97.喋る偶像、諍う神輿
七島に侵攻し志半ばで倒れた、現死霊シゥヴァーマ。彼はラドゥナラカ転置の折りの災禍から逃れた、ラドゥナラカ王族の直系である。
そして彼以外、彼以降の、ラドゥナラカ王族の血脈を保つ者は今もなお存在するらしい。
もちろん、シーデウス監獄に封じられている自称聖者とは違う、本筋として。
過去に強欲王の国があり、不毛の地になり、時を経て息を吹き返した土地、ハンジェンツ。
この地の浄化に着手し、成し遂げるため人々をまとめ上げ導き続けていたのが、シゥヴァーマと同じラドゥナラカの血族たち。
その血の正体は、多頭の竜。特に王の血脈には、漆黒の竜を多く輩出するとか。シゥヴァーマも多頭の黒竜だったね。
「翻って君は、その特徴から見るに、王族の末裔ですらないようだね」
周囲を頑丈そうな壁に囲まれ、一辺にぽつんと一つ窓があるだけの面会室。その窓の向こうに、『組織』が解放を願う『聖者』の姿がある。
一本一本が太い鉄格子。隙間から見える容姿は女性のもの。儚げに目を伏せながらも、首から下で抜群のプロポーションを主張している。
(囚人女性用に支給されるシンプルな黒のワンピースなのに、なぜそんなに谷間を出せるのか)
余所で見た時には、鎖骨も隠れるくらい地味な仕立てだったはずなのだが。襟ぐりが広く、上から覗きこまなくても胸の谷間がコンニチハしているよ。
(看守によると、彼は両性だそうだよ。と言っても生来ではなく、どうも後付けのようだけど)
(どういうこと?)
(さあ? 情報不足でそれ以上はわからないね)
念話でこそこそ。
(肉体かいぞ~?)
(削って~盛って~?)
木工とか粘土細工とかじゃないんだから。
顔形、美人。耳位置横、形普通。牙なさげ。爪健康的な肌色で短い。胸ボーン腰キュッ尻は窓から見えん。
整形(肉体含む)繰り返した女優かな? みたいな印象になってきた。
(ヒューマン系?)
外見はそっち系統にしか見えない。獣人がヒト型を取った感じでもなさそうな。
『あのおねーさん…半分いない』
「民を導くこの身は、完璧でなくてはなりません。わたくしは半神半人」
耀太とボンキュ聖者の発言。
同時に発せられて、数秒沈黙である。
「わたくしは神と人の同居する身なのです」
『かみ…? 半分は灰色と白の四角がいっぱいある』
耀太が言ってる灰色と白の四角いっぱいを脳内検索。描画ソフトの透明部分が思いつくんだが、おい運営。
念話で耀太に詳しく聞いたところ、魂的なものにモザイクがかかっていて、比率的に半分程度がびっしりと透明描画なんだそうな。
「なるほど、人に非ざるヒトと」
ライハはそのまま話を続ける。信じるわけでもなく、嘘と詰るわけでもなく。話を聞き出すためだけの姿勢だ。
「そんな君が、どうして捕まってしまったんだい?」
完璧目指してる人が牢獄に入れられてるとか、そういえば許せる話で無さそう。
「我が身、我が民は幾重の苦境を得る。神の御意思は苦難を乗り越えし暁に楽園ありと、啓示をもたらしました」
正確には、『組織』がハンジェンツで何かやらかした結果、拿捕されたらしいです。逮捕されるほどのことを、苦難に置き換え、すり替える答弁である。
「啓示? 誰から聞いたの?」
「神」
「君が、神から聞いたのかな?」
「神がわたくしに授けました」
神がーって、アンタ神と一体化してそうなこと言ってなかったっけ。他人、いや他神が言ったの? それとも内なる神がーみたいなヤツ?
口には出さんが。
「『君の民』は、君を解放させたがっているようだけど?」
「苦難を退けようと足掻く民はわたくしの宝。わたくしの手足。わたくしは此処にいながらにして、民と在るのです」
わっかんねーわ。まともに応え返って来てなくない?
(イっちゃってる系?)
(洗脳されてるかもな)
(思考汚染~)
(深刻な傀儡~)
(矛盾を突いたとしても、思考を遮断し違う主張を始めるだろうな、これは)
矛盾するとブレーカー落ちてバグっちゃうやつかー。
ある意味で信者だけど、脳を破壊されてる修復困難タイプだ。神輿として担ぐという目的なら、最適ではあるのよな。人道に悖る手段だが。
ラドゥナラカについて聞くと「わたくしの国」、戎器について聞くと「武の力など神の前には無力」、ずばり『組織』の目的について聞くと「神が認める神の楽園を創る」。
うん。残念ながら要領よく使われてるだけのヒトだわ。
(だが。『組織』が必要とする何かはあるのだな)
そっか、彼を切れない理由が、組織にはあるんだ。失脚させて後釜を置くという選択をしない理由が。
面談には三十分と言う制限があるので、質問者はライハに限ったわけだけど。どれもこれもこんな感じの、のらりくらり(本人は真面目なんだろうが)。
得られたことは多くないかなと思ってたんだけど、ライハにはそうでもなかったらしく?
「これは、彼の身体に何かあるのかな」
『聖者』を挿げ替えられないのは、『完璧である身』が理由なのでは、とライハは睨んだようだ。雌雄を備えているだけではない、ということかな。
「『聖者』を敵に囚わせておく。この状態をあえて続けているなら生じるメリット。組織内部の派閥争い? 安全に隔離。戎器…mimic…」
ブツブツと思考に沈んでおる。
さらには耀太の『半分』発言もあるのだよな。聖者氏自身の半分幽世にいるかのような言動ともマッチして、仕掛けがあることは明白。
「少なくとも、監獄からどうにかして組織に指令を飛ばしているという可能性は消えた?」
「わからんぞ? 多重人格の線もある」
実はこっそりすべてわかっている別人格がある説。
しかしこれはシーデウス高官殿の発言で消える。
「監獄内では、常にあれかと。また、貴公らには明かしますが、彼の独房には対消滅の陣を張り巡らせてあるため、外部との接触は不可能と言っていい」
対消滅の陣とは天使の輝石と悪魔の輝石を利用して作る、シーデウス国家機密級の魔法陣らしい。
「それは早く知りたかったかな? 疑問が一つ簡単に片付いたのに」
「いや、申し訳ない。機密をうかうかと話せませんでね」
ほっほっと笑うコレクター高官殿。
まあ機密だもんね、ここで話してくれたのがそもそも意外だし。…わたしか? わたしの称号(御使い名人)効果か?
「…シュシュ、もう少し『聖者』君とお話して好感度を上げて、色々聞き出してくれるかな?」
「丁重にお断りします」
あの聖者氏と延々サシで話すとか、カウンセラーになれと言ってるようなものですよライハさん。無理です、すぐ飽きます。
「規則でしてね。異界人の方と言えども、囚人との面会は最短でも週に一度、三十分までとなっているのですよ」
ええぇ高官殿、それライハに追い風な情報やん。
「RFAで週に一度、三十分程度なら飽きないよね?」
報酬は、そうだなぁ、火属性回復魔法のエナジーヒートを買ってあげようか。
「あ、やりますわたし」
掌なんてドリルするためにあるんすよ。
宮殿複数軒分お値段な魔法をポンと買えちゃうライハ好き愛してる、ヒューの次に。




