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F04:地震が起きた

 アークデーモン事件から1ヶ月が過ぎようとしていた。

 魔法学校には騎士団による調査が入り、アークデーモンが現れたのは召喚魔法の失敗によるものだったと発表された。


「ただし、それは原理的には『起きないはずの事故』でした」


 魔法というのは、魔力を消費して作業を起こす。ゆえに強い作用を起こすには大量の魔力が必要だ。それは召喚魔法でも同じで、強い魔物を召喚しようとすれば強い魔力が必要になる。しかし魔法学校の教師や生徒では、どう間違えてもアークデーモンを召喚できるほどの魔力にならない。


「――とはいえ現にアークデーモンは現れた。ゆえに『まだ明らかになっていない要素』が加わった可能性が大です。それが何なのかは、引き続き調査していきます」


 と発表されたまま、2週間が過ぎた。続報はない。

 もうすぐ事件から1ヶ月がたとうというのに、調査は難航しているようだ。


「……そうですか。学校側としては、どうお考えで?」


 1か月前と同じ依頼主(ティナの親)から再び女教師ティナへの手紙配達を依頼されて、俺は魔法学校を再訪していた。

 手紙を渡すついでに、1か月前の事件のことを聞いてみる。


「騎士団が発表した通りです、公表できる範囲では……」


 ティナは難しい顔をして答えた。


「……というと?」


「魔法を使うにも『手ごたえ』というものがあります。

 アークデーモンを召喚してしまった生徒が言うには、『呼んでもいない相手が押しかけてきた感じ』だったそうです」


「つまり、アークデーモンは自分から出てきたと?」


「あくまで術者の『手ごたえ』です。証明する方法もない主観的なものなので、なんとも……」


 それ以上は考えても仕方ないので、書類にサインをもらって帰ることにした。

 そして、応接室を出ようと立ち上がったところで――


 ゴゴゴゴゴゴゴ!


 強い揺れを感じた。

 立っていられないほどの大きな揺れで、窓ガラスにヒビが入ったり、調度品が倒れたりした。


「……すごい地震でしたね」


 室内を見回すが、壁などは無事のようだ。校舎だの庁舎だのといった公的機関の建物は、頑丈に造られているから耐えたのだろう。

 外に出てみると、無事なのは校舎だけ、といっていい悲惨な有様だった。ほぼすべての建物が倒壊している。


「大変なことになった……」


 やれやれと思いながら、とりあえず冒険者ギルドへ。依頼の完了手続きをしてもらう。

 しかし当然そこで緊急依頼が発動された。倒壊した建物の下敷きになったかもしれない人の捜索と救助、負傷者の治療、死者の回収など、やるべき事は多い。ただ、そうして探し出した人たちをどこへ送るのかという問題もあって、冒険者ギルドからの指示は「とりあえず待機」だった。

 きっと支部長が領主と話し合って決めるのだろうが、領主のほうも「とりあえず使えそうな場所」を把握できていないはずだ。騎士団や兵士に命じて状況確認をやらせている頃だろう。

 そんなわけで1時間ほど待っていると、どうやら話がついたようだ。いくつかの公的機関が無事なので、そこを避難所や対策本部に使うことになったという。魔法学校もその1つで、避難所に指定された。

 俺も救助活動に加わった。こんな時は、強さよりも人数、人海戦術が有効だ。あちこちで次々と死傷者が発見されて、最寄りの避難所に運ばれていった。





 地震発生から4時間後――救助活動開始から3時間が過ぎて、死傷者の発見はペースが落ちた。

 瓦礫に埋まらなかった人や、瓦礫の浅いところに埋まっていたような人までは救助できた。残っているのは、奥に埋まってしまった人だ。救助するには、まず瓦礫を撤去しなければならないが、人力で撤去するには瓦礫が大きすぎ、重すぎる。解体しつつ撤去していき、重量バランスが変わって崩落することを警戒しながら作業を進めなくてはならない。

 というわけで、ここから先はそれ系の訓練もしている兵士たちの領域。冒険者ギルドは救助活動から手を引いて、瓦礫の片づけに移った。発見した人を避難所へ運ぶためにも、避難所と他とをつなげるためにも、瓦礫を取り除いて通りやすい道を作る必要がある。


