1.スキルドレイン
—————『イチミヤ』の試合を見る。
今回のターゲット。私がPKしなければいけない相手だ。
この人はランキング一位の『アザミ』と十試合やって九勝している、闘技場のランカー。そもそもアザミに勝ち越している人がこの人しかいない。私もアザミに勝てなかった。ふるぼっこにされた。
イチミヤの相手は、……これなんて読むんだろう? 英語の名前なのでわからない。かっこつけめ。日本語を話せ。とりあえずジョブはバトルマスターで、ビルドは片手剣のオーソドックス。速度と火力重視の構成だ。
イチミヤの試合は基本的につまらない。やってることが「ハメ技」だからだ。
試合開始直後、距離を取ったイチミヤが『サイレントスペル』でスキル名を宣言せずに、何かのスキルを使う。彼はいつもこの手を使うのでスキル名を知っている人は少ないらしい。すると外部モニターからでは視認できないくらい超速度のなにかが飛んでいって、爆発する。『爆風』属性の付与された攻撃はノックバックとヒットストップが大きい特徴がある。『爆風』は主にトラップについている属性で、こんなふうに能動的に使えるプレイヤーを私は他に知らない。
八連発でその謎の飛翔体が飛んでいって、5000と少しぐらいHPを削る。意味不明なくらいの高火力だ。『爆風』にはガード崩しの効果があるから、初弾か二発目の被弾でガードが割れて残りがノーガードの状態でぶっ刺さったからあんな意味不明な火力になったのだろう。というか多分、運営は「ノックバック中に八発すべてが命中する」という仕様を考えてなかったんだと思う。「調整ミスだったけどまあいっか!」で放置されている類のスキルだ。DLIDDIには時々ある。運営は死ねばいいと思う。
彼の後追いで「武器召喚士」が流行しないところを見ると、通常では取得できないスキル。アザミの『ブレッディレイン』や私の『スキルドレイン』と同じ、期間限定ボスがドロップする特殊アイテムから生まれた類のスキルなのだろう。……DLIDDIはやたらと「期間限定」が多い上にその期間がすごく短い。運営は死ねばいいと思う。
相手がようやくノックバックから立ち直るも、その時にはすでにイチミヤが二度目の謎スキルをぶっ放していた。さらに5000減って11000あった相手のHPはほとんどゼロに近づいている。結局その英語の名前の相手は、イチミヤのHPを1も削ることができずに敗退した。
つよい。
てかずるい。
でも私とは噛み合うと思う。イチミヤが恐いのはあの爆発攻撃だけだ。他はただの「武器召喚士」。よわざこ。『スキルドレイン』であれだけ封じてしまえばいい。
闘技場では勝てないけど、PKならば私の領域だ。
……それにしてもあの爆発攻撃は、何ていう名前のどんなスキルなのだろう?
俺は家に帰って、あらためて『DLIDDI』にログインする。
最新のCG技術を用いた映画と見まがうようなきれいな画面の中に、『イチミヤ』が降りたつ。
なにげなく闘技場の画面を開いてみるとアザミとの不戦敗によって俺の闘技場ランキングがさらに下がっていてげんなりする。アザミのやつはもう一人、ランカーを血祭りにあげていて連勝を九にまで伸ばしていた。次の試合には二位、バトルマスターのバンドウさんが挑戦を申し込んでいる。ちなみに「バンドウ」ではなく「バンドウさん」までが名前である。目下俺が連敗中の相手でもある。
一位と二位による準タイトルマッチなので闘技場側で興行を開くことが決定したらしい。
「バトルマスター」は「聖騎士」ほどのHPや防御力はないがその分敏捷が高い。敏捷が高いジョブは防御力が低いことが多いが、バトルマスターは攻・防・敏捷のどれもが高水準で、「狂乱狩人」のような「逃げる相手」を追うような戦いも不得手としない、バランスの取れたジョブだ。
まあいまは他人のことよりも自分のことだ。
「×××」
一応、例のスキルを起動させようとしてみたがやはりだめだった。時間経過で解けるタイプのカースではないらしい。しかし食らってからだいたい二十四時間ほど経っているはずだが、こっちのログアウトはともかく「ハイド」のログアウトでもこのカースは解けないのだろうか? それって最悪、ハイドがずっとログアウトしたままだったら解く方法ないんじゃねーの? ……早めになんとかしよう。
