第一話「ファンタジー×日常」
初執筆、初投稿です!
不十分な点などがあるかもしれませんが、広い目で見ていただけるとありがたいです!
毎年毎年春休みを迎えながらもあたかも決定事項のように春休み終盤に宿題に追われ、やっと終わったと思って安心するのも束の間、国数英の三教科テストを受けクラス写真やら自己紹介やらと初対面の奴らが多く、なんだか凄く嫌な雰囲気に包まれながら行われる事業は、もはや俺、こと佐藤優一にとっては地獄と言ってもいいほど苦痛だった。まあでも、そこを乗り切った後に何となくの日常があるわけだし、時間が過ぎればどうにでもなることだし、あまり気にすることはないんだろう。しかし、こう何年も同じような学生生活を送っているとだんだん憂鬱になってくる。俺と同じように平々凡々とした何か特別な才能があるわけでもない一般人が一体何人いるのだろうと、たまに考えてしまう。だが、こんなこといくら考えてもしょうがないんだろうし、とりあえず明日が来ればいいんだろうと、「特別」に憧れることもなくそれを望むこともなく……いや、これは違う、前言撤回。普通に憧れるさ。でも、俺みたいな何もない男がそんなたいそう素晴らしいことを望んでもどうせ何も生まれないんだから意味が無いと自分に言い聞かせているだけさ。
だが、「変化」には少し期待している。新しい出会い、新しいクラス、学校内での事件、うまくいった事は一度もない恋愛、その他沢山だ。欲を言えば、魔法が使えるようになったり勇者になって正義の旗をあげたりしたい……なんてな、そんなこと願ったってどうせ叶わないのは分かってるさ。もう立派な大人なんだからな。
まあでも、今の今まで何もなかったのだから、何か起こってほしいとは思いつつも、十八になった俺は今、大学受験を終えて春休みに突入していた。
実家から通学となると距離が遠くなってしまうため、始業式一週間前から学校に近いアパートで暮らすことになった。引っ越し業者を呼ぶよりも家の車で運んだ方が金がかからないというわけで、休日に五人家族総出で荷物を部屋へ運んだ。来年から高校一年生の妹も中学三年生の弟も頑張ってくれたおかげで一時間半程度で終わったので、ついでに室内設備の整理なども手伝ってもらい、あとの細かいところは俺がやると言って帰ってもらった。
その後、そこの大家さんの所へ挨拶をしに行って帰ってきた。もう十六時か、ちょっとだけ寝てから夕飯を作ろう。そう思いベッドに寝転がった………
………目が覚めると、二十時を回っているところだった。かなり寝てたんだな俺。寝汗が気持ち悪かったので、一度シャワーを浴びてリビングに戻ってきた。自由度高いし、新生活って感じがする……腹が減った。夕食も自分でやらなきゃいけないのか、あー、新生活って感じがする……親が荷物運びのときに持って来てくれた野菜や米でチャーハンでも作ろうかと台所の方に行ったのだが、ない。缶詰め類しかない。「はぁ~……マジかよ」と大きなため息をつきながらスマホを見ると…どうやら、缶詰め以外持ってくるのを忘れたらしい。明日妹のスマホの契約をするついでにこっちの町まで来てもう一度ここに届けに来てくれるそうだし、仕方ない、今日はスーパーでカップ麺二個買ってきて、それで我慢するか。
右手にビニール袋を持って新しい拠点へ帰っていると、道のわきに捨てられている猫がいた。粗末な段ボール箱に、白い子猫が一匹、餌もその皿も入っていない。そこから顔を覗かせながらとてもかわいらしい目でこちらを見ているが、少し疲れているようだ。まったく酷え元飼い主だな、段ボールの中に餌くらい入れといてやれよ。正直拾ってあげたいのだが、俺のいるアパートが動物飼育禁止のため、拾うことはできない。
申し訳ない気持ちでそこを通り過ぎようとすると、子猫の段ボール箱の先に延びる裏路地に、違和感を感じた。よく見てみると、その先はかすかに歪んでいた。ろうそくの揺れる炎の先をみているようだった。さらに近づいて見てみるが、やはり、なんとなくぐにゃりとしてる。
すると、その歪みから突然、男が飛び出て倒れた。俺は「うひゃっ」という素っ頓狂な声を出しつつ、変なポーズをとって驚く。正直とても恥ずかしいが、恥ずかしがる前に、この倒れている男を凝視する。中世の鎧のようなものを着ていておまけに剣も抱えていた。
声をかけようとすると、その男は「大丈夫だ」と冷静な声で言いながら手の平をこちらに向けて起き上がった。路地の先にあった歪みは、いつのまにかなくなっている。その男は、その歪みが元あった場所を見て、「あーあ……」と言いながら、きょとんとしている俺のほうを向いて、
「あの、ここがどこらへんかわかりますか?知っていたら、教えてほしいのですが……あ!この地図のどこらへんかだけでも、指していただけないでしょうか?」
と言って、方角や緯線経線といびつな形の島々が描かれているものを渡してきた。その地図には、島の形や王国?のような地図記号や片仮名で書かれた名前さえ、見たことのないものばかりだった。
「あの……出す地図間違えてませんか?」
「え?間違えてませんよ?これ、世界地図ですし」
は?世界地図?それなら、この地図のどこかに、南北に伸びる小さな国や、猫のような形をした大陸だってあるはずだろ?こんな、大陸が三つしかないようなのが、世界地図なわけがない!
