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2.ヒエラルキー・クイーン


 先輩の敗因は、……言うまでもなかった。「俺」だ。

 薊は事前研究が得意ではない。先輩の戦闘の動画は幾つかサイトに残っているけれど、それらの動画を見ながらではうまく想像が働かないと以前に言っていた。その薊に『エリア・フォース・ブリザード』や『アイスシールド』を主体にした先輩の戦い方を間近で見せてしまった。結果として、薊は「ブラッディレイン」を捨てるという決断に出ることができた。きっとバンドウさんがアザミとの戦闘で「ダイヤモンドバックラー」を捨てて挑んできたのも大きかったのだろう。

 もう少し言うならば、やっぱりジョブの差も大きかったように思う。試合は全体的に先輩が有利に進めていたはずなのに、結局攻めきれなかった。攻防力に乏しく、魔法攻撃力も高くない先輩のジョブは、あからさまに闘技場向きではない。そのジョブでチャンピオンの座に居座っていたのがそもそもおかしいのだが。火力の低い先輩は試合を長くコントロールしていたにも関わらず、薊のアタックを何度も許してしまって、その中の一撃がヒットして勝負が決した形になった。

(先輩のが上手かったのにな)

 蜂谷と今井さんが「勝った! 薊が勝ったよ!」と抱き合って喜んでいる。

 俺は薊を応援していたはずなのに、うまく喜ぶことができなかった。喪失感に似たものがあった。自分のことでもないのに。

 勝負に綾があったとすれば、二撃目の『アイスランサー』がHPの三割を切らせた部分だろうか。薊が『月下咆哮』を使えなければ、なにかしら先輩に攻め切る手段があったような気がする。結局のところ、薊が果敢に攻めたから先輩は相応の反撃に出ざるを得なくて「HPを削りすぎて」しまった。掴みかかって密着状態で反撃を食らってしまったアザミの判断はトータルで見ればありだったのだろう。

 それにしても。

 そうか。

 薊がチャンピオンか。

 なんか変な感じがするなぁ。

 モニターの中では疲労と虚脱状態から戻ってきたアザミが「いえーい、よーちゃーん! みってるー? 勝ったよー! クイーンぶっ倒したよお!」と勝利者インタビューの中でテンション高く話している。腕をぶんぶん振り回して小躍りして全身で感情を表現している。どうでもいいけど、あだ名とはいえ人の名前を全国ネットでぶちまけるんじゃありません。

 先輩にもインタビューしようと金髪で白い鎧に身を包んだ「これぞ聖騎士!」って感じのがんもどきのキャラクターがマイクを持って近づいていくけど、先輩は「すみません、リアルで用事があるのでこれで失礼します」と取りつく島もなくログアウトしてしまう。

 そのあまりのクールさにがんもどきが「そんな殺生な……」とあんぐりしている。

 まあ先輩がいなくても、薊が二人分喋るだろ。余計なことまで。

 少しして俺は蜂谷の家を出た。

 ぼんやりと歩いているとスマートフォンが震えた。先輩から「八時にログインして」とLINEが送られてくる。「了解」と送り返す。

 そうして実際に八時になってログインしてみると、神殿の前で先輩が待っていた。魔女帽子を被っていてローブの代わり花の模様ドレス。それから肩を隠すのに薄手のジャケットを羽織っている。

「どこか入りましょ」

 適当に繁華街を歩く。街はチャンピオンの交代でちょっとしたお祭り騒ぎだった。ログインしているプレイヤーがいつもより多くて、少し割引して露店を開いている人や『酩酊』の状態異常を与えるドリンクを飲んで千鳥足になっているやつとか。(別にプレイヤーが酔えるわけではない)

 アザミもどこかではしゃいでいるのだろう。先輩は装いを変えているのとネームを非表示にしているから他のプレイヤーに先輩だと気づかれていない。

 先輩が適当に喫茶店を選んだ。先輩はコーヒーとケーキのセットを頼んで、俺は紅茶を頼む。実際に作っているわけでもないから注文したものはすぐに運ばれてくる。「小説家になろう」に連載されている話では精巧なゲームで電気信号を走らせて味蕾を刺激したのと同じ効果を与えて脳に味を錯覚するようなやつがあるけど、DDはそこまで作りこまれていないから別に味がするわけじゃない。DDのこの手の店は飲んだあとに微弱なHP継続回復効果(リジェネ)や睡眠への状態異常無効効果があったり、あるいはただ雰囲気を味わうため。

 ギルドに入っていないやつが「静かな空間」が欲しいときに来る場所だ。

 先輩がコーヒーを一口飲んで「DD、やめようと思うの」と切り出した。

「そうですか」

「ずっとやめようとは思ってたの。バカに負けたのはちょうどよかったわ」

「ちなみに手を抜いたとか言いませんよね?」

「まさか。あたしは負けるのが死ぬほど嫌い。ガチでやって普通に負けたわよ」

 先輩がため息をつく。

「俺のせい、ですよね」

「は?」

「ゴルゴーン達とやりあったときに先輩が手の内晒さずに済んでたら、結果、違ったくないですか」

「バカじゃないの? あんた」

「……」

「敗着は一撃目の『アイスランサー』のあと。バカがダウンしてるときにあたしは『アイスシールド』を張り直したけど、あそこで『ワイズ・エンチャント(魔法攻撃力バフ)』を掛けるべきだった。そうすれば次の『アイスランサー』で三割を切らせたときに、スリップダメージで自爆に追い込めるところまでHPを削れた。持久戦になったときでも『ワイズ・エンチャント』は三割切る手前のどこかで掛けないといけなかったから、あそこで掛けとかないといけなかった。二発目の『アイスランサー』をあんなに早く打つことになると思ってなくて、タイミングをミスったのよ。敗因はプレイングミスよ」

