39.アパルトメントのおっとり美人
というわけで、辞書編纂の依頼を受けて出発です。
商業区3番街ってことは、職人街のことだね。以前悪魔の輝石の依頼で行った職人さんのところも3番街でした。他、1番街は目抜き通り。ルケの街の一番大きな東西南北に伸びる道に沿った地区を言うらしい。街の入り口は東南にしかないけどね。北は港だし、西は外に出て少し行くと断崖絶壁だから。
2番街は公共施設街とでもいうかな、そんな場所です。4番街は繁華街です。花の女子高生に詳しく言わせないでね。5番街は住宅地みたいな感じかねぇ。中心の商の雰囲気から離れた、長閑な場所。植物園とかもここに含まれる。なので一番広い区画。農地はその外、街を囲む壁の中ではある。
てってこてってこ。
かわいい街並みを歩く。その辺を歩いているのはふつうにおっさんおばさんおにーさんおねーさんに子どもたち。PC・NPCとすれ違う。
たどり着いた場所もやっぱりかわいい。メルヘン方向ではなくて、シンプルパステルなかわいさ。シンプルパステルなかわいさってなんだろう。そんな感じのアパートです。アパートメントというより、アパルトメントって言いたくなる、そんな雰囲気。メゾンではないな。なんとなく
「はい、今出ます」
玄関横の呼び鈴を鳴らすと、出ていらしたのは眼鏡に赤毛におさげの文系女史。ちょっとトロンとした目元の、文学部の院生って雰囲気。耳が尖っているのでエルフかな?
「ギルドの依頼を見て来てくださったのですね。私はナタリーです。よろしくお願いします」
中で作業の話を聞きながら話題に上がったので聞くと、ナタリーさんはヒューマンの両親から生まれたが、遠い祖先にエルフがいたらしく先祖返りなのだそうだ。そこから興味を持って歴史を研究する道に入り、今は大陸古語を紐解いている、と。七島出身だが、大陸の学校に留学したことも過去にはあるとか。
「では、こちらの校正をお願いします」
どさーっと置かれた紙束です。そういえば製紙です。魔法関連の本や巻物は羊皮紙が多いけれど、ギルドの依頼票や娯楽用の本、雑誌なんかは製紙が使われているという不思議文化。
もうちょっと仲良くなれたら雑談がてら聞いてみよう。
さて。頼まれた校正ですが。
どれどれと覗くと、異界人にぴったり、の意味がわかりました。
ざっと見ただけで、ルビのない文字があるんですよ。これは、と聞けば、「スペルミスです」と。つまり単語に誤りがあると異界人には一目瞭然ということですね。他にも、ルビの文章がおかしい時もある。そこを指摘すれば、今度は「これは人称語尾のミス」「動詞の活用形が違います」などなど。ちなみに複数人で編纂した最後の校正作業なので、ナタリーさんだけのミスではないです。彼女の名誉のために注釈。
そんなわけで作業は非常にわかりやすい。
いや、こっちはルビでしか判断できないんだけどね。
それよりも問題は大陸古語ですよ。
ルビがあルンです。
読めルンです。
ということは、あの謎本は大陸古語ではなーい、と。
うーむ。一筋縄ではいかないかぁ。
ま、しょうがない。一仕事終えてからナタリーさんに聞き込みをしてみましょうか。
以降、黙々と校正。一つ一つ確認を取ったのは最初だけ。赤ペンを入れ終わった紙を裏返して脇に退けて積み重ねれば、別作業をしていたナタリーさんが時々持って行ってチェック。しんとした部屋でカリカリとペンを動かす音だけが響く。
「休憩にしましょう」
ナタリーさんが言い出したのは、RFA時間12時を少し過ぎた頃。
アパルトメントの前の通りに来た、屋台の呼び込みが聞こえてきたからだろう。屋台と言ってもラーメンやおでんのようなものではなく、窓から見えたのはポップな造形の手押し車式のもの。
キッチンに入り、大きめの皿を2枚持ってきたナタリーさん曰く。
「好きなものを選んでください。真面目に働いてもらっているお礼です」
皿の1枚を手渡され階下に降りる。
サンドイッチ屋、デザート屋、ジュース屋の3台が並んでいる…。
見ていると住人がぱらぱらとやってきて、各自持参した皿に選んだサンドイッチとデザートを乗せている。ジュースはなんと、蓋つきのデキャンダやティーポットに入れてもらっていた。皿と飲み物用を同時に持ってくる人もいる。器用だな。あ、ナタリーさんも器用な一人だった。皿だけの人と飲み物用だけの人もいるから、2回に分けている人もいるのかもしれない。なぜなら3屋台分でセットの料金プランがあるからだ。3台それぞれ造形も違えば店員の衣装も違うから、別々の店が共催しているということかな。
「こういう屋台は初めてですか? 大通りの方だと返却式の入れ物を使うことが多いんですが、こちらでは皆持参です。出店している時間が短いので、食べ終わる頃にはいなくなっているんですよ」
しげしげと眺めていると、ナタリーさんの説明が入りました。
どこぞの店舗から、昼時だけ売りに来ると。
あれか。ビジネス街で昼時に移動販売車がやってきたり、食事処の前に持ち帰り用のお弁当が並べられている感覚に近いんだろうか。
「各職人の家で作られるところもありますが、この辺りではこういう屋台を重用している住人も多いんです」
社食があったりなかったりな感じかな。ふむふむ。
サブタイはピンとくると楽しいけれど、悩むと悩みます~




