5.未界踏破
俺たちは新エリア、ツクリビの森へやってくる。
まっすぐには歩けないほど木々が立ち並んでいる、鬱蒼とした森林だ。遠くには大きな山が見えていて山頂には雲がかかっている。設定資料には死火山だと書いてあった。
「んーと」
ジングウジは大剣を外して片手剣に持ち替えた。
アザミも弓を外して、大斧を握る。
大剣は木が邪魔で上手く振るえず、弓は射線が通らないことを見越しての装備変更だ。大斧も大剣同様振るいにくいはずなのだが、狂戦士の大斧はこの手のオブジェクトをそのまま破壊して攻撃できるという特性がある。
「言うまでもない気がするけど」
「死角に気をつける。特に上方には気を払う」
ジングウジが言いかけたことを、アザミが先回りして答える。
今回の面子で狩人系のジョブはアザミだけだ。基本的には敵キャラの位置くらいなら「レーダー」に表示されるのだが、森林のようなマップでは“気配を消している”敵キャラは視認しなければレーダーに表示されない場合がある。
敵キャラの隠蔽を看破できる「気配察知」を持つアザミはこういった探索系統のクエストの要だ。
「あとDDは新マップやエリアではいままでの定跡をズラしてくる傾向があるからそのへんも注意しておいてね」
じゃ、行こうか。
ジングウジが戦闘になって森の中に踏み込む。
ちなみに陣形は、ジングウジと比留間さんが前でアザミがその後ろに。後衛に水晶丸さんと賢者のあいじんさん(ネーミングセンス……)、で、最後尾に俺がついている。
フロントも張れる中衛の俺が最後尾についているのは、この手の森林を根城にしている「狼」系統の魔物によるバックアタックに対処するため。弓を外していてなおアザミが中衛なのは防御力が低すぎるからだ。
まあ正直長丁場を戦うにはタンク役の聖騎士が不在だし、攻撃力過多のような気がするが。ジングウジは“最近はやや聖騎士冷遇の傾向があるからこのマップもそれに連なる”と読んでいるのだろう。
しばらく進んでいく。代り映えのない、日の光が届いていない暗い森の中の景色が延々と続く。
「そういえばさ」
気晴らしのつもりなのか、ジングウジが俺を振り返った。
「俺、召喚士のスキルってあんまり“借りた”ことないから詳しくないんだけどさ、イチミヤくんってすっごく多様に召喚獣を使い分けるよね? 武器召喚士ってそんなに器用なジョブなのかい?」
「ああ、いえ、むしろ不器用だから使い分けないといけないんですよ」
「?」
「ええと、ですね。例えば『シャドウエッジ』は術者の周囲の敵を自動攻撃する召喚獣です。で、『ウォーターフォートレス』は遠距離攻撃への防御能力を持つ召喚獣です」
「うんうん」
「でもこういう機能って、」
俺は水晶丸さんに掌を向けて、話を振った。
「『ウンディーネ』だと両方一体で賄えるわね」
「ああね」
「他の召喚職が召喚獣の呼び分けをあまりしないのは、単にする必要ないからなんですよ。で、武器召喚士の召喚獣は、戦士職との混合だけあってあんまり性能が高くなくて。特徴にあわせて使っていかないといけないってだけです」
「なるほど、勉強になったよ」
「いえいえ」
それからしばらくDD内でのあれこれを話ながら森の中を歩いた。
「ジングウジは今回なんのスキル装備してるんですか」
「『バリアチェンジ』だよ。基本はこれを使ってるかな?」
「ほう? ジングウジ殿の特殊スキルでござるか? はて、“ばりあちぇんじ”とは何物でござる?」
「一応、まだ内緒かな。もう少し仲良くなったら教えるよ」
「ケチでござるなー」
「あはは。そっちだって『七死刀』の種明かしされたらいやだろ?」
「うおぅ。知られていたでござるか」
「『毘沙門スイッチ』が出る前に仕留めたイチミヤくんはファインプレーだったよね」
「ほんとうに参ったでござるよ」
なんか知らんけど褒められた。
……………………
随分歩いた気がする。
ジングウジが意味深にアザミを振り返った。
アザミが顔を横に振る。
「なんでこざるか?」
比留間が尋ねる。
「この手の新マップで、しかも“森林”系ってさ、だいたいモンスターの宝庫なんだよ。でもここまで一体も遭遇していない」
「気配察知にも引っかからないんだよね」
アザミが小首を傾げた。
「不具合、でござろうか?」
「それを判断するには早計だけど、まあなにかあると思った方がよさそうだね」
例えば、ザコモンスターが森に住むことを諦めるような強大な“主”の存在とか。
ジングウジが不敵に笑って言う。
ともかく俺たちはそのまま進んでいく。そして結局、一番奥地にあるテレポクリスタルの元まであっさりとたどり着いてしまった。全滅時の帰還ポイントの設定をして、マップの最奥に踏み込む。だがやはりそこにもなにもない。
「うーん、これは本格的に不具合かもしれない」
ジングウジが近くの木に背中をつけて座り込んだ。
ただ歩いてきただけだが、深い森の中を歩くと言うのは結構神経を使った。俺たちは車座になってあれこれと意見を交わすが、建設的なものはなにもなかった。「とりあえずワープ登録も出来たんだから一度戻ろうか」となって「それなら私は、今日は一旦ログアウトするわ。夜に用事があるから」といってあいじんさんがログアウトを実行した。
「……あれ」
「どうした?」
「ログアウトできない」
「え?」
そんなはずは。
「特殊なエリアなんですかね?」
「いや、DDは視覚リソースを丸々こっちに持ってくから、リアルの危険に気づけないことがあるだろ? だからすぐにこっちから脱出できるようにログアウトだけはどんな時でもできるようになってるんだ。ログアウトできない、なんてのはこのゲームの本来の仕様じゃありえない」
ジングウジが険しい顔で言う。
「あい、ヘッドセットは外せるか?」
「ちょっと待って、あれ?」
あいじんさんは自分の右手を見つめて、青褪める。
「手がない。リアルの感覚がない」
「イチミヤくん、ログアウトできるかい?」
俺はメニューを開いてログアウトを実行した。が、できなかった。
「なにそれ」とアザミがぽつりと呟く。
そのとき、ぐるるるるる、という複数の魔物の唸り声が俺たちを取り囲んだ。
森を住処にする狼の群れ! 銀色に光る体毛を持ち、鋭い牙を剥き出しにする。モンスターの分際で、縄張りに踏み込まれたことに怒り狂ってやがる。俺たちはそのなかに奇妙なモンスターを見つける。名前が文字化けしているのだ。体にも不自然な靄が走っている。データファイルが破損している。
「クリスタルの周囲は非戦闘エリアのはずでは……?」
比留間さんが『居合いスイッチ』を発動させる。
水晶丸さんがウンディーネを召喚する。
「みんな、絶対に俺から離れないで」
ジングウジが片手剣を抜き払った。
ほぼ同時に狼の群れが俺たちに飛び掛かってきた。