あ、そうか。俺は、次に出す俺の出したこの謎の答えに納得した。
「すいません、失礼かもしれませんが、あなた、ヲタクか何かですか?」
「はい?」
「ええーっと、いやーその、なんつーか、最近、『転生したら○○になった』とか、『異世界で○○』みたいなの流行ってるらしいじゃないですかー。だからその、コスプレ?みたいな、そういうたぐいの人なのかなーと思いましてー……」
そう、これなら全て説明がつく。彼はヲタクなのだ。ちょっとかっこよくて変わったヲタクなのだと、結論付けた。まあ、よく聞くってだけで、その分野についてよくは知らないのだが。
「オタク?どういう意味かわからないのですが……」
どういう意味か分からない?そんなわけあるまい。一九七○年代からあるポップカルチャーを示す有名な呼び名だぜ?てか、いい大人がこんなガキ臭いことしてるとなると、もう世も末だな。
「……あ!」
そいつは、何か思い出したような声をあげた。
「どうかしましたか?」
「申し遅れました!」
と言い、その男は姿勢を正し、自分の心臓の位置に手を当て、丁寧な口調かつ大きな声でこう言った。
「私の名は、ハイデガー・レイヴン!クラピウス王国を魔物から守るため、魔王討伐を目指す、伝説の勇者の血を引き継ぎし者です!」
もう四月に入ろうって季節なのに、ヒュゥーッと冷たい風が吹いた。
……自己紹介ってことか?何言ってんだこいつは……流石にここまで妄想が広がってると気持ち悪いが、こうも堂々と言われてしまうと気持ち悪いを通り越して怖い。
「じゃあ、その剣は……?」
「はい!これは、勇者の血を引く者しか手にすることができない剣です!切りたいと思ったもののみを何でも切ることができます!もっとも、勇者の血を引いていることが条件なので、私の家系以外の人が扱うことはできないんですけどね」
そんな剣あるわけねぇだろ、どんだけ妄想膨らましてんだよ、どんだけファンタジーなんだよ!いや、待て、冷静に考えてみよう。もしこいつの言っていることが本当だとしたなら、
「じゃあ、魔法とかって使えたりするんですか?」
そう、本物の勇者なら、魔法の一つや二つ、使いこなせるはずだ。どうせどっかの物語の勇者になりきってるだけなんだろうから、さぞかしこの質問には困るだろう。こんな痛々しいことはやめてさっさと家に帰……
「火属性とかなら使えますよ!」
「え?」
「ボウア!」
すると、レイヴンと名乗る勇者の手のひらに、どこからどういう原理で出てきたのかも分からない炎の玉が現れた。それを見て俺は唖然とする。
「……え……これ…手品とかじゃないですよね……どうやって出してるんですか?これ…」
「え?火属性魔法のやり方知らないんですか?」
「知らないし、聞いたこともないわ!!というか、その手、ちょっと見させてくれませんか?あ、炎出したままで」
「いいですけど、そんなに不思議なものじゃないですよ?」
なんなんだ……まったく種がわからん。どうやって何もないところから炎を出してるんだ……まさか、本当に勇者ってことなのか?ん?だとしたら、クラピウス王国ってのは、魔王ってのは何だ?もしかして、こいつは別の世界の住人なんじゃ……
「……ここは日本という国の、愛知県というところです」
「え……ニホン…アイチ…?」
レイヴンは俺に渡した地図を「ちょっと貸してくれ」と言ってそれを見るが、あるはずもないだろう。
「知らないですよね……」
「はい…あの、この地図のどこらへんなんですか?」
「地図に描かれてないんじゃなくて、多分存在してないんですよ。そんな国や名前も」
「存在してない……?」
この反応を見て俺はとうとう確信した、こいつはヲタクなんかじゃなく、本物の勇者であることに。
「ここは、あなたの元居た世界じゃありません。あなたから見たら、ここは『異世界』ってことになるんだと思います」
「え?」
「ここには、魔法なんて使える奴はいないし、勇者だとか、魔王だとかも存在していません。俺がさっきあんだけ驚いてたのも、それが理由ってことです」
「え……ええええええええええ!!?」
レイヴンはそう言って驚くと、地面へ『がっくり』とした。何かぶつぶつと呟いていて、ショッキングに感じていることがあからさまに伝わってくる。本当に可哀想だな。さっきのこいつの自己紹介からして、王国やそこの住民を守ることに誇りを持っていたのだろうに……俺には到底分からん次元、というより世界だが、ヲタクと勘違いしてしまっていたことには申し訳ないと思っている。
四つん這いになって倒れ込んだまま、まだ何かを言っている。
「……あのー…大丈夫ですか?」
「あの!」
彼はその姿勢のまま顔をバッとこちらに向けて、こう言った。
「とりあえず、泊まるところ、貸していただけないでしょうか……?」
唐突だな…だが、違う世界から来たわけだからな、泊まる場所なんてないに決まっているだろう。さっきの感じからしても、こいつにとって今の状況は「予期せぬ事態」であることも分かる。
「元の世界に帰れるまでは、泊まらせてあげますよ」
「ありがとう!!こっちの世界に来て初めて会った人が君で良かった!!」
おそらく、野菜や米を持ってくるのを忘れていなかったらこんなことにはならなかっただろう。なんだか、今年の春はいつもと違うようだ。
俺の住むアパートへ向かおうと裏路地を出たとき、さっきの子猫を見た。眠ってしまったのだろうか、段ボールの中で横たわっている。
「子猫だ、実に可愛らしい!この子猫が入っているのは……だんぼーる?なあ、これは、なんだ?どういう材質でできているのだ?」
レイヴンはしゃがんで猫を見つめる。どうやら、猫ではなく、段ボールが気になるようだ。
「後でいろいろ教えてあげますよ。それより、俺の名前をまだ言ってませんよ」
「おお、そういえばそうだったな!あ、別に敬語を使う必要はないぞ」
「そうですか?じゃあ、お言葉に甘えて。俺の名前は佐藤優一。ありきたりな苗字の『佐藤』……いや、お前のところじゃあどうかは分からんが、そんで、一番優しいと書いて『優一』だ。よろしくな」
「ほお……こっちの世界では、名前は片仮名ではないのだな」
「ああ。というか、お前の方の世界とこの世界で、なんで言語が同じなんだ?なんか、特殊な文字を書いたり、言葉を喋ったりしないのか?」
「確かに、住む世界が違うのに言語が同じというのは不思議だな…」
レイヴンは、顎に手を当てて考える。
「そっちの世界のこの言語は何語っていうんだ?」
「イズルヒ語というぞ。昔の同じ名前の宗教の思想が広がると同時にこのような言語へ近づいていったらしい」
「こっちは日本語と言うが、言語が同じなのにその名称は違うのか…」
「なぜなのだろうな…」
正直とても気になるのだが、わからないのなら考えていても仕方がない。
「…レイヴンと呼べばいいんだよな?」
「ん?ああ!よろしくな!優一!」
レイヴンが俺の方を見上げて言った。下の名前で呼ぶのか…あれ?今俺がこいつのことを下の名前で呼んだからこいつも俺のことを下の名前で呼んだのか…?勇者のこと名前で呼び捨てにしても大丈夫だよな……?
