105.其の消却もまた人世の業
はい。というわけで、振り返りの段、開始です。
わたしとヒューは融合状態、まだ陰陽姫の解除をしていない時です。
『狼女史とツグミ君は事故死を装って表舞台から消えてもらい、その身は七島預りとする』
ライハと高官殿の会談(密談?)が、この結論で一段落ついたところからスタートしますね。
その後、高官殿の指示に合わせてあのマジメ看守君が「こちらです」と我々に移動を促したので、ぞろぞろとついて歩きました。
なお道中一部において、空中けんけんぱが大流行りし、骨を利用した打楽器的なBGMが軽快なビートを刻んでおりましたことをご報告。
着いた先は、狼女史が収容されていた独房。
イツメンのうち、ライハ以外はこれまでに一度しか会ってなかったんじゃないかな。あれ? 双子はあの時いたっけ? 忘れた。
その狼頭の女性は、両側から看守に挟まれ独房の前で立っていた。ここから連れ出す準備は万端ということ。手回しが早いと感心したよ。
すっくと無理なく伸びた背。毛に覆われながらも筋肉質とわかる隆起ある身体つきは、案外美しい。
「貴方だったのね」
目を眇めて険悪な雰囲気。それはライハに向けられた裏切りへの嘲笑か、それとも嵌められた己への自嘲か。とはいえライハ自身は彼女を裏切るとか嵌めるとか、それ以前のお話なんだろうけど。
単に利用し合っただけだ、お互いに。軍配はライハに上がったようだけど。
「女史の経歴や周囲との関係は、正確に掴んでいます。携わってきた小細工もね」
「彼と話し合ってね。君については、別の収容所を紹介する運びとなった」
訳:狼女史の境遇とやらかした国家反逆的工作の詳細は掴んでいるよ。その上で、シーデウス監獄以外の場所(七島)にご招待することになったよ。
「君たちの協力のもとで為されていたことは多い。君たちは同罪として、取り扱うよ」
訳:【朗報】やったね! ツグミ君と一緒にいられるよ!
ライハと高官殿によって畳みかけられる情報は、裏を知る我々にとっては良いニュース感がある。
しかしながら、裏事情を知らされていない狼女史やツグミ君には、『最悪の事態』が予想されるような口ぶりだろう。これはしょうがないのだ、間諜を警戒せざるを得ないので。
あのね、タウーレから送り込まれた間諜がツグミ君なのですよ。そこに監視がいないとお思いです?
狼女史の両側に控える人、あるいは熱感知に反応している、すぐそこの壁の向こうの謎人物など。その誰かが密かにこれを報告するかもしれんのですわ、自国に。
だからあえて、『君らは死罪と判断した』みたいなミスリードを噛ませるワケ。
この後は『表向き存在しないことになっている死刑を執行した』ように見せかけて、二人を世間から消せばいい。もちろん正式な発表は、前述の通り『事故死』である。
その移管作業中だけはスパイに入り込まれるわけにはいかないから、『バレないように信頼のおける最少人数で執り行い』『遺体の欠片的なものを偽装して、上手く掴ませて本国に持ち帰らせる』という流れにするわけです。
二重の騙しとでも言うのかな。あり得ない死刑を秘密裏に行うから、という名目でスパイ(疑い含む)を管理し、証拠だけ差し上げるという手法だね。
この辺は主に、コレクター高官殿の手腕にかかっている。敵方が処刑を目撃したと確信できるくらいの見事さで頼むよ。
そして七島側の受け入れであるが、ここはライハの領分。まあヤツのことだから、あそこはほとんど掌握し切ってるんでしょどうせ。転置陣や透過石を使って、相当上層部に喰い込んで行ってるみたいだし。
そもそも基本的にお人好し思考じゃないと生きられない場所だ。問題ないでしょ。
ということで、実は一番の問題は、狼女史がクズじゃないといいなーということだったりする。
七島に入った途端にリサイクルボックス行きになっちゃったら、取り残されたツグミ君がかわいそうだ…ツグミ君がクズじゃないのは、子どもの扱いでなんとなく理解してるよ。
だから、そこを見極める意図もあるのだ。
「貴女一人ではない旅路です。寂しくはないでしょう」
ライハがこんな、誤解を招くような言い方をするのは。
間違ってはいない。要するに七島に封じられるのは貴女一人じゃない、というのが真相。
しかし今の女史には『ツグミ君も一緒に処刑されるよ』と取れるだろう。
狼女史の表情は変わらない。クールに厳しい目つきのままだ。でも、その周囲の温度は目に見えて変わった。いや熱感知スキルで視えてるだけかも。
「…そこの鳥紛いの魔物風情が、私と同等ですって? こちらの目配せにも対応できない無能者。性欲の処理にしか使えない、見栄えだけの男娼でしたわ」
酷い言い草だが、訳せば『ツグミ君は確かに他所からの貰い物だけど、悪いことは何もできてないから罪は軽いよ』という主張かな?
「少しは使えるかと手元に置いていたけれど、まるでダメ。私が動いたから、どれもこれも上手くいったのですわよ」
心なしか胸を張り、誇るかの如く彼女は言う。国が傾くよう画策したのは、諸々を実行したのは、自分だけだと。
「手足にと寄越されたみたいだけれど…使えなかったわ。役立たずね」
蔑みを模った目でツグミ君を睨むが、温度は伝える。そこに情はある。必死さがある。助けたいと懇願する熱意がある。誰にともなく祈りを捧げる、真摯さの一片が。
訳知り顔の双子の横で、ライハが気配を緩めていた。双子は調査結果から予測していたのだろう。ライハは計画通りに進みそうだと安堵したんだろう。
だが、すぐに場を緊張が支配した。
言葉にならない叫び。幾つもの単語をひとまとめにして喉から吐き出したような濁音。
地面が揺れ、破壊された水道管が壁に染みを作り隙間と罅から飛沫く。びしびしと亀裂の入った床を、隆起した土が侵し始める。振り回される床材、壁材。割られた硝子片は大きく、鋭く。
そして。見える人の目には、赤い色の噴き散る光景。




