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F03:後方支援をがんばった

 隣国の魔法学校といったら、誰でも真っ先に思いつく所が1つある。

 実際には複数あるのだが、そこだけ周辺国でも1番の名門校なのだ。なんせ創立の際に周辺国と共同で最先端の技術と知識を集めた。なので「国立魔法学校」とか「王立魔法学校」とかではなく、「国際魔法学校」である。


「こんな所に務めるなんて、凄い人なんだろうな……」


 でかい校舎をポカーンと見上げていると、


「本校に御用ですか?」


 守衛のおっさんに声をかけられた。

 要件を伝えると、目的の娘は授業中だという。


「お預かりして、渡しておきましょうか?」


「ご親切にどうもありがとうございます。

 しかし、受け取りのサインを、これは必ず本人から貰わないといけませんので」


「では、授業がおわったら呼び出しましょう」


 守衛さんの案内で応接室へ通され、それからしばらくすると学校全体からザワザワと声が聞こえてきた。休み時間に入ったらしい。そして、目的の娘がやったきた。


「お待たせしてすみません」


「ティナさんですか?」


「はい」


「手紙の配達に参りました、冒険者のボルトと申します。

 こちらがティナさん宛の手紙です。

 こちらに受け取りのサインをお願いします」


「はい」


 ティナがサインして、手紙を受け取る。

 そのとき、ドカン! と大きな音がした。


「!?」


「!? すみません、これで失礼しますね」


 俺も驚いたが、ティナも驚いた様子で応接室を飛び出していった。

 俺も要は済んだので、応接室を出る。すると、窓の外に大きな魔物がいた。見たことない魔物だ。

 戦闘訓練か、召喚魔法の練習か、休み時間にまで自主練するとは、熱心だな。さすが名門校。

 と感心したのは一瞬で、周囲から悲鳴やどよめきが聞こえてきた。どうも様子がおかしい。

 さらによく見ると、魔物の近くで生徒が血を流して倒れている。


「事故か?」


 数人の教師が出ていって、魔物を攻撃したり、生徒に回復魔法をかけたりし始めた。

 だが、魔物はかなり強いようで、教師たちが押されている。


「す、すみません!

 冒険者の方ですよね!?」


 慌てた様子の教師がやってきて、すがるような目で俺を見た。


「そうですが」


「あの魔物を倒してくれませんか!?

 もちろん代金は払いますので!」


「あ、無理です。

 俺はゴブリンにも勝てないFランク冒険者なので」


 そもそもギルドを通さないで依頼をする、受ける、というのが有り得ない。

 口約束の報酬なんて踏み倒される可能性があるし、そもそも金額を言わない時点で怪しい。ま、慌てていてきちんと交渉できないだけという可能性もあるが。

 いずれにせよ、見捨てるかどうか以前に、俺では倒せない。


「な……!? クソ! 役に立たねえ!」


 教師は、ポカンとしたあと暴言を吐いて立ち去った。

 年齢がいってるから、そこそこのランクだと思われたのかな?

 眺めていると、さらに数人の教師たちが集まり、魔物と戦い始めた。今暴言を吐いていった教師もいる。

 その教師が他の教師たちと何やら言い合い、チラリとこっちを見た。他の教師たちも、不快そうにこっちを一瞥して、戦闘に戻る。


「なんか勝手に評判が下がった気配……」


 なんだよ。40歳の冒険者がFランクで悪いかよ。

 名門校の教師といったら、少なくとも知識量は凄い人たちだ。凄い魔法を実演してみせるぐらいの実力はあるはずだから、実戦経験は乏しくてもそのうち何とかするだろう。

 残念ながら、それを見ても学びを得るだけの才能が俺にはない。用もない事だし、邪魔にならないようにさっさと退散しよう。





「こちらの完了報告に来ました」


 冒険者ギルドにやってきた。女教師のサインをもらった書類を提出。

 ついでに元の街へ戻る方向への配達依頼でも探して……とか思っていると、ギルドの扉が勢いよく開いて、冒険者が飛び込んできた。


「大変だ! 魔法学校からアークデーモンが出てきた!」


 ほとんど悲鳴のように叫んだ冒険者。

 その内容に、ギルド内がざわめく。

 あの魔物、アークデーモンだったのか。名前だけは知っている。Aランク冒険者がパーティー組んで戦っても勝つのが難しいレベルの魔物だ。本当にアークデーモンなら、緊急依頼が発動されるだろう。