それにしても、こいつが女じゃなくて本当に良かったぜ。もし女だったら、年齢=彼女いない歴の俺にとっては、一緒の部屋で寝るなんてなったらいろいろと朝までギンギンで夜も眠れないだろうからな。
レイヴンはその子猫を見つめて、
「この子猫……随分と弱っているようだな……」
と言った。見てみると、確かに少し痩せていて、疲れているように見える。段ボールの中に餌さえ入っていないのが、原因だろう。まったく、前の飼い主は酷え奴だ。せめて餌何カ月分とか一緒に置いとけよな。
「よし、回復魔法でもかけてやるか」
と言い、両手をかざして「ポア」と唱えた。緑色のほわほわとした光が子猫を包む。
「なあ、その魔法ってどういう原理で使えてるんだ?」
「これも後で教えてやろう、お互いに情報交換だ。私がここにきてしまった理由も、単なる憶測にすぎないが話してやる」
こいつさっき、異世界に来たことにあれだけショックを受けていたのにもう平然としてやがる。さすが勇者と言うべきか、立ち直りが早い。
レイヴンが回復魔法を止めた。猫の姿は一度洗濯機で洗った後のように、なんというか綺麗になっている気がする。
「回復魔法は、傷の治癒と疲労回復ができるからな、これで少しは良くなっただろう。餌を与えれば完治して、元気良くなるだろうな。それにしても、この猫は飼ってやらないのか?結構可愛らしいのだが……」
「無理だ。俺のアパートは動物飼育禁止でな。飼ったりなんかして、見つかったらおそらく猫がまた可哀想な目に会うだろう」
「でも、ここには屋根すらないんだぞ?流石に可哀想ではないか?」
……ったく、勇者ってのは、いろんな物語で聞く通りお人好しなんだな。いや、この場合お猫好し?まあ、どっちでもいいや。
「わかったよ。階段の下とかに置いとくだけだぜ?」
後で家にあった魚の缶詰めもあげてやろう。
「そうか!じゃあ、早速運ぼう!このだんぼーるごと運べばいいよな?」
そう言って、レイヴンは子猫の入った段ボールを持ち上げたところで、
「魔王は、きっと今も多くの民に乱暴を振るい傷付けているだろう。私はそれを止めるため、一刻も早く魔王を倒さなければならない。だが、今元の世界に戻ろうとしても何もできない。だからこそ、今やらなければならない事、できる事を見つけ出し、実行するしかないのだ」
と自分に言い聞かせているのか、はたまた俺に宣言したのか分からんがそう言った。
その本気の言葉と瞳は、俺の思い描く『勇者』というものと完全に合致していた。威厳というか、何か凄いものを感じる。
「だから、これからよろしくな!優一!」
「しゃーねえ。最後まで付き合ってやるよ」
「ありがとう!!」
レイヴンは振り返り満面の笑みを見せた。その笑顔は、心からの嬉しさを露わにしている気がした。
「着いたぜ」
「ほお、なんだか雰囲気が少し暗いな」
「うるさい。俺は住めればいいと思っているんだ。家賃は安いし、見た目なんて気にしたら負けだぜ?」
アパートに着くまでには、そのでかい剣を普段持ち歩いてはいけないこと、魔法の存在はこの世界にとっては架空の存在なのでバレるとかなり面倒なことになるため人前では使わない方がいいこと、ついでにさっきの段ボールのことなど、いろいろ聞かせてやった。こうも話しながら歩くと、時間の流れを早く感じる。
「なるほど、この世界には魔物や魔王、賊などがいないから、武器は持たない方が世のためということか!」
というように、割とすんなり話を分かってくれた。まあ、泥棒や悪い奴らがいないわけじゃないのだが。
レイヴンが持っていた子猫の段ボールを外階段の下に置き、俺の部屋へと上がってゆく。
「この猫の新たな飼い主も探してやらないといけないな!」
「そうだな」
しばらくは、そこで我慢していてくれ。後で鮭の缶詰めを持って行ってやる。
築三十六年、二階、1K、バス停まで徒歩三分で、家賃二万円。貧乏な俺にとっちゃあ「良い物件」の部類に入る。同じアパートに住むやつなんて大家くらいだし、静かでいいところだ。ここに移り住んでもう半年になるのか、時がたつのも早いな。
階段を上がり、ドアの鍵を開けて中に入り、電気をつけ、レイヴンが入ったら再び鍵を閉める。すぐ右側に洗濯機があり、その奥にユニットバス、キッチン、そしてリビングへ通ずる戸と続いている。
靴を脱いで中へあがろうとすると、
「靴を脱ぐのか?」
やっぱこうなるのか。こいつの格好からなんとなく予想していたが、向こうの世界と言語は同じでも文化は違うんだな。
「ああ、こっちの世界では、家の中にあがるときは、靴を脱いであがるんだ」
「なるほど、中を汚さないためか?」
「それもあるだろうが、多分他の理由はもっとあるだろうな」
とりあえず、俺やレイヴンの荷物を置かせるためにリビングへの戸を開き、これまた電気を付ける。今気付いたが、こいつ目の色がエメラルドグリーンで髪の色は茶髪だったのか。その髪はボサボサしている。
「おお、中はなかなか片付けられているのだな」
「それ、ダジャレか?」
「?、だじゃれ?」
どうやら、向こうの世界にはダジャレの概念はないらしい。ま、今はスルーしとこう。
というか、引っ越してきたばかりだから綺麗なのは当たり前だし、レイアウト的に、キッチンとリビングを仕切る戸から見て、右奥から横向きにシングルベッド、小さめのハンガーラック、左側にあるソファと対応するように向かれたテレビ、PCデスク、そして中央にはテーブル兼こたつと、開放感のあるスッキリとした感じになるようにわざわざ工夫したんだから、もっと当たり前だ。
テレビやスマホやなんやらと、あれこれ聞かれるのも面倒だ。
「後でいろいろ教えるしそん時に俺もお前の話を聞くから、今は、その剣とか装備とか脱いでシャワー浴びてこい。服はドアの傍にある籠に入れとけ、バスタオルもその近くにあるから適当にとってけ」
というか、さっきから見ててなんとなく暑苦しいというか、むさくるしい感じがあったからな。
「俺はさっき浴びたから、遠慮すんな」
「そこまで言うならさせていただこう、ありがとう!」
レイヴンがシャワーを浴びている間に、階段の下にある子猫の所へ、鮭缶を持って行ってやろうと思った。
そういえば、最近は鯖缶が流行っているらしい。一時期テレビで取り上げられてから爆発的に売れているようだが、ああいうのって十年おきにテレビで報道されてそうな気がする。
そんなくだらない事を考えながら、階段下の子猫の場所まで来……
「ニャ?」
ふと顔をあげると、そこには路地の街灯に照らされた露出度の高い服を着た猫耳白髪ショートカットで綺麗な蒼色の瞳を持つ可愛らしいショートの少女が、段ボール箱に足を入れた状態で手の甲を舐めながらお座りしていた。
「ニャ゛ァ゛ッ!?」
一目見て分かる。こいつもこの世界の者ではないのだと。
「ニ、ニンゲン!?なんでミャーのこと見てるニャ!?見るニャ!!」
猫耳少女はとても恥ずかしそうにして、座ったまま自分のデリケートゾーンに手を当てて隠した。元々水着のような感じで隠してあるんだから、そんなことする必要ないのに。
