面映ゆい記憶を思い出しながら君の名が書かれた石に花を添えに行く
この1話で完結の短編です。
私としては初めての一人称での作品となりますので、もしかしたら表現が違ったりわかりづらい部分もあるかもしれませんが、お読みいただけたら幸いです。
何だ?今の夢は。
今日、行くからかな……。
目が覚めた僕は呟いた。
夢で見たのは昔の記憶、中学生の頃の事。
僕は好きな子がいた。
活発でわがまま、小さい頃からずっと一緒の子。
彼女の名前は富井 優香子。
ある時、彼女と教室で二人きりになった。
それは文化祭の準備中の事。
―――
「貴裕、ちょっと俺ら先生に頼まれた物を買ってくるから。それ進めといてよ」
「ん?…わかった」
「ごめんね、後藤君。出来るだけ早く帰ってくるから。優香子もお願いね」
「はーい、行ってらっしゃい」
僕達は四人で班となり教室の装飾担当となっていたが、その内の二人が買い出しでいなくなった。
「二人になっちゃったね。まだまだ終わらないのに…」
「まぁ、少しづつやっていこうよ」
「うわ、前向き優等生発言。サボろうとか思わないの?」
「これはサボったらバレるじゃん」
「まぁ、そうだけどさ…」
僕達がその時やってたのは折り紙を細く切って輪っかにして繋げる作業だった。
「ねぇ、貴裕」
「ん?」
「あの二人って付き合ってるのかな」
「…さぁ?」
「興味無いの?」
「別に。あの二人が付き合ってようがどうだろうが、僕の人生に関係無いし」
「ふーん、なんか変わったね」
「ん?何が?」
「小学生の頃はもっとバカみたいに色んな事に食いついてたのに」
「…今、悪口言われてる?」
「悪口っていうか、なんか私の知ってる貴裕じゃない」
「他人に興味無くなっただけだよ」
「ほら、それ!…じゃあさ、私にも興味無いの?」
そう言われた僕はドキッとした、まさかそんな事を言ってくるとは思わなかったから。
「………ほ、ほら!続きやらないと!」
だからそれには答えなかった。
「昔はよく私の事が好きだなんだ言ってたのに言わなくなったね」
「いつの話をしてんだよ…」
「今は違うんだね」
「そんなことない!」
「えっ?」
「…ん?」
「ん?」
「ん?」
この時の僕は口走ってしまった事をどう誤魔化そうか必死に考えた。
でもそれが間違ってたんだ。素直になっていれば良かった。
「だから!どういう意味?」
「何が?」
「…もう、いいよ」
「うん、もういい話だよ」
「………」
その後、会話は無くなった。
この時の彼女の表情は今でも忘れない。
―――
眠いのを我慢しながら体を起こし、しばらく下を向いた。
僕は彼女の事が好きだった。
小さい頃からずっと。
思い出せる範囲でさっきまで見てた夢を思い出し、後頭部を掻きむしった。
「あの後、まともに話してくれなかったな」
ふと声に出して呟いた。
それどころか無視をされていた。
また話し始めたきっかけは何だったかと思い出してみる。
「あっ、そうか。雪が降った日だ」
思い出した。
中三の冬、夜中から朝にかけてそれまでに経験したことの無い大雪が降った。
―――
早朝まで降り続いた雪が膝下ぐらいまで積もっていた。
「歩きづらい…。よっと!」
だがむしろ僕はそれを楽しんでいた。
あそこまで積もったのは後にも先にもあの日だけだった。
学校に向かう途中で彼女を見掛けた、彼女はとても歩きづらそうにしていた。
「冷たっ!もう!……わっ、きゃあ!」
足が抜けなかったのだろう。
そう言いながら積もった雪に顔から倒れ込んだ彼女を見て、僕は
「何してんの?」
と、どうせ無視されるだろうと思いながら声をかけた。
「え?………っ!」
やはり無視を決め込むようだったが
「はい、手を掴んで」
「………」
ちょっとだけ上げてきた手を強引に掴み、彼女の身を起こした。
「…ありがとう」
そう言った彼女の髪や顔、制服が雪まみれになっていたことに思わず
「…ぷっ、はははは!」
僕は笑ってしまった。
「な!何よ!」
「いや、だって…。ははは!」
「この野郎……」
彼女は手元に雪玉を作って僕に投げてきた上に、両手で掬った雪をそのまま頭にかけてきた。