 周囲の冒険者たちも、その事でざわめいている。

 直後、再びギルドの扉が勢いよく開かれ、騎士団がやってきた。


「市街地にアークデーモンの出現を確認した。

 騎士団だけでは住人の避難誘導や後方支援の手が足りぬゆえ、冒険者ギルドに応援を要請するものである」


 騎士の1人が、大きな声で周囲に聞こえるように言い放った。

 受付嬢は、ただちに支部長を呼びに行く。

 そのまま支部長と騎士との間で、細かい条件が確認された。

 そして――


「緊急依頼を発動する!」


 支部長が声を張り上げた。

 緊急依頼は、その場にいる全ての冒険者を半ば強制的に動員するものだ。これが発動すると、受付嬢はそれ以外の手続きを一切しなくなる。また、その場にいながら参加しなかった冒険者には、降格や処罰用の依頼(ドブさらいもその1つに使われる事が多い)といった処分が下される。その反面、参加するだけでけっこうな金額が支払われる。なるべく大勢に参加してもらうためだ。

 要するに冒険者全員で対処すべき緊急事態なのだ。俺みたいなFランクでも、避難誘導やポーション運びなど、できる事はある。実際に戦うのは強い冒険者たちだから、危険を冒さずに報酬を得られると考えれば、おいしい仕事だともいえる。

 俺は参加手続きをした。



 ◇



 俺は住人の避難誘導を終えて、ポーション運びに加わった。

 直接戦闘で負傷したり魔力が尽きたりした冒険者たちが、いったん下がってポーションを使い、回復してまた戦いに戻る。まるで炊き出しだ。次々とやってくる負傷者たちにポーションを運びまくる。


「しっかりしろ! ポーションだぞ!」


「飲め! ……クソ! 浴びせちまえ! 少しは効くだろ!?」


 大けがをした冒険者が、仲間に運ばれてきた。

 見れば、知っている顔だった。有名人だ。Sランク冒険者サイモン。「剣豪」の異名をとる人物で、その剣技は鋼鉄製の鎧すら両断するという。

 ああ……と、冒険者たちが悲鳴にも似た声を漏らす。剣豪サイモンがあれほどの大ケガを。どうやら勝ち目がないらしい。勝ったとしても、どれほどの死者が出るか……。


「……だいぶマズそうだな。前線はどうなってるんだか……」


 見も知らぬ冒険者がどれだけ死んでも知った事じゃない。そもそも冒険者は死ぬ危険を承知でやる稼業。毎日誰かが死んでいる。俺が死んだって誰も気にしないだろうし、誰が死んだって俺が気にする道理はない。

 ただ、アークデーモンなら戦闘用ナノマシンを使えば勝てる。

 俺自身の力ではないから頼りたくないが、Sランク冒険者が大ケガして後退した以上、他の誰にも勝てないだろう。つまり、もう出し惜しみする状況ではない。

 俺は、追加のポーションを取りに行くふりをして、人気のない場所へ向かった。


「……戦闘スーツ起動」


 ナノマシンが俺の体を覆って、黒い戦闘スーツが形成された。飛行機能で一気に前線へ向かう。

 上空から確認したところ、剣豪サイモンが抜けても残ったAランク冒険者たちが何とかアークデーモンを食い止めていた。しかし、明らかに劣勢だ。


「はい、ちょっとお邪魔しますよ」


 上空から前線に割り込ませてもらう。


「自動攻撃ユニット展開」


 ナノマシンが自動攻撃ユニットを作り出した。

 空飛ぶ拳銃とでも表現するべき物体が現れ、レーザー光線を照射する。この光線の正体は、光魔法と火魔法を合成した熱線である。光だけのレーザー光線とは違って、より高い熱量を持っている。しかもレーザーの性質に従って、周囲への熱漏れは起きない。不透過の物体に命中すると、そこで初めて熱線が乱反射や吸収を起こして、圧倒的な熱量が不透過の物体に超高温を与える。つまり結果的には、当たると爆発する。