見るニャ!!と言われたので、俺はあえてゆっくりと、右手に持った鮭缶はそのままに、左手で両目を覆った。
「……はー、最悪ニャ……この姿をニンゲンに見られるとは……あー!やっぱりまだ見てるニャ!!指と指の隙間から見るニャ!!」
チッ、ばれたか……。しょうがない、しっかり閉じるか。
「わかったよ。見ないから安心してくれ」
「ウー……ホントに見るニャよ…?」
そんなに疑ってくれるなよ、これでも俺は紳士だからな。
「へいへい、つーか、なんでそんなに見られたくないのに、そんな格好してるんだ?何か着ればいいじゃないか」
「ミャーの種族は、裸の猫の姿からニンゲンの姿になると絶対こうニャっちゃうんだニャ!ってこれ、言わない方が良かったのかニャ……?」
二文目から声が小さくてよく聞こえなかったのだが…
「猫の姿から変わるとそうなるのか?」
「だからそう言ったニャ!」
もしかして…
「あのさ、君の猫の姿って、さっきの段ボール箱に入っていた白猫か?」
「ミャーの猫の姿のときの毛色はこの髪の毛と同じ白だけど、さっきのって、もしかして、ミャーのことを見下してたやつはお前か?」
「そうだぜ」
猫耳少女が驚くと同時に、こいつの腹の虫が鳴った。
「……腹減った……」
あー、そういやこいつ、さっき見たとき少しやつれてたな…
缶のふたを開け、猫耳少女に差し出す。
「鮭缶だ、ほれ、食え」
「鮭!?ニャー!!」
と言って、缶ごと取り上げ手で持ってバクバクと食べる。すると、あっという間に平らげてしまった。「はい」と言って、缶だけになった鮭缶を渡してくる。
「もう満足だろ?」
猫耳少女は首を横に振り、目を輝かせて言う。
「ううん!もっと食べたいニャ!」
「俺の部屋の中にならあと三つくらいあった気が……」
「食べたいニャ!食べたいニャ!」
もっと目を輝かせている。そんなに腹が減っているのか、ただ美味しかったからもっと食べたいのかわからんが。
「鮭缶くらい後で食べさせてやるよ。その前にとりあえず、名前だけ先に教えてくれ」
「ニャ前(名前)を聞くときは、まず始めに自分が名前を言ってから聞くのがマニャーだニャ」
「あー、そうだな、俺の名前は佐藤優一、ありきたりかはわからんが苗字が佐藤で、名前は一番優しいと書いて優一だ」
「ミャーはカルラ・もみじ。お前もミャーと一緒で、ニャ前が片仮ニャじゃニャいんだニャ」
「やっぱ、それって珍しいことなのか?」
「珍しいかは知らんが、ミャーが出会ったミャーの種族以外のニャ前は全員片仮ニャだったニャ」
「そうなのか。てことは、お前も名前が平仮名なんだろ?そっちはなんで?」
「ニャんか、昔っからニャ前だけは平仮ニャで、まあ、先祖代々みたいニャ感じだろうニャ。そっちは?」
「俺もそんな感じだが、その先祖が日本人だからだ」
「ん?ニホンジン?」
おそらく、これを言ったら勇者と同じように相当ショックを受けるだろうな。
「ここは、お前の元居た世界じゃない、お前からみたら別の世界だ。んで、ここは日本っていう、そっちの世界には存在していない国だ。ついでに猫耳少女なんてものは、こっちでは架空の存在としてはあっても、実際に存在していない。」
「……ニャるほど……」
……?ニャるほど、だと?勇者のレイヴンですら、叫び声あげてから手をついて倒れるほどショックだったのに……
「ニャんとニャく、それはわかってたニャ」
「わかってた?」
「ミャーの種族は、種族同士で超音波を使って会話できるんニャ。超音波は、死ぬことでもニャい限りいつでも信号を送って会話できるんニャけど、ニャかま同士で送る超音波がニャに一つ感じられニャくニャったから、予想はしてたんニャ」
「そうだったのか」
「でもまあ、本当に異世界に来ちゃってるとは……驚きニャ」
「そんなに驚いてなくね?」
「じゃあ今驚くニャ、うわー、ニャんてこった!」
今俺は何も見えていないのでどういう動きをしているのかまでは分からんが、声を聞く限りは、目を見開きもせず口も大きく開けるわけでもなく両腕をだらーんと挙げているのだろう、つまり、
「わざとらしい」
「あいにく演技派ではニャいのニャ………ん?てことはつまり、お前はここの世界の住人ってことか!?」
急に驚く声を出した。
「まあ、そういうことだ。てか、さっきから思ってたんだが、なんで俺のこのだらりとした服装を見て気付かないんだ?」
「いやだって、いろんな系統の人がいるから、そうやって服装とか見た目で判断するのはよくニャいでしょ!?だから、こういう人もいるんだニャって目で見てたけど、まさかここの世界の人だったとは……」
非差別的で良い考えだなーと感心する。
「てゆーか、なんでそんなに平然と別の世界から来たミャーと落ち着いて話せるんニャ!?」
「あー、まあ、もう一人いるしな、さっき異世界から来たやつ。少し慣れちまったっつーか」
「ニャ゛エ゛ッ!?もう一人いるのか!!?」
「ああ、クラピウス王国を守るために行動する、ハイデガー・レイヴンって勇者」
「ハイデガー・レイヴン……!」
なんだそのバトル漫画でありそうな返しは……
「そんなに凄い奴なのか?」
「……知らんニャ」
「知らんのかい!」
思わずツッコんでしまった。とんだボケかましてくるなこの猫女……。
「ミャーの種族は、王都から結構離れてて普段そういう階級の人を見ニャいし、超音波は使えても新聞とかの情報を読み取れるわけニャいニャ。ミャー、新聞も読まニャいし。それより、そのレイヴンに会わせてほしいニャ。勇者と聞くと、ニャんとニャく話しといた方がいい気がするんニャ」
「いいけど、お前、そのままの格好であがってこいよ?うち、猫入れられないから」
「そんニャの無理ニャ!拷問ニャ!服持って来てくれニャいと恥ずかしい!!」
「いちいち戻るのも面倒だろうが。ほら、俺が前を向いて歩けばお前の姿を見ることはないから、後ろからついて来いよ」
今の今まで、半裸の女の子を目の前にしながらもしっかりと目を閉じていた俺は、何か試験に合格したようなやり切った感を感じていた。というか、なぜ最初から後ろに振り向かせなかったのだろうか、もしかして、そこまで考えが回らなかったのだろうか。まあ、そこんとこはどうだっていいや。
後ろへ振り返り、階段の一段目へと向かう。
「ウー……分かったニャ……あ、待てニャ!!」
「うわっ!」
すると、カルラは俺の両肩に手を置いてきた。ガシッって感じだったからすっげードキっとする。
「目を開けニャいと階段でつまづくかもしれないけど、こうすれば、自動的に後ろを見ニャくなるし、前も見れるでしょ?さあ!早く行くニャ!」
「へいへい」
左手で両目を覆うのをやめて、右手に空になった鮭缶を持って部屋へ向かい始めた。
俺はカルラの少し温もりのある手の感覚を両肩に感じつつ歩きながら思う。なんだこのシチュエーションは。半裸のかわいい猫耳少女が俺の両肩に手を置いているだと!?けしからん!しかも、首は固定されていないから、頑張ればその半裸姿も見れる!実にけしからん!
