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1.スキルドレイン

 

 “狂乱狩人ベルセルク・アーチャー

 ハイバラ アザミ。

 闘技場ランキング一位。

 ……驚くなかれ、本名でネトゲをやっているのである、このバカ娘は。エディットされているキャラクターもこいつの外見的な特徴と近い。アザミはアホなのだ。

 しかもランキング一位であるこいつは『DLIDDI』内での知名度がすこぶる高い。

 いつか変なやつに声をかけられてのこのこついていって痛い目を見るのではないかと、俺は気が気でない。

 アザミはPCの闘技場ランキングの画面を呼び出して、下へとスクロールさせていく。「ええと、たしかこのへん」百位前後でスクロールを止めて、カーソルを八十九位にあわせた。「この子だよー」とぽわんとした声で言う。


 プレイヤーネームは「ハイド」。ランク八十九位。


「六位のよーちゃんをPKするなんてやるねー」


 アザミは「ハイド」をクリックして戦績を表示する。『四十二勝二敗』。対戦数はそれほどでもないが、勝率が高いからランキングに残っているくちらしい。WINが並んでいる中でLOSSの場所には「ハイバラ アザミ」の名前がある。ああ、なるほど、こいつアザミに挑んで負けたのか。ジョブは“戦士”と“強盗”の上級職『アサシン』になっている。(DLIDDIでは下級職を二つマスターすると上級職への転職クエストが解放される)

 『アサシン』は攻撃力こそ高いがHPと防御力が上級職にしては平凡で、闘技場ではあまり見ない職業だ。システム上、闘技場では“不意打ち”が効果を発揮することは少ないし。(一応、上手い奴はタゲを強制で外せる“霧隠れ”というスキルを使って“不意打ち”を決めてくる。俺は強盗系とってないから知らないけど超ムズイらしい)


「アザミの時は、スキル封印食らった?」

「うん、『サウザンド・ストーム』が封印食らってちょっとてこずった」

「どうやったら解けてた?」

「コロシアム出たら、解けてたよ」


 ……うーん。

 実はそれも試したのだ。が、封印は解けないばかりか、闘技場内での「決闘」ですらスキルが封印されたままだった。そのままボコられて負けた。ランキングが下がった。俺はちょっと泣いた。


「そんなに解けないの? そのカースって」

「うん」


 アザミは「ゲームオーバーなってみたら?」とか「ログアウト試した?」とか「神父さんのディスペルー」とか通り一編、もう試したことを聞いてから「お手上げ―」と言い、両手を上げてぐでーっとした。


「でもカース系なら、あれで解けるんじゃない?」

「あれって?」

「術者への直接キル(報復PK)

「……うーん」


 他の状態異常は、例えば毒や麻痺なんかはかけてきた相手が死んでも解けずに、専用のアイテムやスペル、または時間経過で解除される。対してカース系の異常は、術者が死ねば解けるという特徴がある。

 闘技場は例外で、決闘中に起こった状態異常などは例外なく出るときに「治療」される。


「そうなんだけど、俺、こいつの居場所、知らないんだよなぁ」

「ランカーなんだから闘技場来るんじゃないの?」


 俺は「ハイド」の最新の試合が行われた日付を指さした。

 約一ヶ月前になっている。


「あ、だめっぽいねー」


 アザミは嬉しそうな顔をした。


「ってことは、今度のあたしとの決闘、棄権するの?」

「だろーなー」

「やったー」


 両手をあげて喜ぶ。

 闘技場には「ランカー」とは別に「チャンピオン」がいて、そいつへの挑戦権には「自身のランキング十位以内で、50位以内の相手に、直近十連勝」が必要になる。しかも「挑戦権」にチャレンジしている最中にはランカーからの挑戦は拒めないシステムだ。アザミは他のやつには無類の強さを誇っているのだけど、俺との相性が悪くて「十連勝」が達成できていなかった。

 というか俺がアザミの「挑戦権」をもう七回ぐらい阻止していた。


 ネットでは、

「イチミヤ空気よめ」

 俺のプレイヤーネームはイチミヤだ。

「安定のイチミヤ妨害。死ね」

「俺はクイーンとアザミちゃんの絡みが見たいんであってイチミヤなんかお呼びじゃないんだよ。イチミヤまじなんなの? カスなの?」

「アザミちゃん負かすならせめて自力で十連勝しろや。自分は五連勝ぐらいしかしないのまじカス」


 と叩かれまくっていた。外野め、五連勝でも大変なんだぞ……俺はちょっと泣いた。

 でもアザミは最近、俺以外のやつにほとんど負けてないから、俺が棄権したら「十連勝」に手が届くんだろうなぁ。

 アザミはちょっと考えてから首を捻った。


「そぼくなぎもーん」

「何?」

「よーちゃんさ、スキル封印食らったままでハイドちゃんに勝てるの?」

「やー、わかんね。けど封印食らいっぱなしってわけにもいかないし、やるだけやってみるわー」

「あたし、殺ったげよっか?」


 アザミのジョブ、「狂乱狩人」は“狂戦士”と“狩人”の上級職だ。狩人には「気配察知」の特化スキルがあって“強盗”の“不意打ち”に対して強耐性を持っている。相性は抜群で、俺が戦うよりも随分勝率が高そうだ。