 0.1秒の照射で、アークデーモンは木っ端みじんに吹き飛んだ。


「「っ!? ……は?」」


 冒険者たちは、ポカーンとしていた。

 突然の乱入。そして突然の爆発。さらに爆発がおさまると、あれだけ苦戦していたアークデーモンが木っ端みじん。ポカーンとするのも無理からぬ事だろう。

 でも、そんなの俺には関係ない。

 やるべき事もやったし、来た時と同じように飛んで去ろう。この状態は「俺」ではないから「冒険者」でもない。つまり、この戦果による報酬を受け取る権利もない。

 ……おや? あれはティナか?

 ちらりとその姿を見たが、俺はそのまま飛び去ることにした。





 人気のない場所に着地して、戦闘スーツを解除し、後方支援に戻る。

 まだまだ怪我人の治療が終わらないので、ポーション運びを続けていると、魔法学園の女教師ティナがやってきた。


「あっ!? あなたは……!」


 ティナは偶然の再会に驚いたようだ。ちょっとオーバーアクションが過ぎるような気もするが。

 俺もこんな所で出会うとは思わなかったが「おっ?」ぐらいの反応だ。


「いえ、それよりも今は、ポーションを少し融通してください。

 学校関係者にも多数の怪我人が出てしまいました。備蓄分だけでは足りず、勝つ集めに走っていますが、すでに冒険者の方々が買い占めていて手に入らないんです」


「それは大変でしょうけれども、俺みたいな下っ端では勝手に融通していいか判断できかねます。

 責任者に交渉してください。あそこで指揮を執っているのが支部長です」


 通常なら個人で持っているポーションを自分の判断で融通することもできるが、今は緊急依頼で動いている。つまり冒険者ギルドの一員として、組織として動いているわけで、勝手に融通すると「横流し」になってしまう。それで助かるはずの冒険者が助からなかったなんて事になったら大変である。


「っ……!」


 ティナは俺を睨んだ。

 この人でなし、とでも思っているのだろうか? 組織の一員として当然の判断をしたまでだ。非難される道理はない。

 そもそも学校に現れた魔物だ。召喚魔法の失敗か何か知らないが、学校で起きたことは学校が責任を持つべきだろう。街に迷惑をけて冒険者が尻拭いをしたのに、その上こちらの負傷者を差し置いて物資をよこせなんて要求が通ると思うなら、どうかしている。


「あんなに強いのにどうして……!」


 ティナが言う。


「ちょっと何言ってるか分からないですね」


「声が同じです。アークデーモンを倒した黒い戦士……いえ、魔法使い? は、あなたでしょう?」


「もしそうなら、生活が苦しいFランクのまま25年もやってませんよ。

 そんな事より、ポーションが欲しいなら支部長と話してください。こっちにも怪我人はいるんで、あまり融通できないでしょうけど、そっちにも怪我人がいるから欲しがってるんでしょう? さっさと貰えるだけ貰って帰ったほうがいいですよ」


「っ……!

 何か事情があるんでしょうけど、助けてもらう側には関係ないことです。助けられる力があるなら、さっさと助けてください」


 最後まで非難の言葉を吐いて、ティナは支部長のところへ向かった。

 うーむ……名門校の教師なんかやってるせいでエリート意識でも持ってしまったのか? どうも筋の通らないことばかり言うなぁ。そういえば学校内で俺に頼ろうとした教師もアレだったし。まるで田舎村の年寄りが勝手な理屈ばかり並べるような有様だ。学校なんて閉鎖的な社会だし、そういう意味では田舎村と共通する悪癖も生まれるか。……いや、きっと真面目でまともな教師もいるんだろう。そうじゃないと生徒がかわいそうだ。


「……しかし……『助けてもらう側には関係ない』か……」


 確かに真理だ。

 しかし「助ける側」に立っているのは俺だけではない。俺が戦闘スーツを使いまくって活動したら、冒険者ギルドや冒険者たちが迷惑するだろう。仕事を奪うことになるのだから。

 今回の「Sランク冒険者でも無理だった」という事実ができたタイミングが、乱入するのにベストだったはずだ。

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