第一話 転生と始まりの屋敷
今年で34歳になる、女性の気配なしの男、それが田中俊明である。
家に帰れば、高校時代から続けているゲームにログインする。
国家戦略ゲーム、全てはゲームにより争われるゲーム世界。
数多くの諸外国と、ゲームをすることにより争い、競い合う。
賭ける物を決め、勝てばもらい、負ければ失う。
田中は、そんなゲームのヘビーゲーマーだった。
コンビニでケーキと、カップ麺、青のりポテチ、伊能園のお茶を加護に入れる。
今日は、田中にとって、節目の日なのだ。
「いらっしゃいませ~、カードはお持ちですか?」
深夜でも日中と変わらぬ挨拶をする店員。冬の為か、やはり寒く、ウィンドーガラスのから揚げも買うことにする。
「すみません、から揚げもお願いします。現金で」
「お会計、1147円です。レジ袋はお入りですか?」
「お願いします」
財布を確認したときに、ふと2000円丁度しか現金を持ち合わせていないことに気がつく。
「あ」
二つの札束を出し、会計を済ませる。
「畏まりました。合わせて1150円です。2000円お預かりします。お釣り850円です。」
コンビニの扉を通ると、いつものメロディーが店内に響くのを背中で感じつつ、帰路に就く。
「ありがとう、ございましたー」
店員の挨拶を後ろに感じつつ、暗い道を歩く。
スマートフォンからアクセスしつつ、帰路につく。
ゲームは既に運営からサービス停止の勧告がなされ、最後のゲームイベントをクリアし、膨大な富とアイテムを集めたデータは、今にも消えようとしていた。
今日は、田中が18年間続けたゲームの最終日である。ついでに、12月23日、クリスマス寸前だ。
後ろから、まばゆい光が近づいてくる。
振り返ると、数秒の後、前進に衝撃が走る。
こうして、田中 俊明は33歳で異世界に転生した。
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帝国領クラディウス領領都セントラル区域
ここは地球とは異なる世界の大陸、まさに今、一人の生命が誕生していた。
その命は、二人の男女に迎えられ、この世界に生を受けた。
部屋に寝ている女性は子供を抱きかかえ、愛おし気に見つめる。
「あなた」
婦人の寝るベッドの隣には髭面の男性が赤子をのぞき込む。
彼は目を細め、子供をみる。
「うむ、可愛いな」
婦人は微笑み、男に頷き返す。
「ええ、本当に」
男は、未来に思いをはせ、子供の誕生を心から喜んでいた。
「ねえあなた、速くこの子に名前をつけてあげて」
婦人は赤子を男に押し付ける。
男性は慌てふためきつつ、赤子をかかける。すると突然、赤子は泣き出してしまった。
「おおっと、元気だなこの子は。ふむ‥‥この子の名前はライアン、ライアン・クラディウスにしよう!」
こうして、クラディウス家にライアンが生まれた。
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霧が立ち込めた早朝。
クラディウス屋敷の最上階、右端の部屋。
木製の床に数々の百貨物、雑貨物が部屋の隅々に設置のうえ、雑貨物の木目を二つのシャンデリアほんのり照らす。
中央の小さな揺り籠には赤ん坊が、目を開き、横たわっていた。
沈むようにその場に横たわる赤ん坊。光沢を放つシーツ。
状況をこんがらがらせるには十分な状況だった。
俊明は混乱する中、周りを見渡す。少しでも情報が欲しかった。
(ここどこ?)
思い出すのは直前までの感覚。
死したのは事実。
身動きの確認をしようにも、体が言う事を聞かない。
身体の間隔があることから、現実味がます。
扉の接合部が油を切らし、金属がすり減る音がした。そのすぐ後に、建付けの悪そうな扉のきしむ音が響く。
絨毯に沈む足音が近くに来る。
「あら、もうお目覚めですか?」
人の形をした誰かの柔らかい声が耳に入る。
その誰かは離れていく。
(・・・どういうこと??)
そののち、自分がライアンと呼ばれたことに気づくのだった。
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時がたつにつれ、成長と同時に情報を集めることに専念する。偏に、各種器官の発達によるものだと考えられる。
聞くところによれば、ここは所謂異世界ということになるらしい。
そして言語はいつも通り、日本語。
どういうわけか、彼ら彼女らは日本語を話している。
または、それらの言語が日本語に聞こえるだけであり、私自身の言語がすでに変わっていることすらもあり得る。
私が意識を持ったのも生まれた直後ではないゆえに、すでに学習していた言語をそのように感じるだけであるのかもしれない。そんな、解のない疑問を突き詰めるには、あまりにも知能が足りないため、そのあたりのことは割愛するとしよう。
あふれかえる生活用品には、文明的成果物であるプラスチックを見受けられないことにも違和感を覚える。
もちろん、想像していた異世界にしてはあまりにも文明が発展しているのは事実だ。
石炭を使っているあたりを見るに、この世界の文明は相当低いわけではないのだろう。
ある程度文明が発達しているということは、思想的充実も期待できるわけであり、その分血なまぐさい展開は避けられるとみる。
「ライアン様、お食事の時間ですよ」
侍女を着たおばあさんが食事をくれるのだが、体の自由が利かない。
なぜか泣きわめき、なぜかおねしょをし、なぜか咀嚼ができない。
これらはおそらく生理的なものなのだろう。
そして、これこそ自分が貴族家に生まれていると自覚できた事柄である。
たまに部屋に来るおじさんと女性がいるのだが、彼が父であり、女性が母である。多忙の身故になかなか会いに来れないそうだ。
疑問に思うのは、なぜ記憶が残っているか。
さて、そんな異世界の情報だが、言語がわかるだけでも非常に助かっているあたり、やはり自分は前世の感情や記憶を確かに受け継いでることを理解できる。
