名はマシューだが。それが姉である証拠だと?」
「そうだ!!!」
これで私が姉であることが理解出来ただろとでも言っている様な顔で俺のことを真っ直ぐ見つめてくる。
困ったな彼女は何か凄い勘違いをしているのかも知れないな。
でも彼女はたった一夜でエルフ族の村を壊滅させた張本人だろう。
ここで、違います私は貴方の弟ではありませんとでも言ってみろ。
彼女は断固姉であることを譲らないだろうが、彼女の機嫌を損なってしまったら俺の身が危険に晒されるかもしれない。
もう機嫌を損なわせてしまったかもしれないが。
ここはひとまず彼女を姉と認めておこう。
「よく分かりました。貴方が俺の姉であることを認めましょう。」
彼女はパアァっと輝いた様な表情をした。
「やっと分かってくれたのか!ではお前呼びは辞めてもらう。今から私のことはソフィアと呼べ!私もマシューと呼ぶ!」
「分かったよ。ソフィア。」
これが俺とソフィアとの出会いだった。