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3.無尽の荒野


 一応止めたのだが、蜂谷は「じゃあ俺だけで行ってくるわ」とそのまま出ていこうとしたので、俺と薊は仕方なくついていく。薊が今井さんの肩を抱く。

 蜂谷と今井さんの家はわりと近所で歩いて十分もしないうちに着いてしまう。一戸建てで白い壁が埃とかで少しだけ汚れている。蜂谷がインターホンを押す。「こんにちはー」ヤンキー感の漂う声で言う。顔を出した今井さんの父親は髪をぴちっと整えたやせ型で眼鏡をかけた男性で、いかにも「ちゃんとしてそう」な容貌の人だった。半袖のラフなシャツを着ていてもどこかお堅い感じが漂ってくる。

 なにか言いかけて、隣の薊と今井さんを見て「なかに入りなさい」と言う。

「お邪魔します」

 蜂谷は言葉こそ丁寧だが口調がキレている。俺と薊は蜂谷に引っ付いて今井家に入る。

 とりあえずリビングに通される。キッチンで洗い物をしていた今井さんの母親が怪訝な顔でこちらを見た。

「あのさぁ」

 蜂谷が切り出した。

「娘の持ち物勝手に壊すっておたくら何考えてるわけ」

「うちの教育方針だ。他人は口を挟まないでもらいたい」

「だいたいおたくら娘の成績ちゃんと知ってるの?」

「知っているよ。クラスで二位なのだろう。公立高校無勢で上がいるなど、たるんでいる証拠だ」

「点数は?」

「……知らないね」

「んじゃ当然、一位のやつが何点とってるかもしらねーと?」

「……」

 蜂谷はカバンから紙を取り出して今井さんの父親の前に叩きつけた。

「いや、超えれるもんなら超えてみろよ?」

 それは、蜂谷の一学期の成績表だった。……全教科100点の。

 あー。

 蜂谷は勉強ができる。言い方はあれだが、蜂谷はボンボンなのだ。家もデカいしゲーム用のモニターとかもすげーデカいのを持っている。薊の生活が寝る、風呂、食事、ゲームだと言ったが、蜂谷の場合はこれに「塾」が加わる。蜂谷は英才教育受けてて幼少期からずっと勉強漬けで、大学入試くらいのレベルならとっくに修了済みなのだそうだ。もっとレベルの高いところに行かずに公立の普通の高校に通っている理由を聞いてみたら俺を指さして「友達が一緒だから」と言っていた。ちょっとこっぱっずかしかった。

「なんだね。君は。不愉快だ。帰りたまえ」

「不愉快ね。あのヘッドセット、誕生日プレゼントに俺が買ったんですけど。プレゼント壊された俺のが不愉快だよ。どーしてくれんの?」

「……きみが娘にあんな不要なものを与えたのか。どうせ親の金だろうに。偉そうな口を叩くんじゃない」

 ちなみにDDのヘッドセットは結構高額で、ソフトと合わせて5万ぐらいする。

 俺と薊は小学生の頃から溜め込んでいたお年玉をはたいて買った。

「は? 俺の金だけど」

 蜂谷はスマホを操作して信用投資金託の自分のページを開いた。

 こいつはお年玉とかそういうのを元手にして、投資で利益を出している。いまのところ利益は云百万くらいらしい。あんまり細かい話は聞いていないけど、おかねもち、こわいと思った。

 まあなんていうか、スタートラインが違う。蜂谷は勉強する時間を生活サイクルに取り入れることを親の指導で幼少期からずっとしてきて、その積み重ねでオール100点とかいう俺や薊からすればバカげてると思う点数をとっている。塾やら家庭教師も昔から一流のものが与えられてたらしい。反動で余った時間は大抵DDにぶち込んでいるわけだが。

 そういう人間に挑むのを無駄だとは言わないけれど、無理矢理「挑まされる」のはどーなんだろうな。

「そもそもさぁ、DDやる前に今井が何やってたかおまえら知ってるの」

「ハチくん、やめて」

 蜂谷は今井さんの手を掴んだ。薄手のジェケットの袖を捲り上げた。

 そこには蚯蚓腫れの痕が残っている。父親が息を呑んだ。顔が蒼白になる。

 今井のさんの手首にあったのは、リストカットの痕だ。

 ……俺たちは知ってた。けど俺たちよりも身近にいるはずの今井さんの父親は、知らなかった。薊が蜂谷の手を叩いて離させた。護るように今井さんを抱いた。今井さんがまた啜り泣きを始める。

「てめーらが追い詰めるからこうなったんだろ? で、リスカやめるために別のストレス発散の方法を見つけたら、今度はそれも取り上げるわけ? おまえら娘の人生なんだと思ってるの?」

「……」

「ハッチ」

「んだよ」

「そのへんにしとけ。やりすぎ」

「は? まだ全然言い足りないんだけど? こういうやつらって鼻っ柱ちゃんとへし折ってやらねえとなんもわかんねえんだよ。他人の話なんか耳に入ってこねえの。クズだから」

 俺は黙って今井さんを指す。

 蜂谷が泣いてる今井さんを見て、目を閉じて眉間を揉み解す。

「……娘と話しあう。今日のところはそれで収めないか」

「無理。だっておまえら、また強要するだけだろ? 話すんなら俺らの中の誰かがいるところで話しをしろ。第三者がいたらできない話って、大抵無茶を言ってるって自分でもわかるだろ?」

「……わかった。そうしよう」

 舌打ちして、蜂谷が今度こそ引き下がったぁ。

 俺は蜂谷を連れて玄関に向かう。「私、残るね」薊が言う。俺は頷く。

 しばらく外を歩いて自販機を見つけたので俺は小銭を入れて、オレンジジュースを蜂谷に投げた。

「さんきゅ」

 プルを起こして缶を開けて、冷たいジュースを喉に滑らせる。

 俺はスポーツドリンクを買う。

「なぁ。やっぱやりすぎたかな? やらかしたかな?」

「大分な」

 あそこまで止めなかった俺も同罪だけど。

 蜂谷は大きくため息を吐いて、目に見えて落ち込んだ。

 俺は現実でも「嫌ならやめる」ことが簡単に出来たらいいのになぁとなんとなく思う。



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