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F02:黒歴史を作ってしまった

「凄い……!」


 これは凄い。

 運動音痴や魔法音痴までは治らないが、ケガをすればすぐ治してくれる。その効果は回復魔法なみ。疲れがとれるも早く、ほとんど常に最高のパフォーマンスで動ける。

 驚くべきことに、このナノマシンは「民間用」だ。古代人は誰でもこのナノマシンを注入していたらしい。


「よっしゃ! これで勝ち組だ!

 【サンダー】!

 もっぺん起動しろ、小型上陸船!」


 俺は手すりに電撃を浴びせ、小型上陸船を充電した。

 ウイーンと駆動音が響き、天井の照明がついた。

 モニターに「GAIA」の文字が表示され、それが消えて複数のアイコンがならぶ画面に切り替わる。それらのアイコンは、暇つぶしのゲームから、船の状態・積み荷の量などを確認できる管理用アプリまで様々だが、操縦は音声入力でも可能だ。


「起動シーケンス完了。スキャン開始。

 警告。バッテリー残量1%。充電中。充電を継続してください」


 モニターに表示された「GAIA」というのは、この船とその母船のモデル名だ。ナビゲートしている女の声は、管理AIによる合成音声である。

 古代文明時代に世界中で最も信頼性の高い宇宙船メーカーと言われたトタヨ社、その最後のモデルになったのが宇宙空母「GAIA」だ。なお、本船とその母艦は「GAIA」をベースに改造を施したプライベートカスタムである。

 持ち主は、当時の民間軍事会社の社長だった。正規軍から傭兵を経て民間軍事会社を立ち上げたという古強者で、その世界では伝説的な存在だったらしい。そんな彼が、専門知識と潤沢な資金を惜しみなくぶち込んだのが、この船の母艦であるプライベート空母だ。

 だが彼も、核攻撃には勝てなかった。下船した直後、3キロメートルほど離れた場所で核攻撃が炸裂し、このあたりの建物はすべて倒壊した。もちろん彼も死亡した。船体そのものは核シェルター並みに強固なので壊れなかったが、強烈な電磁波を受けて管理AIから所有者の判別データが消えてしまった。

 管理AIの本体は空母にあるが、所有者の情報は最新の地点から、つまり上陸船からのデータを受け取って更新していた。判別データが消えた「空白の状態」まで受け入れて更新してしまったため、今の管理AIは、誰彼構わず受け入れてしまう状態だ。


「報告。充電が完了しました」


「よし、母艦へ戻れ」


「離陸シーケンス開始」


 揺れもなく、ふわりと浮き上がると、上陸船はたちまち空高くへ飛び上がった。

 雲を突き抜け、青空を突き破り、夜空に突入する。


「……ここが宇宙か」


 複数のモニターに周囲の様子が表示される。まるで大きなガラス窓だ。

 はるか下に離れた地面は、今や青い球体だった。古代人で最初に宇宙へ飛び出した人物は、この光景にたいそう感激したらしいが、現代人で最初に宇宙へ飛び出した俺は、この光景を見てとても落ち着かない気分だ。不安になってくる。地に足がつかない、どころではない。この圧倒的な高さ。高いという事が分からなくなるほどの高さだ。ふとした拍子にいきなり落下するんじゃないかと怖くてたまらない。高所恐怖症とかじゃなかったはずなんだが……不思議だな。

 遠くに静止衛星軌道上の宇宙港が見えた。かなり巨大な物体だ。1つの都市といっていいサイズ。ナノマシンにインストールされた情報が、知識として俺の脳に流れ込んでくるが、知っていても実際に見ると圧倒される大きさだった。

 上陸船は、そこに接続している空母の1つにドッキングした。

 ドアが開いて、俺は空母に踏み込む。


「……ひっろ……」


 長い通路がずっと遠くまで続いている。ナノマシンの情報によると、この空母は全長500メートルらしい。なんてバカバカしい大きさだろうか。大型の帆船でも全長50メートルぐらいだというのに。

 だが、内部の構造はすでに頭に入っている。

 俺は迷うことなく医務室へ。そこにあった医療用ポッドに入った。体内に注入されたナノマシンでは治せないレベルの大ケガとかを治すための装置だ。

 そして、もう1つ。この船の医療用ポッドには別の機能もある。


「軍事用ナノマシンを注入してくれ」


 上陸船で注入されたのは「民間用」のナノマシンだ。

 そして「民間用」ということは「軍事用」もある。

 軍事用は「戦闘スーツ」と呼ばれるナノマシンの膜を作って体を守る。防御だけでなく、パワードスーツとしても機能し、さらに必要に応じて自動攻撃ユニットや飛行機能などを使える。


「軍事用ナノマシンを注入します。

 注入シーケンス開始」


 シュー、とガス状のナノマシンが散布された。

 ナノマシンは呼吸によって体内へ運ばれ、酸素とともに血液にのって全身へ。皮膚からも体内に入って同様に全身に広がっていく。


「注入シーケンス完了」


 医療用ポッドから起き上がり、俺は再び上陸船へ。

 地上に戻り、ただし上陸船は俺の頭上、上空2キロメートルのところでホバリングさせておく事にした。バッテリーが切れそうになったら、また充電してやればいい。それより、誰かに発見されてナノマシンを注入されたら、せっかく勝ち組になった俺の人生が元の底辺に戻ってしまう。


