第六話 さよなら、日常
異世界においては弱肉強食が必須。
そんな常識を俺に植え込んだのは誰だろうか?
ライアンは朝から、部屋のソファーに深々と座ってそんなことを考えていた。
その理由は、非常に簡単で、単純な事だった。
今朝、新聞を広げると、Sランク冒険者が裁判で負けた記事が載せられていた。
Sランクともなれば知名度は高く、力でだって圧倒しているだろう。
罪状は、受付の女性に対する強制わいせつ行為に関することだった。
王都からは遠く、片道でも馬車で12日かかる。
随分前に決まった出来事が今の新聞に載せられている。
最終判決はリングの着用及び10年間の強制労働だった。
「・・・異世界は弱肉強食とか言ったの、誰だったか」
ここに答えが出た。
異世界は弱肉強食でやっていけない。
少なくとも、この世界では。
この今回のリング着用と言うのは、魔力を操作できないようにする指輪の事だ。
つけたらば最後、解除方法はただ一つ、つけた者の許しが必要だ。この場合国になるので、国民総選挙でもやればいいんじゃないだろうか?
国なんていう概念でも発動できるリング、怖いわ。
考えてみれば、こういう対策があるのも当然だ。
前世で読んでた小説では、リングを圧倒的な魔力で破壊する、とか、魔力循環によって解除する、とかそんな内容を呼んだことがあるが、国としても対策をしないわけがない。
それが目の前の記事だ。
しかもSランク冒険者、普通に巡回兵に取り押さえられてるし。
Sランクってなに?
・・・・ああ、どうもおはよう。良い朝だな。ライアン・フォン・クラディウスだ。今年で13になった。
今朝はくだらない話から入ったが、本題と行こう。
3年前、帝国で主人公が冒険者登録をし、ブロード男爵家ではある幼女を養子に向かえたとか。冒険者になった主人公は家に戻り、我が皇国の学園に行く準備を、ブロード男爵家の聖女もその時期に入っている。
情報?筒抜けでござるよ。
諜報?いいえ、ただの兵士です。
我が領、諜報員も暗殺者もいないんですよ。
だから、人権無視した特殊な訓練とかもないし、そもそも秘密裏に殺す必要もないし。
暗殺なんて、腕のいいスナイパーとそれを悟らせない出来事を起こせば問題ない・・・らしい。これは兵士に聞いたことだ。
いつも求める情報がすぐ出てくるから、てっきり暗部的何かがあるのだと思い込んでいた。
しかし、ないと言う事はボディースーツとかもないし、真っ黒い服装とかもない。
一度、その情報持ってきた人を呼んでみたら、普通の人だった。
もうね、こう、普通の人だった。
ただ、会って数分なのに、顔を覚えていない、そんな人だった。
だけど、元軍人なんだよね。その時点でちょっと怪しいよね。
で、もしここで人を殺すとしたらどんな手を使うとか聞いたら、部屋を退出する前に針を打ち込むんですって。怖いは。真顔で言われたし。
多分、普通に話しながら人を殺すんだろうな。
なんて思い、最近警戒するようになっちゃったよ。
しかも、軍人だから、皇国の暗殺者や諜報員の情報は普通に出入りしてるから筒抜けだって。
息をするように情報を見て、そのまま流す。
これ、ばれたら家終わりじゃね?
皇国の暗殺者がそんなことほおっておくわけないし、諜報部も同じく。
だが、数百年続くってことはそう言う事なのだろう。
さて、暗い話?は置いといて、物語が動き出した。
ということは、このまま行けば俺は彼らと同じ時間に同じ学び舎に行くこととなる。
しかし、これでは物語に深く干渉してしまうことになりかねない。物語通りに進んでもらうことで得られる優位性もある。昨今の情報収取だけでこの世界を生き抜けるか不安なのが一点、そして、この世界でもそのラブコメやハーレムなどを作るとして、我が領に影響があるのかないのか、そのもう一点が気がかりだ。
物語では、最後の町としてしか出てこなかったクラディウス領、もし物語に深くかかわってしまうとなると、新たなイレギュラーが出かねない。
まあ、将来的な話はさておき、問題は、国にもある。
どうやら、勇者が誕生するらしい。
この時点で、どちらの原作にも出てきていない朗報、いわばイレギュラーが出た。つまるところ、この世界は二つのゲームだけで構成されているわけではなかった。
その上で、その勇者について調べた結果、女主人公もののゲームから着たっぽいのだ。いかにもなステータスにその作業をこなすような日常の魔物討伐。この世界で育った者としてはかなり強い者だろう。しかも、その勇者、貴族での人物なのだ。
ゲームのストリーが同時に始まっている現状を見ても、勇者の物語もすでに始まっていると考えるべきだ。
勇者主人公の定番と言えば、学園編入だろうか?
個人的にはあまり関わりたくない類の人間である。
これは、勇者が学園に入学してからでいいだろう。
一通りを後回しにできると結論づけ、ライアンは今日も生を謳歌する。
時間は既に昼になっている、部屋から出て、食堂に向かう。
今日は屋敷にサクラしかいない。
午前中、一度も会っていないが、何をしているのだろうか?
