2.ヒエラルキー・クイーン
「あー、疲れた、んじゃ、解散ね」
街に戻って、クイーンがさっさとログアウトした。
「かわいげのねー女」と俺はぼやく。
「かわいげねえ」
ハチノスとクスノキさんが顔を見合わせてクスクス笑った。
バンドウさんまで口元を押さえてにやにやしだす。
逆にいつもにこにこなアザミだけがなぜか能面みたいな無表情を張り付けている。
「何その意味深な笑い」
「俺らクイーンのアドレス知らなかったから、最初にアザミを頼ってそこから→バンドウさん→クイーンの順に連絡いったんだけどさ。クイーンがスッとんできた時の慌てようが、ねえ」
バンドウさんが喉をトントンと叩いて「PK!? 粘着!? 大丈夫なのあいつ?! 落ち込んでない!? ……こんな感じだったかな」と女声を出して言った。どうでもいいけどバンドウさん、普段の声より女声の方が自然な気がしたんだが気のせいだろうか?
「……」
「もうちょい素直になったらいいのにねえ。お互いに」
げしっ。と現実の体の方に衝撃が走った。
先輩に足を蹴られたらしい。
「わりい。リアルの方で用事あるから、ログアウトするわ。今日はすまんかった。ありがとう! 助かったよ!」
「おう。あいつらまた絡んできたらすぐ言ってくれ」
……こいつらがいてよかったなぁ、と本当に思った。
手を振って、俺はDDからログアウトした。
ヘッドセットを外すと、現実の俺の部屋が戻ってくる。外はもう暗くなってきている。
先輩がもう一発俺を蹴った。痛いっての。先輩は俺が戻ってきたのを見ると、ベッドの上に腰を下ろした。
「ねえ。あたしはそんなに頼りにならない?」
「はい?」
「だって、頼ってくれないじゃない。ハチから聞いたわよ。あんた前もPKに絡まれて大騒ぎしてたって。その時もあたしにはなにも言ってこなかった」
……『スキルドレイン』の時か。
「あのとき、先輩もうほとんどログインしてなかったから、ハイドのことなんて全然知らなかったでしょ?」
「そうだけど」
もしも話していたら、一緒に『悪党同盟』に乗り込んでくれたのはハチノスじゃなくて先輩だったんだろうか? それは、楽しい想像だった。先輩とまたパーティを組んであちこち遊びまわれたらいいと思う。ハチノスやアザミも誘って。
先輩に俺のところまで降りてきてほしいと思った。奨励会なんてやめて普通の先輩と後輩としてやっていけたら。奨励会の例会で潰れる第一と第三の日曜日にちょっと映画でも見に行くような仲になれたら、どれだけ嬉しいだろう。
……でもやっぱりそんなのはダメだ。この人は特別なんだ。真姫先輩は奨励会二段。大事な時期だ。次に昇段すれば鬼の住処と言われている、バケモノばっかりの三段リーグに突入する。将棋の三段とプロの下位層ならば三段の方が強いと言われている。実際、昨年度桃山三段がプロ相手に10勝4敗の好成績を上げた。プロ入りから29連勝した「史上5人目の中学生棋士」だって、三段リーグでは13勝5敗だった。五年前にプロ入りした落村六段は、三段時代に新人王戦でプロ棋士を薙ぎ倒して優勝している。先輩は俺には想像しかできないような、魔窟に挑んでいく。足を引っ張るわけにはいかない。
だから、俺はこう言うしかない。
ちょっと小馬鹿にしたみたいに笑って。
「全然頼りないですよ。え? 真姫先輩、自分が頼りになるって本気で思ってたんですか」
「……」
ときどき息抜きも必要だとは思う。
でもスポーツは正直だ。練習した分しか強くならない。
特にAIが発展した今、プロ棋士でも調子を上げているのは「真面目で研究熱心」な人だ。
ある程度は、読みの力でねじ伏せることができた昔の将棋とは大きく異なる。
DDみたいな時間を食うゲームにかまけている暇は、ない。
「わかった」
先輩が立ち上がった。
パソコンの電源を落とす。コンセントを引っぺがす。デカいバッグに、将棋ソフトを動かすために買ったやたらと高性能なノートパソコンを仕舞う。
「帰る」
「送っていきます」
「いい。てか嫌。くんな」
立ち上がる。
すたすたと近づいてきて俺の頬にビンタを見舞った。左手で。駒を持つ方じゃない手で。
「ありがと」
先輩が部屋から出ていく。「お邪魔しました」俺の親と何かちょっと話していたみたいだけど、すぐに声は聞こえなくなって、玄関が開いた。俺は窓から先輩を見下ろす。それからやっぱり先輩を送って行きたかったなと思った。
