短編 ヤサイのシュッカ
構成・内容ともに大幅に練り直しております。すみません。
「それで、読みが当たってしまったわけだ」
目の前の一体、四足の雹殻を狭い視界で睨みながら、雨粒へ視覚情報をリンクさせる。
単純にSiteとSightを繋ぐだけなら、こんな至近距離で無くても良い。
相手の出方がまだ分からないけれど、送信された情報では以前倒したことのある型番だし、量産型なんだろう。
「私雨女、視えるよな?」
「……視えるけれどそこまでくっきりとは」
相棒への接続強度がまだ足りない。もっと近づいて、撹乱しつつ情報を引き出さなきゃならないか。
ここからでは見えないが、いつものように迷彩柄のレインコートの下で難しい顔をしながら、相手を捕捉してるのだろう。周囲に建物のない駐車場へと誘い出して、一粒でも多く当ててやるか。
無機質な表面装甲を雨粒が転がり、恐らく私を狙っているフロントセンサーが、赤い光を照射する。
縦方向のスリット越しにそれを見て、攻撃の予備動作と読み取れるものがないか、細心の注意を払う。
雨粒を吸収して重くなった天蓋がじっとりしてくる。
スペアが早く乾かないと、次回の戦闘は……生乾きのものを被るしかない。
被らないという選択肢はない。
目の前のケモノが、ぐるる、がるる、獣のようなうめき声を響かせる。
過度なエコーが掛かっているようで不愉快極まる。
そちらから来ないならコッチからと行きたいが、あいにくとアタシは交戦が目的ではない。あくまで回避のみに集中する。撃退は、相方任せだ。
にらみ合いにも飽きたのか。前足をこちらへと向けて、狙いを付けるような――。
「コミュ、右後方!」
指示通りに飛び跳ねる。
雹殻の顎部から放たれたモノは先程まで居た場所に着弾したらしい、雨で滲んでいるものの、焦げたような黒い跡が付いている。
だけれどあの武装も本命ではなさそうだ。こちらが細かく動いているから、主砲を使えないってとこか?
"私達"が相手なら、お前の攻撃なんて当たらない。
"当たらない"から、当たらない。
誰かと衝突するのが怖いんだから、弾が当たるのは当然怖い。
避け続けていたからこそ、避け方の流儀が染み付いている。
オマエなんかとぶつかってたまるか。
「チャージまでどのくらいなんだ?」
相棒へと再び話しかけるが、向こうも忙しいのか応答しない。
「……ああそう、じゃあ準備が終わるまで元気に飛び跳ねておこうか」
知覚、視覚。目に飛び込んだ情報を元にルートを計算する。
彼我の距離から、相手が目標を捕捉するまでの時間、事前準備。
それさえ抑えてしまえば、一撃で決めてくれるまで逃げ回っているだけでいい。
私が回避極振りで、あの子は一撃特攻。相性はほどほどに良い。
「準備が整い次第開始するけれど、大丈夫? バテてない?」
「いいから始めろよ、向こうさんも避け方のパターンを見抜き始めてきた」
距離を詰めて物理戦闘、白兵戦に持ち込まない理由がなんとなく分かってきた。
あれの中身は"新人"だ。射撃だけで相手を倒して、人間相手に戦っている事を自覚したくない。だから、触りたくないんだ。
「いつもの、やるよ」
――――――
部長が教卓から日直を指名する。おさらいと言わんばかりに要点を復唱しつつ、ケガしないようにと念を押した。
処務担当の天気予報によれば今回は"雹"が降るらしい。磁場の狂いから2箇所まで絞れたが、アタシとワタアメが村に近い方、保険罹りと空気委員長が遠くを担当する。あの組み合わせだから、多分負けないし生け捕りにするはず。
どっちかが当たりなのか、両方当たりなのかは分からないけれど。それ以外の人員を防衛に回さないと前回みたいな不意打ちをくらいそうだし。戦力を割きすぎるわけにはいかない。
「なんだかんだで戦績いいもんな、私雨女と組むと。今回もよろしくな」
本を読みながらも目線をちっとも外さない、今回の相棒へと挨拶をするが、やはりコミュニケーションは面倒くさい。
机の端を、指先でトントンと鳴らす。この動作でようやく伝わったようだ。準備を済ませるようにハンドサインを出してやる。
コイツの集中力は頼りになる。複数体が相手の時には、コイツ以上の性能を出す味方は居ない。
ワタアメが本を閉じると同時に、教室の外が雨になる。早くも本気を出しているようだけれど、まだその時じゃない。
――――――
空を見上げる。いつも通りの、わたしだけの雨。
「今日は十六夜らしいけれど、見える気配すらない。今は十六時、何時にセットする?」
「どうでもいいから早くして」
明確な意思を持たない通信は阻害されない。これは何度か戦闘を繰り返して分かっていた。コミュの能力が原因の通信障害は他部隊への影響が大きいから、単独行動の得意な私達が「二人組を作る」のに適していた。
