4.リバースクルセイダー
かなりの距離を押し流されてから、ようやく水面から顔を上げることができた。
戦闘が行われている区域を遠く離れている。
「くっそ」
このまま見捨てて逃げてやろうかと思う。別に俺にはジングウジを助ける義理はないんだし。……でもまあハイドを助ける義理はあるんだよな。あいつは『無尽の荒野』の時に、別に俺たちのパーティじゃなくてもよかったのにパーティ内に留まってくれた。いまでは大切な遊び仲間だ。あいつが巻き込まれてくれって言うなら、俺は力になってやりたい。
でも俺はあの侍に勝てるんだろうか? 『居合いスイッチ』による遠距離攻撃の無効化は『ミサイラント』の天敵だ。かといって接近戦で本職の前衛を相手に、魔法職との混成である俺にどうにかなるとは――……いや、どうにかする手はあるな。幸いにも戦闘域を外れたから使える手が。
俺は回復薬を飲んで多少のHPを回復させ、ウィンドウを開いてスキルセットをいじる。『武器召喚・ミサイラント』を装備から外し、『リバースクルセイド』をセットする。ぶっちゃけ賭けだがな。俺はまだこのスキルを『ミサイラント』ほど使い慣れていない。『クルセイド』で挑んだところで負けて死ぬだけかもしれない。
「ちっ」
まあ結局俺も負けず嫌いなんだよな。
やられっぱなしは気に食わない。
……先輩のが移ったかな。
戦場に戻るとアザミは困惑したままジングウジを睨んでいて、ジングウジとハイドは大きくダメージを受けていた。パーティチャットで、「侍は俺に任せてください」と書き込む。「なにかあるんだね?」ジングウジがにやりと笑った。
ナックルダスターの男が『空破弾』を繰り出す。この装備での唯一と言ってもいい中距離攻撃スキルが、大気を叩いて拳と同じ形の衝撃波を撃ち出す。ジングウジとハイドがさほど速度のないそれを避けるが、本命は接近してきた『ウンディーネ』の大槍。ハイドに向けて突き出された槍を、横合いから突き出したドッペルゲンガーの剣が止める。しかしそれも囮で、「防御力がゼロ」の扱いであるドッペルゲンガーに向けて祈祷師が『アクアブレイド』を発射。ジングウジがガードを固めて割り込み、ドッペルゲンガーに対する攻撃を防御力のある自分で受け止める。ジングウジのHPが大きく削れる。「ハイドちゃん」、「ん」ハイドが跳躍。「俺のMPはこれで最後」ハイドが空中の『エアリアル・マイン』を踏んで、炸裂の威力を利用して爆発的に加速した。……さっきもやってたが、自分の魔法攻撃力がゼロなことをあんな風に利用するのかよ。加速したハイドが祈祷師の目の前で『霧隠れ』を使って、モニターから消える。「ふっ」祈祷師の隠し手、デユアルサモンによる『土竜召喚・ノーム』の召喚獣による人間一人分以上はある大きな五指とその爪が地面から突き出て祈祷師の周りを全面ぶっ飛ばす。祈祷師はすぐに『ノーム』を送還する。祈祷師もエレメンタルマスター同様、MP効率に難のあるジョブだ。すでに多量のMPを投入しているところへ『ノーム』の召喚を続ければ数秒でMPが枯渇してしまう。
それに『霧隠れ』で消えている、防御力がゼロ判定のハイドならば『ノーム』の一撃で倒せるとも踏んでいたのだろう。『霧隠れ』が解けて、ハイドの姿が元居た場所から一歩も動いていない場所から現れる。「なっ……」あの手、ああも引っかかるもんかね。あんなふうに相手をハメることができるんなら楽しそうだな、強盗職。祈祷師が『ウンディーネ』を引き戻すが、到底間に合わない。『喉裂き』が祈祷師の女を切り裂き、「沈黙」の状態異常が付与される。
