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2.ヒエラルキー・クイーン



 火曜日になって、蜂谷の家に遊びにいく

「おーっす」

「おー。入れ入れ」

「お邪魔します」

「あ、陽介くん。こんにちは」

 先に来てた今井さんがぺこりと頭を下げた。

「こんにちは」

「物の少ない部屋だな」

 蜂谷の部屋は本棚と机とパソコン、それからベッドに大型のテレビが置いてあるぐらいで高校生の部屋にしては殺風景に見えた。もっと他にゲーム機とかあるもんじゃないだろうか。部屋の中で一番目立つものが今井さんである。ショートパンツから出ている太ももが眩しい。半袖のシャツの上に薄手のレースジャケットを羽織っているだけなので上半身のガードも硬くない。そんな装備で大丈夫か? 「甘いですよ。陽介くん。こういうのに限ってむっつりでベッドの下あたりにですね」今井さんがボブカットを揺らしてベッドの下に覗き込んで手を突っ込んだ。おい、他人の部屋でフリーダムかよ。「……わお」今井さんが大きな声では言えない類の本を探り当ててしまって何とも言えない声を出す。「きゃあ」蜂谷が顔を両手で覆ってか細い悲鳴をあげる。

 今更かもしれないが、蜂谷はハチノスのプレイヤーで、今井さんはクスノキのプレイヤーである。

 アザミとクイーンの試合を観戦するのに、画面のデカいテレビを持っている蜂谷の家に集まったのだ。

 これがアザミの試合でなければアザミも来ていたところだ。

「そろそろ始まるよ。つけようよ」

 今井さんが言い、蜂谷がテレビのスイッチを入れてネットに繋げる。ログインして闘技場の中でも見れるしそっちで見ている人も多いが、ぶっちゃけ「観客席」から見るよりも動画サイトのライブ配信で共有されているものの方が見やすいのだ。臨場感を重視しているらしいけど、観客席からだとどうしても遠い。

 大画面にコロシアムの内部の映像が映し出される。

 アザミが体の節々を伸ばして準備運動をしている。

 クイーンが邪魔くさそうに突っ立っていた。

 解説に呼ばれたYouTuberが適当に雑談している。

 クイーンにこてんぱんにされた前チャンピオンのがんもどきさんが「クイーンのタイトルマッチは久しぶりだから楽しみです。アザミさんの勝率からすればもっと早く達成できててもおかしくなかったんですけどね、どうしてでしょうねえ」と言ってコメント欄が「〇チミヤくそ」とか「イ〇ミヤ4ね」で埋まる。がんもどきが煽っておきながら「みなさん特定プレイヤーへの誹謗中傷はやめましょうねー」と半笑いで言う。おのれ、がんもどき。蜂谷と今井さんが大爆笑している。おまえらほんとに俺の友達か?

 タイトルマッチらしい前口上みたいなものはなかった。

 カウントダウンが始まり、いつもの闘技場と同じように試合がスタートした。

「百発千中」と「エリア・フォース・ブリザード」がほぼ同時に発動する。

 モニターが吹雪に包まれてこちらからはおそろしく見づらくなるが、運営が気を利かせて雪に透明化を施して見づらさを解消していた。DDの運営がこういう方向で仕事してるのをはじめてみたかもしれない。

 先輩が『アイスシールド』を自分に付与する。アザミの弓撃がシールドに着弾して、止まる。「血戦弓・ブラッディレイン」は元の攻撃力が低い。おまけに付与されている定数ダメージは「生物に限定」だったりする。氷の盾を突破できるだけの破壊力がアザミの弓には欠けている。クイーンはバンドウさんと違って耐久力でアザミと勝負できる数少ないプレイヤーだ。

 かといって一概に相性差で先輩が有利とも言えない。

 強盗系や武闘家系が苦にする「雪による足場の悪さ」の敏捷の下降補正を、狂戦士系のアザミは“状態異常によるステータス低下の無効”で受け付けていない。(この仕様は俺もゴルゴーン達とやりあうまで知らなかった) 元々鈍重な聖騎士あたりならば一切近づけさせずにロングレンジから魔法でタコ殴りにできる先輩の優位は消し飛んでいる。

 先輩が重複可能な『アイスシールド』を増やしていく。

 吹雪フィールドのHP減少効果のため、先輩は「待っている」だけでアザミに勝つことができる。アザミが弓を引く。

(弓はシールドで止められるんだ。近接しかないだろ。なんでアザミは足止めてるんだ?)

