1.殺仏殺祖に主人公
『比悠、様。本日付けで、貴方様の専属護衛を仰せつかりました』
物心つく頃には、すでに隣りにいた幼なじみ。北瀬の家を継ぐ長男時悠と、その弟の次男比悠。
時悠と比悠の、ちょうど間に生まれたわたし。どちらの護りもこなせるようにと調整された結果。どちらの相手も務められるようにと、計算された結果。
『…アイツに侍るのが仕事なんじゃなかったか』
『比悠様が18になられるにあたって、と。期限も能力発現までと伺っています』
『好き勝手しないように、お前が目付け?』
『……おそらく』
北の血の18は意味が重い。心身の成熟バランスが最高潮に適した、能力を生み落とす時期に入る。
心身の解離こそが、空から色を見出し能力として引きずり落とす要なのだ。
『最高潮にアンバランス、の方が事実に則していますが』
ひらたく言えば、理想と現実の落差。それが大きければ大きいほど、失望が大きければ大きいほど、求められたものは深く純度を増して現れる。
『アイツも荒れやすかったな。北東のは、その頃か』
『一見淡々と、その実執拗に北東を潰してましたね。ささいなきっかけで』
『あれは完全に向こうが悪い』
幼い頃の比悠は、兄貴兄貴と時悠の後をちょこまかついて回っていたのに。今ではアイツ呼ばわり。兄弟の情は確かにあるのに、それを覆い隠そうと、付け焼刃のごまかしばかり身に付けている。
『ささやかな指摘、でした』
『あのディスりの標的はお前な? 自覚しろ?』
『寝所にまで侍り護衛を務められる、ことは、事実です』
護衛対象兼許嫁。わたしにとっての時悠はそういう相手だ。
その選出理由に、先のものが含まれているのは事実。
『それだけでないということは、証明しているつもりです』
『四家合同修練会で、毎回上位獲ってく十代はお前だけだしな』
そう、わたしは強い。そもそも齢一桁で初参加したのも異例とのこと。それほど早熟で、そして期待されているのだ。
『霊視、調伏、滅却…いろいろ叩き込まれましたから』
『しれっと現役四本家護衛人の中でも、稀有な人材なんだよな』
『二人を護れと、言われて育ったので』
人外の、化物の血を受け入れたとされる北本家。その分家の末端と偽る、実の北本家が北瀬。
実際に化を引き受けたかについては、わたしなどには不明のことだが、退魔四家としての実績が飛び抜けているのは事実。決して斃れさせてはいけないことも事実。
『…アイツが男だから、お前なのか?』
『……あるかもしれません』
北西の小白川直系のある家では、一人娘に対して上時の青年二人を宛がっているというし。
時悠が女性だったら。どこか別の護衛担当の家から男性が、護衛兼許嫁に納まっていたのだろう。
そうしたら、その男性も努力して、護衛兼許嫁に納まり続けようとするんだろうか。比悠を、北瀬の血のスペアの彼をも、護る立場に納まるために。
いや。わたしとは、違うだろう。
『それとも。お前が能無しなら、アイツには宛がわれなかったのか?』
『知りません。わたしは、優秀なので』
家々の事情に呑み込まれているとわかっていてなお、大事な人たちを護ろうと強くなれる程度には、優秀なのよ。
『わたしは…あなたたち兄弟を、どちらも大事に思っているのです、比悠』
目を見て、目を見返す。そこに乗る感情が違っていても、大事の深度は同じぐらいと自負する。片やかけがえのない兄のようで、片や身を離せないと思える相手だとしても。
『どちらも、か』
そうだよ。どっちもちゃんと好きなんだよ。
『求め方が違うのに?』
理想を理想と片づけて、現実でのいいところ取りを取った。それで満足したいんだよ。
『押し付けられたんじゃねぇか』
糾弾は、彼の必死の目のせいで懇願にしか見えず。
その通りと認めたところで、何が変わるのか。
がんじがらめの視線に、ただ従うを余儀なくされたわたしには、何をすることも選択できない。
「――とはいえさ。押し付けられたとして、それを受け入れる受け入れないは、わたしの領分よな??」
はい、論破!!