「1週間はもちませんな」


 魔法学校の校長室。

 校長は、冒険者ギルドの事務員を招いて状況を説明していた。


「では……」


「早急に必要なのは消耗品……特に、食料です。

 水は、うちの教師や生徒たちを動員すれば、魔法で作れますから。幸い、貯水槽や水道設備は無事だったので、蛇口をひねれば普通に水が出る状態を維持できています」


 ただし、それも今より人数が増えれば追いつかなくなるかもしれない。

 校長は「その時は応援をお願いします」と言った。


「狩猟採集は冒険者の得意とするところです。お任せください。

 ただ、冒険者ギルドの解体場は作業量が跳ね上がってパンク状態です。どこの避難所も似たような状況ですので。

 そこで相談ですが、こちらの学校に解体や調理に使えそうな場所はありますか?」


「授業に使う実験室を、臨時の調理室に使っています。今は3度の食事前に調理するのに使っていますが、フル稼働させれば調理できるでしょう。

 避難してきた人たちの中に料理人や解体経験者がいないか、確認してみます。

 解体は……校庭の一角でも使ってもらうしかありません」


「使える場所があるなら上等です。

 それで、必要量は――」


 と細かい話をつめて、事務員は冒険者ギルドに戻っていった。





 それから冒険者たちによる狩猟採集――食料の調達が始まった。

 一方、兵士たちも順調に救助活動を続け、各避難所に運ばれた人はどんどん増えていく。

 さらに、運び込まれた食料――動物の解体作業のために、大量の水が必要になった。血抜きをしてから解体しても、まだ血液が出るものだ。それに、解体するということは筋肉を取り外すわけなので、しまりがなくなった胃腸から中身が出てくる。うまく洗い流しながら解体しないと、せっかくの肉がう〇こまみれだ。

 結果、水が足りなくなった。


「領主様や冒険者ギルドには、応援を頼んである。

 しかし、水魔法を使える教師や生徒がいる本校は、他の避難所より優先度が下がるだろう。

 しかも、今後もさらに人が増えることが予想される。

 ……水の利用制限をかけなくてはならない」


 職員室で、校長は教師たちに伝えた。

 水の利用を制限するという事は、生活の質が下がる。疲労困憊の教師たちは「さらに苦しい状態になる」と聞かされて、暗い顔をしていた。

 だが、黙っていても解決しない。具体的にどこをどのように制限するか、話し合いが進んだ。

 当然これは、「こちらを立てればあちらが立たず」という状態になる。どうするべきか、話はなかなかまとまらなかった。


「念のため、改めて『水の使用量』と『使用箇所』を調べてみる、というのは、どうでしょう?

 思いがけず節水できるところがあるかもしれません。

 あるいは、思ったより水が必要なところも見つかる可能性が……」


 1時間ほどの会議は、教頭の言葉でいったん解散になった。





 教師たちは手分けして、水が使われる場所を確認していった。

 途中、ティナは尿意を催してトイレに立ち寄った。そして気づく。


「そういえば、この下水は……?」


 普通に使えている。

 だが、考えてみればおかしい。周辺地域はのきなみ建物が倒壊し、瓦礫になってしまった。排水溝だって詰まっているはずだ。

 確認のため、排水経路をたどってみると――


「あなたは……」


「うん? ティナ先生、どうかしましたか?」


 悪臭の中、ドブさらいをしているボルトがいた。





「……なるほど。それで確認に回っていると」


 事情を聴いた俺は、1か月前を思い出した。


「ならば、少しは分かったでしょう?」


「え?」


「『助けてもらう側には、助ける側の事情なんて関係ない』『力があるならさっさと助けろ』と、そう言ったでしょう?

 水の利用を制限されたら、どの部分でも全員それを思うのでは?」


「あ……」


「助けてもらう側にこそ、助ける側の事情が関係あるのですよ。

 ご理解いただけましたか?」


 助ける側に、動けない事情がある。

 それを無視して「助けろ」と言われても、できないものはできないのだ。

 自分で体験して、よく分かっただろう。


「その節は……あ――?」


 頭を下げたティナが、何かに気づいた様子で顔を上げる。


「……それで今も、わざとFランクの冒険者として振る舞って……?」


「それはただの適材適所です」


 戦闘スーツを起動して食料調達に回ることはできる。

 しかし、それは他の冒険者たちに任せておけば事足る。

 だがドブさらいは、他にやろうとする人がいない。ましてや自主的になど……。報酬の少ない仕事だし、かなりの肉体労働で、おまけに汚いし臭い。危険はないが、緩急があって休める狩猟や戦闘のほうが、体力的には楽かもしれない。


「さて、せっかく確認に来たのなら、ついでに水以外のことも確認していきませんか?」


 俺はティナを少し離れた場所へ案内した。

 そこは、俺が作った焼却場だ。瓦礫の中から使えそうな物を集めて組み立てた。二次燃焼が起きるように構造を作ったので煙は出ない。においを消すためのフィルターに、こっそりナノマシンを使っている。よって、ここを発見しなければ、ここでゴミを燃やしていることに気づかない。

 ドブさらいで集めた汚物も、ここで乾燥させ、焼却している。燃焼効率を最大化する構造なので、燃え残るものは灰だけだ。


「これは……凄いですね。作ったんですか?」


「ええ。今のところ、魔法学校から出るゴミは、汚水を含めて、すべてここで処理できています。

 ですが、今後さらに人が増えるでしょう? 廃棄物に水分が増えると作業効率が落ちますので、節水は歓迎しますよ」


「改めて、お礼と謝罪を……。

 ありがとうございます。避難所としての機能を支えてくださって。

 そして、すみませんでした。私の考えが浅く、視野が狭かったと気づきました。反省しています」


「気にしないでください。

 力があってもすべてを助ける事はできません。

 同じように、どんなに頭が良くても、すべてを理解するのは無理でしょう。

 ましてや人間、知っている事でさえ間違えますからね」


 俺はティナを許した。べつに元々怒っていたわけではないし。

 直後、爆音とともに瓦礫が吹き飛んだ。

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