2.ヒエラルキー・クイーン
非戦闘エリアに移動して少し休憩をはさむ。
「例のPKK集団、あれからどう?」
なにげなくハイドに尋ねる。
ハイドは画面の左側を見て手を翳してなにかを操作して指で四角く切り取る。「PKKの会 ネセサリウス」の公開掲示板がスクリーンショットされて、それを俺に向けて見せてくる。
『悪党同盟のPKに襲われた。あいつら絶対に許さねえ』
『おまえなにやらかしたの? あそこ名前の印象よりずっとクリーンなギルドだぞ』
『知るかよ。問答無用で襲われたんだよ』
『新参かもしれんが被害報告の時はテンプレに則って状況書いてね」
『場所:クリミヤ密林 パーティ人数:6 相手パーティ人数2 ジョブ:アサシン、武器召喚士 状況:モンスターを狩っていたらいきなり襲われた 手口:カース付与の物理攻撃と爆風の召喚獣』
『六対二で負けるってだっさ』
『初心者なんだろ。察してやれよ』
『初心者じゃねーよ。全員カンストだよ』
『えっ?』
『武器召喚士で爆風の召喚獣ってイチミヤじゃね? なにあいつPK始めたの?』
『がばっ』『ちょっとイチミヤ、キルしてくる』
『俺も』『しゃ』『行くか』
『一応つっこんどくけど、「狩ってるやつらと同じことをやる」性質上、「ネセサリ」は単発の被害報告だけじゃ絶対に動かないから。被害報告が溜まるのを待ちましょう』
『HANASE イチミヤだけはこの手で……』
『イチミヤもアザミちゃんに粘着してたからキル対象でいいんじゃね?』
『俺もイチミヤ殺りたいのは同意だけどその手の前例作るとあとで絶対にめんどくさいことになるからやめろ。うちはあくまで「初心者狩りや粘着キルをする悪質なPKを対象としたプレイヤ―の自浄作用で必要悪(笑)」な』
……殺りたいのは同意なのかよ。
『なにが 必要悪(笑) だよ。ギルマスに失礼だと思わないのかよ』
『えっ?』『えっ?』『えっ?』
『失礼もなにも俺がギルマスだが?』
『わろた』
『俺もうPKよりも自分のギルドのアホの方が嫌になってきたんだけど』
「イチミヤ。嫌われすぎ。草」
「ははは……」
自分の評判については知ってたつもりだけど、いざ目の当たりにするとかなしーなー。
いつもはなんていうか、エゴサするときって「傷つく準備」みたいなものが出来てるんだけど、今回はいきなりだったからそれができていなかった。せつない。
SPの値が大分回復してきて、HPは僧侶系の上級職のクスノキさんが回復させてくれた。
「そろそろもう一狩りいこーぜ」
「おk」
俺たちは非戦闘エリアから踏み出す。と、その瞬間、俺の頭の横をなにかがものすごい速度で通り過ぎた。「きゃっ」短い悲鳴があがって、クスノキさんが倒れた。法衣服が破損していた。8000あるクスノキさんのHPが残り一割を切っている。一撃で7000以上の大火力を叩き出す攻撃。「!!?」ハチノスとハイドが咄嗟に近くにあった岩の影に身を屈める。視界の中に敵はいない。
ロングレンジからこれだけの破壊力を出すことのできるスキル――戦士と狩人の上級職、スナイパーの「心臓を狙う」だ。「暗殺」に近い性質を持っていて、狙った場所に着弾すれば確定クリティカルヒットが出せる。クスノキさんが着ているのが防御力の高い法衣服でなければ即死だっただろう。
「イッチ、おまえも隠れろ」
ハチノスが警告を無視して、俺はバックラーを掲げてクスノキさんを庇いながら『武器召喚・ウォーターフォートレス』を発動させる
地面からせり上がってきた木組みの砦の外側が水で覆われて俺の周囲のエリアを外部から隔絶する。二発目の「心臓を狙う」が水の砦に弾かれて消え去った。水の砦の主であるビーバーの召喚獣がとぼけた顔をして弾の飛んできた方を見ている。
