59.おはよう真夜中の逆比
雪花さんお手製の強力結界が出口をがっしり塞いでいると、このままでは爆発とその余波が跳ね返り、内部を蹂躙しかねない。そうなればわたしもそうだが、比悠や神月氏自身までバックファイア、いやアフターファイアか? この場合? ともかく、そんなものに巻き込まれてしまうかもしれない。
神月氏の身の裡で練り込まれ、抜け出ようとする奔流は、そう予測できてしまうほど目に見えて凶悪なのだ。
神月氏は力を求めるほどに、周囲から貪欲なまでに力を集めてしまうのではないか。それも無意識にだから、他の生命力をも奪っていることに、本人が気づいていない。
吸収能力だけなら、あの餓鬼亜種霊にも劣らないのでは。
わたしなんかが近場にいても奪われた感はないから、これまた無意識にヒトを奪取対象から外しているようだが。
もしかしたらこの指令、元々は神月氏に自覚させたくて振ったのか?
などなど言語化できない思考を巡らせていたが、それはそれとしてわりとピンチだよなっていう。
そこにピョウ、と風を切る音が空気を切り裂いて。
「結界の上方部に向けてー打った~」
「壱のとくちゅー鞭が火をふく~」
とうとう起こった、神月氏を中心とした爆発のさなか。場に似つかわしくないのんびり声。未だ変声期を迎える前のような高い少年の声は、爆音と爆風を潜り抜けて耳に届いた。
身体を揺らし射貫く衝撃に、耐える覚悟をしていた。神月氏の中から感じ取れたモノが、あまりに重く濃密なカタマリであったから。
放たれたソレは地を空気を水を揺らし、川辺を覆う結界へと内から呑み込む勢いで迫ったはずだ。
それからほんの少し間をおいて。
『たまやー…と言うほど美麗さはなかったねぇ』
メールではなく音声で届く時悠の感想。
『メールじゃなくて音声送れるの?』
『結界が広範囲で削れたみたいだね? 通話できそうだから、試してみたんだよ』
時悠が言うには。
わたしからの連絡を受けて、場に急行しないまでも、遠くから見守れる位置には着いていたそうな。
そこでこの爆発を見たと。それは彼の目には川の上空へと飛び出した、白一色でぼんやり丸くて模様のない花火に見えたとか。
なお、結界越しに細々と送り合うメールでなく、通話というリアルタイムデータ通信が可能になったのは、雪花さんの結界上部に大穴が開いたからだ。
『壱が? 愛用の鞭を? あれってたしか、霊にも通用するように特別な木材と変種の革を使っていて、正式な儀式を経て特殊な標を刻んであったような』
なにそのこだわりの一品。
『ふむ。そうか、それで上空に跳ね上げることで、神月君の暴発を上に誘導したのだな』
「あ、カナさんもいたんだ。それ、どういうこと?」
『鞭で爆発をいなして、方向転換させたってことだね』
『壱のことだ、新種の霊を解析したいがために、消滅させないよう庇ったんだろう』
壱…アンタ、自分の欲求を満たすためなら推定悪霊すら守るのか。
『まあ、爆発が地面とは垂直方向に流れたおかげで、ゆいたちへの影響もかなり弱まったはずだよ』
対岸から川をザブザブ渡り近づいてきていた、レギオン生み出し結界吸収する系な謎霊も、壱の行動のおかげで助かってしまったということよね?
垂直方向に力を強制的に流させたというなら、そういうことだろう。神月氏の立つ位置から真正面に狙いをつけ、川を経て対岸へと向かうはずだった衝撃を、真上に捻じ曲げたということなんだから。
「ということは、延長戦振り出しに戻る?」
相変わらずの雨足。灯りを反射する水面のきらめく動きと、かろうじて闇に浮かぶ直線的な草。その様は結界に大穴を開け、上空に白い花火をもたらした爆発、その余波を受けたにしては、あまり変わりがない。
岸霊改め川中の霊も、ぬぼっとそこに。
「あれ? 神月氏、なんでそこにいるんです」
きょろりと見回して、背後にいた。
わたしは比悠と神月氏の間に入る位置を取っていたのだが。
比悠‐わたし‐神月氏となるはずの並びが、なぜに神月氏‐比悠‐わたし、に変わっているのか。
「? って、北瀬の弟?」
「ちょ、びっくりした、なんでおれの真後ろにいんだ」
BLもびっくりの二人の近さ。何があったの君ら。
比悠については、神月氏が発言するまで気づいていなかったようだが。
「俺はアレに向けて、溜め込んだ力を解放して撃った」
うんうん。
「上に行ったなと思って」
壱のせいだ。
「視線を上げて結界に穴が開いたのを見て、状況を把握しようと目を戻したら、ここだった」
なんでや。
「比悠は?」
「ゆいがおれの前に来たから、ヤバいんだろうと思って」
うんうん。
「怪我はさせたくねーからどうにかしたいけど、雑魚が鬱陶しくて動けねーし」
比悠を護るのはわたしの役割だから、気にしなさんな。
「兄貴がいたら邪魔な雑魚どもを消してくれんのにと思って、…一瞬意識飛んだ」
なんやそれ。
「んで、こうなってた」
ちなみに、比悠に群がっていた雑魚は爆発(の余波)に呑まれたのか? 消え失せている。
周囲の様子があんまり変わってないのに雑魚だけ消えてるってのは、どうにも不思議だけど。
「神月氏は、そっちに走って行った記憶は?」
「ねーな」
「比悠は、神月氏を攫ってきた記憶は?」
「んなもんあるか!」
わからんぞ、記憶飛んでるんだし。
『うーん…比悠の中の北瀬の血が目覚めちゃったのかな?』
話を聞いていたらしい時悠。
「比悠が何かしたってこと?」
『何なのかは、わからないけど。俺の食事も、初めての時は何があったのか、しばらくわからなかったし』
そういえばそうだったな。
突然標的が消えたと思ったら、時悠寝ちゃうし。わけがわからなかったわ。時悠が倒れた! と泡を食った思い出。
「何かわからないけど。比悠、能力開花おめ!」
『おめでとう。何かわからないけど』
「わからないを強調すんな」
本気でわからんけど、人を移動させるような能力なのかな? 状況的に。