「じゃあ、9からのカウントダウン」
「頼む。避――のも疲――きた」
相方の泣き言もとぎれとぎれだし、早めに仕上げる。目をつぶり、雨滴に集中する。
ダンスを踊るように避け続ける虚無僧と犬のような形を認識する。体表へと打ち付け変形する水滴が、標的の輪郭を浮き上がらせる。
威力が充分かはまだ検証回数が足りていないし、出来る範囲での最高火力に設定する。
コミュの移動速度が段々と低下する、近接距離の射撃が苦手だと、相手も分かったのだろう。挙動を読みづらくするような、フェイントを織り交ぜているように視える。
準備は出来た。構えて、撃つ。いつも通り。
「句の死地。言い逃げ場などもう無い」
一つ減らす。
相手の頭上から見下ろすように、構える。
「蜂、蜂。我ら一対の蜂。刺し穿つは鋳金の針」
一つ、減らす。
色は見えない。ただそこにあるのが分かるだけ。
「和、七、九」
一つ、減らす。
最小限の移動で済ませている、射撃するのに夢中なのか、あるいは考えが足りないか。
「碌に十字も切れぬ者が」
一つ、減らす。
前足、後ろ足。どちらかを軸にした回頭で、左右に逃げ惑わないから当てやすい。
「言いつつも充溢」
一つ、減らす。
雨音の群れから相方の息を選り分けて聞く。この前の疲労が解消されていない。
「死と銃に誓う」
一つ、減らす。
前任者はなんで死んだんだっけ、聞いたけれど覚えていない。
集中、する。捉えた相手を逃さないように、眼を絞る。
「三つ数え、ほころぶ重鎖に、祈りたまえ」
一つ、減らす。
当たらない訳がない。相方があれだけ引きつけてくれるのだから。
「弍び会えぬ、獣の銃士」
一つ、減らす。
中身がなんだろうと、消す。
「銃後に守るは、一人だけ」
一つ、減らす。
弾丸も、一発。
「予測降雨猟」
完璧なタイミングでコミュが後方へと飛び去る。その動きを追うように首を振り、移動する気配は無い。
重力加速度を利用した金属製の一滴が、敵の頭上から垂直に突き抜ける。
予め発射しておいた銃弾が威力減衰により地上へと落下する。雨粒を左右に移動させつつ、落下速度を緩めないよう、水分のトンネルを作る。トンネルの出口――弾丸の専用通路を、頭頂部へと固定したまま。
コンクリートへの着弾時に発生する、わずかなオレンジ色の火花は、振り続ける雨の雫と共に消えるだろう。
色は、見えない。相手が何色を流していようとも。
力が抜けていくように、四肢を畳みながら地へ伏すケモノへと、降り続いていた雨が止む。
「終わった?」
「囮が優秀だから、警戒すらされなくって残念」
コミュへの通信が復旧する。相方の戦闘状態が終了したのは、相手が居なくなったからだろう。
「帰る前に向こうの様子でも見てこようか? 多分、委員長がブチ切れてる」
「ええと、邪魔にならないのかな。少しだけナマで見てみたいけれど」
「いいって。減るもんじゃないし、こっちのリンクを切るくらい"パワフルなルール"らしいから」
回収用に、待機中のキュウショクトウバンを呼びつけて、コミュが座標を提示する。
まだ教わった通りに"ぶっ飛ぶ"ことは出来ないけれど、近くまでたどり着いたら走る。
「私達は"浮いている"んじゃなく、"飛んでいる"だけ」
無邪気眼から聞いた通りに。
キーワードを唱えると体が軽くなる。両足で地面を強く蹴り、空中へ飛び出す。
示された座標を頭の中でイメージしつつ、念じるだけ。少しずつ顔に風を感じ、次第に風景が後ろへと通り過ぎていく。
八災の出禍は誰にも邪魔させない。
そのために、強くなるために出来ることをしておきたい。
飛びながら日直ファイルへと戦闘記録を追記して提出する。先生のサインを待つ間、まだ見ぬ委員長の戦い方を想像する。
――――――
いつもみんな、仲が良さそうで羨ましかった。
誰からも話しかけられないから、一人で本を読む。
学校に行っても楽しくないから、家で本を読みたいとママに言ったけれど、怒られた。
目から雨が止まらない。
先生が、雨だから図書室に行きましょうと言う。図書室が好きだから、雨も好きになった。
誰もうるさくしないし、誰からも話しかけられないのが、正しい状態。
雨だけが、窓の外で楽しそうに笑ってる。
いつからか覚えていないけれど、私の周りだけ雨が降るような気がして。
雨女だから外で遊ばなくていい。本を読む正当な理由だもの。
雨が降り止む前に、みんな居なくなっていた。そういえば、卒業式ってやったっけ?
園芸部長を名乗る女子生徒が、野菜を一緒に育てませんか、と露骨な勧誘をしてきたのは覚えている。
書き直し中です。