5.未界踏破
俺たちはゲートの前に立つ。
「じゃ、手筈通りにね?」
先輩が言って。俺達は≪アークノア≫に乗り込む。
やわらかい風の吹く草原のエリアが、俺達を出迎えた。「天国みたい」神宮さんが言う。俺も似たような印象を受ける。空から降り注ぐ心地いい日差しと、エリアの表面を覆うあざやかな草花。雲が揺蕩う。俺達は一瞬、ここがゲームの中だということを忘れて心を奪われる。“接続が持つのは三十分だけよ、その間にジンを見つけて連れ帰ってきなさい”という小谷さんの声で俺たちは我に返る。
「また来るとは思わなかった」
例のバグの塊が姿を現した。
「住民になるというなら歓迎するが」
べ、と舌を出したのは白い鎧に身を包んだがんもどきさんだ。
「残念だ」
バグが広がって≪双頭の究極龍≫の姿へと変化していく。足元の草花が踏み荒らされて散る。黄金の鱗を持つ、人間の百倍はあろうかという巨体の、頭の二つあるドラゴンが姿を現す。比留間さんが『八艘スイッチ』によって攻撃力を代償に敏捷を強化して跳躍。究極龍の背後に陣取り、抜刀、両手で握る刀を天に掲げるように持ち、『毘沙門スイッチ』へとスタイルを変化させる。続けて「一死刀」特殊武器に備わったスキルを発動した。比留間さんの“魔法攻撃力”がゼロに近づいていき、その分の数値が“攻撃力”に加算されていく。
比留間さんの特殊武器に備わったスキル、『七死刀』は“他のステータスを減少させてその分の数値を攻撃力に加算させる”効果を持つ。減少の対象になるステータスは「HP」、「SP」、「MP」、「防御力」、「魔法攻撃力」、「魔法防御力」、「敏捷」の七つ。シンプルに考えれば「MP」や「魔法攻撃力」と言った戦士職では死にステとなる数字を攻撃力に変えることができるのでかなり強力なスキルなのだが、元の数値が低い「侍」のそれらを加算したところで大した破壊力は生み出せないらしい。七つ、少なくとも五つ以上をぶちこんでようやく本領を発揮するスキルなのだと言っていた。
比留間さんと俺以外の仕事は、防御ステが低下する比留間さんに攻撃を受けさせないためにヘイトを稼ぎつつ攻撃に耐え抜くこと。
究極龍の右の頭が大きく息を吸い込んだ。『アトミックフレア』の予備動作だ。水晶丸さんが『水精召喚・ウンディーネ』を発動し、現れた三叉の槍を持つ水野精霊が『ウォーターバリア』を張って火炎に備える。先輩の『エレメント・エンチャント(属性効果倍率向上)』がバリアの火炎軽減効果をさらに強化する。がんもどきが片腕ずつに沿うような形で装備している、真ん中でぱっくり割れたような形の盾を体の前面であわせて『デェフェンスシフト』を行った。スイッチ系統と同じような「構え」によって発動するスキルで、パーティの防御力を向上させる効果がある。俺はがんもどきの後ろに隠れて『リバース・クルセイド』を召喚する。MPが急速に消費されて俺の手の中に赤い刃を持つ鎌が現れる。
火炎系最強の攻撃である『アトミック・フレア』が着弾する。しかし『エレメント・エンチャント』を施した『ウォーターバリア』がダメージを大きく軽減させて、俺達の減ったHPは三割といったところ。あいじんさんの『ヒールレイン』による範囲回復がダメージを回収する。間髪いれずに先輩が『アシッドレイン』を使う。『エリア・フォース・ブリザード』と同様の“AOE (エリア・オブ・エフェクト)”で、フィールド全域に効果のあるスキルだ。降り注ぐ酸の雨が究極龍の鱗を溶解させて防御力を低下させていく。
敵味方を問わずに効果のあるスキルなのだが、『ウォーターバリア』が俺たちに対しての防御力低下は防いでくれている。
先輩に向いた究極龍のタゲを、がんもどきの『ウォークライ』が強制的に自分に引き込んだ。“叫び”によって敵愾心を自分に向けさせる、タンク役としての要となるスキルだ。同時に俺は『無限魔力炉』を起動する。
今回の戦闘にあたって俺が選んだ特殊武器が『境界杖・トワイライト』だった。
特殊スキルを二つ装備することのできる破格の装備だ。これを外す理由はない。
で、それによって選択した残り二つの特殊スキルが『リバース・クルセイド』と『無限魔力炉』だ。『リバース・クルセイド』は御存知の通り“MPを消費して攻撃力と攻撃範囲を増大する鎌を召喚する”スキルで、『無限魔力炉』は“MPを無制限にする”スキルである。