「…はい!これで貴裕も一緒!」
「やったな?」
「…待った。私はもうこんなだよ?」
彼女は両手を広げて困った顔をする。
「関係無いね!」
僕は同じように両手で雪を掬って、彼女の頭から落とした。
「きゃっ!……もう許さない!」
その後、彼女は見境無く雪玉、いや、玉にすらなってない雪そのものを何度も投げてきた。
登校中に二人だけの雪合戦が始まってしまった。
当然二人は雪まみれな上、頭からびしょ濡れだった。
そして二人揃って遅刻した。
職員室でストーブにあたりながら教師から説教をくらい、二人の母親まで来てしまった。
「あんた達は昔から変わらないわね!!」
そう母親から怒鳴られた僕達はお互いを見て、笑いあった。
久し振りに彼女と遊んだ、笑った。
とても幸せな気分だった。
彼女はこの時どう思っていたのだろう。
―――
少しだけ思い出し笑いをしながら朝食の準備をしていた。
イチゴジャムのサンドイッチ。
彼女がいつも食べていた朝食。
二人分用意して一つは食べ、一つはラップに包んで鞄に入れた。
それから焼きそばを作り、タッパーに詰めた。
具が何も無い麺だけのソース焼きそばだ。
彼女は野菜が嫌いだった、だからかどうかはわからないが彼女の母親が作る焼きそばには具が入っていなかった。
高校の頃、彼女はそれを美味しそうに食べていた。
―――
あれは高校の頃の昼休みの事
「……何?それ」
「ん?あげないよ?」
「いや、いらないよ。まだ野菜嫌いなの?」
「うるさいなぁ…」
僕達二人は同じ高校に入学し、三年間同じクラスだった。
あの二人だけの雪合戦の後、昔みたいにまた仲良くなった僕達はいつも一緒にいた。
「野菜も食べないと」
「それは聞き飽きた」
「……はい、これあげる」
僕は弁当に入っていたプチトマトを焼きそばの上に乗せた。
「ちょっと!何してくれてんの!?」
「彩りを添えた」
「そんなもんいらないの!はい!返す!」
「じゃあこの美味しいプチトマトは全部僕が食べちゃおう」
「……挑発には乗らないからな?」
「何でそこまで嫌いなの?」
「貴裕が食べてるから」
「それって僕が嫌いって意味に聞こえるけど?」
「じゃあそうなんじゃない?」
「こっちも優香子が焼きそば食べてるから嫌いですけど!」
「はぁ!?昔から普通に食べてるじゃん!ウソつき!」
僕達はこの会話を教室でしてしまっていた。
「また夫婦喧嘩してんのかよ…。仲良いんだか悪いんだか」
「いつもの光景だね」
「何だかんだでお互い好きなんだろうな、あれは」
クラスメイトから色々と言われた。
僕は少しだけ恥ずかしく、彼女も顔を赤くしていた。
「…夫婦とか言うな!」
「お互い好きなわけないでしょう!私は嫌いよ!」
「はぁ!じゃあこっちも嫌いだけど!?」
「じゃあって何よ!昔から私の事を好きとか言ってるくせに!」
「昔の事は昔の事ですぅー!」
「帰り道、田んぼにハマって動けなくなれ!」
「そっちはどぶに落ちろ!」
「…ひどい」
彼女は下を向いた。
やってしまったと、この時の僕は焦ったんだ。
「…あっ、ごめん。言いすぎた」
「謝ったから貴裕が全部悪いね!」
しかし落ち込んだフリだった。
「それズルいからやめろよ!」
「ふん!!」
「まぁ、お前ら二人見てて飽きないわ」
「夫婦コント見てるみたい」
そんな僕達はいつもクラスメイトから、からかわれていた。
―――
そろそろ出掛ける準備をしようと、寝癖を直してからクローゼットの前に向かう。
クローゼットから喪服を出したがネクタイは青と黒と白のストライプ柄を選ぶ。
彼女からのプレゼントで貰ったネクタイ。
大学卒業後、就職する時にお互いにプレゼントを渡しあった。
彼女からはネクタイ、僕からはスカーフを渡した。
我ながら少ししょぼいプレゼントかなと思いながら渡したが、やはり彼女は不満そうだった。
散々欲しいカバンの写真見せてたのに!
そう怒ってたっけ。
まだ働いてないんだからそんなブランドのカバンは無理だと言い合いになった。
誕生日プレゼントというわけでもないし。
ずっと機嫌の直らない彼女に僕はこう言う。
初任給が出るまで待っててよ。
それを聞いた彼女は
絶対だよ!