DLIDDI内の知り合いに片っ端から送ったメールの返信を見てみると、何人かがスキルドレインについて知っていて、教えてくれた。カース能力はアザミの「血戦弓・ブラッディレイン」と同じような、期間限定ボスのドロップ素材から作られた特殊武器のものらしい。「影刀・スキルドレイン」をメインで使っているアサシンが「悪党同盟」というなんの衒いもない名前のPKギルドに入っているという。(どうでもいいけどDLIDDIには期間限定のイベントが多い。プレイヤーがボスモンスターの対策を終えて討伐できる人数が増える前にさっさとイベントが終わっている。「嫌ならやめろ」)
……気は進まないが行ってみるか。解いてくれるように頼んでみよう。
「悪党同盟」は結構有名なギルドで、いかにもという街の路地裏にホームを構えている。スキルドレインのことを教えてくれたやつに「いまから行ってみるわ。情報ありー」と返信を送ると「ちょい待ち。暇だから俺も行く」と返ってきた。そいつはすぐにやってきた。
金髪で、黒の上下のライダースーツみたいな衣装に身を包んだイケメン。
こいつも闘技場のランカーで現在の八位の「ハチノス」という名前のプレイヤーだ。
こいつは闘技場で「ハイド」に負けたらしくてその時のことをよく覚えていた。闘技場のシステムはポイント制で格上や順位が近いやつに負けてもそれほどポイントが減らないが、順位が自分より低い奴に負けるとごっそりいかれる。89位に負けたハチノスはさぞかし荒れたことだろう。俺も時々順位低いやつに負けるからよくわかる。俺の場合荒れながらちょっと泣いてる。
「よお、久しぶり」
「うぃっす」
「いくかー」
「おっし。いこー」
歩きながら、お互いの近況について適当に話す。
「おまえアザミに不戦敗ついてたな?」
「×××使えないとどーせ勝てないからやるだけ無駄かなーって」
舐めプと思われたらやだし。
またぼーっこぼこに叩かれそうだ。
インターネットこわい。
「クイーンのことはいいのか?」
「あー、まー、しゃーない」
真姫先輩だって別に怒ったりは、……しそうだな、あの人。
むしろブチギレられそうだ。まあ諦めよう。
「ハイドどんなやつ?」
「俺も闘技場で一戦やった以外のことは知らね。見た目は知ってるか?」
「一瞬しか見えなくて顔とかはわかんなかった」
「プレイヤーは知らねーけどキャラは女だよ。『霧隠れ』超上手かった」
「へえ、おめーが言うなら相当なんだろーな」
ハチノスは「強盗」系の上級職だ。
俺が知ってる限りでは「霧隠れ」でのタゲ外しから「不意打ち」を決めるのが一番上手い。
聖騎士とバトルマスターが幅を利かせている闘技場のトップテンで強盗系の上級職はハチノスだけだ。戦術としては知られているけれど、シビアすぎて下手なやつがやっても安定しないのだ。「気配察知」持ちの狩人系に絶対勝てないのも闘技場ではきつい。
こいつは「気配察知」を逆手にとって決めるとかいう意味不明なことをやってるけど。
そうこうやってるうちに、『悪党同盟』のギルドホームについた。
新しい建物なのに周囲のぼろい路地に溶け込んでいる、マフィアがやっているカジノといった風貌のシックな建物だ。
「お。アザミと二位の試合、十七時からだってよ」
俺は時計を見た。
十五時三十八分。
「さっさと終わらせてあいつの試合みようぜ」
「おk」
俺たちは『悪党同盟』のギルドホームに踏み込む。
「人の家入るときって緊張するよなー」
「だなー」
ギルドホームには「メンバー以外立ち入り禁止」という設定もできるが、『悪党同盟』はその設定をしていなかった。
ハチノスが「たのもー」と言う。建物の中はいわゆるバーの様相。カウンター席とテーブル席に別れていて、カウンターにシェイクを振ってる白髪交じりの渋いおじさんのマスターと、もう一人。テーブル席には二人と反対側の席に二人。ぎろり、とその人相の悪いお兄さんお姉さん方の視線が俺たちを睨む。俺とハチノスはとりあえずカウンターに向かう。
「なんのようだい? ここにはガキが飲めるようなもんは、ミルクしか置いてないぜ」
マスターのセリフにあわせて、ぎゃはははは。と周囲の人々が笑い声をあげた。
……わぁ! ロールプレイだ!
悪党同盟なんて名乗るだけのことはある! いいな! いいな!
俺もいつか自分のギルド持ったらやりたいな!