思考が足りない、いやむしろ気の回しすぎ?
もっと浅慮に! もっと強欲に! 己の主観を信じましょ!
比悠好き大好き~ってめっちゃ言外に匂わせてんじゃん、このモノローグ。
親やら家やらが有能な嫁めでたいワッショイなんぞして拒否できない的悩みなのかもしれんけどさ、んなもん知るかわたしゃ比悠が好きなんだよ! で、ちゃぶ台返しくらいしてもいいと思うの。
「なんつーか…静かな修羅場だったはずなんだが。お前の一言で台無しな? 自覚しろ?」
同じものを観ていた隣の比悠、渋い顔ながら微妙に何かを期待してるわね。
だから言ってあげましょう。
「やだっめっちゃ鳥肌立つ!! 『自覚しろ?』て、あの比悠と同じ言い回しヤダーなんかあの人嫌い!!」
「アレもおれ、てことらしいから。しょうがねぇだろ、少しくらい似るのは」
「わかんないけど、比悠とは違う! わたしの勘がそう言ってる!」
「お前も相当違うからな?」
あの人たちは気持ち悪い! と呻き、わたしの大好きな比悠にぎゅうぎゅうと抱き着く。わざとな部分もあるけど、概ね本能。
なんかまだ映像続いてるけど、見たくないですよ、もういいよ。
「微塵程度のオリジナルの名残りが見事に吹き飛んだな」
「思考回路はオリジナルとそこまで変わらないはずなのに、どうしてこうなった」
知るか。あんたらがいろいろ手を加えたせいじゃないのかい。
「『おまえらのオリジナル見てみろよ in天国』の誘いに昼ドラ観賞感覚で乗ったのが間違いだったわ」
「これまでの話から予想はついてたが。気分がいい話ではないな」
顔も声も自分&比悠とそっくり同じなのに、やたら深刻ぶって牽制し合って悲恋ぶってるのとか、正直キモかったです。
「まあまあ。あれの比悠の『能無しなら』発言から、GBN組み込みを思いついたらしいから」
取り為すような時悠である。
なるほど、あの多方面に優秀そうなわたしから、霊的素養をごっそり抜き取ってGBN化することで、時悠の婚約者の座を円満に降りられるようにしたのねー。
「って、それはちょっと悔しい感ある!」
「兄貴との婚約が?」
んなわけない。
「オリジナルわたしの超優秀な能力うらやま!!」
「知ってた」
知ってて訊いたなんて比悠ちゃんてばわたしからの愛をわざわざ確認しおってからにうりうり。
ぎゅむーと抱き着いたまま頭でぐりぐり。ぽんぽんと頭と背中をやさしく叩いてくれる比悠。好き。もっとやって~頭ぐいぐい。
「世が世ならオリジナルの奴らもこうなってたのか」
「ちょっと視界を揺らしながら観てたオレの涙を返して欲しい」
悲劇の世界線を見て流した涙は本物だと思うから、そこは自信持って垂れ流していいんじゃないかな。わたしには関係ないですし。
「ところでこれ、オリジナルの俺の立場がない気がするんだけど?」
ああ。時悠ってば、愛し合う二人を意図せずとも引き裂く役どころですな。
「安心しろ。家督を継いだら二人を一緒にしてやろうと考えてたみたいだぞ」
「その前にゆいは乙ったし、君は寝ちゃったけどね~」
乙った言うなや。
しかし、まあ、わかった。
こんなん見せられたら、愛のままに我儘にわたしは君だけを傷つけず離さずに生きようと思いますよ、本当。太陽が凍りついたら、この愛の熱波で解凍してあげるわ。
「その決心は、お前ら見てたら今更だからなー、別に要らねんだわ」
「見てもらったのは、オリジナル比悠の境遇も相まって、あれの能力値が大問題、て話をしたくて、なんだよ」
わたしの突発的に沸き起こったこの終生の誓いに、砂をかけるようなこと言ったら怒るぞ?
「「もしかしたらあいつ、今の比悠と成り代わるかもしれない」」
んぉ? ちょ、ま、え???




