1.スキルドレイン
森の中だった。俺は換金素材確保のために高レベル帯御用達のエリアで狩りをしていた。慣れた狩場だし、難易度はそれほど高くないのでパーティを組んでもいなかった。その日は珍しく狩場にあまり人がいなくて、素材のドロップもよかった。もう少し狩ったらログアウトするかー、と思って悠長にドロップアイテムを拾い集めていた俺の後ろに、木の上から黒い影が降ってきた。
反応する暇もなく、その黒い影は俺の喉を刈り取った。
クリティカルヒットの表示。敵からターゲットにされていない時に大ダメージを与えることのできる「不意打ち」と、背面からの攻撃時に確定でクリティカルヒットを出すことのできる強盗系のスキル「暗殺」のコンボで、HPの大半が吹っ飛ぶ。俺は首元を抑えながら振り返る。なんらかのスキルで視覚阻害のかかっている黒い影を見る。バックステップで間合いを逃れながらスキル名を宣言する。「×××、!?」発音は不明瞭にしかならない。状態異常欄には「カース」の文字。最初の一撃の時になにか付与されたらしい。
影が刀を振って、俺の首は今度こそ撥ね飛ばされた。
HPが零になって、俺はドロップアイテムをばら撒いて「死」んで街エリアの中央にある神殿で復活する。
「……それはいいんだけどさぁ」
PK自体についてとやかく言うつもりはない。
ゲームシステム上で許されている行為だし、自分の力を過信して一人でうろついていた俺も悪い。なにより単純に相手の手際がお見事だった。
俺が途方にくれていたのは別のことだ。
「×××」
手を翳してスキル名を宣言する。俺がメインで使っている、最も使用頻度の高いスキルだ。攻撃力、攻撃速度、どちらも群を抜いていて、俺のジョブ、「武器召喚士」を取るメリットはこのスキルにしかないと言っても過言じゃないほどのモノ。
不明瞭な発音にしかならずスキルは発動しなかった。スキルウィンドウには二重線が引かれていて、そちらからも発動はできない。状態異常欄には「カース」の文字。
「キルされても解けない状態異常ってなんだよ……」
すでにログアウトも試したのだが、それでも解けなかった。
このオンラインゲーム、「DLIDDI」のことは前々からふざけたゲームだと思っていたが、思った以上にだった。(だいたいタイトルからしてふざけている。If you “don’t like it don’t do it”、よーするに「嫌ならやめろ」の頭文字なのだそうだ) 読み方は公開されてないのでみんな「DD」とか呼んでいる。
仕方なく教会の神父に金を払って「ディスペル」を頼もうとしたが「この呪いは私の管轄外のものです」とけんもほろろな対応をされた。「宿屋」に泊ってもダメ。意味がわからん。
ディスペルはともかくゲームオーバーでもログアウトでもキルでも解除できない状態異常ってどうなってんの?
バグではないかと思い運営に問い合わせてみたが、半日待ってきた返答は「仕様です」だった。利用者減るぞ、このクソゲーめ! ……とはいえクソゲーをクソゲー! と罵りながらも続けるのがゲーマーのさがだ。
キャラクターを作り直そうかと一瞬考えたが、これでもレベルカンストまで育てたキャラだし、俺は闘技場のランカーでもある。さすがに注ぎ込んだ時間と労力が惜しい。
「はぁ……」
ため息しかでてこない。
いろいろ試してみたがやはりカースを解除する方法は見当たらず×××は使えないままだった。他のスキルは使えるのが幸いだが。諦めて一端ログアウトする。
ヘッドセットを外して、特有の「ネトゲ酔い」を少し冷ましてから友達に電話をかけてみる。と、そいつはすぐに出た。
「もしもし? アザミ?」
「んにゃ。よーちゃんから掛けてくるなんてめずらしーじゃん。どったのー?」
「おまえさ、攻撃した相手のスキル封印する固有スキル持ってるやつって心当たりある?」
「あるよー」
そーだよな。いきなりこんなこと聞かれてもあるって答えれるわけないよな……
……いまなんつった?
「スキルドレインでしょ? 知ってるよ」
アザミは“スキルドレイン”とやらについて話してくれて、どうやらそいつは闘技場のランカーらしい。のだが、アザミの話は途中で「そーいえばこないだハっくんに負けかけてさー、あの子おもしろいこと考えるねー」とか「レイド参加してきたよー。MVP狙ってたんだけど、逃したー。やっぱ専門の人は違うねー」だとか話が脱線しまくって要領を得なかったので、俺はアザミの家に向かって直接話を聞きにいくことにした。
外に出ると蝉の声の大合唱とアスファルトの照り返しが俺を歓迎してくれて、部屋に帰りたくなった。季節は夏。高校生一年の俺とアザミは夏休みで、纏まってゲームをやれる時間はここくらいしかない。来年になれば受験の準備で忙しいだろうし。いまこの期間をスキル封印食らったままで過ごすのは勘弁だ。
自転車を漕いで坂を上って、一つ隣の町のアザミの家に向かう。
アザミは引きこもりの一歩手前だが、俺も似たようなものなので、ちょっと外に出ただけで滝になるような汗が出てくる。
インターホンを押すとアザミはすぐに表に出てきた。ぽよんぽよんと(名状しがたい何か)を弾ませながら。……同じ女子のクラスが「犯罪くせえ」とぼやいてたがでけえな。……男子は意外とシャイでそういう話はあんまりしない。
「はいはーい、よーちゃん待ってたよー。上がって上がってー」
髪はぼっさぼさ。ピンクの柄の小学校の頃から使っているパジャマ。瞳が大きい童顔で顔立ちは整ってるのを当然のようなすっぴんが台無しにしている。
百六十五センチと女子にしては背のあるものの、迫力のない顔をにへへーと崩した灰原薊の後ろから「あんた! 頼むから表に出るならまともなかっこして!」というおばさんの悲鳴が聞こえた。
「あ、俺なんでお気にならさず。おばさん、こんにちは」
「ああ、陽介くん。いらっしゃい」
力のない笑みでおばさんが迎えてくれる。
「上いこー。れでぃごー」
アザミが拳を突き上げて階段を駆け上る。
「お邪魔します」
俺も靴を脱いで、二階のアザミの部屋に向かう。