「テストがてら、他の上陸船を壊しておくか」


『提案。回収を推奨します。再利用可能な部品が得られる可能性あり』


 ナノマシンの通信機能を通して、管理AIから提案が来た。

 なるほど。再利用か。確かに、その方が有効活用できる。


「任せた。回収しておいてくれ」


『回収シーケンス開始』


 すぐに複数の中型輸送船が来て、上陸船を回収していった。

 これで上陸船が故障しても直せるだろう。


「それじゃあ、別のテスト相手を探さないとな」


 輸送船を見送ったところで、周囲に意識を向けてみる。

 すぐに魔物の気配が見つかった。どうも雷魔法を覚えてから、気配に敏感になった。ゴブリン相手でも背後からの奇襲とかは食らったことがない。なんか、ピリッと来るんだよな。今は絶好調なので、さらに敏感に精密に分かる気がする。


「戦闘スーツ起動。自動攻撃ユニット展開」


 体の表面に色を塗るようにして戦闘スーツが形成された。

 不思議なスーツだ。金属質で防御力も高いのに、全身タイツみたいに隙間もなくて動きを阻害しない。

 そして俺の両肩あたりに自動攻撃ユニットが現れた。空飛ぶ拳銃といった雰囲気だが、発射するのは銃弾ではなく火魔法と光魔法を組み合わせた熱線攻撃だ。

 光線が点滅したかと思うと、正面に立っている木に穴があき、魔物の気配が消えた。


「どれどれ……おお!」


 倒れていたのはゴブリンだった。それも3体。

 左右のユニットから熱線を発射したから2体同時に倒すまでは分かるが、3体とは。俺には見えない早さで2連発したという事か。


「……くっくっくっ……はーっはっはっはっ!」


 ゴブリンの死体を見下ろして、俺は笑いが止まらなくなった。

 逃げ回るばかりだった相手を、こうもあっさり。なんという強さ。まさに勝ち組。この強さがあれば、冒険者ランクを一気に駆け上がるぐらい簡単だろう。古代文明の戦力だ。Aランクだって夢じゃない。あるいは、特別な活躍をした冒険者だけに贈られるという称号「Sランク」も視野に入るか?

 負け組まっしぐらだった俺が、こんな事になるなんて。まさに大逆転。人生なにが起きるか分からないものだ。





 俺は、手紙配達の依頼をキャンセルするべく、元の街へ戻った。

 これだけの力を手に入れたら、もうチマチマした依頼など受けていられない。派手に魔物を倒しまくって、栄光の階段を駆け上がるのだ。


「おや? ボルトさん、どうしたんだい?」


 露天商のおばちゃんが声をかけてきた。

 串焼きを売っているおばちゃんだ。何度かタダで串焼きをもらった事がある。「売れ残ったから」なんて言っていたが、本当は俺が腹をすかせているのを見かねての事だったのだろう。

 おばちゃん、今度からは山ほど買ってあげるからね。今はちょっと手持ちの金がないけど、すぐ稼げるはずだ。なんせ今の俺には力がある。


「どうもこうも、絶好調だよ」


「そうかい? 変なものでも食べたんじゃないだろうね?」


 おばちゃんはなぜか心配そうに俺を見る。

 ナノマシンで血糖値が最適化され、肩こりや腰痛も治って、本当に今の俺は絶好調だ。

 まあ、変なものを食べたかと言われれば……ナノマシンを吸い込んだが。


「調子が悪そうに見える?」


「人相が悪そうに見えるよ。人が変わっちまったような感じがするねぇ。

 浮気相手におぼれて、貢ぐためにギャンブルにのめりこんでた時の元旦那とそっくりだよ。悪い友達でもできたのかい?」


 おばちゃんはますます心配そうだ。

 俺は力を手に入れた。それを使って、負け組人生を逆転したい。それのどこが悪いのか。


「悪い友達ができると、そいつらの事を強くてすごい奴だと思うみたいだけどね、それはそいつらが荒くれ者っていうだけの事で……確かに強いのかもしれないけど、人の役に立つように使えない強さなんて、決して『凄い』とは言えないんだよ。ましてや自分自身が強くなったわけじゃない」


「…………」


「自分勝手に振り回す強さなんて、ダメだよ? ボルトさんはドブさらいをずっとやってくれた。それは底辺なんかじゃない。人の役に立つことだよ。誰もやろうとしない事を、人のためにやるって、『凄い』ことなんだからね?」


「俺は……そうしないと生活できないから、やってたんだ。

 別に、人のためじゃないよ」


「それでも。ボルトさんがやってくれた事は、人のためになってたよ。みんな助かってるんだから」


「じゃあ……人のためだったら、悪い友達の手を借りてもいいと思う?」


「何言ってんだい。そんな時に手を貸してくれるんだったら、それは良い友達じゃないか」


「……分かったよ」


 諦めがついた。


「とりあえず串焼き1本ちょうだい」


「あいよ」


 おばちゃんは安心した様子で串焼きを渡してくれた。

 行き先変更だ。割れたポーションを買い足して、隣国へ行こう。ちゃんと手紙を配達する。

 民間用ナノマシンで健康かつ絶好調になるのは、俺自身の強さを限界まで引き出すだけだ。

 しかし軍事用ナノマシンの強さは、古代文明の技術力によるものだ。俺自身の強さじゃない。

 おばちゃんのおかげで、冷静になれた。

 冷静になったおかげで、超恥ずかしい。

 何イキり倒してんの、俺? うっわー……!

 でもまあ、誰にも見られなかったのが不幸中の幸いだ。この黒歴史が誰かにバレる心配はまずないだろう。はぁー……やれやれ。

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