2.ヒエラルキー・クイーン
クイーンは多分『月下咆哮』を使わせないつもりだったんだと思う。アザミのHPを三割の直前まで追い込んでから自己バフを掛けて魔法防御ダウンのデバフをかけて、大火力の攻撃で残りの三割を一気に削ってしまう戦略を立てていた。
けれどクイーンは組み付いてきたアザミを引き剥がすために『アイスランサー』を使って、HPの残量三割を割らせてしまった。
アザミは後ろに跳んで放り投げていた「アルテミス・アロー」を拾い上げる。直後に速攻で『月下咆哮』を発動させる。俺だったら吹雪とスキルでの二重のスリップダメージを恐れて躊躇したと思うが、アザミにそんな思考は介在しなかった。
すべてのステータスが二倍になって、ついでに『グラビティ・エンチャント』のデバフが解除される。『月下咆哮』中はあらゆるデバフを受け付けなくなる。
アザミの弓から『スプリットショット』が放たれて『アイスランサー』がそれに対抗する。氷の槍と降り注ぐ弓矢が相殺される。『スプリットショット』の方がヒット数が多いからクイーンが相殺を突き抜けていくらか被弾するがダメージは軽微だ。間隙を縫っての『シューティングスター』は、『アイスシールド』に受け止められてしまった。
クイーンが下がって距離を取ろうとする。さきほどまでは遠距離での削り合いではクイーンのダメージの方が大きかったから撃ち合いを避けていたが、いまアザミのHPは二重のスリップダメージでごりごり削れている。『シューティングスター』さえシールドで防御できれば遠距離の方が安全なのだ。『月下咆哮』を使わせたときの展開もきちんとシミュレートしてきているあたり、クイーンだった。
けれど、元々敏捷の高い狂戦士系の二倍化したステータスは開いた距離をほとんど一瞬で詰めてしまう。というかさきほどまでのアザミの不利な展開は『グラビティ・エンチャント』の影響下にあったからこそ成立したものだった。アザミが跳躍した。跳び蹴りがシールドを叩き割る。果敢に挑んでいくが実は接近戦はアザミにとってもリスクが高い。もう一度、『アイスランサー』のフルヒットを食らってしまえば残HPが三割を切っている状態では耐えられない。
クイーンが杖を突きだした。拳を振るおうとしたアザミを微かに突き放す。アザミの拳がクイーンの鼻先の空間を灼く。クイーンが両腕を固めて、続く蹴りをガードする。アザミが蹴り上げた足をそのまま振り下ろす。踵が振り落とされる。『ハンマーキック』がクイーンの右肩を砕いた。さすがのクイーンもステが二倍になっているいまのアザミを近接では捌けない。ヒットストップから立ち直った直後にクイーンが左手を突き出す。アザミが左手を注視して一瞬攻撃が止まる。近距離での『アイスランサー』を警戒したのだ。でもクイーンはなんの魔法も発動させていない。隙間を縫っての蹴りがアザミを突き放す。
「うぇ……」
俺は呻く。クイーンは“自分が相手の動きを読む”のではなく、“相手に自分の動きを読ませた”。いくらアザミがバカでも『アイスランサー』を二発も貰っていれば警戒せざるを得なかった。ああいうことができないとチャンピオンってなれないんだろうな……
再び飛び掛かろうとしたアザミを『アイスボルト』の握りこぶし大の氷弾が牽制する。攻撃力の低い下級の魔法だが、スリップダメージでモリモリHPが削れているアザミはもうわずかなダメージも食らえなくて魔法から逃げざるを得ない。それでも勘に優れるアザミは呼吸を読んで、二撃目の『アイスボルト』が放たれた直後に大胆に間合いを詰める。近接の距離で、凌ごうと備えたクイーンの目の前で突然バックステップした。弓を構える。「!」クイーンがサイドステップでかわそうとしたが、敏捷差があるのでアザミが照準を修正する方が速かった。『スプリットショット』が近い間合いでクイーンにフルヒットした。『スプリットショット』も『アイスランサー』と同様に広範囲の相手に矢をばら撒くスキルで、こちらも「近距離で撃てばフルヒットして大ダメージになる」性質がある。クイーンのHPがようやく三割を切る。スリップダメージを受け続けているアザミのHPは一割を切っている。もうあと十秒もすれば零になる。
「届かないか……」
クイーンが『アイスストーム』をでたらめに放つ。クイーンの周囲に氷交じりの嵐が巻き起こる。アザミが飛びずさって魔法を躱す。が、その『アイスストーム』の狙いはダメージではない。残された時間のいくらかを氷の嵐を発生させる魔法で弓矢を相殺して、残HPのわずかなアザミが突っ込んでこれないようにすれば決着がついてしまう。この展開になったときに先輩が用意していた、詰めの一手。必至。
——余談であるが、DDでは「特殊アイテム」の類は一つしか装備できない。
——「特殊スキル」も同様で、スキルを外さなければ特殊武器や他の特殊スキルを装備できない。
——今回アザミは「ブラッディレイン」を装備していない。
——だから「特殊スキル」のスロットが余っていた。
「『インビシブル』」
なにが起こったのかわかったやつはいなかったと思う。
残HPがわずかなはずのアザミが氷の嵐の中に突っ込んだ。(あとでアザミに聞いたが)特殊スキル『インビシブル』の効果は、「2秒間の完全回避」。あきらかに当たってるはずの氷の礫が悉くミスの判定になる。アザミが近距離で弓を構えた。クイーンがシールドを展開した。シールドでさえミスの判定を受けて攻撃がシールドをすり抜けた。クイーンの胸を『シューティングスター』が貫いた。
二倍のステータスに撃ち抜かれて、クイーンのHPがゼロになった。
「……ちゅかれた」
アザミがぺたんと足を広げてしりもちをついて女の子座りになる。顔を上に向ける。目をぱちぱちとしばたかせて両腕を投げ出す。
コロシアムが大歓声に包まれた。