ウォーターフォートレスは砦の外部からの攻撃を物理・魔法を問わず一切遮断する召喚獣だ。内側から外側へも攻撃できないのと、MP効率が悪い上に「歩いてならふつうに侵入できる」という大穴があって、使い勝手はよくない。が、相手が遠距離一辺倒のスナイパーであるなら凌ぎにはなる。砦の中から手招きすると、ハチノスとハイドが岩陰から飛び出して砦の内部に入ってくる。一瞬遅れて障害物ごと対象を射抜く「壁を狙う」のスキルがさっきまでハイドがいた岩陰を貫いた。ハイドの顔がかすかに引きつる。
続けて、砦の壁面にも「壁を狙う」による銃弾が着弾するが、スナイパーの技でウォーターフォートレスの遠距離攻撃耐性を貫くのは容易ではない。耐久値が若干だけ減ったものの、撃ち続けたところで向こうのSPが切れるのが先だろう。
「うぎゅう……油断しました……」
クスノキさんが自分にヒールをかける。危険域だったHPが三割分ほど回復していく。
「PK」
ハイドが短く言う。
「無差別狩りか?」
“ターゲットを特に決めておらず、エリアに来たプレイヤーを狩る”ことが無差別狩りと呼ばれている。俺は、おそらくハイドも「PKKの会」を思い浮かべたが、掲示板のやり取りを見るに彼らが俺やハイドを狙い続けるとはいま一つ思えなかった。野良のPKだろうか?
「どうするよ? おまえのミサイル、届くか?」
「いや、あれ中射程だからガチの遠距離戦は無理」
遠距離攻撃を得意とする召喚獣はいなくはないが、武器召喚士のそれは著しく火力が低い。できることはせいぜい嫌がらせ程度のものだ。撃ち合いはできない。
さらにいえば俺のMPは『フォートレス』の召喚によって現在進行形でメリメリ減っている。『フォートレス』の維持はあと三分が限界。
「逃げよーぜ。この距離はまずい」
というか、通常であればいくらスナイパーに遠視スキルがあってモニターに映る範囲が他の職業よりも広く遠くまで見える、んで攻撃の射程が長いといっても「こちらの視界に映らない距離」からはシステム上こちらをターゲティングすることができない。
ようするに敵は「ターゲットを取らずに」狙撃しているのだ。DDは無駄に再現度が高くて湿度や風で弾道が変わる。手動で狙った場所に弾丸を当てているこの敵は相当な腕前だし、手慣れている。仮に狙撃を掻い潜って近づいたところでなんらかの対抗策を用意しているように思う。
幸いにも非戦闘エリアがすぐそこで、逃げ込めば敵は手出しができない。そのままエリアを変えて敵の射程外まで逃げ切ってしまえばそれで済む。
ハチノスが悔しそうに唇を噛む。
「しゃーねーか。一旦――」
ハチノスが飛びのいた。突き出された槍が寸前までハチノスがいた空間を穿つ。片手槍を引いて皮鎧を纏ったバトルマスターらしき男が二撃目を繰り出そうとする。『フォートレス』の内側に徒歩で侵入してきたのだ。「いい加減にしろよ」ハチノスが猿飛の術を使って高速跳躍、バトルマスターの背後に着地する。即座に反応したバトルマスターが振り返って背後からの「暗殺」を消す。槍の一撃でハチノスを刺し貫く。が、そこにいたハチノスの姿が掻き消えた。
「分身の術」の分身に「猿飛の術」を使わせて、自分は「霧隠れ」で潜伏。
分身のために手を割いてしまってまんまと背面を晒したバトルマスターに不意打ちでの「暗殺」が襲い掛かる。が、横合いから突き出された剣がハチノスの短剣を止めた。不意打ちのモーション中に攻撃を受けたハチノスの体が硬直する。剣を突き出したのはアサシンの女。ここまで接近されていることに気づけなかったのも、多分こいつの「影走り」のスキルのせいだ。モニターに映らなくなる霧隠れの逆で、このスキルは「自分のパーティをレーダーに映らなくする」ことができる。PKの常套手段だ。
俺とハイドがハチノスのカバーに走る。俺が片手槍をバックラーで受け止め、アサシン女にハイドが攻撃を仕掛ける。不意打ち失敗による拘束は五秒程度で解ける。拘束が解けて立て直してからなんとかする、と、考えた俺たちを煌々とした光が照らし出した。