と、くしゃっとした顔で笑った。
しかし僕が彼女に初任給でカバンを買うことはなかった。
一緒に買いに行こうと話していたのに。
―――
僕は就職で東京に出てきた。
ゴールデンウィーク。
僕はまだ初任給を貰ってはいなかったが地元に残って就職していた彼女も連休で会いに来ることになっていた。
東京駅で待ち合わせなので僕は電車に乗ろうとするがそんな時に限って電車が遅れていた。
待ち合わせ時間に遅れると電話しておこう。
そう思い彼女に電話をして、遅れることを伝えた。
じゃあ駅周辺をぶらぶらしてると言われたので、東京は怖いから気を付けるんだよ。
と伝えるとバカにするな!と電話を切られた。
半蔵門線で三越前駅まで乗り、そこから歩いて東京駅八重洲口の方まで歩いた。
だいぶ遅れてしまった。彼女は今どこにいるのだろう?
電話をかけるも彼女は出なかった。
おかしいなと思いつつも何回かかけ直したが、それでも出なかった。
八重洲口に近づいていく中で僕は慌ただしく騒がしい光景を目にする。
数台のパトカーと救急車、それに多くの人達が集まっている。
すれ違う人達の会話が耳に入った。
信号無視した車が高速で横断歩道を渡る人達に突っ込んだらしい。
嫌な予感がした。
それを確かめるかのように僕は何度も彼女に電話をかけた。
やはり繋がらない。
もう何も考えられなかった僕は全力で走った。
事故現場を見ている人達を掻き分けると、そこには言葉を失うほどの悲惨な光景が広がっていた。
警察官に止められた僕は身を乗り出しながら必死に事故現場を見渡す。
一台の救急車に乗せられる女性が視界に入るとその女性が彼女だというのがすぐにわかった。
お洒落する時には必ず着ていた、彼女がお気に入りの服装だった。
優香子!!!
そう叫び、すぐに僕を止めている警察官に今救急車に乗せられている女性は自分の彼女だということを説明した。
しかし警察官は通してくれなかった。
優香子!!優香子!!!
何度も叫んだ、すると後ろや横から
「おい!行かせてやれよ!!」
「そうよ!酷いじゃない!!」
「何かあったらてめぇその人に責任取れんのかよ!!」
僕を制止していた警察官への抗議が始まった。
少したじろいだのか警察官の力が弱まった気がした。
「兄ちゃん、こっちだ!」
少し歳を取った男性の声と共に僕は腕を引っ張られるとそこは警察官からは届かない場所で目の前には救急車までの道があった。
「行ってこい!!」
僕は何人かに背中を叩かれた。
全力で走った、救急車まで百メートルあるかないかの距離だった。
「優香子!!優香子ぉぉ!!!」
僕は叫んだ、しかし全力で走っているからか上手く声が出せない。
後ろから大きな声が聞こえる。
「救急車ぁ!ちょっとだけ待って!!」
「待ってくれぇ!!」
「間に合え!!頑張れ!!」
その声に気付いた救急隊員が
「お知り合いですか!?」
と焦った様子で聞いてきたので、自分の彼女だという事を息を切らしながら話した。
「すぐに乗ってください!今出発するところですので」
言われたまますぐにそのまま乗り込み倒れている女性を見る。
やはり彼女だった。
頭から血を流し、お気に入りの洋服が血で汚れてしまっていた。
とても辛そうに僕を見る。
「おそ、いよ……」
「ごめん…」
「でも…、良かっ、た…。会…えて」
「あぁ!必ず助かるから!頑張れ!」
「…手、握ってくれ、ない?左手、なん…か、右腕…動かな…くて」
「あぁ!」
僕は彼女の左手を両手で握った。
「………」
彼女は何も話さなくなった。
心拍数だろうか、機械から危険を示すような大きな音が鳴り出した。
「話しかけてください!いっぱい!」
緊張感が走る車内で僕は救急隊員の言われるままに彼女に話しかける。
「優香子!まだカバン買ってないぞ!これからまだまだ二人で色んな所に行こう!」
「う…ん…」
「治ったら結婚しよう!」
「……ん」
彼女は少しだけ口角を上げて笑った。
その後、大きな音は消え、少し感覚の遠い電子音に切り替わった。
「ね…ぇ、好きだ…って。言って、よ。一回も言っ…て…くれ、てない」
