4.リバースクルセイダー
だって、『ネセサリ』が出来てから確かにDDはよくなったんだ、とハイドは言った。
ジングウジが呼び掛けて多くの高レベルプレイヤーたちが結集した最初期の『必要悪の境界』は、それまで一切抑制がなかった悪質なプレイヤーを一掃した。このゲームでは自分でモンスターを狩るよりも、他人が狩って集めたドロップアイテムを横取りした方が、俄然効率がよかった。狩り場はモンスターではなくプレイヤーの狩り場だった。気に食わないやつがいれば徒党を組んで粘着キル。初心者はカモで、新規のプレイヤーはおもしろ半分に狩られてしまってまともにゲームを進めることができなかった。
控えめに言って地獄だった。
知り合いの何人かはそれでやめている。
『ネセサリ』が出来た当初の様子を俺も覚えている。あれは一つの戦争だった。PKとPKKの戦争。
『ネセサリ』の勝利によって多くのプレイヤーは健全なゲームの遊び方を取り戻した。
……俺たちはみんなジングウジに借りがあるのだ。
……あいつがどんなに嫌なやつでも。
ハイドはマスターさんに通話して人員を回してくれるように求めたが、『悪党同盟』はこの件について不干渉を決め込むつもりらしかった。「ギルドとして行動を起こすことはしない」とはっきりと宣言されて、ハイドがジングウジに加勢することにも「やめた方がいい」と引き止められた。「わかってる」ハイドが言う。
「君が個人としてどうしてもやりたいならば仕方ないけどね」
通話越しにマスターさんのため息が聞こえた。
「イチミヤくん」
「はい」
「ハイドをよろしく頼むよ」
「……あんまり自信はないですけど」
マスターさんはマスターさんなりに、ギルドを危険に晒すこととハイドの手助けができないことを天秤にかけて悩んでいるようだ。
「ぼくはぼくで収拾のために動いてみるよ。それじゃあ。くれぐれも気を付けて」
マスターさんが言い、通話が切れた。
「行こう」
俺とハイドがジングウジを追って、街の外に出る。
すぐそこにいたジングウジが俺たちを振り返る。……何人ものプレイヤーの屍の真ん中で。
ジングウジを街に帰さないためにジングウジと俺たちの間には何人かのプレイヤー(ざっと数えて2パーティ12人の前後)が立ちはだかっているが、彼らは腰が引けている。
「まじ?」
俺は思わず呟く。以前、俺とハイドは1パーティ、六人のPKを返り討ちにしたことがあったが、あれははっきり言って相手の練度が低かった。ジングウジの周りに散らばっている死体の数はざっと数えて10人ぐらい。それらの死体が徐々に消えて神殿に死に戻っていく。そしてジングウジに味方はただ一人もいない。
——おそらくなんらかの特殊スキルによる初見殺し。
『ミサイラント』並みか、あるいはそれ以上に強力なスキルだ。
とはいえさすがのジングウジもあれだけの人数を一度に相手にすれば、消耗と疲労があるらしい。意を決して、囲んでいるプレイヤー達がジングウジに襲い掛かろうとした。そこへ、ハイドが『暗殺』を決める。彼らは突然のハイドの出現にあっけにとられた。俺がデュアルサモンからの『武器召喚・ミサイラント』を使い、十六発のミサイルをでたらめに発射する。
「ハイドさん、と、イチミヤくん?」
意外そうな顔をしながらジングウジが『ミサイラント』の爆風で体勢が崩れた相手を大剣で叩き切る。
「走れ!」
ジングウジのすでにHPは大きく削れている。回復なしでぶっ通しでは戦えないはずだ。ジングウジの前に立ち塞がろうとしたバトルマスターが背面からのハイドの『暗殺』を食らい、さらにジングウジの『スティンガー』で貫かれて「死」ぬ。ジングウジは爆風がこじ開けたプレイヤーの隙間を抜けて俺たちの方へ走ってくる。俺はさらに『ミサイラント』を追加する。追って来ようとしたプレイヤーにミサイルと爆風をばら撒く。
非戦闘エリアである街へ続く門を、ジングウジが駆け抜け、——なかった。
ジングウジは門の前でくるりと振り返った。
まるで相手の方にこの門を潜らせない、とでもいうように。
……は? なんで? 残り少ないHPでなにしようってんだ?
「イチミヤくん、加勢には感謝するけど俺は逃げるつもりなんてのはさらさらないんだよ」
ジングウジは地面に大剣を突いた。
サイレントスペルで詠唱を聞こえなくして、なんらかの地雷魔法を設置する。
だがDDではこの手の魔法は、他の魔法で強制誘発させることができる。魔法を放って地雷を誘発させようとした賢者の胸に向かって、大剣を引き抜いて地面を蹴ったジングウジが突進と共に突きを繰り出す。『スティンガー』が法衣服をぶち抜いた。剣先の賢者をそのまま放り捨てる。賢者は放られた先にあった『クレイモア・マイン』を食らって爆発、炎上する。接近して来ようとした聖騎士の足下にも“地雷”を設置。踏み抜いてしまった聖騎士が、地雷が放つ爆風によって隙を晒す。そこへ、HPを消費しての大火力攻撃である『テラブレイク』が襲い掛かる。すでに多少削れていたのか、その一撃で聖騎士が「死」ぬ。
もしやジングウジの減っているHPのかなりの部分が『テラブレイク』の自傷なんじゃ……?
「あ、う……」
ジングウジを囲んでいたプレイヤーが後退る。
「なにビビってるんだよ。来いよ、凡俗ども。いまさらになっておまえらの前に立ってるのが誰か思い出したのか?」
ジングウジが挑発するが、それ以上前に出ようとするやつはいなかった。
たん、とハイドが地面を蹴って跳躍した。
ジングウジの頭に飛び蹴りをいれた。
「調子乗んな」
ヘルムに守られているから大したダメージにはならなかったが、一瞬ジングウジがぽかんとする。ハイドがジングウジの左手を掴んで、門の内側に引っ張り込んだ。
俺は『ミサイラント』の残弾をばら撒いて相手を足止めしたあと、二人を追って街の中に飛び込む。