あ、いや、冷静になれ俺、この状況で半裸を目撃することは容易だろう。しかし、ここで見てしまったら、確実に俺は嫌われてしまうだろう。うーん……やっぱりやめておこうかな、いや、でもなー……
「なあ、カルラ」
「もみじでいいニャ、それより、ニャに?」
向こうの世界では苗字で呼んでも名前で呼んでもどちらでも気にされないのだろうか。
俺ともみじは、階段を登りながら話す。体が後ろめりになって地味に歩きずらいので、どうしても階段をゆっくり登る羽目になる。だが、この雰囲気を壊したくないので、決して早歩きになったりはしない。
「じゃあもみじ、俺の部屋で寝ろよ、外は嫌だろ?」
「ニャ?いいのか?」
「ああ、ちょっと狭いけどいいか?」
「あのままじゃ、周囲を警戒するためにわざわざ猫に変身した状態で寝る羽目にニャるとこだったニャ!ありがとう優一!ベッド借りてもいいんでしょ?」
「いいよ。って、猫に変身するのはそんなに嫌なのか?」
「違うニャ、人から猫にニャるのに魔力を使うから疲れるんニャ」
「そうなのか」
どういう仕組みで魔法を使っているのか知らんが、とにかく、やっぱこいつの半裸を見るのはやめておこう。魔法でどんな仕打ちされるか分からんし、こんなことで興奮する俺じゃない、紳士だからな。
「おかえり優一!結構時間がかかったのだな。ん?後ろにいるのは……」
なん……だと……
かの有名な週刊漫画雑誌で連載していたある作品の主人公がよく使ってそうな反応をしてしまったのだが、この状況において逆にこの反応をしないのは無神経にもほどがあるってもんだ!いや、そもそも俺もレイヴンも無神経だったからこうなってしまったのだろう……
玄関の扉を開けると、風呂上がりで腰にバスタオルを巻いた状態のレイヴンと、俺とその後ろにいる半裸の猫耳少女が、廊下で鉢合わせになったのだ!もみじはしょうがないとは言え、レイヴン、お前はもう少し自分の上半身を出会ってから間もない男に見せることに恥を知れ!
お互いが変態ではなくとも、お互いが変質者に見えるこんな最悪な状況になれば、ある声が必然的に両者から聞こえてくるであろう……
「ニェ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
はあ、こりゃ後で大家に叱られるな……
もみじが腕と人差し指を俺が後ろを見ずともわかるほどピンと伸ばしてレイヴンの方を指す。
「こいつ誰ニャ!?同居人か!?同居人でか弱い女の子に半裸を見せる変態ニャのか!?」
「違う!変態ではない!ハイデガー・レイヴンだ!それより、あなたこそ何者ですか!」
「うわーっ!!こっち見んニャァァァ!!」
「ぶぼげ!!」
もみじが俺より前に出て、勇者を右手で一発ビンタした!ピッシィィィッという鞭を打ったような効果音が部屋中に響き、レイヴンはその場に倒れた。うわー痛そう……
「な、何をするんだ君は……ポア……」
と言って、涙ぐんでもみじの方を見上げながらレイヴンは自分の左頬、すなわちビンタされた頬を回復させていた。
もみじがかわいそうな半裸の勇者を見ながら、頭の上にある耳を真っ赤に変えて、
「ウ゛ニャ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」
と叫びながら、勇者の、いや、男の大事なアレをバスタオル越しに足で思いっきり踏みつぶした!
「ふげっ!!」
悲鳴を挙げると、半裸の勇者は「あ……ああ……あまりに……理不尽だ……」とアレを回復させつつ抑えながらうつ伏せでピクピクと震えていた。見るだけで俺も痛くなってきそうなほど痛そうだ……
俺が彼女と出会ったとき、もしこいつの半裸が全体的に見られていたならこうなっていたのだろうか、それとも、勇者の半裸を見たからこうなったのだろうか。一つ目の可能性を考えたとして、さっき歩いているとき後ろ振り向かなくて良かった……
……待てよ、俺の正面にこいつがいるってことは、俺は今、もみじの半裸を見てるってことじゃねーか!綺麗で小さなお尻に、Bあるかないかくらいのまだ成熟しきっていない胸……じゃなくて、もしもみじが半裸を見られていることに気付いたら………そのことにすぐに気付くことができた俺は、咄嗟に左手で再び両目を覆った!