「…好きだ、好きだよ!僕は優香子が好きだ!だから!」
「あ、りが、と……。も、うダメみ…たい。目が開け、られな…い……」
彼女はゆっくり目を閉じた。
機械から平坦な音が鳴った。
救急隊員が忙しく動く、心臓マッサージや口元に空気を入れるような器具を付けて膨らんだ風船のようなものを何度も潰していた。
「話しかけてください!もっと!」
「優香子!!優香子!!まだもっと!一緒にいたいんだ!話してないこと伝えてないこと、いっぱいある!だから!!」
しかし彼女からの反応は無かった。
数秒後、救急隊員は動きを止めた。
「もっとやってください!まだ助かる可能性はあるんですよね!?」
「……すみません。もう」
「そんな……」
僕は握っている手を更に強く握りしめた。
「優香子!!なぁ!ウソだろ?なぁ!!」
―――
あの日以来、涙を流していない。
まるで全部流しきったかのように。
着替えが終わると同時にスマホが鳴る、画面を見ると彼女の実家からだった。
「はい、もしもし」
「あっ、貴くん?」
彼女の母親だ。
「はい」
「今日、来てくれるのよね?」
「はい、今から向かうところです」
「うちにも寄ってくれないかしら?渡したいものがあって」
「あっ、はい、わかりました」
「それじゃ、お願いね」
スマホを上着の内ポケットに入れ、荷物を持って家を出た。
あの日、彼女の両親に連絡する手も声も震えていた。
―――
病院からまずは彼女の実家に電話をかけた。
電話に出た母親に事情を説明したが、上手く説明が出来なく理解出来ないという形で何回も聞き返されて僕も少しづつ落ち着くよう自分に言い聞かせるように何回も説明をし直した。
ようやく伝わった所で病院の住所を伝えるとすぐに電話が切れた。
次に自分の実家に電話をかけた。
電話に出た母に同じ説明をし、病院の住所を伝えた。
病院の椅子に座りながら僕はずっと涙が止まらなかった。
地元から東京までは約二時間
そのぐらいの時間から更に経ったところで、数人が走ってくる足音が聞こえた。
「優香子は!?優香子!!」
彼女の母親が僕の両肩を強く掴み大きな声を出すと、そこに医者が現れた。
「御両親ですね?こちらへどうぞ」
「…は、はい」
二人は部屋に入っていった。
「一体何があったの…」
僕の母はとても辛そうな表情で話しかけてきた。
事故の事を全て話した。
「そんなこと…」
母はその場に座りこみ、父は何と言っていいのかわからないという表情で黙っていた。
数分後、彼女の両親が出てきた。
母親は血相を変えて僕に掴みかかってきた。
「貴くんがいて、なんで!!なんで!!」
「…ごめん、なさい」
「東京に優香子を呼ばなければ!そもそもあなたが東京に行かなければ!!」
「ごめんなさい!…ごめん…なさい」
それしか言えなかった。
「やめなさい!貴裕くんは悪くないだろう!!悪いのは車の運転手だ!」
父親が強引に引き離す。
「辛いのは彼も同じだ……」
「でも!」
「今日は一旦休もう。悪かったね」
僕の肩に置かれた父親の手は震えていた。
「いえ…、ごめんなさい」
「……いっぱい泣いてくれたんだな。一晩、時間を置こう」
そう言って彼女の両親は病院から出ていった。
僕はずっと頭を下げていた、僕の両親も。
次の日、両親と共に彼女の両親が泊まったホテルに向かっていた。
ロビーで待ち合わせることに両親同士で決めたらしい。
視線を上げられなかった、下を向きながらずっと歩いた。
途中途中で足が止まり、その場に座り込みたくなる。
歩く意思や力が無くなったかのように。
その度に父から肩を掴まれ、背中を押されながら歩き、ホテルに着いた。
「もう、いらっしゃってるわよ」
母からの言葉ですでにロビーで待っていることがわかったがやはり見ることが出来なかった。
彼女の両親の元に行った時に少しだけ視線を上げて、頭を下げてからまた下しか見ることが出来なかった。
「……貴くん」
母親が話しかけてきた。
僕は体がビクッとし、反射的に
「ごめんなさい!」
と謝った。