なまじ、英語力を伸ばすことができなかった過去の自分が、言語に関して最も敏感であるからだ。
英語ができなければ就職もままならなかった就活時代を思い出すと、次には就職に関しての不安が押し寄せるのは、寸前まで社会人だったが故の現象であろう。
なんにせよ、転生した先で泣き叫ぶことにとどまった自分の強さを今はたたえたい。
いつも、決まった時間におばあさんが来ては身の回りの世話をし、時折、紺色の服を着た銀髪で長髪の若い女性が来ては、無言であやす。
赤子である期間は休息時間であると推定し、ゆっくり休むとしよう。
少々前世にて労働に殉じすぎた節がある。この場で、一生分の休憩をとっても罰は当たるまい。
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二足歩行を覚え、言語を介して会話ができるようになった4歳の時には、情勢を理解するに至ることができた。
どうやら、この世界には、異世界よろしくの剣と魔法があるそうだ。
というのも、現在は食堂にて家族団欒、とまではいかずとも、家族で食事をとっていた。
「ついに、魔法のエネルギー転換効率が改善される。より少ない魔石で多くのエネルギーを作り出せるようになるだろう」
父は、王都の研究成果を真剣に語っていた。
多少お酒も入っているせいか、饒舌だ。
魔法を持つものは非常に珍しく、彼らを魔導士と呼ぶ。
魔法は非常に便利なもので、まさしく魔である通り、思想的発展と科学的発展を阻害してきた大きな要因である。
それらを導いている魔導士は重用されるとか、以上の項目を阻害している彼らを重用しているこの世界は、非常に哀れな状態になっているようだ。
これは、思想的発展を期待するのは不可能であろう。
また、剣がいまだに使われている時点で、すでにこの世界の文明のそこが知れる。
または、銃器はあるが、一般化されていないのか。
いずれにしろ、前世とはかなり違った世界であることは確かだろう。
「見ないうちに大きくなったな、ライアン」
いつの間にか、話は俺の話に切り替わっていた。
「もう4歳ですから」
母も話に混ざる。
「いやはや、4年になるのか。短かったような、長かったような」
「あら、まだ4年ですよ?これからもっと大きくなるんですから、今からそう言っては身が持ちませんよ。それに、二人目もいることですし」
母がおなかをさするのを視線で追い、ステーキを食べ損ねる。
「い、今なんと?」
「おお、ライアン、ようやく話してくれるようになったか」
この4年の間、人と話す機会がなくコミュニケーションの取り方に悩んでいたために、言葉を発せていなかった。
「ちょっと待って、二人目?え?いつの間に?」
母と父を交互に見つめ、二人は交互に頷く。
「実はだな、王都での用事が思った以上に早く片付いてな」
照れ隠しのつもりか知らんが、頬をポリポリかくのはやめなさい。
そんな若くないんだから。
「ちょっとした視察をしていたのだけれど、時間ができて、ね?」
その、ね?はあざとかわいい系なのか?なぜだろう。まったくかわいくない。
両親が急遽帰ってきた理由を理解した。
「なるほど、出産のための一時帰宅ですか」
今回の帰宅は非常にまれなことに、急遽、これまでの予定をキャンセルしてのこのだった。
両親は、厳格とは言い難く、大変温厚、いわゆるなあなあな人物ではある。
それゆえに、王都でのクラディウス領出身者に対するケアをしている間でも、様々な業務をふらりと行っては、そのままにするなどよくあることだ。
聞きかじりでは、以上の推測がたてられていたが、まさか、この状態で二人目を出産するとは思わなかったのが、本音である。
「まあまあ、ライアンというしっかり者のお兄ちゃんもいることだし、大丈夫よ!」
母がウィンクにサムズアップをつけて、明るく話しているが、めったに帰ってこない両親を待つ赤子をあやすのは非常に大変であろうことは容易に想像できる。
また、教育的にも、幼少期から幼児期、少年期、青年期にかけては親元で教育すべきというのが、私個人の主義である。
だが、まあ、無理なものは無理なのだろう。
「わかりました。楽しみにしてます!」
正直に、兄弟姉妹に憧れていたのも事実。
こうして、俺に妹ができた。
12歳になると、貴族同士の交流も増えてくる。そのためにある程度の教養を求められるのは必然である。
しかし、我が家では、様々なことは強制されない。
我が家の家訓は常に主体であること。
どうも、自室から失礼。
この世界に転生を果たした、田中俊明もとい、ライアン・クラディウスと申します。
前世では謎の光により死亡したようで、気が付けばライアン・クラディウスという公爵家の人間になっておりました。
「参ったな」
自分の人生に無駄はない。すべてを力にして前を進むことが出来る。
努力には、成功でも失敗でも、その結果に応じた見返りがある。
失敗は、自分が何処でつまずいたか教えてくれる指標になり、どこに力を入れるべきかを知る糧とする。
それこそが、己の人生観である。
ならば、今世もそのように生きるのは当然であろう。
しかし、勝手知ったるクラディウス家に生まれることが出来たのは幸運である。勝手知ったるとは、このクラディウス家は、俺が前世で作り、運営していた国だからだ。
何故か王国に合併され、領地としてだが、その姿は変わらず残っていた。
「恵まれてるのか、不幸なのか分からなくなる」
素直に喜べないまま、彼の人生は進んでいく。
そして、日は暮れ行く。
クラディウス領ー屋敷=旧クラディオス宮殿
遥か昔、世界に干渉する魔術を行使する依り代とされた屋敷。
その正体、田中俊明が前世で作った架空の領地、その中心地であり、中央。
クラディウス家の収納魔法は屋敷を依り代に行うため、屋敷こそがアイテム袋と言える。