4.リバースクルセイダー
「イッチ」
ハイドの声が俺を呼んだ。ログインしたての俺のところに黒い衣装で身を包んだ背の低い女のアバターが駆けてくる。
「メール見た?」
「うん」
「どうなるんだろ」
「さあ、わかんね」
門の方からジングウジが歩いてきた。煩わしそうにヘルムを脱ぎ去ると金色の髪と青い瞳の外人っぽい顔立ちが顕わになる。ジングウジの黒いメイルにはあちこちに傷が入っていた。いましがた脱いだヘルムも罅が入っている。
俺とハイドに気づく。
「やあ。イチミヤくん。それにハイドさん」
唇の端に笑みすら浮かべて平然とジングウジが言う。
「やあ、ってあんた。大丈夫なんですか」
「いやぁ、どうだろうね。でもこういう日が来るんじゃないかとは思ってはいたからなぁ」
複数のPKギルドが『必要悪の境界』に対して宣戦布告した。
ネセサリの中核メンバーに対して徒党を組んで無制限のキルを繰り返すことを宣言した。
PKKを名乗りながら、PKに対して粘着キルを繰り返す『ネセサリ』は、肯定派と否定派が真っ二つに分かれるギルドだ。元々「誤報告での誤キルであってもなんら責任を取らない」という姿勢が一般プレイヤーのヘイトを買っていた部分がかなり大きくて、一般のプレイヤーも巻き込んだ炎上騒ぎになっていた。
さらに大手売買ギルドがネセサリに対して不売運動を行うと宣言した。
DDでは運営側の用意したショップには大した素材を置いておらず、上級のプレイヤーにとっては他のプレイヤーのやっている商店が主なアイテムの入手先になる。
そんな騒動の最中だからネセサリのメンバーは大半がログインしていないようだったが、よりによってギルドマスターのジングウジがこんなところをのこのこと歩いている。さっきからジングウジや彼と話している俺たちを、周囲のプレイヤーがちらりちらりと覗き見てなにか小声で話している。
居心地がわるい。
「ちょっと気が立っててね。気分を変えたいからお喋りに付き合ってくれないかい? あ、それとも君、ネセサリには否定派かい? もしかしたら俺をキルするためにログインしたのかな」
「……肯定派でも否定派でも、どっちでもないっすけど」
ハイドを見る。
「私も」
むしろハイドは“依頼を受けて初心者狩りのPKに報復を行う”という、ネセサリの活動に近いことをやっていた。ハイドは粘着キルを行うような過激なタイプではないが、ジングウジに思うところが少しあるのかもしれない。
「ゴルゴーンちゃん、はどうしてる?」
ジングウジにはゴルゴーンが男なのか女なのかよくわかってないらしい。
「落ち込んでますよ。誰かさんに特殊素材壊されたせいで」
「ははは。そうでないとね」
……自分の行動が他人を害したことを楽しそうに話す人だな。
「ジングウジさんはなんでネセサリやってるんですか」
「PKをやりたかったから」
「へ?」
「でもPKはやりすぎるとPKKの的にされるだろ? だからPKKの方に回って、PKをキルすることにしたんだ。その方が一般のプレイヤーにヘイトを買いにくいと思ったし、PKには俺みたいなわけのわからないプレイヤーが多いけどPKKならまともなプレイヤーが結構参加してくれたからね。パーティメンバーの充実って面で“運営が取り締まらない悪質なプレイヤーを狩る”ってのは有益なお題目だったよ」
うわ。お題目って言いきりやがったよ、この人。
「すっごいエゴな理由でネセサリやってたんですね」
「うん。俺は別に俺のやり方が正しいとは思ってはないよ。ただ俺なりのDDの楽しみ方だったんだよ」
ジングウジが左手で開いたチャット画面を操作する。
「お、PK共が逃げるな―、って言ってるからちょっと行ってくるよ」
「……あんた、パーティは?」
「もうみんなキルされて、外には出たくないって」
いくらこの人が「最強のPK」でも、一人で集団を相手にはできないだろう。
このゲームはレベルのカンストが90までと決まっていて、カンストであればアバターの性能には大きな差がない。ジョブによって高いステ、低いステが決まっている程度。特殊スキルなんかの差はあってもMPやSPの制限があって無限に使えるわけじゃない。
「ほとぼりが冷めるまでおとなしくしようとは?」
「思わないね。だってムカつくじゃないか。元はPKの方を批判している、俺たちに対して別になんとも思ってなかったようなプレイヤー達がいまたまたま『ネセサリ』を叩く流れだからってだけで参加してる、そういうやつらをぶっ殺してわからせてやりたいと思ってね」
不気味に笑って、ジングウジが門の外に出ていった。
「……、イチミヤ。私、わがまま。言いたい」
「どーぞ」
「加勢していい?」
できればついてきてほしい、というふうに俺の手をとる。
俺は大きくため息を吐いた。
まーたネットでぼっこぼこだよ。




