第八話 魔王の妹
空は紅く染まり、城は燃え上がる炎に包まれる。
五歳の少女は重みのある一杯に膨らんだ袋を肩にかけ、妹を抱きかかえ、門前で城を見つめる。
熱はその場にまで伝わり、彼女の方を赤く染めていた。
『君は、ここで止まってはいけない。ここは、君にとって通過点でしかないんだ』
少女に語り掛ける。
『君の最後の瞬間に、勝利の凱歌と万来の喝采が待ち受けていることを願っているよ』
少女の、頬に涙が伝う。。
『いつまでここにいるんだい?お前にはにはやるべきことがある。さあ、行くんだ』
その燃え上がる炎に包まれた建物を背に少女は走る。
城下町を目指して。
『お前のこれまでの道のりは暗く険しかっただろう。強く生きてくれ』
振り返ることなく走り続けるその先に、輝かしい未来があることを願って。
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「ライアン様、到着しました」
エリーの呼び声で目を覚ます。
「・・・あれ?もう着いたの」
ライアンは馬車外を窓越しに見る。
どこにでもある大都市の日常的な風景で、ここが宗教の総本山とは思えないほどだった。
「もう四週間か」
領の自宅をでて一週間が経ち、ライアンも馬車の旅に慣れていた。
「ここはどこですか?」
「確保した宿屋です」
馬車を降りた先には、白色の屋根を持つ石製の建物。
その見た目はまるで協会の様であった。
「部屋は、一階の受付右です」
おそらく仮宿の為なのだろう、比較的安く且つ効率的に扱える部屋を用意したのだろう。
早速部屋に入り引きこもるライアン。
手帳を出し、さらに思い出したことを書き加える。
「飛空艇。なるほど、この世界には元々高度な文明があったと」
いかにもゲーム製作者が好きそうな展開で、こちらとしては困った事態だ。
これ等を仮にどこかの誰かに取られては元も子もない。
アンドロイドにオーバーテクノロジー、おまけにほろんだ文明。
そんな物が発掘されたときには、もうどうしたらいいのか分からない。
「どこだっけ」
ゲームは少々のライアンは、その飛空艇がどこにあるのかを思い出すだけで必死だった。
「ええっと、まず迷宮がある場所、確か家の領にもあったな。あれはスコットの町だったか」
スコットの町は、確かに出てきたと思う。
スコットの町のスコット迷宮。
「うん?いや待ておかしい。スコットの町がクラディウス領にあるわけがない」
スコットの町はスコット子爵が治める町だったはずである。
それがいつの間にかクラディウスの町になっている。
これは明らかな齟齬であり、同時に肝が冷える話であった。
クラディウス領の物語最後の町、シャルマンの町、名前こそ一緒だが果たしてクラディウス領だったろうか?
抑々、こんな公爵家は存在した記憶がない。
「おいおい、これって」
クラディウスの存在自体がすでにイレギュラーであった場合、この物語は破綻している。
其れすなわち、シナリオを変革。
イコール知識の齟齬が生じる。
「・・・帰ったらまずスコットの町に行きその存在を確かめる。宇宙船ならぬ飛空艇はセリーナにもあったはず」
セリーナの地下には、恐らく宇宙船が眠っているはず。
その宇宙船は只々設定とパクリによってつくられた設定、それらを使う理由はないが、持っておくに越したことはない。
「・・・二つを手中に収め、これ以上のシナリオの崩壊を防ぐ。このことでより多くの可能性を潰す」
ライアンは一刻も早くそれらを実行するために人員を増員する。
領地にひとを派遣し、見つけ次第その場を確保することと、セリーナでも同様の指示を出す。
「・・・これも卒業後のスローライフの為だ」
基本、怠惰なライアン曰、未来のための投資。
そのためならば労力と言う名の富を掛けることもいとわないいとわない姿勢があった。
明けて翌日。
町に繰り出したライアンは早速、記憶の通りに町を進む。
イシリスランドのその中央街、比較的地位の高い信者が住む町の一軒に用があった。
「この辺りのはずだが」
