第二話 一歩前
時はあれよと流れ、春になり、お家同志の集まりが始まるころになってしまった。
初めて公的な場所に出る。招かれた屋敷は、大理石を使い、庭を大きくとった、まさに豪邸と言われるほどの物だった。
会場に入れば、未だ人はまばらで、また未着の人間が数多くいる時間帯だった。
既にテーブルはよういされているが、食事類は出されていないところを見るに、かなり急ぎ足になっていたようだ。初めての事になり、緊張していることに気が付く。
気分を和らげようと、会場を上から下に見渡すと、繊細な織物を利用したカーテンに、一面に敷かれた絨毯には、模様が丁寧に刺繍されている。
ほのかに光沢を放つ赤い絨毯は、染め物のように、光を吸収している。
「これは、凄い。。。」
ガラスと金細工のシャンデリアを眺めては、さらに嘆息する。
昨今、屋敷の自室に引きこもりがちであったライアンには、新鮮に見える。
「きっと、前世のフランスとかの宮殿はこんな感じなんだろうな」
眺めるのにも、飽きてきたころ、ようやく丸テーブルが置かれたので、端の大きなテーブルを占拠、早々に注文をしようと、暇そうに会場の隅に立つ人を探す。
探せばいる者で、両手を後ろに組み、パンツスーツを着る腰に剣を掛けた女性を見つける。
未だに女性との会話に窮する俺はだんせい職員を探す。
「他に誰か」
貴族において、注意すべきは暗殺と、女性、金銭である。
この三つには気を付けねばならない。特に、女性に対し耐性のない自分には、非常に危険な相手である。最も、それでは、社会でやっていけないので、ある程度の会話は大丈夫なのだが。危険な轍は踏みたくない。
他に男性職員を探すが、みたところ、ほとんどが女性である。
「ここの伯爵は、女性を集める趣味でもあるのかな」
と思うほどには、女性しか揃っていない。しかも、皆美人である。
仕方なしに、最初に見つけた女性に話しかける。
「すみません、少々小腹がすきまして、何かお腹に入れたいのですが」
女性は、姿勢を崩さず、こちらを一瞥する。貴族が招いた貴族を観察できる目を持つ者は、貴族だけだ。これは、環境によるものだ。貴族社会を知らない人に貴族を見分けるのは困難である。そう言う場合、会場でこのような態度はとらないだろう。
「失礼ですが、貴方は?」
また、今しがたの自分の姿を思い出す。
今回、俺はいつも通りの姿で出席している。何故なら、普段着がスーツであるからだ。
貴族である為か、光沢がある紺色の無地のスーツである。ポイントは、光沢があるところだと自分的には思っているのだが、周りからはどう思われているのかちょっと不安になる。
「ああ、えっと、今回招待された、ライアン・クラディウスと申しまして」
招待状を出そうと、ポケットに手を入れれば、紙が引っ掛かり、橋が折れる。
「これです」
女性は、少々不穏に感じつつも、招待状を見ると、確かにと頷いた。
「失礼しました。申し訳ありませんが、お食事は今しばらくお待ちいただきたく思います。代わりに、お飲み物をお持ちしましょう」
どうしよう。
今日はパーティーだからと昼ご飯を抜いてきたのだ。故に、17時近くの今、すでにすきっ腹である。
「えっと、では、ジュースを一つ」
仕方なしに、飲み物を注文する。
水でもいいのだが、今は味のある何かを口に入れたかった。
「では、オレンジ果汁をお入れいたします。席におかけになってお待ちください」
彼女は、一礼し、その場を離れた。
オレンジ果汁。
飲んだことはないが、こういう場所の飲み物は総じておいしい。
その上、この世界は非常に歪な世界であるが故か、現代のあらゆる飲み物が再現されている。
「しかし、誕生日にここまで金おをかけるかね」
招待状は、伯爵家の娘の12歳誕生日。
いわゆる、二分の一成人式みたいなものだ。
しばらく席に座り、時間を持て余していると、他の来ていた貴族が、時計を見て、居住まいをただし、席を立ったので、俺も習って席を立つ。
十分もしない内に、他貴族が現れる。
凄いな、ここまで息を合わせて席を立つとは。
既に来ていた貴族は、それぞれ別の貴族に頭を下げていた。
おそらく、親戚や面倒を見てもらった人たちに頭を下げているのだろう。
彼ら貴族は、集まり、挨拶をしているのを横目に、俺は、突っ立ったまま、この場を動けずにいた。
この場において、最も身の振り方を知らない人間は、俺の事だろうというのは、目に見えて分かった。
「どうするよ、この状況」
どうやら、同じ年代、12歳前後の貴族は、ともども友人と来ているらしく、一人で早々に来ていたのは、俺一人と言うことになる。
「ボッチを探そう」
仲間を探すべく、会場に入ってくる貴族の中でも、周りに馴染めていない、男の子の貴族を探すが、中々現れない。
しばらく、会場をさまよっていると、少々幼げな女性の声がした。
「相変わらずクラディウス公爵は一人でおいでのようで、どうしたのかな?」
声に振り返ると、同い年ほどの金髪ロング碧眼の女の子がいた。
そのドレスは、落ち着いた紺色をしており、見ていて華美でなくとも、非常に優雅に見える。
「なんだ、君か」
ライアンは、ため息を吐く。
「おや?ご不満かな?これほどまでの美少女に声をかけられたというのに」
「君の実家を考えれば、態度も悪くなるというものさ」
「ふっ、それもそうかね」
彼女は鼻で笑い、口角を上げる。
「なんせ、クロウディア家の令嬢である、私に声をかけられたのだから。怯えて当然だな」
ライアンは、飲み物をあおる。
直接の顔合わせは初めてだが、クロウディア家はクラディウスのことが嫌いなのだろう。
人の好き嫌いはあるのもので、それを変えるのは難しいことだ。
「ところで、母の故郷の様子はどうかな?」
「・・・別段、変わったところはありはしない。何せ、両親が亡くなって数日と立っていないのだからな」
「おお、そうだったそうだった。では、君にも頼むとしよう、せいぜい、励むといいさ、成金貴族のクラディウスさん?なんせ、キミの領地の三分の一が、我が家から買収したものなのだから」
クロウディアは、ライアンに挑発的な笑みを向ける。
ライアンは、その話になると、どうしても強く言うことができない。
「・・・・そうだな、我々は制限をしていない、いつでも来るといい」
クラディウス家は、帝国でもいくつかの家に憎まれている。
もともと国だったクラディウス領が帝国に合併する際、領地は四等分に分けられた。
我がクラディウス家は、帝国の目を盗み、あらゆる方法で金銭を稼ぎ、奪われた領地を20年かけてもとに戻した。
その際、クロウディア家からの買取を、少々強引に進めた結果、両家の関係は最悪である。
以来、80年にわたり、両家が中が悪いのである。
ライアンは精いっぱいの誠意をもって、彼女に接するほかない。
「ではな」
彼女は、きれいに髪をなびかせ、去っていく。
これはクラディウス家の孤立に大いに関わったことである。
「クラディウス公爵がおるぞ」
「そういえば、ここの伯爵はクラディウス家に近かったな」
「だが、我々との関係を重視しているとも聞くぞ」
「ふん、所詮招待状も建前だ。伯爵は、クラディウス領に近いからな」
会場のどこかでは、クラディウスに関することがささやかれていた。
疲れた顔をしたライアンは、伯爵に挨拶をして、お暇しようと思い、会場の中心を目指すと、またもや、女性に声をかけられた。
「ライアン殿。久しいな」
そこには、長い青髪を団子結びにした少女がいた。
目線を少々上にやることで、