第二話「再会×対面」
第二話です。
【再開×対面】
………目を覚ますと、そこには昨日の朝起きた時とは違う天井があった。当たり前だ。なぜなら俺は昨日大学の近くのアパートに新しく引っ越してきたのだから。
朝六時の太陽の光が薄いカーテンの布から差し込んでくる。俺は体を起こして頭をかく。まだ頭がボーっとしており、目がしょぼしょぼとした状態でテレビを付けて時間を確認した。置き時計なら一応あるのだが、それは俺のベッドの頭側の小物を置く所にあり、それは寝転がってスヤスヤと眠る猫耳少女によって死角になっているので、立ち上がってわざわざ見るよりこっちの方が圧倒的に楽だった。
六時半…割と早く起きれたんだな。実家にいたときは目覚ましがなるまで起きられなかったのだが、いや、そういえば昨日四時間くらい熟睡したし、畳んだ服を枕にして床で寝たからこんなに早く起きれたのかもなー、なんてことをカーペットを通して背中へ来る床の痛みを感じつつ考える。
テーブルとテレビの方に体を向けながら、左の俺のベッドでまだ眠っている可愛らしい猫の女の子、もみじの方を見る。掛布団を掛けた状態で仰向けに顔を出して寝ているため、寝顔はバッチリ見える。割と、いや、めちゃくちゃ可愛い。どっちかというと可愛らしいというべきだろうか。いい夢でも見ているように微笑みながら眠っている。……って俺はいつからロリコンになった!?というか、他人の、しかも男のベッドで寝ても苦じゃないのかよこいつ。
後ろを振り返り、ソファで眠る勇者、レイヴンの方を見る。こっちも仰向けに寝ているのだが、もみじと違って真顔だ。しっかし、筋肉量が凄いな。ボディビルダーほどではないが、いざとなれば俊敏に動けるような、水泳選手と陸上選手を足して二で割ったような体つきをしている。俺もこのくらい筋力があれば、彼女の一人か二人はできたのだろうか。……いや、あの時のチャンスを逃さなければ、普通にできていたのかも……。
「じいじぃ……どうしてそんなこと言うの……?」
……寝言か?もみじの方から声がした。その顔は、もみじが部屋の奥側、もといこいつから見て右側に寝返りを打っていたせいで見えなかった。おそらく、さっきみたいな愛らしい微笑んだ顔ではないのだろう。さっきの寝言で完全に目が覚めた俺は、立ち上がってそのまま腕を挙げながらもみじの方へ二歩ほど進めてから前傾姿勢になり、顔を覗こうとした。別に悪気があるわけではない。ただ少し気になっただけだ。あともう少しで見れそうになったその時、
「喰らえ!百万パワーパンチ!」
今時の小学生でも言わないようなクソダサい名前の必殺技を寝言のように呟いたかと思ったら、いきなりパンチが飛んできた!無意識かこいつ!?
「ぐはっ!!」
そんないきなりすぎるパンチを避けられるはずもなく、思いっきり俺の鼻に拳が激突した。鼻血がでないように右手で鼻を抑えつつ、その反動で倒れそうになった俺は右足を後ろにひいてバランスを取ろうとしたが、テーブルに足が引っかかり動かず、そのままソファで寝ているレイヴンの方へ座る形で倒れた。
「ぐおっ!!?」
「……イテテテ……すまんレイヴン、起こしちまった……」
申し訳ないことしちまったなー……あ、やべ、鼻血が。ティッシュで取り敢えず鼻血止めねえと……。
俺は立ち上がってテーブルにあるティッシュ箱からティッシュを一枚手に取り細長く加工して鼻の穴に適当に突っ込み、少し上を向きながら鼻筋の上の方を右手で抑える。ふぅ、これで服が汚れたりするのは防げるな……。
「……はっ!!まさか敵襲か!!?みんな配置につけ!!」
と、いきなりレイヴンがソファから飛び降り、戸の傍に置いてあった剣を抜いて構えた。その間、僅か二秒。
「敵襲じゃねーから落ち着け」
「……あ、すまない、ついいつもの癖でな……アハハ……」
微笑しながら剣を柄に戻す。こいつらの世界はそんなにも世知辛いのか…。
「別に謝る必要ないし、仕方ないことだと思うぜ。まあとりあえず、おはよう」
「うむ!おはよう優一!!」
朝の目覚めはスッキリみたいだな。昨日の話ではよく野宿もするらしいし、知らない土地で寝るのには慣れているのだろう。
「ん?その鼻に詰めているのは昨日言っていたティッシュか?なぜ鼻に入れているのだ?」
「これか?さっき鼻血が出てな。血を止めるためだ。」
「なるほど、血を止めるために入れているのか、便利だな。私はその鼻筋の上の方を抑えることしかしたことがなかったからな。どうして鼻血が出たんだ?何かぶつけたのか?」
何かぶつけた……確かに拳に顔をぶつけたが、そうとは答えない。
「あ、いや、なんか、あるだろ?朝起きたら鼻血出てたってやつ、あれだ、あれ」
「あーあれか!あるある!」
はーよかった。こいつは俺がのしかかるまで本当にぐっすり眠ってくれていたようだな。ていうか、これ花粉症の奴しか経験ないと思っていたが、あるんだな。
勿論、俺が鼻血を出したのは違う理由だが、それは根本的には俺が引き金を引いたわけだし、第一「女の子の寝顔を覗こうとした」なんてこと言ったら、変態に思われちまうし、本当に良かった。
俺はホッとしながら顎を上げて見下ろすようにテレビのニュースを見た。レイヴンもこたつに座って同じニュースを見ている。内容は、今日の愛知県の天気は全体的に晴れ模様だとか、昨日の夜に放火事件が起きたとかそんなだった。物騒だな、この世の中も。
「お前、先に顔洗って来いよ。俺は鼻にティッシュ詰めてるし、それに、目、覚めるぜ」
「そうか、ありがたく使わせてもらおう!」
こう言って、俺はレイヴンに洗面台へ行かせると、
「………ふわぁ~ぁ………あ、おはよう優一……」
もみじが起きてきた。体は仰向けにしながらこっちに顔を向けて言う。まだ眠たそうな顔をしている、猫耳も少しけだるげだ。
「ああ、おはよう。どうだ、よく眠れたか?」
「……んニャ……これ凄い寝心地いいニャ。ニャんか、体に布が沿ってくれるというか、とにかくよく寝れたニャ」
「そうか、そんだけ喜んでくれれば、お前にベッド貸した甲斐があったよ」
「………ニャー……レイヴンは?」
「今、顔洗いに行ってる」
「ふーん………」
こいつは特に反射的に起きたりはしないんだな。猫だからか?猫だから落ち着いた感じなのだろうか。