「……ごめんなさい。昨日はとても酷いことを言ってしまって」
「……いえ、昨日言われた通りですから。僕が東京にさえ来なければ、あのまま地元で暮らしてたら」
僕はまた涙が出てきた。
「ごめんなさい、そこまで苦しめてしまって…。貴くんも辛かったのに………」
彼女の母親も泣いていた。
「本当にごめんなさい…」
僕の両親にも謝っていた。
―――
「ありがとうございましたー」
花屋で花束を作ってもらい、店を出た。
まるでデートで渡すかのような花束を持って墓地へ向かう。
場所は当然、地元の墓地だ。
今、僕も地元に戻ってきている。
とは言っても住んでいるのは実家ではなく少し離れた場所に一人暮らし。
今は地元で食品加工会社の工場で働いている。
僕が東京に出ていった事がきっかけで彼女が亡くなったのに地元に戻るのは違うと思っていた。
しかしあまりにも僕と連絡が取れない事を心配した父と彼女の父親が東京のアパートにやってきて、僕は地元に連れて帰らされた。
事故後、僕は何も考えられなかった、何もしなかった。
会社にも行かず家からも出ず、ずっと目を開けたままベッドに寝ていた。
無意識のうちに死のうとしていたのかもしれない。
後から聞いたが会社への退職連絡や退去手続き等は父が全て事後処理していてくれたらしい。
そうして地元に帰った僕だがそれで何かが変わるわけでもなく、アパートにいた時と同じようにずっと部屋にいた。
外に出たきっかけは四十九日法要。
通夜も葬式も出ることが出来なかった僕に彼女の母親から電話がかかってきた。
優香子の為に、と法要に出てほしいと話をされた。
その時、僕は思い出した。
救急車の中での会話を。
あれで良かったのか、伝えたいこと伝えられたのか。
そう考えたらまだ伝えていない大事なことがあることを思い出し、参列する事に決めた。
彼女の実家から歩いて十五分ぐらいの所にある寺で法要が行われていた。
寺に入ろうとする足に力が入らない。
その場から動けなくなってしまった。
すると中から彼女の母親が出てきたのが見える、僕はその場から逃げ出したくなった。
しかし足が動かない。
そんな僕の態度を感じたのかどうなのかわからなかったが、深々と頭を下げられ、上げた顔は少し笑いながら涙が流れていた。
「……来てくれてありがとう。どうぞ入ってください」
「は、はい…」
何故かその言葉の後に足が動き、前に進めた。
もう僕以外は焼香を済ませたようで、僕が最後だった。
彼女の両親に深々と頭を数秒下げ、焼香をしてから手を合わせ一言、心に強く念じた。
ありがとう
はっきりしない、話を逸らす、気持ちを伝えない。
そんな僕と一緒にいてくれた彼女に僕はそう伝えた。
―――
高校三年生の夏。
二人で花火を見に行った。
「わぁー!キレーイ!」
「うん」
はしゃぐ彼女に同調したつもりだったが。
「…ちょっと?」
「ん?」
「ん?じゃないよ、楽しくなさそうに」
少し機嫌を損ねてしまったようだった。
「いや、楽しいって!キレイだし」
「ならいいけど、ねぇ、何で今日来たの?」
「そっちが誘ってきたんじゃん」
「そうだけどさ」
「何が言いたいの?」
「ん?んー、あとでね」
イタズラっぽく、照れているように笑う彼女。
「何それ…」
そう言いながら彼女を見てるとちょうど花火が上がり、その光に照らされた横顔がとても素敵だった。
帰り道
彼女は道路に縁石の上を歩きながら話し出した。
「ねぇ…」
「ん?」
「さっきの話なんだけどさ」
ちょっと下を向いている彼女。
「あとでねって、やつ?」
「そう、…あの、さ」
「うん」
「私達って小さい頃から一緒じゃん?」
「うん」
「今もこうして花火を二人で見て」
「うん」
「クラスメイトからは夫婦だとか言われて」
「うん」
「………」
「どうした?」
彼女は縁石から降り
「さっきから、うんしか言ってない!」
「…話聞いてる時は大体そうなるでしょ」
「…まぁ、そっか」
また歩き出した。
「それで?」
「ん?うーん。何て言うか……」
「うん」
「私達ってさ…、付き合ってるのかな」