この組み合わせに最初に気づいたのは比留間さんだった。
「リバクルとこの無限魔力炉ってのはどうでござるか」
「あー。だめだと思います。『トワイライト』は攻撃力ゼロになるんですよ。だから『クルセイド』は呼んでも役に立たない――」
「それは攻撃力の基礎値の話でござろう? 『神の似姿』でコピーした攻撃力がゼロになっていなかったように、装備状態のときにゼロからバフを受けて変動した値については別途で計算が行われるのでは?」
……その通りだった。
『リバース・クルセイド』の特性によってMPを消費して上昇した値までは、ゼロになることはなかったのだ。むしろ『クルセイド』は元の装備を“装備したまま実質的に上書きする”、“装備しているのに装備が外れる”というよくわからない状態になる。これでなにが起こったかというと、『トワイライト』の装備中なのに、攻撃力がゼロになる効果がそもそも外れて、俺の攻撃力の基礎値が戻ってきたのだ。
DDの運営はたぶんこの『トワイライト』+“装備書き換え効果のある召喚獣”の仕様を想定していなかったのだろう。
俺のような武器召喚士が『トワイライト』を手に入れてたら他にもいろんなコンボがありそうだ。
そして『無限魔力炉』。
無制限になったMPがすべて『クルセイド』に注ぎ込まれて、攻撃力が本来であればあり得ない桁まで上昇していく。
トドメは『タイムパッセージ』だった。あいじんさんがぱちんと指を鳴らしてそのスキルを発動させる。DDの火力は本来のところ「5000前後のダメージ」でかなり高い方だ。『クルセイド』に大量のMPを注ぎ込んだところでせいぜい3万前後、よくいって5万程度だろう。
だが「無限のMPを一時間のあいだ」注ぎ込み続ければ――、
『タイムパッセージ』によって、本来であればステを減少させて加算させるのに準備時間のかかる『七死刀』も、準備をすっ飛ばして『五死刀』まで、HPと敏捷を残して残りすべてのステを攻撃力に加算させる段階まで到達する。さすがに耐久と回避をすべて火力に回すにはまだ早い。
究極龍が『薙ぎ払い』を構える。太い首を伸ばして前方広範囲、背後をとっている比留間さん以外の全員に打撃攻撃を加える。がんもどきが俺達を“庇って”、さらに『ウンディーネ』が三叉の槍で操った水流で打撃の威力を殺す。二人(正確には一人と一体)が範囲攻撃を受け止めてくれたおかげで、俺達のダメージは軽微だ。「いけ」先輩の合図で、俺がもはや天まで届くようなサイズになった大鎌を振るった。比留間さんがステータスの大半を注ぎ込んだ刀を振り下ろした。「ぎいいいああああああ」という凄まじい悲鳴と共に、究極龍の250万あるHPが、たった二手で50万以上も消失する。『アシッドレイン』を受け続けてマイナスと化した防御力がダメージを著しく増大させている。
ダメージによって究極龍に定められたヘイト値が変動する。首の一つが俺を、もう一つが比留間さんをターゲットにする。ダメージ量が大きすぎて『ウォークライ』によるヘイト変動の限界を超えたのだ。“敏捷”を減少させずに残している比留間さんが飛び退るが、その程度で攻撃範囲から逃れられるならばもっと多くのパーティが究極龍を倒せている。がんもどきが走る。走りながら盾を掲げて、“庇って”比留間さんへの打撃を受け止める。がんもどきの持つ特殊防具、両手盾『イージスシールド』は“敵の攻撃力にマイナス補正を与えてからダメージを算出する”という特性を持っているのだそうだ。
“両手盾”という分類が示す通り、この防具を装備していると「武器を装備する」ことができない。その分、防御力の補正値が最も大きい装備だ。反面、攻撃力は皆無。パーティ戦闘御用達の逸品である。攻撃ができなければ“ヘイトを稼ぐ”ことができないのでタンクの役割でも「両手盾」を選んで装備しているプレイヤーは少ない。今回は短期決戦なので「庇う」ができれば十分ということでこの装備を選んできた。そして庇われたにも関わらず、打撃の余波を受けただけで比留間さんはほとんど瀕死の大ダメージを負う。七死刀によって防御力を攻撃力に変換しているからだ。次の一撃は受けれきれない。
