104.嘆きが人世の定めなら
特別な日の、自然と心洗われ、白く染まる空気を見ずに視る世界。
心の音も易々溶け込む、張り詰めて馴染む神聖の領域。
『選別聖域』
場を一つに染め上げる威圧。
結界。うつし世とかくり世を隔てるその央に、据えた幼指が天を定めて此れを創る。
『ものどもよ ひとつとなりて また ぶんりせよ』
紅色の小さな唇からため息の文言。言い終わるのち幾ばくもなく、全をまとめ上げた一が場を辞して、また一である個々へと戻る。其れは通り過ぎた清風の如く跡形もなく、然して確りとした恩恵を残して。
見る人には見える、地を這う赤は意味を失くし。
沈黙を選択せざるを得なかった人々は、ほどけた五感の回復に日常の返還を悟る。
『氷柩』
振り返りもせず、鬼を捕える呪。
荒々しくまばらな透明色をした氷の柩は、内からも外からも干渉できず干渉されず。
『のぞきみる かみよ。これを しょもうで あろう?』
刹那ぽつりと場に墨が垂れ、黒の幻が場を覆う。一拍の後、視界から柩は消える。
跡に残されるは、不思議の目撃者たる者たちと、経緯を薄々把握した異界人たち。
この空白の裏に、挿入されるべき物語の在り。
(あーこれ陰陽姫以外の時止めてたヤツ?)
(あいつらに会う直前とまったく同じだったから、そうだと思うぜ)
氷の柩が消えたとざわめき出す直前が、その数分前と完全に一致。確実に時間の流れが違ったのだとわかる。ゆえにわたしら以外の時が止まっていたと思ったのだが。
後に知った事実は違い、ゲーム内は通常運転、時の流れを非常に早くした場所に一時隔離されていたのはわたしたちの方だった。どちらにせよ説明はしっかりしておけと。
(勝手に召喚したなら、さらっとでいいからこの辺も説明してから還して欲しい…陰陽姫の設定上、むやみに焦れないでしょうが)
(いかにも自分がやりました、て顔が出来てると思うぞ)
(顔が引きつりそうだが、耐えてがんばりました)
(えらいな)
押忍。
氷柩にRFA‐WAご依頼の霊をパッケージング→直後暗転、陰陽姫vsRFA‐WA劇場(in精○と時の部屋仕様)→ただいま~←イマココ
死にそうだった人も死なずにキョトン顔しているし、結果オーライではある。であるが、これ、この状況。どう収拾をつけようか。
あえて鷹揚に構え、場の面々の顔を順に目で追う。うむ、さてどうしよう。
「…慈悲深き陰陽姫の采配に、感謝を」
かしこまったライハの振りに頷き、『このさきは ひとのよで おさめよ』とかなんとか適当なセリフを吐き全力で乗っかる。
(消えれるもの、なんか消えれるスキル!!)
(幻桜、氷壁! ライトで屈折率を調整しろ!)
(これ?! これでいい!?)
(あああなんでアイツらあんなとこにいるんだ、角度的に厳しいか!?)
(あ!! これ、このスキル!)
(…よし、これだっ)
そうして陰陽姫は去りぬ。
って、これだけじゃ前回から展開を飛ばしすぎだし、わけがわからないよね。
何があったかをざっくり三行で説明しましょう。
「まあ要は、1.狼女史のセリフが依頼の霊を逆上させて本性発現、2.殺されそうになった狼女史を庇ってツグミ君が致命傷、3.からのライハ指示で『選別聖域』発動」
選別聖域はその場の味方のHP/MPをプールするからね。
裏技的な? プールされれば直前の致命傷もギリで留まるのでは? に賭けたわけよ。さらにスキルの効果中は徐々に回復あり。
効果時間自体はそう長くなかった。ていうか短かった。せいぜい十数秒くらい。でも1秒で1割回復だからね、充分満タンよ。
信仰度で効果時間が変わるらしいけど、それに加えてステバフもかかるわけで、これだけ優秀なら十数秒でもかなり使えるね。ああでも大ダメ連発みたいな敵もいるかもだし、タイムを伸ばす努力はしたいところだ。
「肝心要のツグミ君を生かせたし、あとはライハが上手くまとめてくれるでしょ」
「だな。お。兄貴がトークをONしたままにしてくれてる」
「ふむほむ」
あの幼女はなんだとか迫られているね。そこをライハが卒なく適当に濁して躱しつつ、狼女史とツグミ君の保護についてを両人に説明、丸め込んで…否、説得している。
わたしとヒューは陰陽姫を解除して、死に戻った、どことも知らぬ場所で盗聴のようなことをしている。
どうやら平和解決できそうで、よかったです。
「まさか、このスキルが退却に使えるとは思わなかったわ」
「ユニークスキルじゃないんだよな?」
「この説明だと、そうっぽいね」
陰陽姫が消えるにあたって、さっき使ったスキル。
生贄:身を捧げ、敵を討つ(発動形態は種族による)。
身を捧げる=自爆、死に戻り。陰陽姫形態での死に戻りは、前に説明したようにペナなしランダム転移。
つまり生贄スキルを陰陽姫が使うと、ソロダンのコピー陰陽姫みたいに大量の鳥を飛ばすことになるんだろう。同時に転移しちゃうから、自分じゃ見れないが。
「この場合の『敵』ってどう判断されたんだろう」
「あとで兄貴にどうなったか聞いてみるか」
というわけで聞いたところ、「大量の鳥がしばらく人体素通りヒッ○コックしたあと、何事もなかったかのように消えたよ。少し残念そうだったね」とのことでした。残念そうって何。その心理描写は必要だったんだろうか。
とりあえず無差別攻撃になるとかじゃなくてよかったわ。あの説明なら、そうはならないと思ってたけど。たぶん使用者が敵と認識している存在だけにビチバチ当たる方式なんだと思う。
さて、これで色々な方向でなんとかまとまりそうなわけですが、もちろんこうなるまでにはアレコレあったわけでですね?
ちゃちゃっと振り返ってみましょう。
事態が急転したきっかけは、おそらく「役立たずね」。狼女史が、ツグミ君に言い放った言葉だった。




