1章 3節 11話
倒れかけの巨木を支えながら、FGの銃口が
ウルスらに向けられた。
FGはマシンガンの照準をターゲットであるウルスに合わせたまま、
ゆっくりとした動作で巨木を排除しようとしていた。
逃げ出そうとすれば、即座に打ち抜くつもりなのだろう。
身動きができないまま発砲すれば、打ち漏らした時に逃げられる可能性が高まる。
だから照準は合わせたまま、まずは身の自由を確保しようとしているのである。
その時、大きな声がウルスの耳に届く。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ウルスは声のする方向を見た。
声はFGにもたれかかる巨木の根元から聞こえてくる。
そこには、ティープが居た。
彼は猛然と倒れかかった巨木の上を、こちらに向け走ってくる。
こちらに向けと言うのは若干、語弊がある。
彼は、ナナメに傾いた巨木の上を駆け出しているのであって、
厳密に言えば、ガイアの乗るFGに向かって走っていた。
高さ的には巨大な人型ロボットであるFGであったが、
その全長は7Mである。
巨木を駆け上がる距離も12M程度であったので、
彼は一瞬にして、FGの頭部へと到達した。
奇声を上げたのは、注意をこちらに向けるためであろう。
スピーカーからティープの声を拾ったガイアは、
サブモニターを切り替え、声の主を探したが
そのタイムラグがティープに巨木を駆け上がる時間を与えた。
ティープはその抜群の運動神経とバランス感覚で足場の不安定な
巨木の上を走りきると、間髪をいれずFGの胸元にジャンプした。
そして、FGの首筋にある小さなボタンを押す。
彼は知っていた。FGの首筋には外部からコックピットのハッチを
開閉するボタンが付いている事を。
FGは作業用ロボットであり、緊急時には災害の現場にも派遣される。
そのため、有事の際には外部からもコックピットのドアを開けられるように設計されていた。
中のパイロットが気絶したり、ドアの開閉が出来ない状況になった時に、
外部から救出できるように。である。
ガイアの乗るFGは戦闘用にカスタマイズされていたとは言え、
それはブースターの出力や武装面での話であって、
基本的な土台は、作業用のFGである。
従って、コックピットのドアの開閉スイッチはそのままだった。
それを狙ったのはティープとしては一種の賭けであったが、
その賭けは見事成功したという事になる。
ティープが押した開閉スイッチによって、FGのメインモニターは切られ、
ガイアの目の前のハッチが開く。
胸部分の装甲がまずは上に向いて開くと、2枚目の装甲が下向きに開かれ、
胸部の中にあるコックピットに入るための足場となった。
一瞬にしてメインモニターの電源が切れたことで周囲の確認ができなくなった
ガイアは状況を把握できないでいた。
ハッチが開き始めたときも、ティープが何を企んでいるのか理解できていなかった。
ハッチが開き、森の木々と眼下にいるウルスらをモニター越しではなく、
自分の目で視認した瞬間、何が起きたのかをようやく把握する。
しかし、それは遅かった。
開いたハッチからティープがコックピットに飛び込んでくると、
椅子に座り、シートベルトで固定されたままのガイアの顔面を拳で殴る。
バシッ!という豪快な音がコックピット内部に響くと、
青年は不安定な足場を固定して、2発3発と顔面を殴った。
「ぐふっぅ。」
ガイアのうめき声が漏れ、ガクッとうな垂れるように両手を落とす。
だがそれはガイアの演技だった。
両手を落とすと見せかけ、彼はシートベルトの解除スイッチを押していた。
シートベルトが自動で解除され、左右のボックスに収納されると、
コックピットの椅子から飛び出す感じでティープにストレートのパンチを放ったのである。
ガクッと力尽きたかのように見えたガイアの演技に一瞬油断したティープは
その拳をモロに顔面に受ける。
1発ではあったが、腰が砕け彼は両膝をついた。
「なっ!?」
言葉が上手く口から出ない。
完全に脳にダメージを喰らっていた。
「ふぅ。若いの。なかなかの根性だが、奇襲するからには、
1発で相手を仕留めないと反撃を食うぞ。」
そう言うとガイアは左手に銃を構えている。
右手で拳を繰り出すと同時に左手で銃を抜いていた。
「そ・・・・・・そういうあんたも、即座に銃を撃たないんだな。」
ようやく言葉が口から出るようになったティープは、
ガイアに対し皮肉を言う。
ガイアは笑った。
「コックピットを血で汚す趣味がないだけさ。
それに・・・・・・。
ここに突っ込んで来たお前の度胸が気に入った。
命は助けてやる。そこから飛び降りろ。」
ガイアは銃口をティープに向けながら、近付いていく。
外部からハッチを開けられたことで、FGの動力は一度休止している。
再始動するに大した時間はかからないが、せっかく追い詰めた獲物には
逃げられているだろう。
先ほどは偶然ターゲットを捕捉できたが、森の中にまぎれた人間一人を
もう一度見つけるのはほとんど不可能に近い。
王子を逃がす。という一点に関して、コックピットに乗り込んできた青年は
見事ミッションを果たしたという事になる。
やられたほうの立場であったが、先ほどの対FGとの戦闘といい、
今回のコックピットへの奇襲といい、
ガイアは彼ら128期生の生徒に好印象を抱いていた。
出撃する前は気の重い作戦だと思っていたが、
なかなかどうして。彼は満足感を感じていたのである。
これほどまでに手こずるとは誰が予想したであろうか。
彼は銃を向けたまま、コックピットのハッチまで進む。
銃口を向けられたままのティープは少しずつ後ずさりする。
圧を加え、青年を後ずさりさせていた。
彼をハッチから飛び降りさせ、時間と弾薬が許すまで
もう一度、王子を探す。
「なぁに、仕切り直しってだけよ!」
彼はハッチに足をかけると、森を見た。
木々がなぎ倒されていたが、大自然といっていい風景である。
外の空気を吸うのは気持ちがいい。
ウルスという獲物を逃したのは残念であったが、
悔しさはあまり感じていなかった。
しかし、彼はFGの足元に信じがたいものを見る。
それを見たガイアは思わず眉を吊り上げた。
そこに、先ほどから一歩も動かないでFGを睨み続けていた青年が
今も立っていたからである。
「う・・・・・・ウルス王子っ!」
逃げたのではなかったのか?
ガイアは混乱する。
逃げる時間は十分にあったはずであった。
遠くまで逃げることは不可能だとしても、この森の中、
姿を隠す事はできたはずである。
まるで、コックピットに侵入してきた青年の成功を信じているかのように、
その場から一歩も動かず、待っていたというのか!?
「なんなんだ!?こいつらは!?」
ガイアは初めて、得も知れぬ恐怖に襲われた。
絶対的優位な立場にいるのは、ガイアである。
だが彼は、悉く彼の予想を覆してくる士官学校の学生たちに恐怖していた。




