5.未界踏破
DDにはいわゆるバグは少ない。少なくとも俺は知らない。調整不足のままで放り出されているスキルなどは相当数あるし、ジョブの性能差なんかはかなり大きいが、あくまで仕様の範囲内であってバグではない。だが俺たちの前にいる文字化けとモザイクの塊は、一見してわかるくらいのわかりやすいバグだった。
「で、なんだい、きみ、それ。モンスターじゃないよね? なんらかのイレギュラーな方法でログインしてきたんだろ」
ジングウジが言う。
モザイクが動き出した。
姿形が曖昧なのでいま一つわからなかったのだが、どうやらそいつはこれまで座っていたらしい。薄気味の悪い動作でモザイクが蠢き、縦に伸びた。膝を立てて座っていた男が、体を起こして立ち上がったように見えなくもなかった。
「久しぶりだな、ジン」
「! ショウか」
「おまえが抜けてから随分苦労したんだぜ」
「……なるほど、ここは≪DD≫じゃなくて≪アークノア≫ってわけか。道理でDDのシステムじゃログアウトできないわけだ。アップデートした人間全員連れてきたのかい?」
「俺たちは世界を創った。足りないのは人間だけだ」
「そんなわけあるかよ。俺たちには味覚程度のことだって再現できなかったじゃないか」
「いまはできている」
「……」
さっきから話にまったくついていけない。
ジングウジはいったい何を言ってるんだ。
「俺たちをどうするつもりだい?」
「一度『死んで』もらう。この≪アークノア≫の内部でアバターを抹消し再構成すれば、あとは完全なここの住人になれる」
「なるほど。ばかばかしいことを考えたもんだね」
「戻ってこい、ジン。もう一度一緒にやろう」
「……電脳世界に現実より優れた現実を創ろう、って最初はおもしろそうだと思ったけどね、資金面に限界を感じたからゲームに切り替えたんだろ? 俺は『ゲーム』に満足したよ。これ以上の舞台は、俺にはもういらない。それに、無関係のプレイヤーを無理矢理に引き込んだいまのきみの手口は、気に入らないな」
「残念だ」
モザイクが圧倒的に広がった。
そのシルエットが徐々に『双頭の究極龍』のものへと重なっていく。城よりも大きな、黄金色の鱗を持つ頭が二つあるドラゴン。片方の口が冷気を司り、片方の口が炎を吐き出す、DDの史上最大のモンスター。先輩が完璧なパーティを組み立てて、戦略を立てて、六時間の死闘の末に打ち倒した250万のHPをもつDDで最強の。
「……話を総合すると、あれに負けたら二度とゲームから出れなくなるってこと?」
アザミが唇の端を引きつかせて、言った。
「うーん、まあそういうことだねえ」
ジングウジが軽く笑って答えた。
「ん、まあ大丈夫。とりあえず君らは無事に帰すよ」
ジングウジが片手剣を放り投げて「管理者コード0000」と呟いた。ジングウジのアバターの両手にパソコンのキーボードが三つ出現する。
「!!?」
モザイクの巨体が飛び掛かったが、ジングウジがキーボードに素早くなにかを打ち込んでエンターキーを鋭く叩くと、その場から掻き消えた。がちゃがちゃがちゃがちゃとものすごい勢いでジングウジがキーボードを連打する。次に水晶丸さんがばしゅんと音を立てて消えた。
「≪アークノア≫内のプレイヤーを強制ログアウトさせる。消費アイテムが幾つかドロップするけどそれぐらいは我慢してね」
「ジングウジ殿、あなたはいったい――」
言葉の途中で比留間さんが消える。
遠くから俺たちの周囲に、モザイクとモンスターのグラフィックが混ざったものが駆けてくる。
「ふうん。妨害が早いね。これはミキとサトリあたりかな。いいね、競争と行こうじゃないか」
楽しそうにジングウジが呟き、両手を加速させる。
「兄さま、ダメよ。ご自分を優先して」
あいじんさんが叫んで、次の瞬間に強制ログアウトさせられて消える。
次にアザミの姿が掻き消えた。
「悪いね、上から順にやってたらイチミヤくんの番は遅くなっちゃいそうだ」
「……無事に帰してもらえるんなら別にいいっすけど、あれ、通常攻撃効きます?」
俺はモザイクを指さした。
「効くんじゃない? ベースはモンスターみたいだから」
「じゃあ」
残ったMPのすべてを使ってデュアルサモンからの『武器召喚・ミサイラント』を使う。
集まってきたモザイクモンスターを爆風によって蹴散らす。片手剣で斬り裂いてトドメを刺す。
「俺はギリギリまでいいです。その代わり、絶対無事に帰してくださいよ? 絶対っすよ……?」
「へえ。イチミヤくん、度胸あるね、うん、請け負ったよ。絶対に帰すからしばらくお願い」
俺は十六発のミサイルでモザイクを倒し続けた。
ジングウジがガチャガチャとキーボードを叩き、≪アークノア≫とかいう場所にはいりこんでしまったプレイヤーを叩き出す。そうして『ミサイラント』の残弾が尽きた直後ぐらいに「……、うん、これでおしまい。イチミヤくん。ありがとう」と言って、俺のアバターも足下から消え始めた。
「あんたは?」
「大丈夫、俺もすぐにログアウト――」
ジングウジはエンターキーを叩いたけれど、ジングウジのアバターにはなにも起こらなかった。
「……あっちゃー。がっつりロックされちゃったか。こんなことなら全員見捨ててさっさと俺だけ逃げるんだったなぁ」
「ジングウ――」
口まで消えた俺にはそれ以上のことはなにも言えなかった。
「ま、いっか」
と、ジングウジが最後に言ったことだけがわかった。