俺に対して同じように飛んできた打撃を、先輩が発動した『アイスウォール』による透き通った氷の壁が砕け散りながらも威力を受け止める。『アイスシールド』よりもMPを多く使うし、準備時間が長い代わりに耐久力が高くより広範囲への攻撃を受け止めることのできるスキルだ。
あいじんさんが発動した『アイヴィクレスト』の魔法が、地面から緑の蔦を無数に伸ばす。蔦は究極龍の巨体に絡みついて動きを『拘束』しようとする。地属性の魔法には一部にこの手の植物に干渉するような魔法がある。『拘束』に耐性のある究極龍は身を捩って蔦を振り切るが、振り切るためにワンアクションを要する。状態異常系の攻撃は“あえて無力化される”ことでわずかに時間を稼ぐことができるケースがある。これは前に究極龍と戦ったときにも先輩が多様した手だ。
『リバース・クルセイド』と『六死刀』の二つの閃光が、究極龍の巨体をぶったぎる。俺は戦闘中もずっとMPを消費し続けていて『クルセイド』の攻撃力を向上させ続けている。比留間さんも敏捷を攻撃力に加算させていてさっきよりも攻撃力が増している。『アシッドレイン』の防御力マイナスも未だ続いていた。一挙に70万のHPが消失する。120万の、約半分のHPを失ったことで、究極龍の行動パターンが変化する。左の頭が大きく息を吸い込んで『コキュートス・ブレス』のスキルを構える。『ウォーターバリア』は火炎系以外のこの手の特殊攻撃もある程度は軽減してくれるが……
放たれた猛烈な勢いの凍気が、『ウォーターバリア』の水膜を凍結させて破壊し、氷片に変えて吹き飛ばす。裏をとっている魔法防御力が下がっている比留間さんならこれで一撃死だっただろう。「究極龍はブレス攻撃のターゲットはヘイト値が高いキャラクターにあたるように扇形に、複数人、三人以上を巻き込めるような形で打ってくる。ヘイト値を調整して三人以上でまとまってれば必ずそっちに撃ってくるわ」とは先輩の談。
あいじんさんが回復魔法でダメージを回収にかかるが、減ったHPの量が大きくて簡単にはヒールしきれない。
水晶丸さんが『デュアルサモン』からの『土竜召喚・ノーム』を発動させる。呼び出されたハンマーを握りしめた巨大な土竜が『アースヒーリング』を使って回復にまわる。MPさえ惜しまなければ系統の召喚士の有用性は高い。俺達は続けて放たれた『薙ぎ払い』の広範囲攻撃に先輩のシールドをあわせてなんとか耐え切る。
「いうてそろそろ枯渇するわよ」
「知ってる。決めるわ」
そのために自動回復が始まる寸前でHPの削りを止めたのだ。
……ダメージ計算まで完璧かよ、おっそろしい人だなほんと。
俺が大鎌を振りかぶり、比留間さんが敏捷を捧げて鈍重な体で飛び掛かる。『七死刀』がついにHPまでもを侵食して攻撃力に変換する。「七つの死」が揃ったことで比留間さんの究極龍に負けじ劣らずの大きさの、鎧を纏った毘沙門天が現れて六本の枝葉のついた鉄刀を掲げる。がんもどきが防御力の半分を攻撃力にカウントできる『シールドバッシュ』を構えた。水晶丸さんがMPを与えて『ウンディーネ』の持つ三叉の槍が巨大化、『ノーム』もまたハンマーを振りかざす。
すべてのタイミングをあわせてあいじんさんが二度目の『タイムパッセージ』を発動させた。『クルセイド』の攻撃力が激増し、比留間さんのHPが「1」になってその数値のすべてが攻撃力に加算される。『アシッドレイン』の継続防御力マイナスによってスライムよりもやわらかくなった究極龍に俺たちのすべての攻撃が襲い掛かる。直前にさらに先輩が『ブレイブ・エンチャント』を使って俺と比留間さんの攻撃力をさらに向上させた。
俺が大鎌を振り抜く。
比留間さんが刀を振るうのと同時に、毘沙門天が鉄刀を振り下ろす。
がんもどきが両手盾を叩きつけた。
ウンディーネが三叉の槍を放ち、ノームがハンマーを振り下ろした。
あいじんさんが『フレイムストライク』を発動させ、先輩が『アイスランサー』を発射した。
DDで最大のパラメータを持つ最大最強のドラゴンは、130万ある残存HPのすべてをたった一回の攻撃でぶち抜かれて、焼かれるようなエフェクトを残して消滅した。




