5.未界踏破
テレビ局の中を歩いている。
なにげなくポケットに突っ込んだ紙を取り出して、その紙きれの中の一番端に載った自分の名前を見る。MHK杯のトーナメント表。「井上真姫二段、女流棋士枠」。女流棋士枠、というのが微妙に気に入らなかった。私は「実力的にはここに呼ばれるような棋士ではけれど、女だから特別に入れてやる」と言われているのだ。若手の有力な男性棋士と対局経験があって何度かは倒している沢渡や桃山なら、そんなことは気に掛けずにここに立てるのかもしれないけれど。
靴音が高くて、私は自分が苛立っていることを自覚する。私が今日ここに来たのは、MHK杯、将棋トーナメントの収録を行うためだ。対局にはスーツを着てくる棋士が多いのだが、私はまだ自分のスーツを用意していないので学校の制服姿だった。高校なんてどこでもよかったから家から近い地元の高校を適当に選んだのだが、セーラー服じゃなくて本当によかったと思う。ブレザーを着ているいまでさえ妙なファンが大勢ついているのに。ああ、うんざりだ。と時々思ってしまう。テレビ、メディアの相手、ファンの印象を気にして話すこと、……くそくらえだ。将棋が強ければなんでもいいじゃないか。なんで他のことやらなきゃいけないんだ。
壊れない玩具が欲しかった。
プロを志した理由はその程度だ。最初に指したのは五歳の時。教えてくれたのは父親だった。別に父も将棋に詳しいわけではなかった。ただ「将棋界の神」と言われているあの人がテレビで大きく取り上げられている時期で、気まぐれに盤と駒を買ってきて指させてみた。そのくらいの動機だったのだと思う。同時に「四間飛車」の指し方の本を一冊買い与えてくれた。それから私は一週間で父を負かした。そのあとは一局も負けなくなった。それからもずっと指してくれるようにせがんだが、五歳児に負けた父はプライドを傷つけらたらしく二度と指してくれなかった。「駒落ちでいいから指そうよ!」と言った私の頬を父は平手で叩いた。両親はその後、しばらくして離婚した。
別に離婚したのが私のことだけが理由ではないのはわかっている。
ただ様々な理由の中の一つだった、程度にそのことが影響していたのもわかっている。
私は面と向かって人間を相手に指すことはしなくなった。小学校になって将棋のクラブがあったがそこには入らなかった。私の相手はインターネットの向こう側にいるようになった。ネット将棋を指し始めてすぐに「四間飛車」をやめた。よくよく考えてみたら初手付近で飛車を横に動かすのが「一手パス」のように思えてきたからだ。居飛車を本格的に勉強し始めて、その方法はYouTubeと将棋ソフトだった。私は自動再生されていく棋譜を幾つか同時進行で、片っ端から頭の中に読み込んだ。「この形は知っている」、「この形は知らない」、「これは詰む」、「これは詰まない」、「この囲いは堅い」、「これは堅そうに見えて脆い」。覚えたらあとは実践するだけ。私はネット将棋で負けた。負けに負けた。最初の200局くらいはほとんど勝てなかった。そうしてどこがいけなかったのか考えて改善を施した。どこがあの「神」の指し方と違うのか考えた。子供の脳は柔軟で、「楽しい」に後押しされて私はすぐに強くなっていった。負けたらまた考えた。勝っても考えた。わからなかったらソフトに訊いた。小学二年生の私の「将棋倶楽部18番」のレート2700、「将棋戦争」10分切れ負け戦は六段までいった。あとから知ったのだがレート2800以上とか七段はプロか奨励会員か元奨がほとんどだったらしい。
ある日、「18番」で対局したあと「きみ強いね、奨励会員?」と話しかけられた。その人との対局で負けた私は多少不機嫌になりながら「奨励会ってなんですか?」と訊き返した。相手はひどく驚いた様子で「プロの登竜門だよ」と教えてくれた。
しばらく話していて日付と日時を指定されて「関西将棋会館」にくるように、と言われた。そうして母に付き添われて関西将棋会館に向かい、私は自分と指していた相手が「油久絵 陵」という、プロ棋士だったことを知った。私が小学生だということは油久絵には伝えていたのだが、油久絵は私が本当に小学生だったことに飛び上がらんばかりに驚いていた。