今回の供回りはエリー一人に一任され、他の者はそれぞれの仕事に向かった。
ライアンは、この町にある一軒の悪意やを探していた。
シナリオ曰、中央街にある空き屋、その地下に眠る古代都市迷宮。そこには無数のゴーストと電気によって動くゴーレム(ロボット)によって守られている。そのため、何人たりとも入ることはできない館、そんな館が存在するらしい。しかし、一向に見えてこない。
ライアンはそのまま城に近づく形で歩いていけば、やたらと大きな敷地を持つ古びた屋敷がお目見えした。
「ここか。では行くぞ」
「はい」
ライアンとエリーは他人の屋敷と知っておきながら入っていくのだった。
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屋敷の内装は見た目通りに古びていて、お世辞にも綺麗とは言い難かった。
中央の階段裏に地下への階段。
その場所へ足を進めると、地下室は無く、大きな空間が広がっていた。
中央のタワーを中心に様々な建物のがれきが散らばっていた。
暫くその街を散策していると、小さな人影を発見した。
「おい、貴様、何者だ?」
「そっちこそ誰よ」
声は幼い子供の声だった。
近づいてみれば、短パンにパーカーと言った服を着た幼女であった。
「貴様、こんなところで何をしている」
「・・・探し物をしているの」
ライアンが首をかしげていると、エリーから忠告が入った。
「ライアン様、周囲の気圧が少々変化しています。警戒を」
耳の奥が詰まるような感覚に陥る。
それは、飛行機の離陸時の様な感覚だった。
「・・・お姉ちゃん」
幼女のささやきにライアンが反応を示す。
「ん?」
改めて設定を思い出す。
「・・・・闇落ちした魔王には妹がいたはず。妹を守るために闇落ちしたという設定ので・・・」
この迷宮にいたということは、この幼女が妹であると断定したのか、ライアンは強引にルシアの手を取る。
「貴様、ここにうずくまっているだけでは何も変わらんよ。名前は?」
腕を引かれても力無く頭を垂らしたままの姿勢でライアンに告げる。
「・・・ルシア」
「そうか。ではルシア、貴様は何故ここにいた」
「ライアン様、お急ぎください。さらに気圧が下がっています」
エリーがひっ迫した現状を逐一報告している。
既に、危機がすぐそこに差し迫っていた。
「・・・・関係ないでしょ」
ルシアのつぶやきを聞いたときにはすでに遅かった。
「ライアン様!お下がりを!」
その生物は全身を土色にし、白い幕のような物を纏っていた。
「・・・魔王、メアリー」
ライアンはついつぶやく。
その土色の肌と異様な何かを纏った腐敗をまき散らす魔王。
膜に触れば腐り、溶け落ちる。
おそらくその膜は、土の属性、緑の象徴に乗っ取った腐敗と再生の魔術。
世界の秩序は再生と腐敗の繰り返しと言う強引な紐解きの上にできたものである。
エリーが魔王に向かって走り、結界を踏んでしまう。
この迷宮名物、ランダム転移である。
「この来民具でトラップにかかったとかないわー」
「お姉ちゃん!もうやめて!」
ルシアの必死の訴えもむなしく、魔王メアリーはこちらに近づいてくる。
「ルシア、何か策はないか、あれは君の姉だろ」
「・・・でも、でも私にはお姉ちゃんをどうにも」
「できないと。貴様は無理だと諦めるのか。貴様の姉だろうあれは!何故諦める!貴様は姉が苦しんでいるのが嫌ではないのか!」
「だって、だってしょうがないじゃない!助けたかった!一緒にいてほしかった!でも、あんなのどうしようもないでしょ!」
ライアンはルシアに叱咤をする。
「できるかどうかを聞いているのではない、やるかやらないかを聞いてるのだ}
どうやらライアン一人でここは抑えなければならないようだ。
しかし、ここでキャラ設定を思い出してほしい。
はたしてライアンにそのような強力な能力はあっただろうか。
魔王のなりかけのなりかけ。
未だに魔王に昇格していなくとも、それそのものの強さは変わらない。
「・・・エリー!早く!」