その直後、もみじが俺の方にバッと振り返った。
「……見てませんよ?俺は何も……」
「……お前は、少しくらいニャら許すニャ。鮭の礼もあるし。でも、目は閉じてろニャ!」
「はぁ~、良かった……」
だが、もしあの時鮭缶をあげていなかったら、俺も強烈ビンタを喰らっていただろうと思うと、こいつのことを気遣ってやって良かったと思えた。いや、こんな形で思いたくなかったが。
「はぁ…それにしても、こんニャ変態が勇者だとは思ってなかったニャ…」
「お前とたまたま鉢合わせになっただけだ、許してやれ。というか、何もあそこまでする必要なかっただろうが。流石に可哀想だろ」
「ミャーの裸を見たやつは、き○たまイタイイタイの刑に処すニャ」
「はぁ…女の子がそんなはしたない言葉言っちゃいけません!」
…絶対こいつの裸見ないように気を付けよう。
「あのさ、お前、シャワー浴びたいか?」
「ニャに!?いいのか!?いやー、何から何まですまんニャー!!」
なんだか、声のトーンからして、こいつめっちゃ図々しい感じがする。
「すぐそこに洗濯籠があるだろ?そこにお前が今着てる服…というより下着か?まあいい、それをそこに入れてから入れよ」
「………」
「…おい、返事くらいしてくれ。俺は今何も見えてないんだから、お前が何をしてるのかわかんねーんだよ」
「…ミャーの下着の匂いをかぐつもりだニャ…?」
「ちげーよ!!」
そんな軽蔑した声っで言うな!というか、やっぱり下着だったのかそれ。…ん?下着は猫の状態になっても分かれたりはしないのか…なぜ?
「てか、ここでミャーが脱いだらお前の目の前で全裸にニャることにニャるじゃんか!!本物の変態ニャ!!キモいニャ!!」
「変態じゃねえ!!お前が風呂に入るって言ったら、俺はレイヴンを連れてリビングに戻ろうと思ってたんだよ!!」
「ああーっ!!その時に『目を開けないと倒れ込んだこいつのことを運んでやれニャいだろ?』とか言ってミャーの裸を見る気ニャ!!変態!!痴漢!!エッチ!!」
「んなわけねーだろーが!!俺の言い方も悪かったのかもしれんが、俺が少し前に出て俺の後ろにお前が来れば、お前のその姿が見られることはねーだろ!!」
「それを早く言えニャ!!」
あー…こいつの相手してるといろいろ疲れるな…
さっき言ったようにして、もみじの方を見ずに、バスタオルがずれないようにそれごとレイヴンの足を引っ張ってリビングへと運んで行った。引きずっている時に「あ…ありがとう…優一…」と震え混じりの声が聞こえた。
「後でこいつに謝っとけよ。着替えは後で適当に持ってく、男物しかないが我慢して着てくれよ」
「えー!?あ、まあ、しょうがニャいか…ありがとニャ!」
普通、同棲くらいしてなけりゃ女性の服なんてそうそう持ってねーよ。まあ、同棲する相手も俺にはいねーんだけどな。
リビングへレイヴンを運び、ソファに寝かせる。二人分の服を取り出すため、押し入れから適当に服を取り出す。えーっと、シャツにジーパンにパーカーに…あ!女性用下着がないな…もみじにはさっき着てた下着を着てもらう他ないな。風呂に上がる前に言っておこう。
レイヴンに服を渡しながら俺は声をかけた。
「おーい、大丈夫か?」
レイヴンは、ゆっくりと起き上がり服を受け取りながら、
「ああ、ポアで痛みを抑えていたから、もうそろそろだ」
と言って、ソファに座る体制をとる。
「そうか、それは良かった。……なんか、すまんな」
「君が謝ることではないよ!それより、あの猫の女の子は一体…」
「そういや言ってなかったな、あいつはお前がここに持ってきた猫で、カルラ・もみじって名前だ」
「……え?」
「お前と同じ世界から来たやつで、猫に変身できる種族らしくてな、俺たちがここに来るまではさっきの白猫になってたらしい。まあ、あいつもいろいろあったんだろうよ。んで、『お前を一目見たい』って言ったからこっちに連れて来たんだ」
「……なるほど。ということは、もみじはネコマタ族だろうな…」
顎に手を当ててレイヴンが言った。
「ん?そんな名前の種族なのか?」
「確かそんな感じだ。そうか…あれがネコマタ族…」
「初めて見たみたいに言うんだな」
レイヴンが俺の渡した服に着替え始める。バスタオルを巻いたままなので、アレは見えていない。
「あ、ああ、実はそうなんだ。私の世界での『生物』は大まかに『普通系』『天使系』『悪魔系』『獣系』『異系』の五つの『系統』に分類されていて、ネコマタ族は獣系のうちに入る。獣系の人たちは小さな村を作ってひっそりと暮らしているため、まだ一度も会ったことがなくてな。目にするのは初めてだ」
「そうなのか、てことは、獣系以外の人たちには会ったことがあるのか?」
「そうだ。だが、全ての『種族』には会ったことがあるわけではないのだ。『種族』は『系統』の次に分類するもので、例えば『普通系のヒト族』『天使系のエルフ族』というように用いられる。因みに、一番数が多いのは、今言った『普通系のヒト族』だ」
「なるほど…」
「なあ、このバスタオルも、さっきの洗濯籠に入れておけばいいのか?」
「ん?ああ、そうしてくれ」
説明を聞いているうちに、レイヴンは着替えを終了させていた。様子を見るに、すっかり回復したようだ。
レイヴンが立ち上がって戸を開けようとするところで、
「あ、ちょっと待て」
と言って、俺は呼び止めた。
「ん?どうした?」
「もし洗濯籠にあるあいつの下着をお前が見たことにもみじが気付いたらヤバいから、とりあえず今はここにいろ」
「あ…危なかった…」
震えながらレイヴンはそう言った。…こいつさっきの出来事トラウマになってね?ホントに大丈夫か…?