「プロになりたいかい?」と油久絵は私に尋ねた。べつに、と私は思った。でも一応「プロになればどんなのと戦うの?」と訊いてみた。
「きみの”18番”や”戦争”の勝敗は?」
「2268戦して1571勝655敗40千日手2持将棋」
「なるほど、僕との勝ち敗けはいくつだったっけ」
「……1勝28敗」
「その僕に0勝15敗を与えるようなやつと戦えるよ」
油久絵は笑った。
私はプロを目指すことに決めた。「神」といわれるその人を見てみたかった。あわよくばそいつを引きずり降ろして言ってやりたかった。「おまえらが妄信してるものなんてこの程度よ」って。油久絵がそいつに勝てないのも、なんかの間違いだと思った。だって私にとっての神は、私を二十八回負かして一回しか勝たせなかった油久絵だったから。
……どうでもいいけど油久絵は「棋力的には一級くらいはすぐ」と太鼓判を押したが、私は四級で長らく停滞した。人間を相手に指すことに慣れていなかったからだ。舌打ちや貧乏ゆすり、叩きつけるような手つき。苛立ちの混じった視線。それらの影に父の平手打ちがちらついて、まるで集中できなかった。ネット将棋とは違うゲームのように思えた。やめようと思って過ごした期間が随分長かった。
そのスランプから脱出できたのは、中学生になって子犬のように懐いてくる後輩が出来て「人間は別に恐くない、少なくとも恐い人ばかりではない」ということが理解できたからなのだが、これはあまり認めたくない話だ。
ふと階段の下から月曲が上がってきた。
高そうなスーツに革靴、ネクタイを締めているのに髪型に頓着がなくて適当に流した髪がだらしなく片目にかかっている。明後日を見るような力のない目でいつもどこか遠くを見ている。背の高いひょろりとした男で、どこか存在感が希薄に感じる。
月曲箱彦。神を殺した男。
「将棋界の神」がタイトル戦に登場しなくなって二年が経つ。最後に「神」とタイトルを戦ったのが、「衰えた」と何度も言われていながらも頂点に居続けた神にほんとうの引導を渡したのがこの月曲だ。……私は間に合わなかったのだ。油久絵をぼこぼこにして自信を粉砕した「神」とやらをいつか大舞台でぶち殺してやろうと思っていたけれど、その日はついにやってこなくなった。
私はすれ違いざまに月曲の足を蹴った。「すみません」と月曲が低い声で謝る。偶然あたったのだと思ったらしい。
「謝んなくていいわよ。わざとだから」
「ええと、お会いしたことが? ……いえ、ああ。井上さんでしたか」
私は口の中だけで舌打ちする。
「ねえ、あんたDDって知ってる?」
「流行りだという、オンラインゲームのですか? こないだニュースになっていましたね」
「そう。じゃあ≪アークノア≫ってわかる?」
ぴくりと月曲の細い肩が動いた。
「……どこでその名前を?」
「いろいろあんのよ。知ってること全部話してくんない? あんた以外のメンバーのこととか」
「上位者に対する話の仕方ではありませんね?」
「わるいわね、ちょっと余裕がないのよ。後輩がわけのわかんないことに巻き込まれて頭に来てんの。それに、直接やりあってもないのにあんたのこと上位者だなんて一ミリも思ってないわ」
さすがにこれはウソだなと自分でも思う。私にだって身の程くらいはわかっている。
タイトル三期のトッププロ。MHK杯のような早指し棋戦ならばワンチャンスくらいはあるかもしれないが、持ち時間の長い将棋ならひとたまりもないだろう。
「ふふふ。そうですね。我々の席次は年齢ではなく実績で決まります。つよさがあれば罷り通る世界です。では、こうとでも言いましょうか。えらそうなクチをきくのは、ぼくを倒してからにしなさい」
「ええ、そうするわ」
私は月曲の横を通り抜けようとした。
「ああ。それから」
月曲は革靴の底で私の太ももを蹴った。
私は床の上にすっころんだ。
「仕返しです」
と、言って月曲がさっさと収録室に向かっていった。