「………そうなんじゃない?」
「え?」
そう驚く彼女の顔に僕も戸惑った。
「え?」
「そうなの?」
「いや、まぁ、うーん…」
この時は何て言ったらいいのかわからなかったんだ。
「あっ、そっか!貴裕は私の事が好きなんだもんね!」
「昔の話ね」
「…それ何なの?中学の時もそんなこと言ってきたし」
この時、初めてわかった。
「……あっ!もしかして、それで無視してきてた?」
「気付いてなかったの!?」
「……気付いてたよ?」
「気付いてなかったんだな?」
「うん……」
「そんなんで私に雪投げてきたんだ」
「……待って、投げてきたのはそっちからじゃん!」
「……まぁ、それはそれとして」
「納得はいかないけど…。どうぞ」
話が進みそうにないので一旦受け入れた。
「私は昔から貴裕の事、好きなんだけど?」
「………ん?何て言ったの?」
「もう言わない!」
恥ずかしそうに下を向く彼女がとても可愛く見えた。
「貴裕の事好きなんだけどの所が良く聞こえなかった」
「そう言ったんだけど!で?貴裕は?」
「……すーきー」
ふざけてしまった。
「…また無視しようかな」
「無視はしないでよ。ほら、帰ろう。明日学校じゃん」
「………」
前を歩き出した僕の背中を彼女は持っていた巾着で叩いてきた。
ふと後ろを振り返るとそこには笑顔の彼女がいて、僕も自然に笑ったんだっけ。
―――
色々と思い出しているうちに彼女のお墓に到着した。
彼女が亡くなって五年が経った。
こうして毎年命日にはここに来ている。
お墓にはすでに立派な花が飾られていた。
彼女の両親が朝早くに来たのだろう。
僕も花束を置き、作ってきたサンドイッチと焼きそばをお供えした。
線香をあげ、手を合わせる。
毎年必ず言う事にしてる事がある。
ありがとう、ずっと好きだった。
もう遅いのは知っていた、でもこれを言うべきだと思っている。
墓地をあとにした僕は彼女の実家に向かう。
母親から寄ってほしいと電話があったからだ。
彼女の実家は彼女がもういないという以外はあの頃と何も変わりなく、家の前に着くと母親が庭に出てきていた。
「あっ!入って入って!!」
やはり少し抵抗があり、恐怖心もあった。
でもそんな僕を家の中に招き入れる。
居間に通されたあとに、ちょっと待っててと言われたので座って待っていた。
少し経つと母親が入ってくる。
その手には手紙を持っていた。
「ごめんなさいね、急に」
「いえ…」
「優香子の部屋はそのままにしてるんだけど、この前、掃除してたら隠すようにこれが押し入れに入れてあったの」
そう言いながら手紙を渡してきた。
「貴くんに書いた手紙みたいよ。本当は東京に向かう日に渡すつもりだったのかしらね」
「……今、読んでもいいですか?」
「もちろん、優香子の気持ちが書いてあるわ。どうしようか迷ったけど、やっぱり読んでもらった方がいいと思うから」
封を開け便箋を取り出した。
『いきなり東京行くこと決めるとか最低!バーカ!!
小さい頃からずっと一緒でこれからもずっと一緒だと思ってるんだから、必ず私の事をそっちに呼んでよね。
昔から私の事を好きだとかそういう話の時ははぐからかしてごまかして、それで中学生の時に貴裕の事を無視しちゃってたね。
あの時、ちょっと罪悪感があったのに雪道で転んだ私を見て大笑いするんだもん。
ムカついたなぁ、それで雪投げちゃった。
でもあの時嬉しかったんだ、昔に戻ったみたいで。
高校も大学もずっと一緒、いつも笑いあってケンカしてまた笑いあって。
私、貴裕の事好きだよ。
ねぇ、貴裕は?
ってこんなこと聞いてもまたごまかすだけだよね。
いつまでもこれまでみたいにずっと一緒にいたいな。
だから必ず私の事を迎えに来てね、でもその時もちゃんと好きって言わなかったら付いて行ってあげないんだから。
迎えに来る練習はしておいてね。
そして、ちゃんと一緒になった時には毎日好きって言ってね、言わないと許さないから
じゃあね、今は離ればなれになっちゃうけど、絶対に私を迎えに来るように。
東京で素敵な女と出会っても私を忘れないように!
