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54.長雨来たりなば怪談遠からじ

「も~いーくつねーると~なーつーやーすーみ~」


 つやりと灯りを映す、濡れた玉砂利の道。じゃりじゃりと歩きながら、なんとなくで替え歌を口ずさむ。さすがに小声ですが。


 しとしとと注ぐ雨の音。ぴちょんとどこかで跳ねる水の音。ジリリとかすかに拾える防犯灯が発する音。くるりと回す傘に散る滴は、音をかき消されてすんとどこかへ。

 音の中に埋もれ濃密な空気の層を感じ、ぼつぼつとざっざっと雑音を奏で、粛々と進む道行き。


 そして合流。前方からの近づく音に、足を止めてすぐのこと。


()()()では、お久しぶりですね」

 あの(リアル)の別荘地以来だろうか。


「ああ。悪ぃな、こんな夜に」

「困った時は、お互い様な業界ですから」


 夏を間近にした、気温の安定しない梅雨の外気の中を、暗色の傘を差し現れた神月氏。ジン氏の中の人、と言えばピンとくるかしら。


「あんたが入ったのを確認してすぐに、ここら一帯は雪花が結界で切り離し済み。陽月はそっちについた」

 中にいる人間は、自分たちだけだと言う。


 補足しておくと、雪花さんは蛍さんの、陽月氏はニコ氏の中の人ね。


「霊的受容率が高いとヤバいんでしたっけ」

「俺とあんたくらいじゃないとまずいそうだ」


 (ゼロ)感のわたしと違い、神月氏はそこそこ霊感素質があるはずだが。彼ら小白川組においては、低い方に分類されるらしい。


『指令書:前の共闘上手くやれてたし、ちょうどいいから協力して』


 とのことである。

 そう、今回はリアル(現世の)悪霊退治の方なのだ。


「鎮魂破棄です?」

「俺がやるしかないってんなら、そういうことだろ」


 神月氏は破壊しかできない(GBN)である。これは純然たる事実。

 つまり穏やか成仏は無理、選択肢は問答無用滅却のみと。


 そしてわたしは物理しかできない人である。神月氏が霊的に止めを刺すためのフォローをしろということだろう。


「一応…ここ、墓場があるからな。無差別爆撃はやめろと」

「…なるほど、神月氏から無辜の民(の所有物)を護れと」


 指令書を読む限り、餓鬼亜種のような系統の霊である。胃に物を詰め込むように、生命力的なものを手当たり次第に取り込みぶくぶくと肥えた霊だそうな。


 宵闇の中のお寺の境内。住職家族の暮らす庫裡(くり)も敷地内にあるが、避難済。無人のまま玄関灯だけが虚ろに浮かび、雨音の中の寂静を強調している。


 この静謐なはずの場に、標的は潜んでいるらしい。

 神月氏を見上げれば、北、よりやや東の方を睨んでいる。


「そっちにいるんです?」

「いや。あの辺の結界が緩い」

 雪花さんの結界が?


「その代わり陽月のサポートが重点的にかかってる。此処から出すなら、あの方角がいいということだ」

 なるほど。


 神月氏の破壊力で建物やお墓がピンチそうなら、あっちから追い出せばその先に手頃な場所があるってことか。


「とりあえず、わたし、まったく視えない(GBN)なので。色々よろしくお願いします」

「それで殴れるんだから、すげぇよな」

「そこは修行の成果ですね」


 『気』とやらの扱い方を学んだおかげよ。使用しておきながら、未だになんで触れない物を殴れるのか、よくわかってないけど。


 さくさくと目的の場所を目指しているらしい神月氏から、半歩ほど遅れてついていく。

 けっこう広い境内を縦断し、境内裏の林か森かといった中に入る。


「昼間は木々の中、夜は近場を出歩くと」

「今回は昼から結界で閉じ込めてたんですよね」

「そうだ。だからか、警戒してんな。めちゃくちゃ細い。気配が」


 今回の標的は、比較的年代物っぽい。こないだRFAの中で退治した、お障り霊ほどではないらしいが。


 ただしRFAでのリアル悪霊輸入計画が回り出した段階にきて、ゲーム内での練習用に使えない悪霊ということ。それはアレより凶悪な霊である、ということを示しているのだ。


 わたしたち(北瀬組)がこれまでに指令を受けてきたモノは、あの別荘の件以外は、RFAに取り込める程度のモノ。あくまで練習用だった。


 これは実質、わたしにとってはちょっとした難関的なものっぽい。


「このまま閉じ込めておけば干上がらないかなぁ」

「昼間は木に同化してて、見分けがつかんのだとよ。霊力の漏れが極端に少ないことから、省エネ休眠だろって話だ。干上がるにはどれだけ年月がかかるか…」


 それで年代物化するほど、時代に取り残されてたわけね。さらには見過ごされ続けた年月分、集めに集められた(生命)力のせいで、散らすのも難化しちゃったと。


「その省エネ休眠のせいで、念仏も逃れて棲みついちゃったのね」


 自身(悪霊)を喰うような他の悪霊からはお寺の浄化機能やら念仏やらによって守られ、さぞや棲み良い隠れ家だったことだろう、てとこかな。


 手元から小さな浮遊灯をいくつか飛ばす。これは手を空けて夜道を歩くにはうってつけの、便利道具。昔なら懐中電灯を使っているだろう場面での、現代版である。

 懐中電灯より、ちょっといやかなり一つ一つがお高いですけど。


 べったりと重くのしかかるような黒い林。小道から背の高い草を払い、入ってやっとそれとわかる獣道に出くわす。

 身の回りをふわりと照らす灯りを従え、誘い込まれるようにその先へ。

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