食堂には、すでにサクラが着席し食事をとっていた。
「食事するなら声かけてくれよ」
「ご迷惑かと思いまして。今後は声を掛けるようにしますね」
我が妹ながらその愛らしさには舌を巻くが、サクラの恐ろしいのはそこではない。
この、純粋無垢な心である。
純粋無垢であるがゆえに彼女から出てくる言葉はすべてサクラの思っている事なのだ。
例えば、『兄さん、汗臭いです』って言われたら、それはそのままの意味になる。簡単に言うと、俺は汗臭いことになる。
うむ、中々に普通の兄妹だな。
「して妹よ、午前中お前は何をしていた」
「皇国の勉強ですね」
サクラは勤勉な少女だ。
それは紛れもなくこれまでの妹の人生が語っている。しからば、彼女の勉学に怠惰と言う言葉はないらしい。
「何についてだ?」
「う~ん、政変について?」
政変、せいへんねぇ。
政変って革命の事?違うよね。
ああ革命で思い出した。
「そう言えば、皇国って一度革命起きたよな」
「貴族の独立ですか?」
「そうそう、今の公国だよ」
「ああ、あれはですね。資源の輸出を公国に共用しすぎた皇国の失態と言えますね。当時の公国は、・・・」
ライアンは、妹が熱心に話ッているのにも関わらず、食事を勧める。
サクラは既に7歳になり、勉強も魔法も優秀な少女だった。彼女にとっては、勉強も楽しみの一つになっている。
そして、サクラは少々ブラコンをこじらせていた。
僅か七歳で領地の経営に携わり、改革を推し進めていたライアンはまさに、勤勉で民のリーダーのように映った。
しかし、現実とは誠に残酷であり、現在のライアンはただの子供になっている。そんな姿でもサクラは兄を慕っていた。
「つまり、大公を恐れた皇国が早まった制裁を行ってしまったために起こったことなのです」
なるほど、つまり公国は危険と言う事だな。
「わかった、ありがとう」
「いえいえ、お気になさらず」
「お礼に、午後は一緒に遊ぼうではないか」
「わかりました」
ライアンは、午後の予定を妹との遊戯に費やすことにした。
食堂には、メイドが一人いるだけで他の者は屋敷のどこかで仕事をしている。
食堂についているメイドも、ライアンとサクラがいなくなれば仕事の持ち場に付くであろう。つまるところ、貴族とはメイドを数十人従えるとかないのだ。
抑々、従えて死角が入ったら元もこもない。
その様に理由付けして、メイドさんが少なかったことへの埋め合わせをする。
この男、正直転生時点でメイドさんや従者との恋愛などを期待していたのだが、早々に折れることになった。
異世界の生活でライアンが結論づけた内の一つだった。
昼食後、妹を連れ、屋敷の森に行く。
森の東屋、そこにお茶を用意してまったりする。
その間に、妹とチェスをして過ごす。
これは、異世界にてライアンが最も好きな遊戯である。
疲れた精神をいやすこの空間をライアンはとても気に入っていた。
「なあ妹よ、お前は何故そんなに強い」
ライアンは駒を進めながらサクラに問いかける。
「そんなことないですよ?いつも兄さんに負けないように必死です」
なんと、これで必死とは片腹痛い。
しかし、何故だろう、途中から真面目にやっていても妹に勝てる気がせんぞ。
「なあ妹よ。本当に必死なのか?」
「そうですが?」
う~ん
これは、負けても俺の勝でいいのかな?
途中からは本気だったが、最初は本気ではなかったからな。
うん、兄の威厳を保つことに真をおこう。
「なるほどな」
こうして、ライアンは妹と日常のひと時を過ごす。
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サクラと遊んだ後、ライアンは部屋に来てソファーに深々と座っていた。
どうやら、ソファーの座り心地が気に入ったようだ。
「勇者か」
改めて、この世界に勇者が二人いる現状の上、聖女が一人いる。
聖女の攻略対象の一人が魔王を倒す。多分。
勇者はハーレムパーティーで魔王を倒す。多分。
そして、新たな勇者も魔王を倒す約わりを担っていたはず。
とすると、この世界にはすでに三人の魔王がいることになってしまう。
其れすなわち、世界の終焉が三回訪れることを意味する。
この考えに至ったのは、先ほどサクラとチェスをしていた時だったが、この件に関しては慎重にいく。
一度間違えたら世界が終わるのだ。
少なくとも、二人の魔王は必ずいる。
「・・・先手を打つべきか」
魔王は、どのような存在かは知らない、しかしこれは腐ってもゲーム、魔王も攻略法がある。
すなわち、人間に靡かない可能性はゼロではない。
今の時間は恐らくプロローグ。
魔王がいかにして人間を恨み、人間に攻撃してくるのか。
今の段階で接触すれば話し合いになるはずだ。なんせ、魔王と言う存在が明らかになってくるのは中間地点になった時だ。
「・・・会うしかないか」
魔王に接触を測るしかない。
しかし、人類のためとはいえこれはやりすぎなのかもしれない。
人間の国にだって少しくらい危機は必要だ。そうでなくては成長は出来ないだろう。しかも、これは自然発生した魔王、曲解では自然災害だ。それを未然に防いだ挙句国が傾くのはよろしくない。
「・・・会うか」
しかし、そのままにしておくのは実に不安である。
故に、ライアンは接触を図ることにした。
魔王とは、そのまま終焉を迎えられる者だ。それ故に、参院とも力量はとてつもないほどに成長するだろう。ならば、今、味方につけておくべき魔王は、勇者の攻略対象として現れた方だろう。
今、彼女はイシリス教の総本山、セリーナに家族で住んでいたはずだ。
となると、やはりセリーナに行くべきなのだろう。
ライアンは机は、ベルを鳴らし、執事を呼ぶ。
「お呼びでしょうかライアン様」
「セリーナに行く急用ができた。至急旅支度を」
「畏まりました」
早々、ライアンは外出する準備をする。