「優一……ニャんでティッシュ鼻に詰めてるニャ?」
「さっき鼻血が出たからな、ここの世界の住人は鼻血が出ると大抵鼻にティッシュを詰めながら止めるんだぜ、多分だけどな」
「へー……ニャんで鼻血が出たんニャ?」
俺はさっきレイヴンに出した返答をより砕けた感じで。
「……朝起きたらなんか出てた……」
白々しい感じを一切見せない、完璧な演技で言って見せた。………と思う。
「……あっそ、興味ないニャ。そんなことより……」
興味ないなら聞いてくるんじゃねえよ。
「じゃあ何で聞いたんだ?」
「……朝からめんどくさいニャー……ニャーんとニャーく聞いただけだニャー」
俺が変なことをしたとか、そんな風に疑ってたわけじゃなかったのか。良かった~……。そう思いつつ、俺はもみじに血の付いたティッシュが見えないようにしながら鼻から取り出し、もう一枚のティッシュでくるんでゴミ箱に捨てた。
「そんニャことより、朝ご飯作ってニャー」
「…お前ってちょっと図々しいとこあるよな…まあ、こっちの世界のことを全然知らないわけだししょうがないとは思うが……少しはレイヴンを見習え」
「ミャーの母ちゃんが、『ありのままのもみじが一番良い』って言ってたから、これでいいニャ。朝飯くれ」
俺も小さい頃親から似たようなこと言われたことあるし、なんて言い返せばいいのだろうか。その答えは俺には分からず、のっそりと立ち上がりながら、
「ったく……しょうがねえな……って、そういや食い物がねえんだった!」
俺はやっと気付く、朝飯を作る材料すらないことと、己の無計画さの二つに。
只今の時刻は六時二十分。最寄りのスーパーの開店時刻は八時。後一時間半以上開店するのを待つのも億劫だな。
「はぁ~……なあ、何か食べたいものあるか?コンビニ行って何か買ってくるから。……あ、コンビニってのは……」
「行ってみたい!!」
もみじが突然、目を、口をさっきまで眠そうにしていた時とは打って変わって大きく開け、大きな声ではきはきと、その言葉を発した。
「……なんだって?」
するともみじは、掛布団をバッとのけて、ベッドの上に立ち上がった。
「行ってみたいって言ったんだニャ!!その『こんびに』ってとこに!多分そこって、さっき言うからには食べ物が売ってる場所ニャんでしょ!?ミャー、この世界にどんニャ食べ物があるか気にニャるニャ!!」
うーん、どっちにしろ今日は親が来て食材を持ってくる日だし、こいつらの存在がばれちまわないように外に出ることは計画してたからなぁ。こいつの猫耳もフード被っとけば大丈夫だろうし……
「それなら私も同行したい!この世界の食べ物はまだカップラーメンと鮭缶しか見たことないからな。それに、電子レンジや冷蔵庫などの家電にも興味がある!」
丁度そこに顔を洗ってさっぱりしたレイヴンが来た。こいつは普通だし何も問題ないだろう……って、
「家電はコンビニには売ってないんだ。すまんが……」
「じゃあ、商店街に行けばいいニャ!!この世界にもあるでしょ!?商店街くらい!てゆーか、ミャーたちはまだ元の世界に帰れる保証もニャいし、この世界で少しでも生きやすくニャるために、この世界のことをもーっと知っておきたいんニャ!」
両手を広げたり腕をあげたりしながらもみじが目を輝かせて俺に説得してくる。
「まあ、一応なくはないが、移動に金がかかるし…まあ、大した額じゃあないんだがな?これからアルバイトしながら生活していく大学生となると、そんなに贅沢できないわけだから、できれば節約したいし……」
しょうがないのだ、こればっかりは。余計なものに金を使いたくないという感情は誰にだってあるし、俺のような大学生となれば尚更だ、と思う。
「だったら、私たちが働いてその分のお金を稼ごう。いいだろう?もみじ」
「えー、それはめんどくさいニャ……」
「めんどくさいのかよ……てか、その前に、お前らには戸籍も住民票も銀行口座もねーだろ?働くことなんてまず不可能だ」
「コセキ?ジュウミンヒョウ?ギンコウコウザ?それはどういうものなんだ?自らを証明するものとかか?」
「簡単に言えばそんな感じのやつだ。作れないこともないが、そうするにはいろいろめんどくさいことをしなきゃならん、それこそ、働くことの何倍もめんどくさい。銀行口座は、いわば財布の成れの果てだな」
「………じゃ、じゃあ、そのコセキとジュウミンヒョウとギンコウコウザは、普通ならどこで手に入るんニャ?」
「市役所と、銀行ってとこだ。あ、猫に化けて奪おうなんて思うなよ、そんなことしても申請しなきゃ意味ないんだからな」
「んー、じゃあ、そのシヤクショとギンコウに人はいるのか?」
「当たり前だろう。大事なとこなんだから」
こいつらの世界の町の役所には人がいないのか?……いや、役所とかいう名前じゃないのかもしれんな。
「それニャ!!」
もみじが、何か閃いたかのように声を上げる。
「ん?何がだよ?」
「そこの人を操ってミャーたちのコセキとジュウミンヒョウとギンコウコウザを作らせればいいんだニャ!!」
「はぁ!?」「えぇ!?」
俺とレイヴンは、そのあまりにもゴリ押しした方法に驚く。驚いた顔をしながらレイヴンが尋ねる。
「もみじ、そんな魔法が使えるのか!?というかあるのか!!?」
「フッフッフ……実は、ネコマタ族には超音波で動物を操れるという能力があるんだニャ!!」
「魔法じゃなくて能力なのかよ!!てか、凄すぎんだろ!!」
軽く犯罪な気もする。あ、でもバレなきゃ犯罪じゃないのか?というより、「人を操ってはいけない」なんて法律はないはず……。
そういや、こいつって確か超音波で仲間の声も聞こえたりするんだよな……超音波怖っ。
「いよし!!打開策は思いついたし、今から行こう!!」
さっきまでの雰囲気から覚めた俺は、時計を見て言う。
「……待て」
「ニャんだニャ!!ここまで来て行かニャい手はニャいニャ!!」
「そうだぞ優一、これなら全部丸く収まって万々歳じゃないか!!」
さらに時計を指差しながらこう言う。
「……こんな時間に市のお役所や銀行窓口が開いてると思うか?」
「あ……」
どうやら、俺たちは早く起きすぎたようだ。