 ちなみに俺の「武器召喚士」は“戦士”と“召喚士”の上級職。

 基本的には「DLIDDI」では戦士+魔法使いの組み合わせはステータスがどっちつかずで弱いからとっている人間は少ない。「無限火薬庫」というアイテムが手に入るまで闘技場なんて挑もうとも思わなかった。チュートリアルでちょっと触ったきり放置していた。「武器召喚士」はタイマンに向いている職業ではない。かといって別にパーティ戦闘に向いているわけでもないのだが。

 ……ではなぜ俺がこのジョブの組み合わせを選んだかというと、俺がぱしりだったからだ。

 中学生で初心者だったころ、二年前くらいか。

 俺は二つのパーティに所属していた。

 片方はアザミや他の同級生とのパーティ。

 もう一つは将棋部の先輩とのパーティだ。

 アザミ達の方には「魔法使い」系統の後衛がいなかった。俺は「召喚士」をさせられた。

 先輩達の方には「戦士」系統の前衛がいなかった。俺は「戦士」をさせられた。

 ……どっちも横暴だったので、俺は時々泣いていた。

 さておき、たしかにアザミに任せた方がカースの解ける可能性は高そうだ。が。


「いーよ。自力でやる。おまえは十連勝に専念してろ」

「はにゃ?」


 俺の返答が意外なものだったのか、アザミは間の抜けた顔をした。

 すぐににんまりと笑う。猫みたいな顔。


「おっけー! さくっと“クイーン”ぶっ倒してくるね!」


 アザミはヘッドセットをつけて、DLIDDIの中へとダイブして下位ランカーの挑戦を受ける。


 ——相手は“戦士”と“僧侶”の上級職、「聖騎士」だった。


 HPと攻撃力、防御力が高い。「DLIDDI」では職業ごとに装備できる武器・防具が異なるのだが聖騎士はオーソドックスな片手剣や片手槍だけでなく、攻撃力の高い騎士剣や両手槍、両手斧も装備できる。盾や鎧も質のよいものが装備できる。おまけに時間経過で体力が回復していく「オートヒーリング」を持っていて、状態異常へのレジストも高い。

 とことんタイマンに向いた職業だ。闘技場のランカーでは「バトルマスター」(戦士+武闘家)と並んで人気の高い職業になる。というか闘技場だと基本的に「聖騎士」と「バトルマスター」しか見ない。魔法系統のジョブは紙耐久が祟って闘技場向きではないのだ。

 お相手の聖騎士は盾を装備しておらず、身の丈ほどの長さの攻撃力の高い騎士剣を装備している。防御力よりも火力に割いたビルドだ。

 対して、アザミの「狂乱狩人」は、狂戦士のステータスの特徴を継いでいてHPと攻撃力は高いが防御力は最低。しかも「まともな防具を装備できない」という特徴がある。なのでハイバラ アザミは初期装備の「胸当て」と「腰布」しか防具を装備していない。……はたして「穿いている」のだろうか? (どうでもいいがキャルトという頭にネコミミが生えた種族を選択しているアザミのアバターは、ネコミミつきでたゆんたゆんな半裸の露出狂である。実にけしからん)

 狂戦士に連なる上級職のジョブは防御力の低さがタイマン向きではないため、闘技場向きではない。

 というかそもそも「狩人」は状態異常付与を得意とするジョブで、狂戦士には「状態異常を付与できない」という特徴があるのでジョブ同士のシナジーがまったくないのだ。先輩とアザミのことを話しているときに「ド素人が適当に選んだ組み合わせ」と言っていた。俺もそう思う。

 はっきり言おう。

 アザミは馬鹿なのだ。こいつは「狩人好きー。弓撃ちたーい」から狩人を取った。「狂戦士好きー。暴れたーい」で狂戦士を取った。ちなみに『DLIDDI』ではジョブの振り直しには前のジョブをリセットする必要があって、その時には上級職のデータまでまるまるリセットされる。おまけに必要経験値が莫大で簡単に取り直せない。