既に呼び出されている召喚獣は術者が沈黙にかかったところで影響はないが、魔法による補助の追加がなくなる。とはいえ、アイテムを使えば沈黙は解除できるからハイドはそのまま祈祷師に組み付いてアイテムを使わせない。
ジングウジがナックルダスターを装備した『モンク』の男と対峙する。
「見たことあるね? だれだっけ、きみ」
男は憤怒の表情でジングウジを睨んだ。
「あ、そうだ、うちの元メンバーだ。PK相手なら好き勝手に粘着していいって勘違いして俺にぼこぼこにされてうちを追放されたやつだよね? よく再ログインできたね? 恥ずかしくないの?」
……こいつ、ほんとに性格わりいな。
あちらはさておき、侍の男が俺と対峙する。
計らずも、「超高速のミサイラントで中距離までの範囲ならば自由に戦況に割り込める」俺に対して、相手はミサイラントを無効化できる自分が抑止役だと考えてくれたようだ。侍は納刀状態で構えを作って『居合いスイッチ』の体勢で俺を待ち受ける。間合いに踏み込んだ瞬間に『居合い斬り』で斬れる、そして俺には構えを崩せる類のスキルが存在しないことを見越して。
俺は『リバースクルセイド』を召喚する。俺の手の中に逆十字を模った白い棒きれが召喚される。MPを注ぐと、横に突き出た部分の左側から赤い刃が伸びる。さらにMPを注ぎ続けると刃が肥大化していく。
「よーするに踏み込まなきゃいいんだろ?」
『居合いスイッチ』が無効化できる“遠距離スキル”と、攻撃が通る“近距離スキル”の判定は、「使用者の手から離れているかどうか」で決定される。
だからどれだけ距離が離れていようが、俺の手にしっかりと握られている以上は『クルセイド』は近距離攻撃なのだ。俺は十メルトル以上も伸びた『クルセイド』の刃を侍に振るった。
侍が直前で『八艘スイッチ』へと切り替えて逃げようとしたが、鎌の刃が長すぎて逃げ切れなかった。……ぎりぎりまで『居合いスイッチ』で様子を見たのは、この『クルセイド』が特殊スキルだと思わなかったせいだろう。警戒度が『ミサイラント』の方が高かったのだ。
『クルセイド』の一撃によって敵のHPの大半と、俺のMPの大半が吹っ飛ぶ。さきほどのまでの戦いで『ミサイラント』を使っていたので、MP的に『クルセイド』を振れるのはあと一回が限界。『クルセイド』の威力を身をもって知った侍は『居合いスイッチ』が有効な手段ではないと断じて、『八艘スイッチ』に切り替えて地面を蹴って加速、鎌を注視しながら間合いを詰めてくる。俺は『クルセイド』を振りかぶる。
……侍は自己バフに優れたジョブだ。が、侍の『スイッチ』系統のスキルはなにかのステータスを上昇させて特殊効果を付与する代わりに必ずなんらかのステータスが低下する。『居合いスイッチ』は防御力上昇と遠距離攻撃無効化、それから『居合い斬り』の威力上昇、代わりに敏捷が低下してその場からの動けばスタイルが解ける。そして『八艘スイッチ』は敏捷上昇、不安定な足場でも難なく動けるようになる代わりに攻撃力が低下する。
『八艘スイッチ』で攻撃力低下した状態のまま殴ってはこない。必ずなんらかの別のスタイルへと『スイッチ』してから攻撃に移る。そしてそのときに発動させるスタイルはおそらく片手剣を大きく振りかぶって発動する、攻撃特化のスタイルである、
「「毘沙門スイッチ」」
侍と俺の声が被る。俺はデユアルサモンで『武器召喚・シャドウエッジ』を使った。
スタイルをスイッチして敏捷上昇が解けた瞬間に、侍の影から真っ黒なトビウオが飛び上がってくる。片手剣を振り上げた姿勢の侍の肘を『エッジ』が鋭利な鼻先で貫く。腕をかちあげられて体勢を崩された侍の表情が驚愕に染まる。
俺は『クルセイド』を振り下ろした。
赤い刃が侍の胸を貫き、HPをゼロにした。