話し合いの結果、午前中にコンビニに行って適当に朝飯を買い、その後最寄りの駅からワンダーシティに行っていろいろ見て回り、午後はそこでファストフードでも食って帰る、そして最後に寄り道ついでに銀行と市役所に行き、戸籍と住民票と口座をゲットして帰宅するという予定になった。何時に起きたって親がここに来ることは変わりないし、いつ来てもこいつらが見つからないように外に出とかねえとな。
朝の支度、詳しく言うと昨日の夜に洗濯しておいた服を外に干したり、顔を洗い歯を磨いたりした。そういえばこいつらの日用品も買わなきゃならんのか、はぁ……。
それらをしている最中に、もみじが何度も「どうせそこに服屋とかもあるニャらミャーの服も買って!服がこれだけってのは絶対嫌ニャ!!」と駄々をこねてきたので、後で金を返すことを条件に、ユニクロで一、二着こいつに服を買うことになった。
あ、でも、靴は俺が元々持っていたクロックスでいいらしい。足に開放感があって履き心地がいいのだそう。
ちなみに、レイヴンは特に服にはこだわらないらしく「着ることができればなんでもいいぞ」らしい。俺に気を遣ってくれたのだろう、やっぱいい奴だな。
だが、外出するときは普通鎧は着ていかんのだぞ、レイヴン。天然か?こいつ。
「俺は五回くらいはあそこに行ったことあるから、大まかな店の位置はわかってるつもりだ。まあ、一年半くらい行ってないから、いろいろ変わってんだろうけど」
「そんなに多くないのだな。昨日言っていた優一の実家からだと遠いからか?」
「ああ、それに、そんなに頻繁に行く理由がない。せいぜい友達に連れられて遊びに行ったくらいさ」
懐かしいな……大抵あそこに行く時のメンバーは決まっていたっけな。田中、風見地、それに出雲。このメンバーと行ってたなぁ。三人とも何やってんだろうな……田中と出雲は高二の時転校しちまったし、元々真面目だった風見地も、高三の始めに「受験生になるし、ここで一旦けじめ付けよう」って理由で、解散したんだよなー。
「でもいいニャー!こんニャ超便利ニャやつとか乗って移動するんでしょ!?ニャんだっけ、これ、電車だっけ!?超速いし!羨ましいニャー!!」
そうそう、田中は高一の二学期から転校してきたんだっけ。前はかなり田舎に住んでたからバスにしか乗ったことなくて、初めて電車に乗ったときはこんな感じだったなぁ。まあ、ここまでうるさくはなかったが。
「おい、あまり騒ぐな。他に乗ってる人たちの迷惑だろーが。まあ、満員電車ってわけでもない人数だが」
お察しの通り、俺達は今ワンダーシティのすぐ近くにある上小田井駅へ向かう電車に乗っている。さっきまで二人ともずっと外の景色を眺めていたのだが、レイヴンは流石に疲れたのか座席に座り、俺と小話をした後、コンビニで買った梅おにぎりの残しておいた、種の入っていない梅干しをじっと見つめている。
「………そんなに怪しいもんじゃないぞ?それ」
「いや、だがなぁ……。この『ウメボシ』……」
梅干しを、まるで初めて珍妙な何かを見るような顔で見つめる。
「もしかして製造方法が気になるのか?確か、たくあんとかの漬け物と同じだぜ?」
「…………『ツケモノ』…………」
「そう、漬け物。不味くねぇって」
握り飯の具材といえばド定番の梅干しだが、やっぱりこいつらの世界では存在していないのだろうか。
「ん?ニャにしてるニャ?二人共」
「あー、レイヴンがこの梅干し食べなくってな、おいしいんだけどなー、これ」
「そうニャのかー。ミャーは鮭おにぎりだったからそれの味は知らニャいけど、梅干しなら食べたことあるニャ」
「じゃあ、そっちの世界にも梅干しとかの漬け物はあるのか?」
「普通にあるニャ。……あ、もしかしてレイヴン、漬け物嫌いニャんじゃニャいの?」
「ギクッ」
………………どうやら、本当に苦手のようだ。
「えー!?まさか、王国の勇者様ともあろうお方が!?好き嫌いをして!?食べ物を粗末にしようとするニャんて!!?信じられニャーい!!!」
もみじが盛大にレイヴンのことを煽る。『猫はイタズラ好き』と聞くが、これもその内なのだろうか。
「ぐっ……!!」
冷や汗のようなものを垂らしながら、それに加えて少し泣きそうな表情を浮かべながら、レイヴンは悔しそうな声をあげる。
「あー、あのさ、レイヴン、誰にだって好き嫌いはあるぜ?気にすることねえよ。俺の妹だって絶対ピーマン食わねーし…」
「ぐぐっ……!!」
あれ、フォローしたつもりだったんだが、もしや逆効果……?
「私は……私は………!!ハイデガー・レイヴンだ………!!クラピウス王国を、世界の平和と秩序を取り戻すために、血を授かれ選ばれた、まごうことなき勇者だッ…………!!!」
自分を押し殺すようにそう言うと、レイヴンは大きく口を開けて梅干しをぱくりと入れた。そんなに嫌だったのか……。
「……………どうだ?」「……………どうだったニャ?」
もぐっもぐっと、口の中をゆっくりと動かす。すると、さっきまで少し涙目だった目を見開かせると同時に、喉に食物が通る音が「ゴクリ」と鳴る。そして、見開いた目をゆっくりと閉じていきながら、こう言った。
「………………すっぱ………………………ガクッ」
「「レイヴーーーーーン!!!」」
その後、梅干しの気持ち悪さと電車の揺れの気持ち悪さが重なり、上小田井についた後、環状線下の柱の近くで、レイヴンは少し吐いた。
誇り高き勇者の嘔吐する姿を見た後、俺達は歩いてワンダーシティへと向かっていた。
「………不甲斐ない………」
「いや、俺も悪かったよ、梅のことを進めなければあそこまでいかなかったモノを………」
「でも立派じゃニャい?あそこで食べたのは。まさに男って感じがしたニャ」
「そうかもしれないが、あの時は正直に言っておくべきだった………まさか嘔吐してしまうとは………」
この時、俺に素朴な疑問が生まれた。
「………もしかして、まだ他にも嫌いな食べ物があったりするのか?」
「ビクッ」
「あ……………」
どうやら、普通にあるっぽい。なんか、こういう弱点とかを見ると、どんな奴でもやっぱ人なんだなってなる。
「言いたくニャいニャら、別に言う必要は………」
「ある。これから短い期間かもしれんが、世話になる身だ。だから言っておいて損はないと思う」
「でも…………」
「だが一概に嫌いとは断定できない物が多いため、苦手な食べ物として言おう。まずは野菜類からだな。えーと、ピーマン、それと人参…」