「そちらのギルドに所属している「ハイド」さんにPKされてしまって、それはいいんですけどその時に受けたスキル封印効果が解けなくて困ってるんです。ハイドさんはいまいらっしゃいますか?」
「ハイドぉ? そんなやつは知らねえなぁ」
「俺たちになにか訊きたいんだったら、力ずくで聞き出すんだなぁ?」
がたり。周囲の人々が立ち上がり、それぞれ武器を構える。
カウンターに座っていた男だけ、カウンターの奥側に退避する。
「逃げるんだったらいまのうちだぜぇ?」
いかにも悪党っぽい顔を作る。
なにげに出入り口までの通り道を開けてくれている。
やさしい。
「えっと、その、いいんですか?」
マスターが小声でこっそり「いいよ」と囁いてくれた。
マスターのいるカウンターの奥側(とさらに向こうの生活領域)は戦闘不可能ゾーンになっているが、客席側は戦闘可能なゾーンになっているらしい。
ハチノスを見る。ハチノスは「別にいーよ、やろーぜ」と気楽に呟いた。
「じゃあ遠慮なく」
俺は腰から剣を抜いた。片手槍を手にしたスキンヘッドの男と、短剣を握った頬にバツ印の傷のある女が飛び掛かってくる。ぱっと見では槍男は戦士系で短剣女は強盗系。具体的に何の上級職かはわからない。……こっちが武器を抜くまでは待っててくれたようだ。律義な人たちだなぁ。
「『武器召喚・アイアンシザース』」
ともあれそんな二人を、ぐしゃり、俺が呼び出した巨大なクワガタの顎が噛み砕いた。
『アイアンシザース』はでかすぎてギルドホールに入りきらないから、召喚元の異空間とつながげたまま、頭部だけを召喚する。顎に挟まれた二人に、ダメージは大したことないが『拘束』の状態異常がかかる。鋼鉄製のクワガタが二人まとめてぎりぎりと締め上げる。
逆側の客席に座っていた二人は「魔導士」系と「僧侶」系の職業らしい。片方は火炎系の攻撃魔法『フレイムストライク』を『アイアンシザース』をターゲットにして発動する。派手な火炎のエフェクトが『アイアンシザース』を包んで、ダメージを負うのと同時に『拘束』が緩む。範囲攻撃にせずに対象を絞ったのは味方を脱出させるのを優先したためか。『アイアンシザース』の耐久値がわからなかったのだろう。前衛の二人が鋏から脱出。僧侶による治療で負傷が癒えて、いかない。
……まあハチノスから視線を外したのが悪いよね?
『フレイムストライク』の派手なエフェクトの影で「霧隠れ」を使って“1秒未満の間、モニターから消えた”ハチノスが僧侶の背後に回っていた。「不意打ち」での「喉裂き」。ダメージと同時に沈黙の状態異常にかかっていてスペルの詠唱がキャンセルされる。魔導士の方は「暗殺」を食らってすでに「死んで」いる。たしかギルドホーム内でのキルは中でペナルティなしでの蘇生ができたはずだ、遠慮なく行こう。
てか、多対多数戦でタゲが紛れる状況での「忍者 (強盗+武闘家)」まじインチキ。
俺の『アイアンシザース』が再び、鋏を閉じようとする。
強盗の女は低く伏せて鋏を掻い潜る。戦士の男はバックステップで鋏の領域から退避する。どちらにもMISSの判定。俺は突っ込んできた女のナイフを剣で防ぐ。瞬間、女の姿が二重になって、増えた。『分身の術』のスキルだ。左に突然女の分身が現れる。『アイアンシザース』に頭を振らせてそれを弾くが、今度は右にも女の姿。俺は『タンブルフィード』のスキルを使って円を描くように剣を振り回す。スキルによる範囲攻撃によって分身した女がまとめて消え去る。本体がいない。照明の方向を確認して俺は『アイアンシザース』を解除。
『霧隠れ』で視界から消えていた女が俺の背後から『不意打ち』からの『暗殺』を決めようとして。
「『武器召喚・シャドウエッジ』」
俺の影からまっすぐに跳び上がってきた真っ黒なトビウオの、鋭利な頭部に胸を刺し貫かれて、よろめいた。HPがほとんど消し飛んでいる。