「……自分に厳しい人だなぁ」

「あたしは八つ当たりはするけど反省もちゃんとするのよ」

 自嘲気味に言う。

 俺はちょっと笑う。

「やめるの、いいと思いますよ」

 先輩は奨励会だけでなく、いくつかの女流棋戦にも出ている。将棋の棋士には「棋士」と「女流棋士」がいて、女流棋戦の中には「女流棋士しか出られないものと「女性ならば誰でも」出られるものがある。奨励会員の先輩は前者には出られないが、後者には出ることができる。いまのところ、元奨励会三段の沢渡女流五冠と現役の三段の桃山女流二冠の牙城を崩せてはいないが、どちらもフルセットまで追い詰めたことがある。多分先輩は一年か二年の内になんらかの女流のタイトルを取る。この人にはDDみたいな時間を食うゲームをやってる暇はない。

「……ぽろっとだけ本音言っていいですか?」

「何よ」

「さみしいです」

「あっそ」

 ふふっ、と先輩が意味深に笑う。

「まあ。そんなわけだから、あたしがDDにログインするのはこれが最後よ」

「データ消さないでくださいね」

「なんで?」

「なんかの間違いでまたやることになるかもしれないじゃないですか。例えば、ほら、“余裕が出来たとき”とか」

 せんぱいが、よだん(プロ)になったら。

「バーカ。そしたら次にやりあうのは、三段よりもっと強いやつらばっかりなのよ? あたしはいまよりもっと勉強に時間割かないと」

「でも将棋界で活躍してる人って、結構他のことやってません。ほら、去年」

 将棋の棋士が麻雀の大会で麻雀のプロを破って優勝する、という珍事があった。

 それからポ〇モンカードの大会で優勝した棋士がいたり。

 あと将棋界の神と言われているあの人は、「日本で一番チェスが強いプレイヤー」だった時期がある。

「あー……」

 先輩が眉間をおさえる。

「そうね。データだけは、残しとくわ」

 よかった。データの削除と一緒に思い出まで消えてしまいそうで、切なかった。

 先輩が立ち上がった。もうログアウトしてしまうんだろうか。俺は座ったまま、先輩を見上げる。

「なにやってんの。行くわよ?」

「え」

「少し歩きましょう?」

 俺と先輩は喫茶店を出る。

 浮かれた街を歩くには、先輩も俺も言葉少なで。ぽつりぽつりとどうでもいい話をした。話したいことはたくさんあるはずなのにうまく言葉にならなかった。

 街を一周して神殿の前に戻ってきて、先輩が立ち止まる。俺を振り返る。俺は先輩が「じゃあね」と言うのが嫌で、恐くて、俯いていた。先輩は「付き合わせて悪かったわね」と軽く笑った。

「いつでも付き合いますよ」

「今日だけじゃなくて。ほら、あたし、あんたに八つ当たりばっかりしてたじゃない? ゲームでも現実でも」

「いつでも八つ当たりしてください」

「どうしたの。今日ちょっと変よ?」

「そうです。ちょっと変なんです。センチメンタルな気分になってるんです」

 先輩は笑ったけど俺は笑えなかった。

「たかだかゲームの引退で、なに泣きそうな顔してんのよ」

「目にゴミが入ったんです」

「あんたこれゲームよ?」

「目にゴミが入ったんです」

「そう」

 先輩はぽんぽんと子供をあやすみたいに俺の髪に軽く触れた。

「あんたのおかげで楽しかったわ。ありがと」

「ドロップアイテムをカツアゲされたの、忘れません」

「……忘れなさいよ」

「いつまでも覚えてます」

「忘れなさいってば」

 先輩が俺を蹴りかけて、足を止める。そういうのも、もう終わりにしないといけないと思っているのだ。苛立ちとか悔しさとかそういった自分の感情を自分で処理できるようにならなければ、この先は見えてこないと思っている。俺は別にいいのに。

「あたしはあんたから遠くにいく。そうじゃないと多分いまは、上にいけないと思うから」

「はい」

「だけどね、()()()()()()()あんたに言いたいこと、ちょっとあるんだ」

「……はい」

「だから、その、あんたがいいなら、待ってなさい。あんまり長くならないようにするから」

 あんまりってどれくらいですか? 一年ですか? 二年ですか? それとも奨励会の年齢制限まで(きゅうねん)ですか?

 肩掴んでがくがく揺さぶりながら聞きたかった。

 でも俺は黙ってうなずくしかなかった。


「じゃあね」


 俺がどうしても聴きたくなかった言葉を言って先輩が行ってしまう。

 街の喧騒の中で俺は一人になる。

 通話が来て「よーちゃーんどこー? あーそーぼー」とテンションのバカ高い薊の声が耳の奥を貫いて、ずっと覚えておきたかった先輩の「じゃあね」を掻き消してしまう。



クイーン編終わり。

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