「あーあーあー!もう分かったから、別に今言う必要はねえだろ!?そんなことより、ほら、着いたぜ!」
そう、時代が現れる店舗が並ぶ、ワンダーシティである。
「うわあああああ!!すっごいでかいニャ!!横に長い!!これがこっちの世界での商店街か!!?」
「クラピウス城よりは劣るが……とても大きな商業施設だな!!これは!!」
まるで初めて遊園地に来た子供のように笑顔ではしゃぐもんだから流石に目立ってしまい、車から降りてくるご家族からの冷たい視線を感じた俺は、
「お前ら、感動するのはいいが、ちょっと我慢してくれ。一応、周りからしたらお前らは「一般人」なんだ。多少目の色とか髪の色が違うだけで、今は「ここの世界の奴ら」なんだからな」
「あ、すまなかった………」
「でも、ミャーはまだ子どもニャわけだし、叫んだりしても…………」
「この国の「公の場で叫ぶ」という行為は、自殺行為に等しい。許されるのは一歳からせいぜい三、四歳くらいまでだ。絶対やめろ」
「せ、世知辛いニャ…………」
というか、普通に迷惑だろ。
ワンダーシティ……敷地面積は現在一〇八五七四・四平方メートル、建物は四階まであり、それとは別にシネマ棟もある。つまり、超でかい。そこにあるいろんな店を三人で周った。電気家具店、ペットショップ、雑貨店、本屋とか、本当にいろいろだ。こいつらは、いろんなものに目を輝かせてはいたが、中に入る前に釘を刺しといたおかげか全然おとなしかった。
少し歩き疲れたため、外側二つに分かれている通路を繋ぐ橋となる通路にあるソファで休んだ後、同じ階、最上階の一個下にあるUNICRROへもみじの服を買いに行った。
「お前、暑がりだしこういう軽めのTシャツとかでいいだろ?」
俺が変なデザインの描かれたTシャツを持って言う。
「えー、どうせニャらもっと可愛い服がいいニャー。って、ニャんでミャーが暑がりだって知ってるにゃ?」
「レイヴンが、ベッドの寝汗が凄かったっていってたから。お前さぁ、普通暑がりだったら掛布団しないで寝るとかあんだろーが。なんでしてたんだよ?」
もみじは、ボクサーパンツを眺めたり生地の触り心地を確かめたりするレイヴンの方を見てから言う。
「ミャーの体見て欲情されたら困っちゃうニャーと思って」
「お前服着てたろーが。しねえよ」
だが、初めて会ったときはちょっとした。そりゃあんなブラジャーとパンツだけの恰好だったらしないやつなんて絶対いない。宣言してもいいさ。
「いらっしゃいませー、あっ…………」
店員の元気な声が聞こえてくる。朝早く起きて、みんなで外へ出かけて、いろんなとこ周って、おまけに気持ちいいほどのいい声で店に迎えてくれる。ここ最近にはなかった解放感というか、清々しいというか……。
「あの………」
なんか振り返ってみれば、ちゃんと勉強しといてよかったなぁ。一応人並みよりは良い大学入れたし、そうやって努力してきたからこそ、今俺はこんなにも貴重なこと、魔法とか勇者とか猫耳とかを体験できているんだろうな………。
「おい優一、なんか店員が呼んでるニャ」
「あ?ああ、すまん。はい、なんでしょうかっ………!」
もみじに言われてそっちへ振り向くと、そこには俺のよく知る女性がいた。
「もしかして、優一くん?」
「お前は……出雲か!?」
そいつの名は出雲結衣。俺の、本当に友達と呼べるやつのうちの一人。
「わー!やっぱりそうだ!私、ここの近くに転校してきたんだ!」
出雲は手を胸の前でパンッと合わせて、嬉しそうに話す。チラっと見たが、いや決してそんな目で見ているわけではないが、もみじよりでかかった。何がとは言わない。
「そうだったのか!っつーか、すげー久しぶりだな~!」
髪型は以前のショートヘア、と言っても高校時代の思い出だが、それとは違って低めの長いポニーテールになっていた。茶髪がかっていて、昔の印象よりも明るい感じがする。
「この女の人誰ニャ?」
横からもみじが少し気まずそうな顔をして指で突っついてくる。
「あ、もしかしてそちらの方、彼女さん?お邪魔しちゃったかな………」
俺はもみじの頭をフードの上から左手でワシャワシャ撫でまわして言う。
「あ!いや、こいつは全然そんなんじゃないから!ただの友達っつーか、そう!お前が転校した後さ、結構意気投合しちゃってな!ほら、あそこに髪の毛ボッサボサでパンツ眺めてるやついるだろ?あいつとこいつと俺で結構仲良くなってさ!」
ダメだ。久しぶり過ぎてどうやってこいつと話していたかを完全に忘れてしまっており、もみじとレイヴンの正体がバレないように言ったのに、バレバレの仕草で言っちまった。
「へ~!良かったじゃん!女友達できて!私が転校しちゃうまでは誰一人いなかったもんねー、アハハ」
右手で口元を手で隠して笑う出雲。俺の怪しさ満点の話し方を流したのか、はたまた全然疑ってないのか。経験上、こいつはいろいろ信じ込みやすい性格だからな、後者だと思う。
「わ、笑うなって~」
俺は、右手で頭を掻きながら苦笑いで言った。
出雲の後ろをふと見ると、他の店員が出雲のことを呼んでいる。俺がそっちを指差して「呼んでるんじゃないか?」と問うと、
「ごめん、まだバイトあるから、今度ゆっくり話そ?これ、私の新しい電話番号。前の携帯壊れちゃってさ、ごめんね!ライン追加しといて!」
「ああ、分かった」
そう言って、胸ポケットの中にあったメモ帳の紙に書いて渡して、別れ際には手を振って行ってしまった。「おう」と言って俺は手を出雲の方に振り返した。
「……………で?結局誰だったんニャ?どういう関係ニャ?」
「後で話す。それより、今は気分が良い。ズボンと上着合わせて四枚買ってやろう!なるべく安いやつな!」
「わーい、やったー!」
レイヴンの元へと行って、
「それ、二枚買ってやるよ!お前らがちゃんと働いてくれれば、おつりが返ってくるだろうからな!それに今はすげー気分が良い!」
「本当か!?ありがとう優一!!実は人のパンツを履くことだけには少し抵抗があったんだ。それにしてもこれの素材はいい!」
それでも少ししか抵抗はないのか………。俺はお前の履いたパンツは洗濯機で洗ってからもみ洗いした後に履こうと思ってたんだが………俺がおかしいのか?