先輩は無敵だった。
翌日の日曜日、奨励会の対戦相手を二人とも吹っ飛ばして、逆に先輩の競争相手は二人ともコケた。三人の勝敗が並んだ。まったく根拠のない勘でしかないけど、先輩は昇段すると思う。
なんとなくだけどそういう雰囲気がある。
アザミから「あーそーぼー」とメールが来た。DDにログインすると神殿の前で俺を待っていた。「しゃー、いこー!」クリミヤ密林に向けて突撃していく。
俺が前衛でアザミが後衛を引き受けてモンスターを狩っていく。売価の安定している材木系の素材アイテムが集まる。件のPKの襲撃を俺はまだ警戒していたのだが、いまのところなさそうだった。
「クイーンってさ」
「ん?」
「ヤな人だね」
「ああ。まあな」
モンスターを切りつけながら。矢を射かけながら。適当に雑談をする。
「紹介しろってずっと言ってたからもっと印象いいのかと思ってたよ」
「え? 私、最初っからあの人嫌いだよ?」
「そうなのか」
「そうだよ。よーちゃんの知り合いだから仲良くしたかっただけ」
「おまえ結構ドライだよな」
「知らなかった?」
「ちなみになんで嫌いなん?」
「よーちゃんと仲がいいから」
「んん?」
「よーし! どんどんいこー」
アザミが弓を射かけて大蛇のモンスターを釣りだす。
俺は『シャドウエッジ』を呼び出して同時攻撃で大蛇を倒す。こういう長丁場の狩りの時にはMP消費が大きい『ミサイラント』は不向きだ。
俺とアザミは「そろそろ次イベ来るよね。一緒にやろーよ」とか「みんな誘ってまたレイドやりたいなー」とかその手の雑談を続けて、一時間ほどして街に戻る。
「今日はありがと。緊張ほぐれたよ」
「おまえはそういうの無縁かと思ってたよ」
「はじまったら結構平気なんだけどね」
今回は直接対決だから、とアザミはよくわからないことを言う。
「ねえ、イチミヤくんだよね?」
不意に知らないプレイヤーから声を掛けられた。黒紫色の鎧に背中に両手剣を差したヘルムで顔を隠した男のアバター。DDでは人気の低い『暗黒騎士』のジョブだ。魔法使い+戦士の上級職で、魔法と物理、“どっちつかず”の代表格みたいなジョブとして知られている。
「そうですけど」
「手ぇ出して」
男が袋から何かを握ってこっちに差し出した。
「?」
どうせ街の中では攻撃行為ができない。
言われた通りに手を出すと俺の掌の上に、傷の入った六つのバッジが転がった。
なんだこれ? Nの字に×印が入っている。
「『必要悪の境界』のチームエンブレム。PKに依頼だしたやつら六人分の。こっちで制裁して依頼取り下げさせたから」
俺はバッジから顔をあげた。
目の前の暗黒騎士のプレイヤーネームはジングウジ。
ちょっと顔が引きつる。
DD内で“最強のPK”と言われているプレイヤーだ。狩ってるところを動画で見たことがある。“地雷”と呼ばれている設置型の攻撃魔法を使って剣技との組み合わせで連続攻撃を仕掛ける。プレイヤー二人分の攻撃を一挙に繰り出しているような戦い方だった。
“魔法職+戦士職“の組み合わせは弱い、というDDの常識を覆した人間の一人だ。
「『悪党同盟』のマスターさんから連絡受けてね。まさかPKKがPKに依頼出すなんて馬鹿やると思ってなかったから、対応が遅れた。うちの元メンバーが迷惑かけたよ。悪かったね」
あいつらは二度とログインしてこないと思うよ、とジングウジさんが言った。
「……何したんですか?」
「“粘着PKを粘着キルする”のがネセサリのやり方だよ」
素っ気なく言う。
毒を以て毒を制する。そういうことは確かに必要なのだろう。他のネトゲだって、改造ツールを使ったプレイヤーやあきらかな迷惑行為、暴言を吐くプレイヤーはBANするしかないのが実情だ。運営が仕事しないDDではそういうことをプレイヤー自身でやるしかないのかもしれない。
やられてみてわかったが、ああいうのは実際に自分が受けると本当にきつい。
けど、それでも、この人のやり方は好きになれないなと思う。
「あんたくらい強けりゃまともな方法でも遊べるだろうに」
ジングウジはそれには答えずに軽く笑って「面倒なことが続いたら相談して。うちから何人か出すから」と言った。「遠慮します」と俺が言うと、「そっか。余計なお世話だったね」そのまま去っていく。
アザミが目の下を引っ張って舌を出した。
あっかんべーをした。