戸を洗濯籠が見えないように少し開けて、適当な着替えを扉の向こう側に置いて、バスタオルの位置と下着のことについてもみじに伝えた。「そんなことわかってるし、恥ずかしいこと一々言わニャくていいニャ!!」と怒鳴られたが、こっちだって気を遣って言ってるんだぜ、少しはこっちの気も知ってくれ。
ベッドに座って頬杖をつくとシャワーの音が止み、ガチャンという風呂場の扉の音も聞こえた。
「もうあがったのか」
ソファに腰を掛けているレイヴンが、どことなく怖がっているような感じで言った。
そういえば、こいつにはガールフレンドとかはいるのだろうか。勇者って明らかにモテそうな存在だし、今まで一人くらいは作ってきてそうだよなぁ。あーでも、なんか純粋そうだし、意外と一途に誰かのことが…みたいな感じかも。……って、俺は何を考えてるんだ。
「あがったニャー」
リビングとキッチンを仕切る扉が開かれると同時にもみじが入ってきた。途端に勇者がビクッとしたように見えたが、気のせいってことにしとこう。
「ニャあ優一、ちょっと聞きたいんだけど…」
「ん?なんだ?」
「もうちょいマシな服はニャかったのか?なんか、はっきり言ってダサいニャ」
「あー、よく言われるが、服着せてやってるだけマシだろ?」
「そうだけど…これは流石に…」
猫耳少女は、ソファに座る勇者の方を見る。
「あっ、えーと、ハイデガーさんだっけ?」
「あ、は、はい!そうです!」
こいつめっちゃビビってんな。やっぱさっきのやつが少しトラウマなのか。
「あ、そんニャ態度じゃなくていいニャ。さっきはすまんかったニャ…いきなり裸を見られたとはいえ、流石にき○たまを踏みつぶすのはやり過ぎたニャ」
き○たま言うな。頭をかきながらもみじがそう謝ると、レイヴンもすかさず立ち上がって、
「え!?あ、こちらこそごめん!カルラさんだよね?いきなり風呂からほぼ裸の男が出てきたらたしかに嫌だよね…」
と言って、一礼した。
「まあ、確かに嫌っちゃ嫌だけど、そんなに気にすることニャいニャ。あれでもっと毛深い人だったらもっと嫌だったけど。あと、もっと砕けた話し方でいいニャ。ニャんか、その話し方だとこっちも緊張するし。もみじでいいニャ。よろしくレイヴン。」
「そっか、よろしく、もみじ!」
二人とも、顔を合わせてニコッと笑う。今日ここで泊まる者同士、ギスギスした雰囲気にならずに仲直りできてよかったぜ。
「私も君の裸を見たこと、全然気にしてないぞ。体系もスリムでヒップも引き締まっていてほどよく胸部も実っていて、素晴らしかったのだからな!」
お前、それはいくら笑顔で言ったってデリカシーなさすぎると思うのだが…あ、もみじが顔真っ赤にして睨みつけてる。
「…恥ずかしいから言うニャと…言ってんだニャァァァ!!」
「ふげっ!?」
パッシィィィィィンというような感じでレイヴンの頬をひっぱたく。これは、まあ、レイヴンが悪いな。
涙目でビンタされた左頬をポアしながらこう言う。
「なんか、変なこと言ったかな…」
「言ったよ」「言ったニャ」
ハモった。
「はぁ~」とため息をつき俺は頬杖をやめて立ち上がる。
「とにかく、もみじ、鮭缶食いたいんだろ?今から持ってくるからそこ座ってろ」
「やったー!ありがとニャ優一!」
「ぐう~」と、レイヴンの腹の音が鳴る。お前も腹減ってたのか。
「なんか食うか?」
「い、いいのか!?実は今の今までずっと腹が減っていたのだ。本当に何から何まですまない!」
「いいんだよ。俺もいろいろあって少しナーバスになってた所だからな。こんだけ騒がしいと、そういう気持ちも楽になるし、全然いいさ。大したもんはないけどな」
その後、俺は二人をこたつに座らせ、もみじには鮭缶を出して、レイヴンには買っておいたもう一つのカップ麺を準備する。その間、「これ何?」「あれ何?」といろいろ聞かれるわけで、一般的な一人暮らしの社会人が持っている先程言ったようなテレビやスマホやなんやらを鮭缶やカップ麺を準備しながら説明した。なお、こたつのことでもみじが、「これってニャんでこんニャに温かくニャるんニャ?魔法か?」と聞いてきたので、魔法の概念がこっちの世界では架空の存在でしかないことも含めて説明した。
俺もこたつに座って、レイヴンと同じタイミングでカップ麺の蓋を開けつつ話を切り出す。
「俺も聞きたいことがあるんだが、お前らが使う魔法ってどうやって出してるんだ?」
「うーん……」
もみじが鮭缶を口の中に含みながら困り顔で喉を鳴らす。
「難しいことなのか?」
レイヴンと出会ったときは「頑張れば誰でもできる」と言っていたのに、と思って麺をすすりながらレイヴンの方を見ると…なんか、麺をフォークでくわえながらすごく謝りたそうな顔をしていた。
「あー、あのな優一、君と出会ったときは多少なりとも魔法の出し方を理解していると思っていたから、頑張ればできると言ってしまったんだ…すまん!」
「そうだったのか…その、魔法を使えるようになるのはそんなに難しいのか?」
「あー、私は幼少期の頃習っていたのだが、ある程度の基礎となる部分のコツを掴んで完全に魔法を扱えるようになるまで三ヶ月はかかった」
「さ、三ヶ月!?」
「ニャに!?三ヶ月で済んだのか!?ミャーなんて半年くらいかかったニャ!!いいニャー、すごいニャー勇者」
「半年も…」
驚愕だ。漫画やゲームの中でいろいろな設定で描かれる魔法だが、実際には多大な時間をかけて下積みを終えた上での魔法だったなんて…
「なあ、優一、もしかしてだが、魔法を使えるようになりたいのか?」
「んまあ、出来ることならそうなりたいが…」
もみじが机にバンッとのしかかりながら、
「え!?そうニャのか!?そうニャると滅茶苦茶時間がかかるし、素質がニャければミャーたちよりも大変ニャけど、本当に魔法を覚えたいんニャ?この世界では魔法は存在してニャいんでしょ?だったら、魔法を覚える必要も、それを使う必要もニャいんじゃ…」
二人が不安そうな顔で俺の方を向いて言う。確かにもみじの言う通り、この世界では魔法なんてものがなくとも十分生きていける。だが、目の前に実際にある魔法を、ファンタジーを見過ごすなんて…
しばらく考えて、俺はとある疑問を思い浮かべた。
「なあ、素質があるかないかで変わってくるのか?」
「変わってくるぞ。でも、私より早い人は見たことがなかったから、最低でも三ヶ月なんじゃないか」
「じゃあ、その素質があるかないか、今ここで分かったりしないか?」
「実際に二カ月くらい特訓してみニャいと分からニャいニャ…まさか、本当に覚える気ニャのか?」
「いいや、まだ決まっていない。レイヴン、魔法がどうやったら使えるようになるかを解説してくれないか?」