そんで、もみじのオシャレに付き合わされながらも、会計を済ませてさっきのソファの所に戻った。お金はこれからこいつらがしっかり働いてくれればどうってことはないし、十分金は足りた。
その間、再び出雲を見かけることはなかった。さっき再会したとき名札の上に見習いって書いてあったし、おそらくあいつを呼んだ他の店員は出雲の指導係かなんかで、いろいろ回ったり裏でなんかしてたりしたんだろうな。
「で、結局さっきの女は誰だったんニャ?名札には、『出雲結衣』って書いてあったけど」
ソファに座るもみじが、服が入った紙袋にもたれかかりながら、まるで休日にテレビを見ているお父さんのように肘掛けに頬杖をついた姿勢になって話を切り出す。行儀が悪いし悪目立ちするのでやめてほしいのだが。
「さっきの女というのは、優一が仲良く話をしていたあの店員の人か」
俺と同じようにソファと対になって立っているレイヴンも、俺の方に顔を向けて話す。
「そうだ、てかお前見てたんだな。あいつは、俺の高校一年生から二年生時代の友達、いわば旧友だな」
「高校ってなんニャ?」
「あー、お前らの世界の方には高校はないのか。ざっくり言えば、いろんな人たちと教養を育んでいくとこだ」
先に説明しときゃよかったかもな。
「んで、そこで仲良くなった奴なんだが、途中で違う高校に行っちまってな。連絡もあいつが転校と同時に携帯変えたのを俺が知らなくて、この一年間一切話すこともなく時は過ぎていき、そして今日、本当に偶然出会ったってわけだ」
嬉しそうに話す俺のことを不思議そうな目でレイヴンが見つめているのに気がつく。
「どうかしたか?」
「あ、いや、別に大したことじゃないから、質問するのはやめておく」
「それよりも、ニャんであんニャにも仲が良いのに、この一年間ニャーんにもニャかったの?」
「ニャんでって言われても仕方ないだろ、連絡も取れない、住所も分からん、だからだとしか、言いようがないだろ?」
あいつや田中が転校していった時は試験とかそういうので頭いっぱいで考えてなかったが、今思えばなぜあいつらは引っ越し先の住所くらい教えてくれなかったのだろうか。
「そうなのか……」
レイヴンが納得したように呟く。
そういえばさっき、「今度ゆっくり話そ?」って言ってたよな、いつだろうか……今のうちにライン追加していつにするか聞いておこう。
「それにしても、ものすっごく楽しかったニャー!ニャんか冒険してる感じしたニャー!!」
ソファの上で猫みたいな伸びをするな。まだクロックス脱いでるだけマシだが、マナーが悪いのは変わらん。
「そうだな!あのPCとやらの内部構造は、凄かったなぁ……」
レイヴンは腕を組んで目を瞑り、もみじに笑顔で頷く。
「そうか、その様子だと、ショッピングモールにどんなものがあるとか、この世界での労働とかも分かったようだな」
その、ほんの一瞬、間があるかないかの境目で激しい轟音が鳴り響くとともに、現代建築で頑丈なはずの天井が崩壊した。
「優一!もみじ!危ない!!」
俺が天井の崩壊とレイヴンの声を認知した瞬間、レイヴンはソファをひっくり返し俺ともみじをその中に入れて、それを外側から動かないように抑えたように見えた。
瓦礫が落ちる凄まじい音が聞こえ、その後、当たりは静まり返った。
「レイヴーーーーンッ!!!」
俺ともみじは口々に叫ぶが、返事はない。もしかしたら瓦礫で……いや、レイヴンはそんな奴じゃないはずだ。とにかく、なぜこんなことが起こっているのか全く分からんが、生きていてくれ!俺達は無事だ!!
ワンダーシティ内にいる客達の悲鳴が聞こえる。出雲………無事でいてくれ………。
酸欠!こういう時は喋ってはダメなんだ。もみじを取り敢えず黙らせなくては、とこいつに口に人差し指を当ててサインを送る。
もみじは口に手を当ててもう片方の手で親指を上に立てる……おい、今は泣くなよ!まだ死んだって決まったわけじゃねえんだからな!それを信じて、その涙目の状態をキープしとけよ!
………………三分くらい経っただろうか。その間、瓦礫がさらに崩れたり、連絡通路が崩壊することもなかったが、ここにいた人たちの悲鳴と、まるで瓦礫をどかすような、ゴゴゴといった音がしょっちゅう聞こえていたが………。
すると、上にあったソファが何者かの手によってどかされ、無惨にも空いた天井の穴からの太陽の光が、だんだん差し込んでくる。
そして、どかされたソファの先にあったのは、つい最近出会った、だが見慣れたパーカー姿の勇者の顔だった。
「「レイヴン!!!」」
「二人とも大丈夫か!?」
生きていた!良かった!!そのことに取り敢えず胸をなでおろす。だが、レイヴンの体は傷だらけで、おそらくこいつでないと立っていられないほどの怪我を負っていた。
俺が「大丈夫だ」と言って立ち上がった後、もみじが立ち上がるのを傷だらけの体で手助けしようとする。
「大丈夫ニャ。自分で起きられる。ありがとう、レイヴン」
もみじが優しく微笑みかける。
「そうか、それは良かった……うわああああああああ!」
っておい!なんでお前が大泣きしてんだよ、レイヴン!生きてて良かったって言って笑えばいいじゃねえか。なんか、ホントに人間なんだなこいつも。天井が落ちてきてもそれに咄嗟に対処できる俊敏さと落ちてくる瓦礫に耐える程の頑丈さには驚いたが。
「………関係のないザコ共はどいてくれない?」
どこからか声がする。
「誰だ!」
レイヴンがそう言って天井を見上げる。俺ともみじも同様に、天井内部の配線やパイプが丸見えになった穴の中央にいる奴を見る。
「誰だと聞かれてわざわざ名前を答えるやつがいるかよ!」
逆光で見えにくいが、影を見るに、悪魔のような翼が生えている。
「あいつは………一体………」
「おそらく奴は、魔王軍の手下の一人。私を追ってきたのだろう。形を見るに、悪魔系の誰かだが………優一、もみじ、ここは瓦礫の山を越えて逃げてくれないだろうか。戦闘になるやもしれん」
「戦闘って、どうやって戦うんだニャ!?相手は空を飛べるんじゃ、勝ち目ニャい……」
……そいつの顔は、今までに見たことがない顔だった。真剣な、いや、勇敢な顔だ。
「どうにかする!とにかく、今は逃げてくれ」
……朝に、もみじが人を操れると言っていたが、おそらくレイヴンの見込みではそれが通用しないのだと思ったのだろう。そう、今俺ともみじにできることは一つしかない。こいつが言うんだから間違いないし仕方がない。
「もみじ、ここは一旦引くぞ」
「分かったニャ!」
俺達は、瓦礫の山を越えてさっきまでいたUNICRROの前まで行くことができた。通路は瓦礫が山積みになっていて脱出できなかったが、エスカレーターの所には少しばかりの隙間があり、そこから俺達はなんとか二人で協力しつつ一階の通路まで行くことができた。
だが、二階三階は吹き抜けになっているため、下も瓦礫の山だ………考えている暇はない。上でレイヴンも頑張っているんだ。早く逃げねえと!
優一やもみじには心配させぬようあえて言わなかったが、私を狙いに来たということは魔王軍四天王の一人だ………苦戦は強いることになるだろう………。
「おい、勇者様。あんた本当に勇者なわけ?なーんか、見た目的に弱そうっていうかさー、イメージ的にはもっとこう、『強靭な肉体にでかい図体!』って感じだったんだけど………期待外れだったかなー」
私は今、武器を持っていない。剣がなくては本領発揮は難しいが………。自分の右に落ちている、丁度良い長さの鉄製の筒を手に取る。これで戦うしかないのだろう。
「あ!今その鉄の筒を手に取ったってことは、もしかして戦う武器がないんじゃないの~?あーあーあー!だっせーなー!クラピウス王国とかいうクソ国家の勇者様はさぁー!!」
「……………」
悪魔系の魔王の手下が、こちらを蔑むような目で見ている。
「あ、もしかして図星だったー?でも、実際君もそう思ってるんだろ?」
「………おしゃべりはこの辺にして、さっさと決着をつけよう………」
「…………いいね、かかってきなよ。どうせ勝てるはずなんかないだろうけど!」
自分の跳躍力を三秒間だけ上げられる魔法を自分に打つ!