 『シューティングスター』を放った。流星の名を冠する、弓技にしては攻撃の高いスキルだが、元々の攻撃力の低い「ブラッディレイン」ではたかがしれて――ばきゃん、と音を立てて先輩のシールドが砕け散った。

「は?」

 十倍化した『シューティングスター』は次々にシールドを破砕していく。

 え、なんで? 先輩のシールドは一つにつき約HP500を肩代わりできる。いくら『シューティングスター』の攻撃倍率が高くても、元々の攻撃力が低い「ブラッディレイン」であんな威力が出せるはずがない。……からくりは注視すればすぐにわかった。

 アザミの構えている弓は「ブラッディレイン」ではなかった。「アルテミス・アロー」だ。特殊アイテムではない装備の中では最高の攻撃力を持っている弓だ。


 あいつ、あのスタイルで特殊武器を捨ててきたのかよ……!?


 アザミが闘技場で無双している理由は、『狂乱狩人』が秀でている「ヒット数に優れたスキル」と「ブラッディレインの定数ダメージ」のコンボが強烈だからだ。弓の攻撃力は剣や槍といった他の武器に劣る。「ブラッディレイン」なしでは別段火力が高いわけではない。必殺の威力を誇っていた『サウザンドストーム』や『スプリットショット』だって、普通の武器ではただの範囲攻撃だ。

 バカなのか英断なのかは、結果を見ないとわからない。

 クイーンとパーティを組んだときに『アイスシールド』や『エリア・フォース・ブリザード』を見たアザミはあいつなりの対策を打ち立ててきたのだ。

 そしてそれは多分、クイーンの“研究”を外している。

 クイーンが舌打ちして弓矢から逃げる。十倍化した弓撃を避け切れずに多少のダメージを負う。先輩はこてこての魔術師系統なので、シールドを剥がしてしまえば耐久がさほど高くない。

クイーンは多分、ブラッディレインでの攻撃をアイスシールドで止めての、近接格闘戦を予想していた。魔法職の先輩は勿論、前衛職の狂戦士の特徴をある程度引きついだアザミにステータスで大きく劣る。だけどクイーンには攻撃を先読みするセンスと『アイスエンチャント』がある。吹雪フィールドの中で威力を増す氷系攻撃魔法を組み合わせればある程度やれるという目算を立ててきたはずだ。

 クイーンが『グラビティ・エンチャント』を放つ。「状態異常によるステータス低下を受けない」狂戦士だが「デバフによるステータス低下」は普通に受け付ける。むしろ他のジョブよりも耐性がない。アザミの体が重力を纏い、敏捷が引き下がる。シールドよりデバフを優先した代償にクイーンが弓を受ける。と、クイーンが予想外の行動に出た。

 クイーンの基本的な戦法は「待ち」である。

 デバフを掛けつつシールドを張って耐久する、HP減少効果で削る、無理に攻撃を仕掛けようとした相手を攻撃魔法で迎撃。『エリア・フォース・ブリザード』が構成する足場の悪さによって成立している。ばりばりの遠距離型だ。

 だから地面を蹴って杖を振り上げてアザミとの距離を自分から詰めていくクイーンの姿は、誰もが予想し得ないものだった。アザミも虚を突かれた。弓矢がクイーンを迎撃するが、『アイスシールド』が砕け散りながらもクイーンにダメージを届けない。下がって弓の距離を保とうとしても、『グラビティ・エンチャント』の重力によって足が満足に動いてくれない。

「『アイス・エンチャント』」

 杖の一撃がアザミの手を叩いた。アザミの左手が凍り付く。

「ぐっ……」

 アザミは反撃に『サマーソルトキック』を繰り出そうとして、途中で足を止める。振った直後の杖の石突がアザミの足を振り上げる軌道上に置かれている。じゃあ腰を回して右拳を放つけれど、凍り付いた左拳が使えない状態での右フックはクイーンに読まれていた。クイーンが頭を低くしてアザミのフックを掻い潜る。ぴたり。左手をアザミの胸に当てる。

「『アイスランサー』」

 左手から魔法円が広がる。無数の氷の槍が魔法円から発射されて、アザミを撃ち抜いた。風に吹かれた紙きれみたいに吹っ飛んで、転がる。

 『アイスランサー』は本来威力の低い範囲攻撃魔法だ。複数の敵に向けてニ十本程度の槍を飛ばす。が、今回のように零距離で発動すれば、ニ十本の槍がフルヒットして大ダメージになる仕様がある。スリップダメージもあわさって、アザミのHPは六割程度しか残っていなかった。対してクイーンはまだ九割を残している。「強すぎ」と蜂谷が呟いた。