エレメンタルマスターというジョブがある。魔法使い+召喚士の上級職でMP効率が最悪で常にガス欠の危険性を抱えているものの、「召喚獣と術者の魔法を重複させる」ことでDDで最大の瞬間火力を誇る短期決戦型のジョブだ。
「炎獣召喚・サラマンダー」によって呼び出された赤い火竜が『フォートレス』の内部の頭を突っ込む。頭だけで人間一人分くらいの高さのある巨大な火竜の口内には、火竜自身の持つMPに術者のMPが上乗せされて生まれた凄まじい炎の塊がある。
エレメンタルマスターのスキルの中でも最強の火力を誇る『アトミックフレア』が放たれた。咄嗟のクスノキさんの『ウォーターバリア』がパーティ内に火炎耐性を付与したけれど、文字通りに焼け石に水だった。視界のすべてを火炎が覆い尽くす。範囲攻撃に巻き込まれた『フォートレス』の主であるビーバーのHPが焼失して、水の砦が崩れていく。
「軽減してこれかよ……」
俺は一撃で6000以上減った自分のHPを見下ろして呟く。
ハチノスも『アトミックフレア』によってHPの大半を失い、自慢の敏捷も火傷の状態異常によって半減している。うまくアサシン女に張り付いて攻撃範囲から一歩だけ外に逃れたハイドだけが無事。いつのまにかもう二人、強盗系の上級職らしき男女が近寄ってきていた。ハイドがアサシン女と競り合いながら、どうにか俺とハチノスのカバーに入ろうともがいている。
「みなさん、大丈――」
声の途中でクスノキさんの胸がはじけた。スナイパーの「心臓を狙う」。HPがゼロになって、クスノキさんがドロップアイテムをぶちまけて死ぬ。
俺はハイドに「逃げろ!」と叫んだ。
デュアルサモンと同時に『武器召喚・ミサイラント』を使う。“八発”のミサイルが俺の周囲に召喚される。まずは一発、ハイドと競っていたアサシンの背中にミサイルをぶっ放す。爆風で態勢を崩されてアサシン女がつんのめる。ハイドは少し迷ったそぶりを見せたが「ごめん!」と言って、戦闘エリアから脱出を試みる。ハイドを追おうとした強盗系の男女に俺は数発のミサイルを叩きこむ。ヒットストップで動きが硬直してそいつらはハイドを追えなくなる。強盗系さえ止めてしまえばバトルマスターの敏捷ではアサシンを追えない。ハイドは逃げおおせた。
「損な役回りだな、畜生」
噛みついて来ようとしたサラマンダーの目玉に一発ミサイルをぶちこむ。バトルマスターが飛びかかってくる。片手槍での突きをバックラーで防ぐが、腕ごと弾かれる。そのままさらに間合いを詰めてきたバトルマスターが、膝蹴りを繰り出す。武器攻撃以外もお手の物なのが、このジョブの特徴だ。鳩尾を蹴られて、俺は千鳥足でふらふらとよろめく。ミサイルの残弾は強盗系を牽制するのにとっておきたかったのだが、そうも言ってられない。二発のミサイルをバトルマスターに向けて繰り出す。バトルマスターは、右手の槍を振って、左手のバックラーを振り回して、亜音速の攻撃であるミサイルを正確に迎撃した。タイミングをあわせてガードすることで通常よりも大きくダメージを減殺できる『ジャストガード』という武闘家系のスキルによってダメージの大半が殺される。まじかよ。
だがダメージは軽減しても爆風の影響からは逃れられずに、そいつは体勢を崩す。
俺は片手剣を振り上げた。
ぱすん、と間の抜けた音が自分の胸から聞こえた。「心臓を狙う」が俺の胸を射抜いて、俺のHPはゼロになった。
「……おい、もう一人どこいった?」
消え去る間際に男の声が聞こえてきて、俺は最後に微笑を浮かべた。
周囲の景色と皮膚の色を同化させてモニターから見えづらくなっていた、カメレオンの召喚獣である『武器召喚・ステルストランサー』が術者の死によって消え去って、非戦闘エリアの中でハチノスを吐き出した。