「リープ!」
よし、約十メートル飛ぶことに成功した!このまま奴と距離を置きつつ天井に着地した瞬間に再び………!奴がいない!?どこだ!?
「甘いんだよ!」
何!?着地地点を狙っての後ろだと!?いつの間に!
「ぐはっ!!」
物凄い速さだ…早く受け身の体制を取らなければ………!結局、穴の反対側まで来てしまった。
「僕の今の肘打ち……もし背骨に直撃してたら骨折してたかもね!アハハハハ!!」
見てくれはまだまだ子どもだが、悪魔系の大部分の種族は寿命が人間の五倍ほどあるというから………油断はできないな………。
「どうせ君は僕に勝てないだろうから名前だけは言っておくよ………。僕の名は、Y・E・ルシフェル」
「Y・E・ルシフェルか……覚えておこう。私の名は……」
「もう知ってんだよ!!それに君はどうせ僕によって完全に始末されるんだから、覚える必要なんてない!」
こちらに突進してくる!この鉄筒で………。
「なーに塞いだ気になってんだよ!」
!!消えた!いや、…後ろだ!!やはり!ここで悪魔系に耐性が少ない光属性の魔法で!
私とルシフェルの魔法がぶつかり合い、ドォォォッという衝撃波が走る。
「……やはり球型闇属性魔法ダガル・スフィアか………悪魔系はそれが得意だな………!!」
「光属性ので対抗してきたか………でも、僕は他の悪魔とは一味違うよ!!」
衝撃で後ろに吹っ飛ばされた!!追撃に備えなければっ!
「グリッシュ・シールド!」
追撃を防いだ後、すぐに右手に持ったパイプに光属性魔法を付与して……。
「光属性の盾型までできるんだね!でも君さ、ここがどこか分かってやってる?」
………はっ!さっきこのルシフェルが開けた、天井の穴の真上!!
「真っ逆さまに落ちやがれ!そして死ね!」
魔法がぶつかり合う衝撃で下に撃ち落される!!
私は咄嗟に、右手に持った鉄筒に硬化魔法を付与し、連絡通路および瓦礫に引っかかるよう腕を伸ばして地面から体への直接的ダメージを和らげた!
「ねえ、僕たち魔王軍がなんで君を違う世界に送ったか知ってるかい?」
私は質問に答えず周りを見る。すると、一階の、二階連絡通路がある位置を越えた先で、落ちた瓦礫に挟まれた少年が苦しそうにしているのが見えた!
「邪魔な存在だったからさ!僕らが革命を起こすのにね!!」
立ち上がって上を見上げると、ルシフェルが連絡通路の瓦礫の上から私のことを見下ろしていた。
「あの世界が、僕らのような普通系以外の系統、種族が争い、文明開化させる時代へ帰るんだ!」
早く、速く、あの少年を救わなくては!私は走って、その少年の方へと向かう。
「ああ、昔はそうだったのになぁ………今は何故かこんなにも平和で、心が空っぽなんだ………」
私は少年の方へ声を掛ける。
「大丈夫か!?少年!」
「あ、足が挟まって、動けない………」
「今助けるから、少し待っててくれ!」
このままだと、この子の足が圧迫され続けて動かなくなってしまうだろう………その前に………。
「てめぇ!!人の話を聞きやがれこの家畜勇者ァァ!!」
激情し、上からこちらに怒鳴ってくる。私は振り返って言う。
「貴様らの野望なんぞ聞いたところで、私にはその良さが全く理解できない!!」
言い放った後、私はすぐさま少年の方へ振り返り、瓦礫をどけようと跳躍力上昇魔法と腕力上昇魔法を自分にかけ、鉄筒を下に置いて大きな瓦礫をどかそうとする。
「理解できないだと………!!?人間にも、闘争本能というものが元から備わっているんだ!!理解できないわけがない、それは自分を偽って秩序をもたらそうとしているだけだ!!」
もう少しで………もう少しでこの天井を……。
「そうだ!だからこそ……本能のままに生きるのではなく、理性で本能を暴れさせないよう隔離することを覚えながら成長し、生きていくべきだ!幸せとは……その積み重ねだ!秩序の維持の先にこそある………!!」
浮いたっ!!少し少年の所に余裕ができた!
「今だ!少年、ここから出るんだ!………………………!!」
持ち上げた瓦礫をそのままにしながら後ろを見ると、ルシフェルがその子の頭を、鋭く長い爪をもつ片手で掴んでいた。
「違う。こいつを見るんだな、レイヴン………」
その少年は、恐怖で大泣きしていた。
「このチビの情っけない姿を見ろよ!!人に守ってもらわないと、なーんにもできやしないのさ!!こうやって、誰かに助けを求めることしかできないのさ!!」
そのルシフェルという名の悪魔は、まさに悪魔だった。どうしようもない悪魔に見えた。これは『系統間の価値観の違い』なのだろうか、それとも、『こういう考え方もある』ということなのだろうか………。
……………違う………………絶対に違う!!!
「ふざけるな!人は、全ての生き物は、互いに優しさを分け与えて成長するものなんだ!!その子を離せ!!」
「……………んだとこの野郎ォォォォォォォォォォ!!!」
敵はさらに激怒し、その少年の体を右手で掴みながら腕をこちらに伸ばし、ここで握りつぶそうとしている!
「やめろォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
私は敵の右側に回り、右腕を左手で精一杯の力で握り離させようとしながら、左拳に力を込めて叩き込もうと………。
「痛いよォォォォォォォォ、お父さん、お母さん、誰かァァァァァァァァァ…っあ……………」
「……………!!?」
何故………何故私の左手に、少年の………あ…………血が………………。
「あぁ、そういや言ってなかったねぇ………僕の固有能力は『トレース』………僕の右腕とさっきまで生きていた少年の体をトレースした」
「………………………うわああああああああああああああ!!!」
私が、こいつを激情させたからだ………!