絶対に私を迎えに来るのよ!』
手紙を読み終わると流しきったはずの涙がまた流れてきていた。
もっとちゃんと言えば良かった。
昔からいつも気持ちは一緒だった。
「な…んで、こんな、上から目線…なんだ、ろう」
改めて読み返しては涙が止まらないのに、笑顔にもなった。
救急車の中での事を思い出した、あの時確かに僕の言葉の後に彼女は笑っていた。
もっと前からもっと早くから言っていれば。
彼女の両親に挨拶をし手紙を持って、帰ることにした。
帰る途中、一人の中年男性が前から歩いてきた。
彼の事は知っている。
「あっ、…お久し振りです」
そう挨拶されたが無視をすることにした。
彼は事故を起こした運転手の息子。
運転手はいわゆる高齢者ドライバーというものだった。
事故を起こした運転手は八十五歳の男性、事故原因はブレーキとアクセルを踏み間違えた事で起きた事故だった。
あの事故で彼女以外にも亡くなった方も満足に社会生活が送れなくなった方もいた。
事故を起こした運転手はその場で逮捕され目撃者も多く、防犯カメラ映像もあった事で早々に起訴された。
一年後に行われた裁判では懲役七年の実刑判決、過失運転致死傷罪で最も重い刑が課せられた。
当然弁護側は控訴したが、その控訴審前に犯人は亡くなった。
事故の直後から彼は他の家族と共に謝罪に来ていたようで僕の所にも一度来たが当然話を聞くわけもなく追い返した。
ネットで全てを晒された彼と彼の家族は今後の人生、世間を騒がせた人殺しの息子、その嫁、子供はその孫として生きていくのだろう。
まぁ、そんなことは今の僕には関係無い。
時間は昼を過ぎた十三時過ぎ、お腹が空いたのであの店に行こうと思った。
大学生の頃にほとんど毎日行っていた定食屋。
―――
トレイを持ち、好きなおかずを乗せて行くと最後にご飯と味噌汁を自由に注文して、その隣のレジで会計する店。
当然、味噌汁が要らない場合は要らないし、とん汁もある、ご飯大盛りも言えば無料でしてくれる。
そうやって最後に会計して空いているテーブルに座り食事をする定食屋だった。
「貴裕、唐揚げあるよ!」
「うん」
「あ!厚揚げ!」
「うん」
「………」
彼女は僕を睨んでいた。
「…なに?」
「うん、ばっかりでつまんない」
「……他に何を言えと?」
「美味しそうだね!とか、それ全部僕が払うよ、とか言ってよ」
「前半は言うけど後半は絶対に言わないよ」
「ケチ!」
「………これあげる」
ポケットに入っていた十円玉を渡してみた。
「…どうしろと?」
「電話出来るよ」
「どこに?」
「僕に」
「……うざ」
彼女は会計を済まし、スタスタとテーブルに向かっていった。
僕もすぐに会計を済まし、そのテーブルに座った。
「何か言ってから行けよ」
「………」
「無視が始まった?」
「………」
「唐揚げ一個あげる」
「え?いいの!?」
「…それでいいのかよ」
「じゃあ、もーらい!」
彼女はすぐに僕の皿から唐揚げを取った。
「はいはい、どうぞ」
「んー、美味しい!」
「…本当に美味しそうに食べるな」
「美味しいじゃん」
「美味しいけどさ…」
「いつも美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」
後ろから声をかけられる。
お店のおばちゃんだった。
「だって美味しいもん!」
「じゃあ、これあげちゃうよ」
彼女のトレイにトンカツが乗った。
「え?いいの!?」
「いいよいいよ、食べてもらったら嬉しいわ」
「もちろん!ありがとうございます!」
「いっぱい食べていってね」
「はい!」
そのやり取りの中に僕はいなかった。
「あれ?拗ねてる?」
「別に?」
「貴裕もいっぱい食べればいいんだよ」
「胃の限界は知ってるつもりだよ」
「じゃあ唐揚げもう一ついいね」
抵抗する間も無く唐揚げを奪われた。
「あ!おい!」
「……はべてないふぉふぁはふい」
「何て言ったのかわかるのが腹立つ」
彼女は少し上を向きながら唐揚げを飲み込み、ご飯を多く口の中に入れた。
「…んーー!」
幸せそうに微笑んでいた。
「ほら!彼氏ももっと食べないと!」
さっきのおばちゃんが話しかけてくる。
その顔はとても優しくそれでいて豪快な感じがする、このおばちゃんはいつもこうだ。
美味しいのもあるがこのおばちゃんに会いに来る為に店に来る人達もいる。
みんなのお母さん。
そんな感じだった。
―――
大学の最寄り駅は電車で二十分ぐらいの所で定食屋はその駅から歩いて五分ぐらいの所にある。