『霧隠れ』は下手なやつが使うとこうなる。“モニターに映らなくなる”という対人戦において馬鹿みたいに強力な効果だが、消えている最中は「防御力がゼロ」の判定になるのだ。加えて『不意打ち』はターゲットの判定だけでなく、向きの補正も大きくて正面→側面→背面の順で効果が大きくなる。確定クリティカルが出せる『暗殺』での一撃必殺を狙おうとすると、どうしても背面を取らないといけない。読まれたらカウンターされるのだ。もう一つおまけに『不意打ち』はモーション中にカウンターを食らうと一定時間の『拘束』が発生する。
俺は振り返って剣の一撃で、強盗女のHPを零にした。
戦士の男が立ち尽くしている。……こいつらの敗因は、強盗が突っ込んできて戦士が引いてしまったことだろう。ハチノスのことはしょうがないとして、両方とも突っ込んでくるか、両方とも引くかして、連携をとって挑んでくればもっとまともに戦えたはずだ。
僧侶を片付けたハチノスが余裕綽々で歩いてくる。『シャドウエッジ』が俺の傍らを泳ぐ。戦士をターゲットに指定すると、『エッジ』はいまにも飛び掛かろうとうずうずしている。俺は『シャドウエッジ』の前に片手をあげて、トビウオが相手に飛び掛かろうとするのを抑える。
「じゃあ、『シャドウエッジ』けしかけるから適当に裏取ってあとは流れで」
「りょー」
間抜けな声でハチノスが答える。戦士が後退る。
「そこまでにして貰っていいかな?」
と、安全地帯にいたマスターが言った。
戦士が武器を引いたので、俺とハチノスも剣を収める。
『シャドウエッジ』を消す。
「君らやるね。四対二で彼らもカンスト(レベルMAX)なのに」
「まあランカーなんで!」
ハチノスがにんまり笑う。
こんなときぐらいしか自慢できる時ないしな!
どやぁぁぁ!
「座って座ってー」
マスターがミルクを出してくれる。
飲むと多少減っていたHPとSP、MPが回復していく。ありがてぇ。
「おめーのジョブさー、SPとMP両方使えるのずりーよなー」
「まー、そのぶんスペック低いからなー……」
SPとはスキルポイントのことで、MPはマジックポイントのことだ。
戦士や強盗などは技の発動にSPを使う。
魔導士や召喚士は術の発動にMPを使う。
俺のジョブはSPを使う系統の「戦士」とMPを使う系統の「召喚士」の混成であるために、それぞれのポイントを両方とも活用することができる。「器用貧乏」と言われている“魔法戦士系”の上級職の数少ないメリットだ。
ちなみにもう一つ、これは魔法戦士系ではなく召喚士系統の独自のメリットだが「手数が多い」ことが挙げられる。
さきほど俺は『アイアンシザース』の召喚中に剣技である『タンブルウィード』を使った。
他の職業ではスキル攻撃中の別の攻撃を重ねることはできないが、召喚士はあくまで独立した生物を呼び出して戦わせるので、術者は別のことができるのだ。
デメリットは召喚中にずっとMPを消費し続けるので、燃費が最悪。
「召喚士」はあまりにもMP効率が悪いので産廃と呼ばれている不人気職業の一つだ。ネットでぼっこぼこである。取っているやつの気が知れないとか言われている。俺はちょっと泣いた。
ああ、あと魔法戦士系のジョブはステータスが全体的にそんなに高くない上に「尖ってない」のもよくない。「聖騎士」なんかはHPと防御が高くて『庇う』というスキルが使えるから、クエストで敵の攻撃を引き受ける「タンク」の役割ができる。魔術師や忍者は火力が高くて明確なアタッカーだ。僧侶は当然パーティに欠かせないヒーラーだ。
が、「武器召喚士」の攻撃力は高くもなく低くもない。普通。HPと防御力も同じく。回復は、それらしき召喚獣は一応いるけど専門職に比べたら全然回復量が少ない。
“器用貧乏”
……ほんと、なんでこんな職業とっちゃったんだろうな、俺。
……いまは「無限火薬庫」があるからいいけど。
「それで、うちのハイドのことが訊きたいんだったね」
「はい、お願いできますか」
マスターさんが頷く。
「勝者総取りがうちの掟だからね! 最近なかなか勝ってくれる子がいなくてね、張り合いがなかったんだ。君たちはとてもよかった。礼を言うよ!」
俺はハチノスがついてきてくれてよかったなー、と思った。
いくらなんでも一対四は捌けなかっただろう。
……そういうときは人数を加減してくれたりするのだろうか、このマスターさん。