「アハハハハハハハハハハハハ!!!ねぇ、それってどんな気持ちなの!?自分が助けたと思った命が敵に捕らわれて、殺されるのを防ごうと思って相手の腕を掴んだつもりが自分の握力で死んじゃったって、どういう気持ちィィィィィィィィィィィィ!!?」
悪魔が、嘲笑う。
「…………………黙れ…………………」
………私は今、どんな表情をしているだろうか。
「ま、それはいいとして、悪魔は治癒能力が元々高いからねー、こんな感じで、切り離された右腕を拾って付ければ、ほら、元通りさ!」
「…………………黙れ…………………!」
怒っているだろうか、泣いているだろうか、鏡を見てみないと分からない。
「ん?今なんて言ったの?てか、いい顔してるねぇ。それ、俗にゆう『獣の顔』ってやつじゃないのォ?闘争本能が湧き出てくるねこりゃ!」
「…………………黙れぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇっ!!!」
少なくとも今、私の心の中は、空っぽだ。
地面の鉄筒を拾い、鉄筒に炎属性魔法と光属性魔法を重複付与させ、いつも使用している剣のように振るう。
「重複付与ねぇ………並大抵の奴にはできないことを実に容易にやってのけるものだ………」
敵は自身の爪で対抗してくる。おそらく、爪にも闇属性を付与しているのだろう。だが、少し冷や汗をかいているように見える。武器がはじかれることはない。ここで押し込む。
………後ろに下がったか。だが、すかさず追い打ちだ。跳躍力、腕力を三秒間上げる。
「リープ。ストレグ」
一気に畳み掛ける。先ほどの天井落下で客は外に避難したのか、一階通路には誰もいない。
一旦引こうとする残忍な悪魔に追いついた。強靭な爪で防ごうとするが、私の武器には及ばず弾かれ、今日行った家電量販店に飛んでいく。
武器を、敵の方へ向かいながら次々と横に振るう。その斬撃は、店の中にある家電へ燃え移り、やがて店の中は爆発によって火の海となる。
逃げ場はない。これで終わりだ。………!いない。さっきここに吹っ飛ばされたはずだ。
「遅い!!」
後ろか!
鉄筒と爪が激しくぶつかり合う。硬化魔法で固めてある為、武器が壊れることはない。
「僕がどうやって瞬間移動できていたか、分かったかい?落ちている破片と自分の体の質量を、毎回等価交換してるのさ!!もっとも、目に映る範囲にある物じゃなきゃできないんだけどね!!」
黙れ。
隙を突き、胴に鉄筒で突く。
「ぐはっ!!」
真っ直ぐ突き抜かれ、向こう側に飛んで行くだろう。……………足元を見ると、総重量五十キロはありそうなゲーム機と呼ばれる娯楽用機械があった………まさか!
「………チッ、気付かれちまったか。だが、ワンテンポ遅れたようだな!!」
こいつのトレースで私の目の前へ瞬間移動しただと!?
「オルァッ!!」
くっ、左脚で蹴りを行って来るとは………!頭が地面と逆さまの状態だが、一度体制を整えよう。向こう側の壁まであえて吹っ飛ばされて、そこで着地する!…ぐっ………!足が重い!
上、水平面上から見れば横となるが、そちらを見ると、その悪魔が爪をこちらに向けて物凄いスピードで飛行して来る。私は咄嗟に壁を蹴り天井を手で軽く押して、すぐさま床に着地したことで、傷は負ったが致命傷は回避できた。
「へぇ、どうして君をなかなか倒せないのかと思っていたけど、やっと分かってきたよ。僕のこのスピードに頑張ってついてきてるんだね。でも、無駄だよ!」
奴もすぐ、壁に突き刺さった爪を抜いて、壁を蹴ってこちらに向かってくる。
この店は、服屋か。見ただけで何も買わなかった所だ。ハンガーラックにかけられた服がいくつも並び、店頭には綺麗に畳まれた安売りされているYシャツがある。奥には試着室もある。
爪と鉄筒の弾かれあう金属音が聞こえる。また押し込むか?だが、読まれる可能性もある。ここは一旦引いて鉄筒にさらに魔法を付与するしか……いや、そんな時間もない。今ここで引けば、さっきのように高速で追撃してくるだろう………………。
右手に持った鉄筒はそのまま敵に振り続け、降ろしたままの左手で波型水属性魔法を放つ。
「なんでそんなことしてんだ?それじゃあ服が水でより重くなるだけだぜ!!」
確かに、トレースはしやすいだろう。
予想通り目の前から悪魔の姿が消えた。だが、この状況なら目を閉じていても分かる。
「この僕も、舐められたものだな!!クソッ!!」
この悪魔の話す音、私の魔法が波を打つ音、それ以外の、『最後の音が聞こえればいい』。
ぽちゃんっ。
もう一度悪魔がトレースで移動した瞬間、それが聞こえた。後ろで聞こえた。私は左手はそのまま波を作り続けていたため、右手に持った鉄筒を孫の手で背中をかくように肩を回してその攻撃を防いだ。
「僕が移動するときの水の音が一番近くで聞こえるときを待ってたってのか………!!」
私は、体を右へ捻り、後ろから押し込まれていた悪魔の爪を左へ受け流す。悪魔の体は体制を崩し、前に倒れそうになる。今だ。ここで地面に抑え込んでしまおう。
すると、悪魔の体は私が抑え込もうとして伸ばした左腕を、翼を広げ「バサッ」と前に倒れる体を足を上げさせて上下反転させてまで避けた。
次が来る!
「ダガル・スフィア!」
私はその攻撃をグリッシュ・シールドで受け止めるが、反動が大きくお互い対に吹っ飛ぶ。
さっきの私の波型水属性魔法で、中央通路から他の店の中まで辺り一面水浸しだ。敵がトレースを使って来ることはないだろう。
……やはりな。こちらに飛行して向かって来る………………消えた?どこに移動した!………はっ、まさか、二階のスポーツ用品店前の外側通路から!
「ダガル・サージ!!」
両手を使えば波動型まで操れるのか!流石に避けられない!
「グリッシュ・サージ!!」
「いいねぇ、同じ波動型!魔力量勝負と行こうじゃねえか!!」
……波動型というのは、魔法の型を変えて発動されるもののうちの一つ。他の型より魔力消費量が多く、発動できたとしても、それを維持するのに苦労する。それに、反動も大きく、発動時の隙が大きいため、滅多に使われることのない大技である。だが、少しでも敵を見失ってしまった私の隙を、敵は一瞬たりとも許さなかったのだろう。
魔法を使った回数的には、私の方が圧倒的に多い。このままだと確実に負ける。打開するには、武器を失い、かなりのダメージを負う覚悟が必要だ………。
悪魔に向かって放っていた波動を、少しだけ下に一瞬ずらす。
「な………床を破壊しようとするなんて、卑怯だぞ!勇者ァ!!」
波動型魔法には、二つの特徴がある。一つは、波動型には波動型でしか対抗できないこと。もう一つは、波動型が物質に当たると、そこで爆発が起きるということだ………。
確かに卑怯かもしれないが、今はこう言うしかない。これも作戦の内だ、と。
二階通路の床が完全に崩壊し、悪魔は上に吹っ飛ぶ。おそらく今頃、翼でバランスを調整しているだろう。
私は、敵の波動による闇色の爆発の威力を少しでも軽減するため、床が光輝いた瞬間腕を前で交差させ防御の体制をとり右に動き少しでも避けようとしたが、やはりそれによる大ダメージは避け切れることはなく、さっきの服屋の隣にあるジュエリーショップに突っ込む。
さっきまでネックレスや指輪の形となっていた高価な宝石が、衝撃によって宙を舞う。それが落ちる前に、奴は来るかもしれない。その前に、この箱庭のような店内から出なければならない。
『どこから攻めてくるか』。それは前か後ろ、取捨選択だ。この場合、私の前の視界は鮮明に見えている。奴もこれまでの戦闘で、私の洞察力は計り知れているだろう。後ろか?いいや、違う!