「わかった」
レイヴンはフォークを置いて唾を飲み込んだ。
「はじめに言っておくが、今から言うことを頭で理解したとしても、魔法の出し方を理解できたことにはならない。心身ともに理解することで、初めて魔法を使えるようになるんだ」
「ああ…続けてくれ」
「魔法とは、簡単に言えば生命エネルギーが具現化したものだ。生命エネルギーは、全ての系統に存在しており、生命活動を維持するために欠かせないもので、魔法を発動させる源。それをまず、心臓の鼓動、神経の躍動から感じ取り、魔力に変化させる。それをさらに特定の形に変えてそれを無理矢理体の外へ解き放つ。それが魔法の出し方だ」
なるほど、分かったような分からんような…頭を抱えていると、もみじが、
「要はこういうことニャ!」
と言って、立ちあがった。
「ニャんかこう、グググッて感じで心臓らへんを熱くして、その熱さをグァァーッて体全体に薄く広げて、頭のニャか(中)で出したい魔法を考えて、例えば光属性の魔法だったらその感じを体の中に取り込んでそれを同じ様に薄く広げて、その感覚を一気に右手にズァッって加えると…」
右手から、豆電球よりもだいぶ弱い直視できるほどの光の玉が出てきて、数十センチ程進んだ後に消えた。
「とまあ、こんニャ感じニャ、ちなみに今のは超少ない魔力で出せる魔法ニャ」
「すごいな…少し意味が分からん箇所もあったが」
「どうせ感覚で覚えることにニャるニャら、意味が分からニャくても大丈夫ニャ!」
「……優一、どうするんだ?もし君が魔法を使いたいと望むなら、私は全面的に協力するぞ。いろいろ恩があるしな」
レイヴンが真剣な顔で俺の方を見て言った。
「そうニャ!ミャーも勇者ほどできるわけではニャいけど、いろいろ手伝うニャ!おすすめはしニャいがニャ」
もみじも笑顔で俺に言った。
「……それなら、やってみる」
こうして、俺は二人の協力を得ながら魔法を習得できるようになるため努力することになった。
こんな事を言っておいてなんだが、週三でコンビニのバイトもあるし、大学に入ったらレポートとかもあるだろうし、一日に特訓できる時間は限られると言っておいた。漫画やアニメの世界の住人よりもスケジュールが元々過密なんでな、許せ。
夕食を片付け終わり再びこたつに戻って、レイヴンともみじにどうやってこっちの世界に来たのかを説明してもらった。
レイヴンの方は、王都から別の街への移動中に魔王軍の幹部と思われる者といきなり戦闘になり、敵の転移属性魔法という人や物を定まった座標の場所へ移動させるゲートを作る魔法が進化したと思われる、異空間転移属性の魔法でこっちに来たらしい。こいつ曰く、「転移属性魔法は一度に使う魔力量が非常に多いが故、異空間転移ともなればそれ以上の魔力を消費するだろう。となるとそれを使った敵は、魔王軍の中でも上流階級の者かもしれん」だそうだ。
もみじの方はというと、これが全くわからないらしい。自分の村から出て木陰で昼寝をしていたら、いつのまにかさっきの段ボール箱の中にいたらしい。同じように異空間転移されたのだろうが、なぜそうなったのだろうか。
「何はともあれ、二人とも死ぬことにはならなかったんだからまだ良かったんじゃねーの?」
「まあ、それはそうなんだが、私ももみじも転移属性の魔法は一切覚えていない。つまり、転移魔法から異空間転移魔法に進化させるためのそもそもの土台がないから、元の世界に戻るには、もう一度魔法が使われるのを待つしかない、それしか戻る術がないというのが苦しいところだ」
「そうニャんよねー…多分、勇者を狙って魔王軍の奴らが後から来ると思うから、そいつらが入ってきたゲートに飛び込めば戻れるニャ」
「……なるほどな…なあ、話変わるが、もし俺が魔法を使えるようになったら、そこからはどうしていくんだ?」
「魔法を使用できるだけの魔力を持ち合わせなければならないから、生命エネルギーから魔力への変換効率を上げるために、超初級魔法を何回も使うんだ」
「変換効率を上げる?」
「最初は、一の生命エネルギーからニ、三の魔力しか変換できない。だが、さっきもみじが使っていたような最初から誰でも使える魔法を毎日何回かずつ繰り返すと、一の生命エネルギーから多くの魔力を変換できるようになるんだ」
「使えば使うほどパワーアップしていくのか」
「そうニャ。疲れるけど毎日コツコツ積み上げていくことが大切ニャ」
なんか、筋トレみたいだな。
「魔物を倒して経験値を手に入れてレベルアップだー、とか、そんな感じなのかと思ってたんだが」
「は?ニャに言ってるニャ?お前。経験値とかレベルアップとかって、意味わからんニャ」
なんでそんなジト目で言うんだよ。本当にそう思っていたんだから仕方ないだろ。
「私のような勇者や騎士が戦場に出向くことはあっても、王都や街の人が魔物を倒したりすることはほとんどないぞ。一応、町人たちには護身用として武器を持たせている程度だ」
「なんだ、そうだったのか……」
こっちの世界でのゲーム的要素は皆無ってことか。まあ、現実的に考えたら経験って数値化できねえもんな。
「残念そうにするニャ。ニャにを期待していたのかは知らんが、そんなに殺伐とした世界じゃニャいから安心しろ」
「ある程度ゆったりした性格のお前らを見れば、そんくらいはなんとなく分かるよ。っふぁ~…今日はもう寝ようぜ」
でかいあくびが出ちまった。スマホで時計を見ると、もう十一時か、てか、さっき四時間くらい寝たのに、もう眠たくなってきた。
「ゆったりした、か…そうだな、そろそろ寝るとしよう」
この後、ベッドにもみじが、ソファにレイヴンが、床に俺が寝た。最近は夜も暖かくなってきたから、掛布団なしでも十分眠れそうだが、やっぱり床で寝ると背中が痛くなるな。明日、寝袋を買って来なければ。…明日?そういえば親が食料届けに来るんだった、なんて言えばいいのだろう……そうだ、三人で明日どっかに外出して、親には「玄関の前に置いといてくれ」って言っておけばいいか。今のうちに家族ラインにメッセージ送っとこう。
もう深夜だから、既読しないのも当たり前か。はぁ~、なんか、今日はいろんなことがあったな、勇者と猫耳少女に出会って、いろいろ向こうの世界のことを知って………これから俺は、魔法を使えるようになれるんだろうか。不安はあるが、今まで何かあってもどうにかなってきたし、なんにせよ、つまらなかった日常が劇的に変わったことに少しわくわくする。頑張っていけばなんとかなるさ。もう寝よう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
次回も書く予定ですので、よろしくお願いします!