卒業してから一度も来ていない。
でも街並みを見てすぐに色々と思い出した。
この辺りは彼女との思い出が多くあった。
定食屋に近付くと店が一段落ついたのか、おばちゃんが看板に何か書いている。
ふーっと背伸びをしてからこちらに気付いた。
「……あら!久し振りじゃない!」
「覚えてていただいたんですね」
「それはそうよ!……ニュース見た時はビックリしたのよ」
「はい…」
「二人で良く来てくれてた子だって」
「今日は命日なんです」
「そうだったんだね……、今日は食べに来たのかい?」
「はい」
「うん!じゃあ入って入って!」
店に入ると少しだけお客さんが残っている状態だったがよく座っていたテーブルは空いていた。
トレイを二つ持ち、僕の方には唐揚げ、もう一つにはしょうが焼きと厚揚げと乗せていると
「……彼女の分かい?」
おばちゃんが気付いたように話してきた。
「あっ、あぁ、はいそうです。ちゃんと僕が食べますので良いですか?」
「良いに決まってるじゃないかい!」
「ありがとうございます」
お礼を言うとおばちゃんはパンっと手を叩いた。
「よし!それじゃその彼女の分は奢りだよ!!」
「えぇ!?いやいや、それは悪いですって」
「何言ってんだい!あんなに店を贔屓にしてくれてた子だ。そのぐらいしなきゃ私らもご先祖様に顔向け出来ないってもんさ」
「…ありがとうございます」
会計の前のご飯と味噌汁の所で
「はいよ!彼女の分は大盛りだね」
「…はい」
今までの事も踏まえて自然と涙が流れてきた、彼女が生きていた証がここにもあった。
「はい、それと……、これ!」
おばちゃんはトンカツをトレイに乗せてきた。
「…ありがとう…、ござい…ます」
涙を止められなかった。
「良いって事よ」
懐かしいあの優しい笑顔を見せてくれた
僕が会計をしている間におばちゃんが二人分テーブルに運んでくれた。
「大体いつもここだったよね」
「…はい」
「それじゃ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
テーブルに置いてある割り箸を一膳、彼女のトレイに置いた。
割り箸を持ちながらいただきますと言った後にまずは唐揚げを一つ、彼女のご飯の上に置いた。
その光景を全て見ていたのか
「…彼女、きっと喜んでるよ」
と、おばちゃんも泣いていた。
「はい…」
僕も泣きながら少しだけ笑った。
自分の分を食べ終わり、彼女の分を食べようとした時。
「包んであげるよ、食べきれないだろう?」
「……はい、すみません。ありがとうございます」
おばちゃんがトレイを持ち厨房に入っていった。
数分後
「はいよ!持っていきな」
いくつかのパックが入った袋を渡された。
「…また、来年来てもいいですか?」
「来年と言わずいつでも来ておくれよ。でもあれだね、毎年今日来るってなったら、おばちゃんも頑張って店続けないとね!」
「…すみません、あいつも喜びます」
「任しときな!」
おばちゃんの強い言葉と優しい笑顔で心がほどけていく気がした。
駅に向かう途中でスマホが鳴る。
画面を見ると会社からだった。
「もしもし」
「あっ、先輩!今大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
かけてきたのは高校時代の後輩だった。
彼の方が先に今の会社で働いていたから僕を先輩と呼ぶのはおかしいけれど、本人から違和感あるっす!と言われ、相変わらず先輩と呼ばれている。
「ちょっと機械が動かなくなってしまって、今までの原因から考えられることは全部調べたんですけどわからなくて」
「うん、わかった。今から行くから待ってて」
「え?いや、それは悪いっすよ!だって今日は…」
彼は気を使っているらしい。
「もう、いいんだ。ちゃんと全部終わったから。それよりも今日休みを貰えた事に感謝してるんだからさ」
「…すみません、先輩がいなくてもしっかりと業務を終わらせようと思っていたんですが」
「いいからいいから、それじゃ待ってて」
「はいっす!」
僕はそのまま会社へと向かうことにした。
優香子、見てるか?
僕は周りから頼られる人間になれたよ。
少しは自慢出来る彼氏になれたかな?
また来年も来るから。
だから、行ってきます。
『行ってらっしゃい』
ここまでお読みいただけてありがとうございました。
今後も色々な作品を書けていけたらと思います。
まずは途中で止まっている作品を頑張っていきますのでよろしくお願いいたします。