すぐに立ち上がり、脚に魔法をかける。
「リープ」
脚に力を込め、その店からすぐ退出しようとする。やはり、この店の天井を崩しにきたか!
低い体勢を保ちながら、なんとか脱出することができた。転がって上を見る。今丁度波動を打つのを止めたところだ。私は瞬時に立ち上がり、俊敏に跳躍力が上がった脚で飛び、悪魔の後ろへ。流石に反応できまい。
直接的なダメージをッ。
「グリッシュ・スフィア」
「なんだとッ!!」
一撃だが、もろ胸に食らわせた。敵はそのまま後ろに吹っ飛び、建物の端にある店の柱に激突する。
私はさっきの爆発で吹っ飛んだ鉄筒をたまたま見つけ、再び同じ付与魔法をかけながら向かう。
「ガ八ッ!!」
悪魔が、赤い血へどを吐く。どす黒い心からは想像できない真っ赤な血。
柱にぶつかった所に向かうが既にいない。また不意打ちか?上を見上げると、端から一気に天井を破壊していくのが見える。おそらくあれも闇属性の波動型だ。
「ハハハハハハハハハハハハハハハ!!どうだ!!こうすれば、いくらスピードがあろうが追いつけまい!!なんせ、最高速度は僕の方が上なんだからな!!」
気に食わない。こんなにも違うのに、全く違うのに、血の色が同じというのが。
鉄筒を半分に折って、片方に鋭利化魔法を付与する。魔法の重複付与により物理的に重たくなってきたので、ついでに自分の跳躍力と腕力を三秒上げる。
エスカレーターがあるところまで瞬時に移動し、手すりとなる部分だけをまだ動いている階段を逆走しながら取り除く。エスカレーターを登り切った後、だいぶ長く切り取ることができたゴム製のロープに、ゴムの融解温度ギリギリになっている鋭利化していない鉄筒を瞬時に取り付け固めさせ、固めさせた部分の逆側を持つ。
登り切った先の二階通路は瓦礫で塞がれており、通れない。そこを通るために作った。この先には天井の瓦礫は押し寄せていない。それでもギリギリだ。だからこれが必要なんだ。
二階外側通路から内側へ敵の方へ進みながら飛び降り、ゴムによって取り付けられた鉄筒を、外側通路から落ちないように設置されたガラスの柵と通路の床の間に引っ掛ける。そして、遠心力を生かしてブランコから飛ぶように上昇し、その間に鉄筒が天井からの瓦礫によって外れる。
同じように二階の連絡通路にも引っ掛け、飛ぶと同時に落ちる瓦礫によって鉄筒を外し、三階の外側通路、連絡通路、四階の外側通路、連絡通路と続き、上に飛びながら天井を破壊し続ける、狂乱の悪魔の目の前に行き、左手に持っていた炎と光をまといナイフとなった鉄筒を、敵の胸に突き刺した。
「な、こ、これしきの事ォォォォォォォォ!!!」
悪魔の爪が、私の胸を突き刺す。だが、
「どうやら急所は外したらしいな」
硬化されたもう一つの鉄筒は盾となり、私の身を守った。
「クッソォォォォォォォォ!!!」
そのまま、ルシフェルを床に打ち付ける。また、赤い血を吐きやがった。
私はそのまま、ナイフとなった鉄筒を何度も突き刺してやろうと…………………。
鋭利に輝くナイフがミラーとなって、私の顔を、残虐で、血塗れとなった顔を写した………。両目は赤く充血し、血の涙を浮かべている。
途端に怖くなった。この人は、どんな性格であれ、私と同じように父や母がいて、もしかしたら兄弟とかもいるのかもしれない。
そう思うと、さっきまで軽々と振り回していた鉄筒にも、手がかけられなくなった。
「………おい、僕の負けなんだからさ………さっさととどめを刺してくれよ………言ったでしょ?悪魔は治癒能力が………」
同じなんだ。思想は違えど、私と同じように命があって、家族がいて、生きてるんだ。
「うわああああああああああああああ!!!ごめんなさい!!!ごめんなさい!!!………」
私は泣いた。泣いて謝った。こいつがどれだけ悪人だろうと、同じ生物なんだ、系統は違っても同じ『人』なんだ。そう思うと、自分のどうしようもない邪悪な部分に腹が立ち、人を殺したという事実から逃げたくなった。
「……………泣くなよ………僕の顔に涙が落ちちゃうじゃないか……………僕は、強さとかそういうので自分を証明してきたから……………分かんないよ……………なんで泣いてるのかなんて……………」
「………でも、変わらないじゃないか……………同じように精一杯生きてるのはさぁ……………!!」
「……………君は勇者だよ……………本当にさ……………これから、僕みたいに君のことを殺しにかかってくる人たちが沢山現れると思う……………でも、君が生き残っていくには、こうやって殺していかなくちゃならないんだよ?だから、泣くなよ……………君は、泣かない僕よりも強いんだから……………」
ルシフェル、ごめん……………私はまだまだ貧弱みたいだ…………。
消えていくルシフェルの体の上で、両手をついて、私は泣いていた。
その後、優一ともみじが倒れた私を助けに来てくれた。とても酷い状態だったらしいが、もみじが回復魔法で治してくれたり、顔を洗って服も洗浄してくれたりした。「迷惑ばかりかけて本当にすまない」と言ったら、「別に迷惑ニャんかじゃニャいニャ。むしろ、勇者様をこんな風にできたのは誇らしいことだと思うニャ」と言ってくれた。
それに、無事になんとか戸籍と住民票と銀行口座を手に入れることもできた。その時、今日会った出雲さんにも出会った。元々優一から無事だというのは聞いていたのだが、実際に姿を見れて安心した。優一も嬉しそうだったし、良かった。
これで明日、優一の説明を聞きながら働く場所を探せば完了だな。
しかし、これから不安だ………。私が生きていくためには、人を殺さなければならない………前は、人に直接的に被害を与える魔獣だったからまだ良かったものの、同じ人となると、罪悪感………いや、それよりももっと重い何かが襲ってくるような気がして………怖い。それに、あの少年のように、私はここの世界の人達の命が犠牲になってしまうのでは……。あの少年のご両親は、今も泣いているのだろう……。これから私は、誰も涙を流させることなく、闘っていけるのだろうか…………。
いや、重たく受け止めてクヨクヨしていてはダメだ。私は今できることを精一杯していくんだ!とりあえず今は、優一の作る今日の夕飯を、楽しみに待とうじゃないか。
読んでいただきありがとうございます。
誤字報告などをしていただけると嬉しいです。
感想、ポイントなども、お待ちしております。




