106.氷の一角を舐める蛇
Q.この場でグロ全開放されてるのって誰なん?
A.NPC全員(オプション機能ないから当然だね)だけかも? 陰陽姫はわたしに揃えて低設定だし。ライハたちは今どうしてるか知らないや。双子は流血見ると血が騒ぐから低にしてるって言ってたよ。ドSどもめ。
ちなみに低では流血なし、傷は黒穴、死んだら光の粒化。
中では流血あり、内部たぶん内臓見える、光の粒化。
高は、流血ありの内臓ありの一定時間残る惨殺体。ドロップされた部位は剥ぎ取られ済になるので、かなり見た目がキツいらしい。
グロ度:低>中>>(ウルトラ級に高い壁)>>高。
さて、我々に余裕が生まれようとしていた中を貫いた、例の絶叫。
その悲痛を固めたような咆哮の直後、カタカタと陽気だった骨っ子の一部が崩れ落ちた。ふよふよと天井付近を漂っていた浮遊霊は一部が消え、一部は自分たちの手足を抱きしめ耐える表情。
屋内を荒らすポルターガイストは視界を赤色のオーラで覆い尽くさんとばかりに縦横無尽に動き回り、さらには内外問わず四方から流れ込む同じく赤い色により濃度を増す。
『自由を与えてるって言ったよな~』
『一体とか、誰も言ってないよね~』
RFA‐WA的な幻聴が聞こえた。
『マナカ、と名付けたんだったか。あれもいい線いってたぞ』
『正確には、標的の一体、だったね~中でも重要な一体』
(幻聴じゃねぇえぇぇぇ)
(いま! この場で! なぜ茶化しに来る!!)
今この場。まさに荒れ狂った凶器なガラスが狼女史に襲い掛かり、そこにツグミ君が走り込んだ場面だ。拘束していた鎖はそのまま。持ち手の長さが充分だったのが仇になった。
両腕を拘束されたままで使えず、女史を引っ張るようなことができなかったために、身を挺す他なかったのだ。
飛び交う凶器からライハたちイツメンとついでに近くにいた高官殿を守るのに気が行っていて、ツグミ君を制止するのが遅れた。
(重要参考人がー!! ていうか封じ音? の第一人者がー!!)
(…お前けっこう余裕だな?)
まあイツメンの誰かとかじゃないですし。
こちとらグロ度が低のため、NPC視点ほどのインパクトはないかもだけど、身を貫いた破片の幾つかは明らかでかくて、ヤバいのはわかる。背中から、大小様々な複数の刃に貫かれたようなことになって倒れ伏しているツグミ君だ。
狼女史は両側にいた職員さんに守られ、そして同時に止められている。ツグミ君のもとに行きたいと、その目は語っている。
(ヒュー、シュシュ、『選別聖域』を!!)
ライハからの指示を受け、反射的に唱えた。
(効果範囲、充分かい?)
(この建物はカバーできているようだな)
(をおお謎の一体感が)
(HP/MPのプールってこういうことか)
(味方認識で効果出るの~?)
(つぐみ君、ちゃんと回復してる~?)
それめっちゃ重要。
結果的には前々回でお話したように、この場の全員が五体無事でいられたわけですが。実践中はわりとひやひやでした。
(十四、五秒程度か)
(少ない…けど充分だね)
(戦闘中だと、今回みたいに上手くはいかないかもしれないね)
(うむむ)
そんな念話会話もありつつ。
寄り集まってきた『現世からの霊たち』を氷柩で捕獲。
『のぞきみる かみよ。これを しょもうで あろう?』
そして暗転、ようこそ鏡面世界。空と床を青空に囲まれた、広々としたそれだけの世界にご案内され。
『Congratulations』
『大変そうだったから、トラツグミNPCにちょっと細工しちゃったよ』
拍手でもし出しそうな陽気テンション。ビールジョッキとカクテルグラスをそれぞれ持って乾杯ですか、黒ローブどもよ。
『ここは…天国?』
唯一ハンジェンツからだけ行ける、大地の裂け目の底にある、あの天国っぽい。
いつの間にか一人たどり着く、だだっぴろい場所。願ったら(公共の良俗に反しない範囲で)なんでも出てくるところ。
『大地の裂け目に作った、オレらの別荘みたいな感じだな』
『仕事の合間で自由に使える、簡易保養所だよ』
おい。待て。おい。
『他人を召喚しない限りは、一人ひとり個別に満喫できる仕様だからな』
『君らも今は素で大丈夫だよ~戻った時を考えて、分離はまだしない方がいいけど』
あのさぁ、なんて言うかさぁ。
『行方不明者も出る、て聞いたけど』
『ん? ああ、たまにNPCが迷い込むな』
『キャラ設定によっては、居着いちゃうんだよねぇ』
『プレイヤーで入り浸ってるのもいるな』
『別に禁止したりしないよ。それはそれで余暇だし』
掲示板や口コミで天国についてが広まっていないのは、そもそも裂け目に入る許可が出されにくいためだそうだ。NPC・異界人問わず。
我々、というかライハがやったように、偉いさんと知り合うなりするルート開拓が必要らしい。そして入れた人は、各ルート特有の理由により、他者には公言しにくい状態に置かれると。そういう事情で、現在は知る人ぞ知る楽園となっているようだ。
今、わたしとヒューは陰陽姫姿でバーカウンターの前のスツールに腰掛けている。目の前では『何を飲むー?』と言いながら、呑気な黒ローブの片割れがカクテルシェーカーを振っている。
わたし、直前まで何をしていたっけか。
『ねぇ、カクテル作るのにそこの氷使っていい?』
『氷くらい念じて出せばよくね』
『エコかなーって』
『どっちでもいいけど』
そこの氷って氷柩の氷かよ!?
『せっかく捕まえたんですけど!』
『ここなら攻撃的なことは不可だから大丈夫だろ』
『そのために連れて来たってのもあるし』
『一気に思い出したのか、かなり荒ぶってるな』
『一番強いモノだけが出てきちゃってるのかなー』
そう。あえて触れないようにしていたのだが。
青空の下と上の唐突なバーカウンター。触れると抵抗のないほど磨き込まれたピアノブラックな台のその横に、氷柩は鎮座している。
『琴線に触れて爆発しちゃったみたいだねー』
地道なレベリングでコツコツ強化した氷柩。その内側でゴインガインと、土属性な魔法っぽいものが暴れている。敵を意味する赤オーラ。オレンジのオーラを纏っていたはずのマナカ君が、その色を纏ってそこにはいる。他にもマナカ君と似た背恰好の半透明な何か。
『マナカ、は正しく『真ん中』だったってことさ』
『ライハ君の観察眼、なかなか鋭いね』
『真ん中』が居たから、そして『真ん中』が覚醒したから、あの場にみんな集まってきた。そう彼らは語り出した。