 だけど馬鹿は時々奇跡を起こす。


 円形の狭い闘技場の中で、ゴングが鳴ると同時にアザミはバックステップで距離を取る。対戦相手の聖騎士は間合いを詰めようとするが、聖騎士は高い攻防力と引き換えに敏捷性が低い。重い武器・防具も敏捷を引き下げている。

 狂戦士は強盗系に次いで敏捷性が高い職業で「狂乱狩人」もその特徴を継いでいる。

 相手はアザミの移動速度についていけずに間合いが離れる。アザミが「百発千中」のスキルを発動させる。このスキルの効果は「一定時間の間、ダメージを十分の一にしてヒット数を十倍にする」というものだ。ダメージ自体はスキルを使った前と後ではまったく変わらない。100×1か10×10か、というだけの話だ。元々は狩人のスキルで本来は「本来は一回しかない状態異常の判定を十回発動させる」用途で用いられる。が、前述の通り狂乱狩人は「敵を状態異常にする」ことができない。

 では何に使うのか?

 答えはあいつの持っている弓にある。「血戦弓・ブラッディレイン」と銘打たれたその弓の能力は、「定数ダメージ」だ。

 効果自体は1ヒットにつき100程度。前衛系ならばHPが一万を超えるこのゲームの能力としては決して強くない。「ブラッディレイン」自体の攻撃力が高くないので「期間限定の超絶鬼畜ボスモンスターを倒さなければ素材がドロップしない」という入手難易度も相まって誰もこの弓に注目しなかった。(ちなみにそのボスモンスターは、必中攻撃を回避する回避率99%かつ高HPというものだった。スリップダメージを与えてきて時間経過と共にそのスリップダメージが大きくなっていく。「嫌ならやめろ」の本領発揮である。俺は勝てなかった。)

 アザミは「回避率99%なら、攻撃を10000発叩きこめばいいじゃない!」と意気揚々とそのボスを狩りに行った。

 アザミが弓を引く。「百発千中」の効果によって、アザミの指を離れた瞬間に一本の矢が十本に分裂して「聖騎士」に襲いかかる。聖騎士は騎士剣を盾にして矢を受け止める。矢自体のダメージは限りなく低いが、十倍化したアザミの弓撃は通常のダメージの他に100×10の定数ダメージを与える。12000ほどある相手のHPが十分の一削れる。

 鈍重な聖騎士がヒットストップとノックバックによってさらに突き放される。

 とはいえ、闘技場はさほど広くない。相手の聖騎士は弓撃を受けて傷を負いながらも懸命に間合いを詰める。円を描くように逃げ回るアザミを追い詰めて、HPが半分ほど削れながらもついに剣の間合いに達する。『エクスカリバー』のスキルを発動して、アザミに向かって剣を振り下ろす。聖なる光を帯びた剣が、まともな防具を身につけていないアザミの肩口から腰にかけてを切り裂く。13000あるアザミのHPがたった一撃で三分の一ほど削れる。『エクスカリバー』は大ダメージと同時に「火傷」の状態異常を与える聖騎士の固有スキルで、「火傷」には攻撃力と敏捷性を引き下げる効果がある。強盗系や狩人系の相手をするときの『聖騎士』の常套手段だ。相手が『狂乱狩人』でなかったら、敏捷を引き下げられて撃ち合いに持ち込み、攻防力に任せて滅多打ちにする『聖騎士』の戦術にハマってぼっこぼこにされていただろう。

 が、アザミは剣を振った直後の相手の脇を通り抜けて再び大きく距離をとった。敏捷が落ちていない。「狂戦士」には「状態異常によるステータス減少を受けない」、「ヒットストップとノックバック」を受けないという特性がある。“狂っている”のだからその程度のことでは怯んだりしない、ということらしい。

 アザミは弓を天に向けて、『サウザンド・ストーム』のスキルを発動する。一本の矢が千本の分裂して、千本の矢がさらに「百発千中」の効果が十倍化されて一万本の矢の雨になって、打ち出される。広範囲攻撃なので一万本の矢がすべて単体に命中するわけではないが、それでも百本くらいはぶちあたって相手のHPは残りわずかになった。(ちなみに相手のサイズが大きいと一万本の矢がフルヒットする。10000×100で百万ダメージを与えてレイドボスのHPの大半を吹っ飛ばしているのを見たことがある。このゲームの仕様はイカレていると思った。

 アザミが最後の弓を引いて、聖騎士はすべてのHPを失って崩れ落ちた。


「ひゃっはー! これで七連勝!」


 アザミは俺に向かってVサインを作った。




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