 ステータスの低さはセンスで補って近接すらこなす魔法職。

 遠距離戦が本来の土俵。

 シールドのせいで並みの攻撃では撃ち抜けない。

 クイーンは無敵に見えた。

 次の魔法を構えつつ倒れた敵を見下ろす姿が、なんて似合っているのだろう。

 外から見ていると戦意喪失してもおかしくないくらいの差があるように見える。


 ——でもまあ馬鹿の辞書には戦意喪失なんて言葉は載ってないわけで。


「どうしよっか」

 アザミの嬉しそうな目が外部モニターのカメラを見た。俺と目が合った。アザミが左手を地面に叩きつけて時間経過で脆くなっていた『凍結』を解く。くん、と体を捩って、飛び起きる。口元には笑み。瞳にはなにか気づいた光がある。アザミが弓を構える。選んだスキルは『スプリットショット』。高いヒット数を誇るスキルがクイーンのシールドにがりがりと突き刺さり、砕ける。余剰のヒット数分がクイーンに襲い掛かる。

「くそ」

 杖で矢を払いながらクイーンが悪態をつく。

 シールドは大火力の一撃ならば盾が砕けても受け止め切ることができる。けれど盾が砕けた後も継続するような高ヒット数の攻撃ならば、クイーンまで届く。

 ばりばりの遠距離型のクイーンが、ステータス差の響きやすいリスクのある近距離戦を挑んできた理由に、アザミは気づく。クイーンは射撃戦が、撃ち合いが嫌なのだ。

 魔法付与術士はあくまでバッファー、デバッファー。魔法攻撃力はさほど高くない。そもそも『フレイムストライク』をはじめとする高火力の魔法攻撃を使えない。下級職の魔法使い時代に使えたものに毛が生えたくらいだ。

 撃ち合いは遠距離戦の専門家のアザミに分がある。

 もう一度、間合いを詰めようとするクイーンの目には微かな迷いが見える。先ほども言ったが「ステ差がある」からだ。魔法職のクイーンの攻撃力・防御力は低い。シールドで水増しされているからかなり耐えられるように見えるが近接物理攻撃のラッシュを食らえば即死し兼ねない。センスではクイーンが一枚上手でも、ラッキーパンチの一撃が入ってしまえばそれだけで試合が決してしまうのだ。

 近接・遠距離、どちらをとっても実はアザミに分があるのを誤魔化している。開き直ればアザミが優勢になる。クイーンがシールドを張って、杖で矢を払い、ある程度は被弾しながらも間合いを近づける。クイーンのHPが7割を割った。しかしながらアザミのHPもスリップダメージで5割に近づいている。

 待ってましたとばかりにアザミが弓を後方に放り投げて格闘の姿勢に入る。付与術士には狂戦士のヒットストップ耐性を貫ける魔法がほぼない。だからクイーンの攻めは唯一2秒間で10ヒット以上が出せる『アイスランサー』一本——のはずだった。

 拳をかわしながらクイーンの杖がアザミの頬を叩いた。左の前蹴りを、シールドが受け止める。振り下ろされた両手杖がアザミの頭を打つ。アザミのボディブローが半身になったクイーンのローブを掠める。体にはヒットしていない。「は?」蜂谷が唖然とする。魔法職が戦士職と殴り合っていた。否、一方的に叩きのめしていた。近い間合いで。それも他の職ならともかく、「ヒットストップを無視できる」という特性を持つ狂戦士系統を。 

 確かにアザミの動きはいつもより悪い。『グラビティ・エンチャント』の敏捷下降がかかった状態に慣れていないからだ。だからって、そんなことありえるか?

 プレイヤースキル。

 プレイセンス。

 アザミだってセンスが悪い方じゃない。むしろ勘のいいアザミは正解が見えないときに正解に近い操作を掴む能力に長けている。チャンピオン経験者のバンドウさんと殴りあえるくらいに。

「まじでクイーンきしょいな」

 蜂谷のぼやきに俺は小さく頷く。

 特にアザミに負けたプレイヤーはみんな、クイーンの強さに愕然としているだろう。

 アザミが杖で殴打されながらダメージを無視してクイーンに組み付いた。膂力に任せて押し倒す。マウントを取った状態になる。「学習能力ないのあんた」目の前のことしか見えなくなりがちなアザミのバカが、悪い方向に出た。密着状態。アザミの拳がクイーンの顔を捉えたけれど、返し刃に放たれた『アイスランサー』がフルヒットして、アザミの細い体が吹き飛んだ。

「……ちっ、削りすぎたか」

 クイーンが呟く。

 『アイスランサー』に追加でスリップダメージを受けたアザミのHPが、三割を割った。



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