66.多様性を極めすぎた自由人の遊び
楽園となる景色は、本来様々、十人十色、千差万別なのだろう。
生まれに育ちに経験に個性。ひとつだって同じ仲間は、実はどこにもいない。都合により迎合するはあっても、ミリ以下のズレすらない同一嗜好があるはずもなく、ゆえに一例として己が楽園を思い浮かべることは、自己と他己の境を理解する一助にもなろう。
ここは別次元の『未来』をそっくり模した、バーチャル空間なんだそうな。
「使用者の頭の中とデータベースにある歴史を照らし合わせて照合し、なんでも再現できるんだぜ」
「省エネかつ継続可能、永久機関的なシステムで構築された、『未来』でのリアル人生基盤。それを模しているんだ」
味覚も触覚も対人関係すらリアルに再現かつ、各人の好みに最適化されて反映される、まさに『己が楽園』を通り越した『オーダーメイドの理想郷』。
快不快で言えば、各人の快のみを求めることが許された未来。
彼らが言うには、それこそが訪れ得る未来の景色。
ここはRFAナーヴィラリス大陸の中央の大地の裂け目、その深部にひっそりと存在し、知る人ぞ知るエリアである『天国』。
『この世界では』ゲーム内でしか再現させてないし、対人最適化機能は除外してあるけど、と彼らが言う。あえてさせていない、という言い方が気になる。
先程までいた河川敷は、夏故に暑かった。だから場所を移動しようと提案されて、その一瞬後まっしろな空間に突っ立っていた。
空間に見覚えがあるかと聞かれれば、VRMMOゲームであるRFAで、こんな場所を経験しているな、としか。説明されればああここか、と思えるわけだが、しかし。
マジで、一瞬で、河川敷から天国に移動してしまったのか。
そこに現れて、戸惑いなく黒ローブを脱ぐ男たち。
「そういえば、もう一組ニコイチがいたわね…」
露わになるのはグラサンでも前髪隠しでもなく、金髪の、リアル壱玲を大人にしたらこんな感じかもしれない、みたいな二者。
「【ア】ラカイと【ア】マカミだから、WAだな」
「運営Aと運営Aだからダブルエーなんだってば~」
どっちでも同じことやわ。
RFA‐WAの正体見たりアラアマコンビ、とな。
「はー暑かったな~冷麺食お~」
「はー暑かったね~アイスかき氷食べよ~」
クローン体とか言われてた双子ちゃんたちが通常運転すぎる。
瞬きする間もなくどどんとテーブル椅子セットが現れ、奴ら所望の冷麺とかき氷がばーんと眼前を占有する。
望めば(公序良俗に反しない限り)なんでも出現させることができる場所が、ここ。たしかに一度入った折りに、それは存分に実感した。
「とはいえ、VR機器すらない河川敷から直で招かれてしまったわけで」
しかも、わたしも彼らニコイチ×2も、リアルの姿よ。
「まあ物理的なことなら、わりとなんでもできるからオレら」
「物理法則的な『理』から外れるために分裂したからね、オリジナルは」
おっと忘れてた、と一つ柏手を打つWAの壱っぽい方。アラカイの方と言えばいいか。
「おまえらは同じモノを共有していた方がいい」
ぽんと現れた黒短髪のイケメン。ヤダなにこのかっこいい人。わたしの愛しのダーリンですけども。
「かくかくしかじかまるさんかくで、系統樹…いや家系図的には、おそらくこうなってるみたいよ?」
アラアマのオリジナル
↓
アラカイ/アマカミ→壱紀/玲璃
↓
(省略)
↓
北瀬家
↓
(省略)
↓
アラアマのオリジナル
「なにがどうしてそうなった」
比悠の感想に、ほんそれと頷く。
念じれば空中に浮かび上がる文字を使って、彼奴らの話の通りに図にしてみたわけだが。まとめたところで意味のわからなさは変わらんな。
「その図だと北瀬の何代か上に来栖がくるかな」
来栖ってカナさんの家じゃん。
「中央の幻家、来栖家だぞ。時悠も知らない極秘事項だけど」
極秘情報をここであっさり晒さないで。
「本当は来栖を今の北瀬のように利用する気だったんだがなー」
「来栖はオリジナルの血が呪いのように濃くなりがちでね…」
「コレと決めたら一直線、一途、猪突猛進~」
「わきめもふらず~さくりゃくぼーりゃくなにそれおいしーの~?」
彼らの計略に利用するには、使い勝手が悪かったらしい。
「しょうがないから、来栖は来栖で保ちつつ、北瀬に他の血を混ぜて薄めて入れた」
「オリジナルがオレらに分離して、やっと人並みの行動ができるようになったのをヒントにしてね」
カナさんのチーズ愛や壱の解析熱中癖を考えると、どんだけなんだよそのオリジナルとやらは。
「あー…重要な疑問点は幾つも思いつくんだが、まずは」
考え考え、比悠が口を開く。
「図の一番上と一番下が同一人物ってのは、なんなんだ」
それね、ずっと思ってたやつ。
これだね、さっき言ってた、『オリジナルのオレは、北瀬の子孫だった。また、同時に北瀬の先祖にもなった』
「逆順も順を追うのも出だしは一緒だな」
「ある時ある場所の今より遠い未来で、『オリジナル』が、ふと浮かんだ思い付きに執着した。自分が見たことのない『世界』を見ようと動き出したんだ」
香木紀璃。オリジナルと呼称される人物の名である。
北瀬の子孫である大元の彼は、己の欲するままに探求し、願望を叶える一環として自身を二つに分けた。
香木壱紀と香木玲璃に。
その彼らを祖先として挿入した歴史を作っている、というのが比悠の疑問への答えだと言う。
「膜宇宙、余剰次元、いわゆるパラレルワールド。異なる物理法則の数々。時に利用し時に新設しながら、適合する世界を使って創造する実験場」
「過去を過去の未発展のまま発展させた未来を見るという、壮大な実験場の使い捨て」
残念なことに、目的を遂行するために必要な『好奇心』だけは、壱紀にも玲璃にももれなく、そしてより根深く強靭に植え付けられているんだよね、と。
残念と言いながらも、アハハと笑い気楽そのものの態度である。
「言っておくけど、あらゆるパラレルワールドで、直接人を殺めたとかはないよ。無理と悟ったら諦めて手放してるから」
「干渉したことで歴史が変わって、別の世界ではいたのに生まれなかった奴や、別の世界にいなかったのに生まれた奴なんかはいるだろうが」
言うなれば、複数の箱庭を作製し眺め、必要に応じて手入れをしていたかのような。
「とりあえず紀璃氏が狂人ということだけはわかった」
好奇心だけでやらかしていることの規模が、理解できんくらいでかい。
これまでに、そしてこれからにも、どれだけ同じことを繰り返すつもりかは知らないけども。
意図を以て自分を操作しようとする存在というのは、気にすると嫌なものだなと思いました。




